第5話 堕天の子

文字数 2,949文字

「アスカ。執行対象の気配は感じられるかい」

「いえ。まだ感じません」

「神託によると執行対象のキツネは山頂にいるようですよ」

 響の言葉にヴァイスは頷いた。

「そうだ。だから私たちは山頂を目指しているわけだが、もう少しアンテナを張ってごらん」

「……もしかしてヴァイスさん、キツネが今どこにいるか既に分かってるんですか?」

「もちろん。あくまで私は見学だから言わないが」

 ――神託として伝えられる指名勅令の情報、中でも執行対象の位置は大まかであることが多い。

 それは執行対象が移動する術を大抵の場合持っており、執行者たちが到着した折にどこへ身を置いているかはその時になってみないと確定できないからだ。

 執行者の気配を察することのできる者は自ら離れていくケースもあるらしく、それらを考えれば今回の執行対象も山頂にいるとは限らない。

 山頂に近いこの付近にいる可能性だって高いことをヴァイスは示唆しているのだ。

 しかし。アスカは集中して周囲に意識を張り巡らせるも、執行対象の位置把握はできなかったようだった。

 まるで自分を叱責するかのごとく乱暴に頭を振っている。

「すみません。鍛錬不足です」

「そこまで思いつめなくていい。私と君とでは察知能力に差があるのは当然だからね。ただし警戒は怠らないことだ」

「……はい」

「体調は?」

「大丈夫です。上から探してきます」

 そうしてボソリと言ったかと思えば返事も待たず近くの高木に足をかけ、そのまま登っていってしまう。

「ふむ……」

「……」

 後に残ったのは思案するようにペストマスクの顎部分をさするヴァイスと目を伏せる響のみ。湧き水のせせらぎだけが沈黙の間を埋めている。

 リェナに頼まれたお使いの最後に現れたシエル――彼を討伐して以来、アスカはずっとこんな調子だった。

 話しかければ口数が少ないながらも応じてくれるのは同じだ。

 眉間にしわを寄せた仏頂面であることも変わらない。

 決して明るい性質でないのだっていつもどおりだ。

 だが、それなりの時を共に過ごしていれば今の彼が平常状態でないことくらいは分かる。そして響はそれを当たり前だと受け取っていた。

 何故ならシエルを執行した日から時間がまだ全然経っていない。身体の傷が治るように心の傷が治るものではないことを響はよく知っている。

 あの戦い以来、響はアスカに対して何をできるか考えてきた。彼の心を和らげられる言葉や行動をああでもないこうでもないと考えてきた。

 だが結局はそっとしておくのが最善な気がして、アスカが退院してから今日まで、同じような生活と態度を続けている。

 しかしそれが正解かだって分かるはずもない。響は未だ悶々とどうすべきかを考えていた。

「響くんがいてくれて助かったよ」

 と、そんなところでヴァイスがふと声をかけてくる。

「え?」

「アスカのそばに君が居てくれて良かった」

「……、」

「聞いたよ。アスカは遂にシエルを執行したんだってね」

「……はい。リェナさんに頼まれたお使いの途中でシエルさんが現れて、戦うことになって……アスカ君、頑張ってくれました」

「君には大変な思いをさせてしまった」

「いえ。むしろアスカ君が大変だったと思います。僕がまた足を引っ張っちゃったんで」

「そうか。だが、それで良いんじゃないかな」

「そ、そうですかね?」

「苦しいときに誰かがそばにいてくれるというのは、それだけで力になるものだよ」

「……。あの、シエルさんてどんな方だったんですか?」

「うん?」

「ヒカリ属だったんですよね。なのにヤミとしてヤミ属界で生きて、アスカ君と兄弟で、バディでもあったって……」

 響は思わず訊いていた。

 そしてそう問うたあとで、シエルのことを今さら根掘り葉掘り質問するのは無粋だったかと思い至る。

 シエルはヤミ属執行者を三名も殺し、ただの人間だった響に〝混血の禁忌〟を犯し、さらにヴァイスの育て子だったアスカにも深い傷跡を残した大罪者だ。

 シエルとヴァイスの関係性を聞いたことはなかったが、仲間を何度も害されたとあれば彼にとっても面白くない存在のはずだ。

 しかしヴァイスは予想に反して柔らかな様子で肩を揺らしている。

「君にしてみればトラウマの相手だろうに、聞きたいのかい」

「……可能なら。アスカ君のお兄さんとしてのシエルさんを、少しでも知りたいなって」

「そうか。……」

 そう言う横顔はフルフェイスマスクに隠れているというのに、青空の遠くを見つめているように思えた。

