第11話 あまりにも今さら

文字数 2,757文字

「――あん? 魂魄執行? 罪科獣執行じゃなくて?」

 話は三百年前にさかのぼる。ディルはヤミ属界の神域、神託者二名の前で拍子抜けした声を上げていた。

「左様でございまする。今回ヤミ神よりヴァイス殿に与えられし指名勅令は〝魂魄執行〟にて」

 それを厳かな口調で肯定するのはヤーシュナだ。

 黒を基調とした衣に身を包む彼女は、双眸も黒の薄布で隠していて諸々を把握しづらい。それでもディルは胡乱げな視線で見上げるしかなかった。

「ご安心くださいまし。ディル様には〝罪科獣執行〟の指名勅令が与えられておりますわ」

 そう言って目を細めて言うのはヤーシュナの傍らに立つアウラーエだ。

 ヤーシュナの衣をちょうど左右反転したような衣に身を包む彼女は黒の薄布で口もとを隠しているが、柔らかな笑みを刻んでいることは想像に難くない。

「いや、不満とかじゃなくて。SSS級に上がったヴァイスが今さら魂魄執行なんて何かの間違いですよねって話です」

 ディルは言いながら、同じように神託者の前で膝をつく傍らのヴァイスを見やる。



 時はディルとヴァイスが〝約束〟を結んでしばらく経ったころ。外見年齢がディルは二十二歳程度、ヴァイスが十七歳程度に成長したころだ。

 ディルはS級に、ヴァイスはSSS級に昇格した直後でもある。

 SSS級とは、最上級であるS級に到底収まりきらない戦闘能力ということでヴァイスのためだけに作られた階級である。彼はS級から異例の二階級特進をしてのけたのだ。

 このころになると、ディルもヴァイスの特別待遇に納得せざるを得なくなっていた。

 バディになりたての当時でも目をみはる強さを持っていたヴァイス――彼は限界などないとでも言うように強さを増し、今では他の執行者にも〝ヤミ属執行者の頂点〟と畏れまじりに囁かれるほどになっていたのだ。



