第3話 同行の理由

文字数 2,571文字

「――響くん、聞こえてるかい」

「! あっすみません、ぼーっとしてました」

 昨日のことを思い出していたところでヴァイスの手が眼前にかざされた。響の意識が現実に引き戻される。

 ヴァイスは慌てて己を見上げる響に肩を揺らした。

「こんな状況でボンヤリできるなんて、なかなか度胸があるじゃないか」

「あはは、そういうわけでは……。

 そういえば今さらなんですけど、ヴァイスさんはどうして今回ついて来て下さったんですか?」

 歩調を合わせて隣を歩くヴァイスへ響は問う。

 エンラに指名勅令を受ける意志を表明した翌日の今日、いよいよ生物界へ下りるというときにヴァイスは自宅を訪れ、さらに『私も一緒に行こう』と同伴を名乗り出てきた。

 そのときは頷くのみになってしまったが、今になってヴァイスの動機が気になってきたのだ。

「今朝方ディルのもとを訪れたときに、君とアスカへ新たな指名勅令が下ったと聞いてね」

「ディルさんに? 僕たちディルさんには話してないんですが……」

「君たちに二度も指名勅令が下ったということは執行者の間でちょっとしたニュースになっているようだ」

「そうなんです!?」

「私はあまりヤミ属界にいないから今朝まで知らなかったが。

 ヤミ神より指名勅令を拝受することは一種憧れらしいからね、執行者たちがついついウワサしてしまうことは許してやってほしい」

「別にそれは大丈夫ですけど……だからヴァイスさんは僕たちと一緒に?」

「そうだ。君たちに下された指名勅令が〝罪科獣執行〟だとディルから聞いて、君たちについていくことが最優先だと判断したんだ」

「そうだったんですね、ありがとうございます。自分で決めておいてなんですけど実は不安だったんで……アスカ君に加えてヴァイスさんも一緒に居てくれるのは、すごく心強いです」

 響は汗だくの頬を掻きながら――現在の三名は実体化している――正直に白状する。

 言ったあとで叱責を受けるかと危ぶんだが、実際のヴァイスは再び肩を揺らして笑っていることを示しただけだった。

「その心強さを挫くのもなんだが、私には一切手を出す気がないからそのつもりでね」

「見学ってことですか?」

「そう、君たちが罪科獣と渡り合えるか厳しく観察していよう」

「ひええ……」

 響が素直に怖がると今度は笑い声を上げるヴァイス。その様子に以前のような頑なさはない。

 あのときのヴァイスは、響たちに下りた指名勅令が難易度の低い〝魂魄執行〟であったにもかかわらず響とアスカがヤミ属執行者になることを拒み続けた。しかし今回はそうでないらしい。

 白状すると、先ほど自宅へ来訪してきたヴァイスを認めたとき、響は今回も拒絶を受けるのだと思っていた。

 何故なら今回は〝罪科獣執行〟――ヴァイスが懸念し続けてきた響の身の安全が最も脅かされるであろう任務だったからだ。

 しかしヴァイスが実際に口にしたのは任務への同伴のみ。

 だからこそ響は質問を口にし、今回は止めなかった理由をも暗に知ろうとしたのだ。もっとも、収穫はあまりなかったが。

「そういえば、君とアスカで今回の任務の対策や計画はもう話し合ったかい」

 そんなことを考えつつも延々と傾斜を登っていると、今度はヴァイスが問いかけてくる。響は首肯した。

「はい。っていっても僕はアスカ君の言うことを聞くだけでしたけど。

 〝魂魄執行〟の任務と同じようにアスカ君が執行行為を、僕は雑務のみを担当して、執行中は極力アスカ君の邪魔にならないようアスカ君の近くで防御に徹することになりました。

