第12話 前へ、少しずつでも
文字数 2,408文字
「えっ、子ども!? ヴァイスさんとアスカさんは親子だったんですか……!?」
響は目をまんまるにしながら交互にふたりを見つめてしまった。
ヴァイスはペストマスクやロングコートで全身を覆っているため年齢不詳だが、発する雰囲気からそれなりに年長であることは分かる。
しかし親子の可能性はまだ考えていなかった――だが同時に違和感も募る。
そんなところでヴァイスが確信犯的に肩を揺らした。金属グローブに包まれた人差し指を立ててみせる。
「ふふ、だまされたね。先刻のことを思い出してごらん」
「あッ……そうでした。おふたりともヤミ神の神核から生まれたんですもんね」
とっさに人間的な親子関係を思い浮かべてしまったが、考えを改めた。
「ああ。私とアスカの親子関係は制度としてのものだ」
「制度としての……」
「先刻見たとおり、ヤミ属も生物と同じく何も知らない赤ん坊の状態で生まれてくる。だから既に自立したヤミが育て親に選定されて一時的に親子関係が結ばれ、執行者になる年ごろまで共に生活するんだ。
もっとも、アスカももう自立して関係も解消されているから今では単なる先輩後輩だけどね」
「ああ、そういうことなんですね」
「私ばかり前の調子を引きずってついつい口うるさくなってしまうよ」
「……頼りなくて、すみません」
バツが悪そうなアスカに響は小さく笑みを浮かべてしまった。
ふたりのやり取りを愉快に思ったというよりは、うらやましいと思ってしまったためだ。
――神の一部を切り分けたように誕生する彼らにも、家族はあるのだ。
居住地帯に入り、ようやく自分が生活する家が見えてきた。
家を出る時点ではただ外食するだけと思っていた響には本当に長い道のりだった。足も頭も疲労している。
有意義だったし楽しくないわけではなかったが、とにかく今は休みたい。ひとりベッドに転がってダラダラしたい。
「あ、そうだ」
そんなところでヴァイスが不意に声を上げた。響はヴァイスを見上げる。
「言い忘れていたが、今日からアスカと同居になるからよろしくね」
「……えっ!?」
「というか、実のところ今君が使っているあの家はアスカの家でね。アスカが退院したとあれば必然的に同居になるというわけだ」
予想だにしない事態に黙り込む響。
あの家で目を覚ましたのは家族から引き剥がされた直後だった。そのため自分が横になっているベッドはおろか家にも気を払えず、少しずつ立ち直り始めた今も、部屋からほぼ出なかったので深く考えてこなかった。
だが、確かにあの家で他者の残り香というか、そういうものを感じることはあった。
家具も調度品もそろっていたし、響が使っている部屋にいたっては天井に部屋主の趣味であろうノスタルジー感ただよう動力飛行機の模型、壁にも同じような飛行機のポスターがいくつか飾ってあったのだ。
一瞬アスカに居候されるのかと思った自分を殴りたい。他者の家に勝手に転がりこんでいたのは自分の方ではないか。
そう思った瞬間に響はアスカへと頭を下げた。
「す、すみません! 僕、何も知らず好き勝手に使ってて!」
「……いや、別にいい。今後も気にせず住んでくれて構わない」
「いえでもそういうわけには! もしかして僕が今使ってる部屋もアスカさんの部屋だったりします? 飛行機の模型とかがいっぱいある部屋なんですけど」
その瞬間、アスカの身体がわずかに揺らぐ。
「……いや、俺の部屋はその隣だ。……」
「あ、あの?」
「あんたが今使ってる部屋は空き部屋だ。だから今までどおり好きに使ってくれ」
「え、でも。いえ……分かりました」
一瞬流れた変な空気を受けて響は頷くに留めるしかなかった。アスカがこれ以上触れてほしくなさそうな気がしたからだ。
そうこうしているうちに家の玄関ドア前までたどり着いてしまった。