「いいえ。ヤミ神がヴァイス様へ〝魂魄執行〟の指名勅令を授けられたことに間違いはありませんわ」

 『今さらヴァイスが〝魂魄執行〟なんて何かの間違いだろう』と問うたディルに柔らかな声で返答するアウラーエ。しかしディルはやはり頭を傾げるばかりだ。

 〝魂魄執行〟とは、契約寿命を反故して生き続ける生物を殺め、その魂魄をエンラのもとへ持ち帰る任務だ。

 〝罪科獣執行〟とは、契約寿命を反故した結果魂魄が変質し、生物から罪科獣へと変貌してしまった者を討伐する任務だ。

 言わずもがな難易度は後者の方が高く、それゆえに戦闘能力の高いヤミ属執行者が選ばれる。

 対して前者は誰でも対応可能であるため、駆け出しのC級やB級になりたての執行者にしか充てがわれない。

 だのにSSS級執行者ヴァイスの指名勅令が〝魂魄執行〟だと神託者たちは言うのだ。これまでは例に漏れず〝罪科獣執行〟任務だったというのに。

「問題ありません。神命がまま、すぐに遂げてまいります」

 ヴァイスはディルの視線を受けても表情ひとつ変えなかった。アウラーエがそれに満足げな様子でうなずく。

「確かにわたくしたちも驚きましたが、我らの神がお決めになったことには必ず意味があります。ですからヴァイス様のように淡々と執行していただければよろしいですわ」

「それとも。此度より単身で〝罪科獣執行〟を成さねばならぬことに不安を覚えておいでか、ディル殿」

「ッ、まさか! ヴァイスがいなくても何の問題もありませんよ」

 唐突にヤーシュナから矛先を向けられ、ディルはムキになってすぐ言い返す。



 数時間前。裁定神殿にてふたりに昇格を言い渡したエンラは、同時に任務の単独遂行をも特別に許可した。

 これは常にヤミ属執行者の手が足りないせいでもあるし、戦闘込みの任務を各々が単独でも遂行可能だと他ならぬエンラが判断したためでもある。

 かといってバディ関係が解消されたわけではない。渡された任務の難易度が高いなど、力を合わせる必要がある場合はこれまでのようにツーマンセルで行動しても構わない。

 とはいえだ。ヴァイスの存在で目立たないものの、ディルだって今や数名しかいないS級執行者だ。

 数多の戦闘経験に裏打ちされた自信もある。ゆえにヤーシュナの言葉は聞き捨てならなかった。容姿はオトナになってもヤンチャな反抗心だけはまだまだ健在ということだ。



「うふふ、そうよね。今では〝毒〟も本当にお上手になったんですもの」

「エンラスーロイ様もお認めになった戦闘能力、存分に慎重にお活かしなさいますよう」

 神託者たちはそんなディルより一枚も二枚も上手だ。

 アウラーエは微笑ましそうに、ヤーシュナはしてやったりと頷き、ふたりを任務へと促したのだった。



* * *



「――ま、頭ひねってる時間もねぇか。指名勅令が終わったら休むヒマなくワンサカ通常勅令が待ってるんだしな」

 そのまま神域を出たディルは、神域と裁定領域の境界で立ち止まると傍らのヴァイスを一瞥した。

「おいヴァイス、さっさと終わらせてこいよ。そんですぐ合流だ」

 ディルの言葉にヴァイスは小さく首を傾げる。

「エンラ様から単独行動の許可をいただいたばかりだ。わざわざ合流する必要があるか?」

「大アリだ。お待ちかねのヤツ披露してやるからな、覚悟しとけ」

 ディルが得意げに言うと、彼の肩に乗っているカナリアが応援するように金属の翼をバサバサと動かした。

「……よく分からないが、すぐ終わらせて戻ってくるよ」

 それを受けたヴァイスは相変わらずの白仮面、そして無表情で、淡々と紋翼を展開する。

 そうして分かれのあいさつもなく生物界の執行地へと消えていった。ディルはひとり苦笑する。

「あのヤロ、もしかしなくても約束忘れやがってんな? ま、それで困るのはあいつだから別にいいけどよ」

 言って、ディルもまた紋翼を展開した。



 生物界、〝罪科獣執行〟の執行地に降り立つ。すると視線の先には大型罪科獣。執行者の気配を感じて今まさに逃亡しようとしている最中だった。

 そんな執行対象をそつなく別階層へ移動させれば、ディルは両手へ特濃の毒を灯らせた。もちろん完璧に繊細に制御できている毒だ。

 初の単独戦闘である。今まではヴァイスが隣にいるのが当たり前だったが、これからは基本ひとりだ。もちろん心細いわけではない。

 ただ少し。ほんの少し隣がスースーして落ち着かないとは思う。

「楽しみだ。あいつのヘッタクソな――」

 しかしディルは雄叫びを上げた罪科獣を前にニヤリと笑む。

 何故なら血のにじむような道程はすでに越えた。そして相棒は今も相棒のまま。近い未来には狂おしい努力への褒美も待っている。

 だから全然余裕だ。そんなことを思って、ディルはひとり戦闘を開始したのだった。



 そう、このときのディルはのんきにそんなことを思っていた。

 近い未来にずっと欲しかったものを得られると――そう信じて疑わなかったのだ。
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登場人物紹介

◯◆響

普通の男子高校生だった17歳。

アスカに命を狙われ、シエルに〝混血の禁忌〟を犯されて

生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となった結果、

生物界での居場所を根底から奪われた過去を持つ。

◆アスカ

物語当初は響の命を狙う任務に就いていたヤミ属執行者。

シエルに紋翼を奪われて執行者の資格を失ったが、

響が志願したことにより彼も執行者に復帰することとなった。

以降は響の守護を最優先の使命とする。

◇シエル

〝悪夢のなかで出会った神様〟と響が誤認した相手。

アスカの紋翼を無惨に引きちぎり、

響に〝混血の禁忌〟を犯した相手でもある。

アスカと因縁があるようだが……?

◆ヴァイス

ヤミ属執行者。

〝混血の禁忌〟に遭った響の首を切り落とそうとした。

長身かつ顔面をペストマスクで覆った容姿はシンプルに恐ろしい。

アスカの元育て親、ディルの相棒。

◆ディル

ヤミ属執行者。

しかし軍医的位置づけであるため執行行為はご無沙汰。

ヴァイスの相棒かつ響の担当医、キララの元育て親でもある。

素晴らしい薬の開発者でもあるが、ネーミングセンスがことごとくダサい。

◯乃絵莉

響の妹、だった少女。

響にとって何よりも守りたい存在。

響が〝半陰〟となって以降は一人っ子と再定義された。

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