第29話 ピンチの連続!

文字数 2,675文字

「〝風〟――炎に力を!!」

 響も再び両手から〝風〟を放出した。

 それは大量の包帯ではなく炎へとまっすぐ向かっていき、響の狙いどおり炎に力を与えた。

 風に掻き回された炎は猛り狂い、アスカを守る盾にでもなるかのように辺りを広く焼いていく。

 悪魔神ウルにはほぼダメージはないものの、大量の包帯はほぼ焼き尽くすことができた。

 しかし。権能は元を断たねば意味が薄い。

 ベティはジャスティンの腕のなかに未だ囚われていても意識はある。ジャスティンはベティが権能を使うのを止めさせようとしているが、禁忌の絞首の責め苦によって取り押さえるのが精いっぱいのようだ。

 口での説得も意味を成さないに違いない。しかし悪魔神ウルに勝利するにはベティの無力化は必須――一体どうすればいい!?

「っミランダさん!? あぶな――」

「そんなこと言っていられませんわ!」

 と、そんなときミランダが動いた。

 六角鏡の紋翼を展開しては飛翔し、同時に権能〝真実の鏡〟を顕現させてベティへと向かっていく。

「深刻な事情があるとお見受けしますが、どうか落ち着きなさって……!!」

 ベティの目の前で鏡が輝く。教会自体が真っ白になるほどの光がベティへと注がれる。

 真っ向からそれを受けたベティは目を見開き動きを止めた。意識は残っているが、まるで中身を奪われたかのように沈静したのだ。

「!!」

 これで悪魔神ウルだけに集中できる――響がそう思ってアスカへと視線を戻すのと、悪魔神ウルが再び遠吠えをしたのは同時だった。

 途端に床から歪な者が生まれ出てくる。

 さらに運が悪いことに、一体はベティを沈静化させたミランダのすぐ近く。

 サイのごとき巨大な角を持ち、ムカデの上半身とカンガルーの下半身を持つ歪な者はキシュアアと声を上げながらミランダへと襲いかかった。

「キャアアアアアッ!!」

「ユエ助ごめん!!」

「のああああああああああああ!?」

 響は響を守るため傍らに控えていたユエ助の頭を掴み、ミランダの方へ全力で投げた。ついで〝風〟を再び発動しユエ助の背を押すように放出する。

 無防備に投げ出されたユエ助は、しかし飛ばされる過程で響の意図を悟ったらしい。シールドモードを展開しながらミランダと歪な者の間に割って入った。

 パシィン! 歪な者が繰り出したカンガルーキックが球状シールドに阻まれる。

 ムカデの口から毒液のようなモノも吐き出されたが、それもシールドによってガードされた。

「うわっ!?」

 それに安堵したのも束の間、響は己の近くに出現した歪な者を察知する。

 子ゾウの顔に巨大なアルマジロの体躯を持った歪な者は、身体を丸めては響にスピン攻撃を仕掛けてきた。

 高速回転で突撃してきたそれを、響は横に身を投げ出しすんでのところで避けた。

 しかし壁にぶち当たった衝撃で進路を百八十度変えた歪な者は、一息つく暇もなく再び響めがけてスピン攻撃をしてくる。

「クッ……」

 なかなかの速度だ。動きは直線的なのに二度目を躱しきれなかったのがその証拠だ。

「響、大丈夫でヤンスか!?」
「響さん……!」
「大丈夫、そこにいて! ――ふっ!」

 またもスピン攻撃。響は受傷した右腕を押さえながらさらに横に移動して躱した。

 今度は上手くいったものの、これを何度も繰り返されては身が保たない。

 かといって攻撃手段のない響には――権能〝風〟は攻撃目的として使ったことがなかった。実際効き目にも期待できない――避け続けるしかない。

 紋翼を展開し上へ逃げることも考えたが、歪な者のなかには翼を持つ者もあった。ならばただでさえ少ない神陰力を無駄にするわけにもいかない。

 とはいえ――

「響ッ……ちぃッ!」

 アスカの意識が響に向いてしまったのは誤算だった。そのせいで悪魔神ウルの牙を避けきれず、アスカはわずかに受傷してしまう。

 さらに悪魔神ウルは左の首を伸ばし、手近に出現した歪な者の頭部にバクリと噛みついた。

 口内を埋め尽くす何百の牙がバキボキと咀嚼すると、悪魔神ウルの再生速度はまた強化される。