アスカはヴァイスに頭を下げると先に中へ入っていき、困惑を隠せない響はヴァイスを再び見上げる。しかしヴァイスも肩をすくめるばかりだ。
「さて、響くん。私やディルが君のもとを頻繁に訪れるのも今日までだ」
しかもさらに予想外の言葉を重ねられて、響は眉根を寄せるしかなかった。
「……そうなんですか?」
「そろそろ自分の仕事に集中しなければならなくてね。
だが安心してほしい、これからはアスカが君を守る。あの星屑の草原で誓ったとおり、これからの彼は君のために命を使うだろう」
「……、」
「アスカは取っつきづらい印象があるが根はとても良い子だ。これからたくさん頼ってあげるといい」
「で、でも」
「色々と思うところはあるだろうが、どうかよろしくね」
ヴァイスやディルとは長い付き合いだったわけではないが、一番心が弱っていたときに世話になったヤミだった。寂寥感は拭えない。
「……今まで気にかけてくださって、ありがとうございました」
それでも自分の気持ちひとつで引き止めるわけにはいかないと思えば、響はようよううなずくに至った。
「礼を言われることではないよ。こちらこそ感謝だ」
ヴァイスは言って、まるで弟にでもするかのように響の髪へ触れてきた。そうして響がはっと眉を持ち上げたころには跡形もなく消えている。
一体どうやって姿を消したのかは分からない。辺りを見回しても去った形跡すらない。だが、心に灯った温かさは消えていないのだから幻でもない。
響は少しの間そこで棒立ちをしたままでいた。
正直アスカのことはよく分からないし、過去に命を狙われているため一定の恐怖感も拭えなかった。
今日もずっと眉根を寄せた仏頂面で口数も少なく、そんなアスカとの共同生活は不安でいっぱいだ。
しかし、ヤミ神やたった今与えられたヴァイスからの温かさが響を前向きにさせた。
前へ進もう。少しずつでも、戸惑いながらでも。
ひとりになってしまったけれど、まだ苦しいけれど、今の自分は決して孤独ではない――そんなことを思いながら響は家のなかへ入っていくのだった。
響は目をまんまるにしながら交互にふたりを見つめてしまった。
ヴァイスはペストマスクやロングコートで全身を覆っているため年齢不詳だが、発する雰囲気からそれなりに年長であることは分かる。
しかし親子の可能性はまだ考えていなかった――だが同時に違和感も募る。
そんなところでヴァイスが確信犯的に肩を揺らした。金属グローブに包まれた人差し指を立ててみせる。
「ふふ、だまされたね。先刻のことを思い出してごらん」
「あッ……そうでした。おふたりともヤミ神の神核から生まれたんですもんね」
とっさに人間的な親子関係を思い浮かべてしまったが、考えを改めた。
「ああ。私とアスカの親子関係は制度としてのものだ」
「制度としての……」
「先刻見たとおり、ヤミ属も生物と同じく何も知らない赤ん坊の状態で生まれてくる。だから既に自立したヤミが育て親に選定されて一時的に親子関係が結ばれ、執行者になる年ごろまで共に生活するんだ。
もっとも、アスカももう自立して関係も解消されているから今では単なる先輩後輩だけどね」
「ああ、そういうことなんですね」
「私ばかり前の調子を引きずってついつい口うるさくなってしまうよ」
「……頼りなくて、すみません」
バツが悪そうなアスカに響は小さく笑みを浮かべてしまった。
ふたりのやり取りを愉快に思ったというよりは、うらやましいと思ってしまったためだ。
――神の一部を切り分けたように誕生する彼らにも、家族はあるのだ。
居住地帯に入り、ようやく自分が生活する家が見えてきた。
家を出る時点ではただ外食するだけと思っていた響には本当に長い道のりだった。足も頭も疲労している。
有意義だったし楽しくないわけではなかったが、とにかく今は休みたい。ひとりベッドに転がってダラダラしたい。
「あ、そうだ」
そんなところでヴァイスが不意に声を上げた。響はヴァイスを見上げる。
