第13話 もうひとつの権能《ヴァイス》

文字数 2,751文字

 数ヶ月前。生物としての存在養分を得るため、響はアスカと共に日本の繁華街へ降り立った。

 その際に邂逅し討伐することとなった毛玉型罪科獣と今回の毛玉型罪科獣は酷似しているという。

 確かに〝己の存在養分たりえる存在が周囲に多数存在しているにもかかわらず、響を認めた途端響だけを狙い始める〟という特性も同じだ。

 キツネ型罪科獣は一尾も八尾も響にこだわる素振りはなかった。似た罪科獣だけが決まって響を狙ったということだ。

 また、大抵の場合、ヤミ属執行者はどんなに姿カタチを変えた罪科獣でも核を見れば元が何の生物であったか知ることができる。

 しかし毛玉型罪科獣はことごとく判然としなかった。そればかりか彼らを見るたびに気持ちの悪い違和感がつきまとった。ヴァイスはこれまで何千何万と罪科獣を討伐してきたが、彼らの放つ歪さは初めてだった。

 さらに彼らは今回もヤミ神に観測されていなかった。あれほどの数がいたというのに。今相手にしている八尾と違って観測を免れない弱個体に見受けられたというのに。

 ゆえにヴァイスは攻撃を続ける鬼火キツネたちを躱しながら問いかける。

「八尾の君。実は私たちと意思疎通ができると見受けるが、教えてくれないかな。あの毛玉たちが何であるか、何故君の一部を害していたか。

 そもそも君が一部を切り離したのは彼らが関係している?

 どうして君の一部は毛玉を撃退せず逃げ続けるばかりだったのだろう。君にとって彼らはそれほどに脅威だったのかな」

 返事はない。

「……もしや彼らは君と同類ではない? ああ失敬、君の方がはるかに格上であることは分かるよ。

 だが、そんな君が格下の相手を刺激しないよう気を遣っていたふうにも見えたものでね。

 どんなにしろ、彼らについて少しでも知っているなら教えてほしいんだ」

 さらに問いを重ねる。

 どんなものでもいい、少しでも情報を集めなければ――ヴァイスがそう思う程度には、あの歪な罪科獣たちからはキナぐさい匂いがしたのだ。

「黙秘か。淋しいな」

 しかし問いかけも虚しく、八匹のキツネたちが応じる気配は一向になかった。

 むしろ必死に攻撃を仕掛けているにもかかわらずことごとく躱され、悠長な様子で問いを向けられたことで矜持を傷つけられたか、八匹すべての双眸にはさらなる殺意が宿っていた。

「おや」

 と、そのとき――ヴァイスの足元の地面が、突如鋭い牙の生え揃った口内へと姿を変える。

 正確には地面が押し上げられる形で割れ、地中からヴァイスを丸呑みせんと開いた口腔が真上へ飛び出してきた。どうやら密かに一匹のキツネが地中へ潜り込んでいたらしい。

 ヴァイスはそれを真上に跳躍して回避したが、キツネたちの本当の狙いはそれだった。

「ふむ」

 二匹が混ざり合って巨大な一匹となったキツネもまた、真上で口を開けてダイブしてくる。

 それだけではない。同じように混ざり合って一匹となった巨大キツネ三匹が横三方向からも襲いかかってきたのだ。

 鬼火の宿る巨躯に上下かつ横三方向から同時に狙われては、さしものヴァイスにも逃げ場がない。

「――面白い。私に攻撃を仕掛けながら八匹それぞれが少しずつ分裂し、九匹目を作って地中に潜り込ませていたとはね」

 しかし鬼火がヴァイスへと触れ、グロテスクな口内に飲み込まれ噛み砕かれると思われた刹那、それは起こった。

「おかげで少々驚いてしまった。やはり戦闘中に考えごとはよくないね」

 のんきに言うヴァイスは宙に浮いている。

 無論、それはおかしなことではない。紋翼を持つのだから空中に浮くことなど造作のないことだ。

 問題は、ヴァイスを全方向から取り囲む九匹のキツネたちがそれぞれ一輪の金環に身を囲まれ、動かなくなったことだ。

 下方向からヴァイスを狙ったキツネはもとより、上方向や横方向から襲いかかってきたキツネたちも口を開け空中に繋ぎ止められた姿勢のまま静止している。まるで時が止まったかのような光景だ。