「〝生物の生を守る〟ヒカリながらヤミとして生き、最後には罪者として弟分に執行された、か。

 改めて考えると相当に数奇な一生を送ったんだな、シエルは」

「……、」

「そう。彼はヒカリ神より生み落とされ、ヒカリ属執行者になるはずだった直系属子。

 そしてヒカリ属界から追放された〝堕天の子〟でもある」

「堕天の、子」

 その単語はシエル自身の口からも聞いていた。ヴァイスは小さく頷く。

「便宜上そう呼称したがもちろん使うべき言葉ではない。蔑称だからね。

 しかし、シエルがまだヒカリ属界にいるときにそう呼ばれるほどの大罪を犯したのは事実だろう。

 そうでもなければ、紋翼をもがれ血まみれで倒れていたシエルと生物界で出会うことはなかったはずだ」

「……」

「〝生物の生を守る〟ことを使命とするヒカリ属は、私たちヤミ属と違って基本的に殺生を禁止されている。

 だから死自体を忌み嫌うところがあってね。大罪を犯した者は二度とヒカリ属界に戻ってこられないよう紋翼をむしられ、神陽力の大半を奪われたあとで生物界へ落とされる。

 彼らふうに言えば堕天させられる。それを事実上の死刑とするんだ。

 落とされた衝撃か記憶の一切を失っていたから罪状は不明だが、とにもかくにも私とアスカは死を待つばかりだったシエルと出会った。まだ皆が今よりもずっと若かったころのことだ」

「……」

「当時の私は幼いアスカへ執行者になるために必要なことを教えているところで、その日は生物界を見学させていた。

 これが不思議でね、それまで私の足にくっついて怖がるばかりだったアスカが突然走り出したんだ。

 私は油断していて一瞬見失ってしまったんだが、ようやく見つけたアスカは真っ赤な血の海に沈むシエルを抱きしめていた。

 そのうえアスカは『一緒でないとヤミ属界に帰らない』と意固地に譲らず……私がアスカを見つけ出したころには既にふたりの〝神核繋ぎ〟が成立していたこともあって、私は結局シエルも連れて帰還することになった」

「ヤミ属とヒカリ属でも〝神核繋ぎ〟できるんですね」

「できるようだね。私も当時は驚いたが。

 ……ヒカリ属、しかも大罪を犯したであろう〝堕天の子〟を連れ帰ったことでヤミ属界は一時騒然とした。

 だが結局はエンラ様も他のヤミも受け入れてくれ、シエルもまた私の育て子になった」
  
「……、」

「それ以降、私が忙しくてアスカをあまり構ってやれていなかったのを埋めるように、シエルはいつもアスカに寄り添ってくれた。

 私の手を離れて執行者となったあとも、ふたりはバディとして肩を並べ任務をこなして――本当にずっと一緒だったよ。時々ケンカもしていたが、とても仲良しで息の合った兄弟だった。

 シエルがヤミ属執行者三名を手にかけるまではね」

「…………」
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登場人物紹介

◯◆響

普通の男子高校生だった17歳。

アスカに命を狙われ、シエルに〝混血の禁忌〟を犯されて

生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となった結果、

生物界での居場所を根底から奪われた過去を持つ。

◆アスカ

物語当初は響の命を狙う任務に就いていたヤミ属執行者。

シエルに紋翼を奪われて執行者の資格を失ったが、

響が志願したことにより彼も執行者に復帰することとなった。

以降は響の守護を最優先の使命とする。

◇シエル

〝悪夢のなかで出会った神様〟と響が誤認した相手。

アスカの紋翼を無惨に引きちぎり、

響に〝混血の禁忌〟を犯した相手でもある。

アスカと因縁があるようだが……?

◆ヴァイス

ヤミ属執行者。

〝混血の禁忌〟に遭った響の首を切り落とそうとした。

長身かつ顔面をペストマスクで覆った容姿はシンプルに恐ろしい。

アスカの元育て親、ディルの相棒。

◆ディル

ヤミ属執行者。

しかし軍医的位置づけであるため執行行為はご無沙汰。

ヴァイスの相棒かつ響の担当医、キララの元育て親でもある。

素晴らしい薬の開発者でもあるが、ネーミングセンスがことごとくダサい。

◯乃絵莉

響の妹、だった少女。

響にとって何よりも守りたい存在。

響が〝半陰〟となって以降は一人っ子と再定義された。

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