第7話 キツネ型罪科獣、執行開始

文字数 2,609文字

「階層降下(レイヤ・ダウン)……!」

 ガサガサと木々を乱暴に揺らす音が最接近した瞬間、響は叫んだ。

 途端に周囲の景色がぶれ、自分やアスカ、ヴァイス、〝それ〟を無事に目当ての執行用階層へ移動できたことを確信する。

「響、成功だ。あとは防御に徹していてくれ」

 アスカは口早に言って数メートル先で急停止した執行対象・キツネ型罪科獣へ大鎌の刃を向けた。

「――これより〝罪科獣執行〟を開始する」

 そしてそう宣言したと同時にキツネ型罪科獣がけたたましい威嚇の声を上げ、響はアスカの言うとおりに離れようとしていた身をこわばらせる。

 先ほどは階層降下を無事に遂げられるよう集中していたので意識が向いていなかったが、遅ればせながら認識したその姿に絶句せざるを得なかった。

 執行対象がキツネの罪科獣であることは、指名勅令の神託を受けた折に映像として頭のなかに入ってきていた。

 それゆえ数メートル先で荒い呼吸を繰り返し、全身の毛を逆立てている執行対象の姿自体に驚く要素はない。生物のキツネとほぼ同じだ。

 しかし、想定外だったのは体躯の大きさ。キツネというのだから犬くらいのサイズだろうと頭から信じてしまっていた響にとって、体長十メートルを超えるキツネに見下ろされ、耳をつんざくような敵意を向けられるのは恐怖でしかない。

 アスカは真っ向から威嚇を受けても一切頓着しなかった。地面を蹴り、大鎌を振り上げキツネ型罪科獣の足を狙いにいく。

 しかしキツネ型罪科獣は周囲の木々も何のその、俊敏な動きで避けにかかる。

 同時に尻尾が伸びてアスカを捕らえようと動くも、アスカもまたそれを予期していたかのごとく躱してみせた。

「えっ、尻尾が伸びた……!?」

 キツネ型罪科獣とアスカから離れた場所に移動した響はその尾に目を疑った。

 相手が罪科獣である時点で何があってもおかしくはない。そもそもアスカが相手にしているモノは元がキツネの罪科獣であって、もはや生物のキツネでないとくれば、響の想像の範疇を軽々超えた事象などあって然るべきだ。