 それを踏まえて昨日の夜はアスカ君と防御訓練もしました。リェナさんから貰った防具にも慣れないとでしたし」

「いいことだ。〝罪科獣執行〟は〝魂魄執行〟とはワケが違うからね。

 何より罪科獣は生きたいという欲求がすさまじい……生を奪いにきた私たちヤミ属執行者を本気で殺しにくるし、どんな手を使ってでも生き延びようとする狡猾さもある。

 今回はそれほどでもなさそうだが、相当な年月を生き長らえた罪科獣はヤミ属の力も平気で凌駕する。

 実は恐るべき能力を隠し持っていた、気づいたら術中だったなんてこともあるからね。今から油断は禁物だよ」

「は、はい……」

 響は頷きながら先日のエンラの言葉をまた思い出していた。話が終わり、響とアスカが裁定神殿を後にしようとしたときのことだ。



『響、最後に聞くがいい。我からの忠告だ。

 任務中に出会う罪科獣やその他得体の知れぬ者すべて――彼らが持ちかける甘言や取引には決して乗るでないぞ。

 自ら助けを乞うことも、願い求めることもしてはならぬ。絶対にだ』

『……、』

『これは此度の勅令任務だけではなく今後の任務すべてに言えることだ。

 罪科獣のなかには我らの目はおろか神の目すら逃れ生き、高次的な存在にまで成り上がった者も存在する。

 彼らは生物界で神や妖怪、悪魔とされたりするほどの力を手に入れた者らである。

 アスカは貴様を守り続けるであろうが、時には苦境に立たされることがあるやも知れぬ。

 しかしどれほど苦しい選択を迫られたとしても、彼らが言の葉を用い交信をはかろうとしてきた場合は固く警戒せよ。

 奴らは気まぐれに他者を救うことはあるが、自ら彼らに助力を求めることがあれば、それは無条件で等価交換の契約となってしまうゆえな』

『等価交換の、契約……』

『そうだ。例えば貴様が望むならば我は我の権能の一部を分け与えることができる。だが、与えたと同時に我は貴様の何物かを得る権利を獲得しよう。

 そうさな……貴様の魂魄くらいは容易く我が物にできるであろう。何かを望み与えられた時点で、貴様は了承せずとも等価物を捧げることになってしまうのだ』

『……』

『今の貴様は半分がヤミ属だが半分は今も生物である。罪科獣にとって生物の肉体や魂魄は存在養分であり好物だ。

 そして以前の毛玉型罪科獣が他の生物そっちのけで貴様を狙ったフシがあることを鑑みると、これから出会う罪科獣が貴様を喜々として狙ってくる可能性があり、あの手この手で我が物にしようとする可能性も否定できぬ。

 ゆえに罪科獣や高次存在の甘言には決して乗るな、どんな状況においても願うな。

 それらは叶えられるやも知れぬが、その先に待つものは決して良い結末ではない。彼らに無償の愛や慈悲はないと心得よ』

『は、はい……分かりました』
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登場人物紹介

◯◆響

普通の男子高校生だった17歳。

アスカに命を狙われ、シエルに〝混血の禁忌〟を犯されて

生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となった結果、

生物界での居場所を根底から奪われた過去を持つ。

◆アスカ

物語当初は響の命を狙う任務に就いていたヤミ属執行者。

シエルに紋翼を奪われて執行者の資格を失ったが、

響が志願したことにより彼も執行者に復帰することとなった。

以降は響の守護を最優先の使命とする。

◇シエル

〝悪夢のなかで出会った神様〟と響が誤認した相手。

アスカの紋翼を無惨に引きちぎり、

響に〝混血の禁忌〟を犯した相手でもある。

アスカと因縁があるようだが……?

◆ヴァイス

ヤミ属執行者。

〝混血の禁忌〟に遭った響の首を切り落とそうとした。

長身かつ顔面をペストマスクで覆った容姿はシンプルに恐ろしい。

アスカの元育て親、ディルの相棒。

◆ディル

ヤミ属執行者。

しかし軍医的位置づけであるため執行行為はご無沙汰。

ヴァイスの相棒かつ響の担当医、キララの元育て親でもある。

素晴らしい薬の開発者でもあるが、ネーミングセンスがことごとくダサい。

◯乃絵莉

響の妹、だった少女。

響にとって何よりも守りたい存在。

響が〝半陰〟となって以降は一人っ子と再定義された。

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