 さらに取り込んだ歪な者の要素によって、身体には背中に吸盤のある複数のイカの足のようなモノ、左の頭部の額にはクモの口のようなモノが生え出てくる。

「っ!」

 イカの足はギュルルと前方へ放出され、アスカの足に巻きついた。

 アスカがそれに斬撃を食らわせ切り落とすころには、左の首がさらに伸びながら額のクモの口から糸を吐き出してきた。

 それは今度こそ捕獲せんと一直線に、アスカではなく響へ向かっていく。アルマジロ型の猛攻を避けることに精いっぱいの響は気づけない。

「響!」

 アスカが〝炎〟を発動、クモの糸の根本へと放つ。

 糸は素直に燃えてくれたが、しかしその隙を悪魔神ウルが見逃すはずがない。ガパリと中央の口を開きながらアスカを噛み砕かんとしてくる。今度こそ本当の絶体絶命だ。

「!?」

 しかし。

 そのままアスカの頭を噛み砕くと思われた悪魔神ウルが繰り出したのは何故かアスカの腹への膝蹴りだった。だが膨れ上がった筋肉が生み出す蹴りもまた脅威だ。

 膝蹴りを真っ向から受けたアスカは口から血を飛ばしながら「ッ、ぁ」と呻く。

 その宙を浮いた身体に待っていたものは背中への肘打ちだ。これも今までのような肉を抉る攻撃ではないが、やはり威力は並大抵ではない。

 バァン!! 痛烈な肘打ちによって地面へ叩きつけられるアスカ。しかし悪魔神ウルの攻撃は終わりではなかった。

 今度は蹴りがアスカの脇腹を襲い、アスカは教会の出入口付近――つまり響のいる地点まで吹き飛ばされる。

「アスカ君!!」

 派手な音を立てて壁に激突したアスカに響は叫んだ。

 響は今なおアルマジロ型に付け狙われているため、落ち着いて見ることはできない。しかしアスカが悪魔神ウルの攻撃をモロに受けたのは響にも分かっていた。

 不幸中の幸い、肉を切り裂かれたわけではないようだったが、それでもダメージは計り知れないだろう。

 もしかしたら再起不能かも知れないが、今の響には駆けつけることも叶わない。

 だが、響の憂慮は杞憂だった。

 アスカは起き上がるや否や地を蹴る。響を狙うアルマジロ型や、響へ近寄ってきていた別の歪な者、さらにはミランダやユエ助に攻撃を仕掛け続けていた歪な者を次々と大鎌で両断していく。

 すべてを地に伏せれば再び悪魔神ウルと対峙した。

「アスカ君、良かった……!」

 響は安堵の吐息をこぼす。だがやはりダメージは深刻なようだ。

 苦痛のためか前傾姿勢。左手はダラリと下がり、荒々しい呼吸を繰り返す口からは血がボタボタとこぼれている。
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登場人物紹介

◯◆響

普通の男子高校生だった17歳。

アスカに命を狙われ、シエルに〝混血の禁忌〟を犯されて

生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となった結果、

生物界での居場所を根底から奪われた過去を持つ。

◆アスカ

物語当初は響の命を狙う任務に就いていたヤミ属執行者。

シエルに紋翼を奪われて執行者の資格を失ったが、

響が志願したことにより彼も執行者に復帰することとなった。

以降は響の守護を最優先の使命とする。

◇シエル

〝悪夢のなかで出会った神様〟と響が誤認した相手。

アスカの紋翼を無惨に引きちぎり、

響に〝混血の禁忌〟を犯した相手でもある。

アスカと因縁があるようだが……?

◆ヴァイス

ヤミ属執行者。

〝混血の禁忌〟に遭った響の首を切り落とそうとした。

長身かつ顔面をペストマスクで覆った容姿はシンプルに恐ろしい。

アスカの元育て親、ディルの相棒。

◆ディル

ヤミ属執行者。

しかし軍医的位置づけであるため執行行為はご無沙汰。

ヴァイスの相棒かつ響の担当医、キララの元育て親でもある。

素晴らしい薬の開発者でもあるが、ネーミングセンスがことごとくダサい。

◯乃絵莉

響の妹、だった少女。

響にとって何よりも守りたい存在。

響が〝半陰〟となって以降は一人っ子と再定義された。

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