「言い忘れていたが、今日からアスカと同居になるからよろしくね」
「……えっ!?」
「というか、実のところ今君が使っているあの家はアスカの家でね。アスカが退院したとあれば必然的に同居になるというわけだ」
予想だにしない事態に黙り込む響。
あの家で目を覚ましたのは家族から引き剥がされた直後だった。そのため自分が横になっているベッドはおろか家にも気を払えず、少しずつ立ち直り始めた今も、部屋からほぼ出なかったので深く考えてこなかった。
だが、確かにあの家で他者の残り香というか、そういうものを感じることはあった。
家具も調度品もそろっていたし、響が使っている部屋にいたっては天井に部屋主の趣味であろうノスタルジー感ただよう動力飛行機の模型、壁にも同じような飛行機のポスターがいくつか飾ってあったのだ。
一瞬アスカに居候されるのかと思った自分を殴りたい。他者の家に勝手に転がりこんでいたのは自分の方ではないか。
そう思った瞬間に響はアスカへと頭を下げた。
「す、すみません! 僕、何も知らず好き勝手に使ってて!」
「……いや、別にいい。今後も気にせず住んでくれて構わない」
「いえでもそういうわけには! もしかして僕が今使ってる部屋もアスカさんの部屋だったりします? 飛行機の模型とかがいっぱいある部屋なんですけど」
その瞬間、アスカの身体がわずかに揺らぐ。
「……いや、俺の部屋はその隣だ。……」
「あ、あの?」
「あんたが今使ってる部屋は空き部屋だ。だから今までどおり好きに使ってくれ」
「え、でも。いえ……分かりました」
一瞬流れた変な空気を受けて響は頷くに留めるしかなかった。アスカがこれ以上触れてほしくなさそうな気がしたからだ。
そうこうしているうちに家の玄関ドア前までたどり着いてしまった。
アスカはヴァイスに頭を下げると先に中へ入っていき、困惑を隠せない響はヴァイスを再び見上げる。しかしヴァイスも肩をすくめるばかりだ。
「さて、響くん。私やディルが君のもとを頻繁に訪れるのも今日までだ」
しかもさらに予想外の言葉を重ねられて、響は眉根を寄せるしかなかった。
「……そうなんですか?」
「そろそろ自分の仕事に集中しなければならなくてね。
だが安心してほしい、これからはアスカが君を守る。あの星屑の草原で誓ったとおり、これからの彼は君のために命を使うだろう」
「……、」
「アスカは取っつきづらい印象があるが根はとても良い子だ。これからたくさん頼ってあげるといい」
「で、でも」
「色々と思うところはあるだろうが、どうかよろしくね」
ヴァイスやディルとは長い付き合いだったわけではないが、一番心が弱っていたときに世話になったヤミだった。寂寥感は拭えない。
「……今まで気にかけてくださって、ありがとうございました」
それでも自分の気持ちひとつで引き止めるわけにはいかないと思えば、響はようよううなずくに至った。
「礼を言われることではないよ。こちらこそ感謝だ」
ヴァイスは言って、まるで弟にでもするかのように響の髪へ触れてきた。そうして響がはっと眉を持ち上げたころには跡形もなく消えている。
一体どうやって姿を消したのかは分からない。辺りを見回しても去った形跡すらない。だが、心に灯った温かさは消えていないのだから幻でもない。
響は少しの間そこで棒立ちをしたままでいた。
正直アスカのことはよく分からないし、過去に命を狙われているため一定の恐怖感も拭えなかった。
今日もずっと眉根を寄せた仏頂面で口数も少なく、そんなアスカとの共同生活は不安でいっぱいだ。
しかし、ヤミ神やたった今与えられたヴァイスからの温かさが響を前向きにさせた。
前へ進もう。少しずつでも、戸惑いながらでも。
ひとりになってしまったけれど、まだ苦しいけれど、今の自分は決して孤独ではない――そんなことを思いながら響は家のなかへ入っていくのだった。