 だが、まるでゴムのように伸びては木々の合間をすりぬけ、アスカを排除しようとする姿に、生物だったころの常識が響を混乱させるのだ。

 アスカは縦横無尽に伸びては執拗に己を狙う尾をことごとく避けていく。そうしてキツネ型罪科獣へ近づいたかと思えば、短く鋭く息を吐き出しながら足へ斬撃を繰り出した。

 一般に、体躯が大きくなればなるほど膂力や体力が勝るのを代償として俊敏性を失っていく。

 その事実はキツネ型罪科獣も同じなようで、アスカの斬撃を避けられず左足に食らえばキツネ型罪科獣は「ギャアアッ!」と苦痛の声を上げた。

 紫色の体液がほとばしる。しかし斬撃に合わせて後退したようで傷は浅いようだ。

「血が赤じゃない……!?」

「変質が相当に進んでいる証拠だ。罪科獣になってかなり経っているんだろう」

 響とヴァイスが言葉を交わしているところで、今度はキツネ型罪科獣が足元のアスカを強靭な顎で噛み砕こうと顔を突き出してきた。

 明らかに生物のキツネよりも多く鋭い歯は一度でも避け損じれば死は免れないだろう。

 それでもアスカは後退することはなかった。ガキン、と死刑執行のような音が鳴る前に跳躍し、その鼻面へと着地しては眉間、頭へと駆け上がっていく。

 そして首のまでたどり着けば再びの跳躍、大きく振りかぶって強斬撃を繰り出した。

 ギュアアアアア! 紫色の体液が斬撃によってブシャリと派手にほとばしる。

 しかしキツネ型罪科獣も素直に敗する気はないようだった。急所に深手を負い、体液をまき散らしながらも尾を動かして攻撃を仕掛けてきた。

 キツネ型罪科獣の背に着地したアスカを一心に狙うかと思われた尾は、途中で三本に分かれ、さらにその三本がそれぞれ二本、計六本に分かれた。

 うち四本は渦のごとく回転しながらアスカへ囲み放たれ、もう二本は少し先で戦いを見守っていた響へと向かっていった。

「ッ響、防具を!」

「!! ユエ助!」

 四本の尾を切り落としながらのアスカの言葉に響はすぐ状況を察した。

 先ほど左胸に格納していたユエ助を呼ぶのと二本の尾が殺意に満ちた速さで向かってくるのはほぼ同時だ。

「言われずとも! シールドモード発動でヤンス!」

 しかし呼びかけより先に響の左胸から出現したユエ助の行動は速かった。

 響の前を陣取り、向かってくる尾の方へ月型のモチーフを投げ出すや否やそれが巨大化、瞬時に響を覆っては球状のバリアに変化する。

「ひえぇっ!?」

 かなりの速度で響を狙う二本の尾はバリアにより弾かれた。何度も何度も角度を変えつつ向かってくるがバリアは相当に強固であり、内部で身をこわばらせる響には傷ひとつつかない。

 やがてキツネ型罪科獣が「グルルゥウウウッ」と苦しげに呻けば、尾は力なく地面に落ちていく。

 アスカの方へ視線を戻すと、アスカは響へと伸びた二本の尾を掴み権能〝炎〟で燃やしていた。根本の方を焼かれたために活動を停止したのだ。

「なるほど、ユエ助くんは自動で発動するシールド防具か。なかなかいいじゃないか」

 響の背後で見学に徹していたヴァイスがのんきに称賛を送ってくるも、攻撃された直後ということもあって大した返事ができない。もっとも、ヴァイスも特に返答は期待していないだろうが。

 ちなみにユエ助は得意げに「ウフン!」と鼻を鳴らしていた。

 キツネ型罪科獣は首に受けた深手、さらに六本に分かれた尾をすべて不能にされたことでかなり消耗している。対してアスカは息を切らすことも傷を負うこともない。

 キツネ型罪科獣も相当に強敵そうだが――少なくとも響には傷ひとつつけられる気がしない――、アスカの戦闘能力はそれを軽く上回っている。

 権能を使用するために必要な神陰力が少なくとも、普通に渡り合えているのだ。

 アスカはキツネ型罪科獣の背に乗ったまま、もう一度大鎌を振り上げた。今度は権能〝炎〟で刃を覆っている。

 恐らくこれで罪科獣の首を切り落とすのだろう。苦痛を長引かせないためにも次で終わらせるはずだ。

「――!?」

 しかし、炎に覆われた灼熱の刃がキツネ型罪科獣の首に振り下ろされることはなかった。

 アスカは何かに気がついたように目を見開きながら突如後退する。キツネ型罪科獣の背を下り、響の前へと戻ってきた。

「と、突然どうしたのアスカ君」

「……何かがいる。それも複数」

「えっ?」
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登場人物紹介

◯◆響

普通の男子高校生だった17歳。

アスカに命を狙われ、シエルに〝混血の禁忌〟を犯されて

生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となった結果、

生物界での居場所を根底から奪われた過去を持つ。

◆アスカ

物語当初は響の命を狙う任務に就いていたヤミ属執行者。

シエルに紋翼を奪われて執行者の資格を失ったが、

響が志願したことにより彼も執行者に復帰することとなった。

以降は響の守護を最優先の使命とする。

◇シエル

〝悪夢のなかで出会った神様〟と響が誤認した相手。

アスカの紋翼を無惨に引きちぎり、

響に〝混血の禁忌〟を犯した相手でもある。

アスカと因縁があるようだが……?

◆ヴァイス

ヤミ属執行者。

〝混血の禁忌〟に遭った響の首を切り落とそうとした。

長身かつ顔面をペストマスクで覆った容姿はシンプルに恐ろしい。

アスカの元育て親、ディルの相棒。

◆ディル

ヤミ属執行者。

しかし軍医的位置づけであるため執行行為はご無沙汰。

ヴァイスの相棒かつ響の担当医、キララの元育て親でもある。

素晴らしい薬の開発者でもあるが、ネーミングセンスがことごとくダサい。

◯乃絵莉

響の妹、だった少女。

響にとって何よりも守りたい存在。

響が〝半陰〟となって以降は一人っ子と再定義された。

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