 ――いや、実際に時が止まっているのだ。彼らキツネたちだけが。

「〝逆行〟」

 そして時を止めるキツネたちの中心でヴァイスが囁いた瞬間、彼らは唐突に動き出した。

 しかしやはりその鋭い牙はヴァイスを捉えることはない。

 むしろキツネたちは逆再生するかのような動きでヴァイスから離れていき、限界まで開かれていた口もまた閉じていく。

「〝茨〟」

 また声。同時に何もない空間からおびただしい数の茨が一瞬のうちに生え出てきた。

 迷いなく五匹の巨大な鬼火キツネへと伸びて頭や肉体を貫通するのは強靭なツル、内部を深く抉るのは鋭利なトゲ。

 グギュアアアアアア!! 辺りに轟音のごとき苦鳴が辺りに響き渡った。

 真上や横から襲ってきた四匹のキツネは紫の血をまき散らしながらヨロヨロと後退していく。

 地中のキツネはその四匹に吸い込まれるかのごとく存在を消失させていった。

 〝茨〟――それは任意の場所に茨を発現することのできるヴァイスの権能だ。

 長短、硬度、鋭利さ、素材などを自由に変えられ、近距離戦でも遠距離戦でも有用であるため、ヴァイスは戦闘においてこの権能をよく使用する。

「っえ!? 今、今のなに……!?」

 しかし、上空からアスカと共にヴァイスの戦闘を眺めていた響が驚きを示したのはこの〝茨〟ではない。

 八尾のキツネが八匹のキツネになったこと、さらに分裂したり混ざり合ったりしたこと、目にも止まらぬ動きを繰り広げたこと――そんな彼らをヴァイスが淡々と躱し続けたことにももちろん驚いたが、今の響の驚愕はそこでもない。

 ヴァイスのピンチかと思われた矢先にキツネたちがピタリと動きを止め、さらに逆再生するかのように戻った事実こそが響に強い衝撃を走らせたのだ。

 同じくヴァイスの戦闘を見学していたアスカは響の下で――響がアスカの両手首を持っているのでずっとバンザイの姿勢だ――小さく頷く。

「ヴァイス先輩のもうひとつの権能〝クロノス〟だ」

「クロノス?」

「簡単に言えば対象に流れる時間を操れる能力だな」

 権能〝クロノス〟

 人が語り紡いだ神・時間神クロノスの名を冠するこの能力は、使用すると膨大な神陰力と引き換えに対象の時間を操作することが可能となる。

 ヴァイスが今しがた使ってみせたのは〝停止〟と〝逆行〟

 ヴァイスはこの権能を用いて噛み砕こうとする八匹のキツネたちの動きを止め、巻き戻したのだ。

「そんな権能まであるの!? もはや無敵じゃん……」

「ああ。無敵だ」

 きっぱりと言いきるアスカ。そこにはヴァイスへの大きな信頼が確かにある。

 響は再び眼下に意識を集中させた。

 〝茨〟によって頭や身体を串刺しにされてなお地に伏さないキツネたち、そしてそれを驚くでもなく眺めるヴァイスに。

 そう。まだ戦闘は終わっていなかったのだ。
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登場人物紹介

◯◆響

普通の男子高校生だった17歳。

アスカに命を狙われ、シエルに〝混血の禁忌〟を犯されて

生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となった結果、

生物界での居場所を根底から奪われた過去を持つ。

◆アスカ

物語当初は響の命を狙う任務に就いていたヤミ属執行者。

シエルに紋翼を奪われて執行者の資格を失ったが、

響が志願したことにより彼も執行者に復帰することとなった。

以降は響の守護を最優先の使命とする。

◇シエル

〝悪夢のなかで出会った神様〟と響が誤認した相手。

アスカの紋翼を無惨に引きちぎり、

響に〝混血の禁忌〟を犯した相手でもある。

アスカと因縁があるようだが……?

◆ヴァイス

ヤミ属執行者。

〝混血の禁忌〟に遭った響の首を切り落とそうとした。

長身かつ顔面をペストマスクで覆った容姿はシンプルに恐ろしい。

アスカの元育て親、ディルの相棒。

◆ディル

ヤミ属執行者。

しかし軍医的位置づけであるため執行行為はご無沙汰。

ヴァイスの相棒かつ響の担当医、キララの元育て親でもある。

素晴らしい薬の開発者でもあるが、ネーミングセンスがことごとくダサい。

◯乃絵莉

響の妹、だった少女。

響にとって何よりも守りたい存在。

響が〝半陰〟となって以降は一人っ子と再定義された。

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