第18話 衝撃的すぎる新事実

文字数 3,485文字

「母ぢゃんホントにホントにありがとうっス、こんな出来の悪い娘なのに許じでくれでぇえええッ!!」

「だぁあッ、うるせぇ! 言っとくが仕事中にミス連発したのは許してねぇからな! つうか家以外では親方と呼べって言ってんだろうが!!」

「だってぇ、だっでぇッ~~アタイ父ちゃんと母ちゃんの子どもで良かったぁ……生んでくれてありがとうっス~~!!」

「……か、母ちゃん……?」

 どうやら聞き間違いではないらしい単語を響は自身でも口にする。

 それはピイピイと泣き騒ぐリェナやそれを制するザドリックの耳には入っていないようだったが、傍らのアスカには聞こえていたようだ。

 しかしだからといって響同様の衝撃に襲われている様子はない。

「ああ。リェナはザドリックさんとリュニオンさんの子どもだ。あまりザドリックさんに似ていないから驚くのも無理はない」

「いや……髪とか肌の色は似てるから親子なのは納得できる、けど……お、お母さん、ってどういう意味?」

 ザドリックは見るからに屈強な大男だ。声も低いし、格好だって半裸に近く、体躯に女性的特徴も見受けられない。

 父親と言われればまったく疑う余地のない見かけである。だからこそリェナの言葉の意味が分からない。

 しかし響の問いにもアスカは平常の顔――いや、少しだけ胡乱げではある――で頷いてくる。

「そのままの意味だ。リェナはザドリックさんから生まれた」

「えっ、で、でもどう見たって――いやッダメだ。今のナシで。この話は終わりにした方がいいヤツだ……」

 このまま話を進めるのは危ない気がして、響は唐突に自分へ待ったをかけた。

 真面目なアスカが言うのだからザドリックは確かにリェナを生んだのだろう。

 ならばザドリックは男性のように見えて女性ということになり、話題としてはあまりにデリケートだと判断したのだ。響もついこの間まで現代人だったのでその辺りは気をつかうのだ。

 そんな響の胸中を知るよしもないアスカは不思議そうに眉根を寄せ続ける。

 しかしふと合点がいったような表情になった。

「言っておくが直系属子に性別はないぞ」

「……へっ?」

「傍系属子は人間のように性が分化している者が多いようだが、神核から直接生み落とされたザドリックさんや他の直系属子は男女両方の性質をあわせ持つ。両性具有だ」

「…………」

 響は時を止める。

 男性に見える女性とか、話題としてデリケートとか、そういう次元の話ですらないらしい。

 ザドリックは男性でも女性でもあり、だからリェナを生んだのだと。直系属子はそもそもとして性の別がな――

「ッえ!? ならアスカ君も!?」

「ああ」

 今さらな驚愕の事実に大声で訊き返すも、アスカはやはり普通の顔で頷いてくる。

 だがそれで納得できるわけがない。今まで男性として接してきた相手が女性でもあると知って平静でいられるだろうか。

 確かにアスカの顔立ちは中性寄りだと思っていた。しかしザドリック同様声も低いし、均整な体躯には女性的特徴は皆無、男性的な筋肉に彩られているばかりだった。

 というか同性として普通に半裸を視界に入れていたこともあったが大丈夫だったのだろうか!? 同居していて平気だったのか、呼び方もアスカ〝君〟だと失礼だったのか……!? 響の頭のなかを様々な疑問が駆け巡っていく。

「いや待って、じゃあヴァイスさんも!?」

「そうだ」

「キララさんやルリハさん、エンラ様も!?」

「ああ。神託者のおふたりもな」

「……ディルさんも!? 無精ひげ生えてるのに!?」

 今まで信じてきたもの、というか勝手にそうと思い込んできたものがガラガラと瓦解していく。

 素顔を目にしたことはなかったが背丈と声からして男性だと思っていたヴァイス、ミリタリーアイドルな美少女にしか見えなかったキララやルリハ。

 妖艶な美女と認識していたエンラ、ミステリアスで淑女といった容姿のアウラーエとヤーシュナ。気のいい兄貴分として接していたディル――

 彼らが自分とは明らかに違うモノだということを目前に突きつけられた気分だ。

「そうだが……そんなに驚くことか」

 しかし、アスカの困惑した表情を前にすれば少しばかり我に返った。

 何故ならヤミ属が非生物であり神の一部であること自体は既に知らされていたことだ。

 人間が紡いできた神話にも両性具有、果ては生んだ子どもが〝国〟そのものとか、流した血から子が生まれたとかトンデモ設定がたくさんある。

 それに何より、自分の常識とは違っていようと彼らが彼らであることは変わりない。そう思い至ったからだ。

 とはいえ――心はそう簡単に落ち着きを取り戻してくれないのだが。

「~~ッとにかく、さっさと作ったモン見せやがれってんだ! 娘が初めて作った防具だろうがソンタクはねぇ、〝リュニオン〟の名を背負うのであれば一定水準に達してる必要があるからな!」

 そんなところでザドリックの業を煮やした声が響の耳に聞こえてくる。

 そちらへ視線を向ければ、調子が狂って苛立ったような雰囲気を出しつつもまんざらでなさそうなザドリック。

 そしてもはや涙で顔がぐちゃぐちゃになったリェナ。

「があああぢゃああああん!!」

「うるせぇっつってんだろ、〝縛り〟入れンぞ!」

「しば、縛り!? さすがにそれはちょっとアウトなんじゃ!?」

 未だ心の平静を取り戻しきれていない響は〝縛り〟というザドリックの言葉に過反応してしまう。

 顔が少し赤くなってしまったのは思春期な邪推のせいなので許されたい。

「……響。多分、お前が想像しているのは違う縛りだ」

「ギクッ!?」

 頭の中を見すかしたかのように冷静なツッコミを入れてきたのはアスカだ。

 それに響は肩を大きく揺れるも――変な声も出してしまって恥ずかしさも二倍――彼は淡々と続ける。

「ザドリックさんの言う〝縛り〟の正式名称は〝属子使役〟。親が我が子を使役できる能力だ」

「し、使役できる能力……親が我が子を?」

「ああ。傍系属子は〝両親から少しずつ分け与えられた神核片を結合させた新たな神核片〟を核として生まれてくる者を指すが、覚えているか」

「うん。この前ヴァイスさんに教えてもらった話だよね」

「そうだ。自分の神核片を分け与えたということは、親からすれば子の半分は自分ということになる。

 だから親はまるで自分の身体を動かすように子を使役することができる。そしてそれは子からすると抗うのが相当難しいものだ」

「……あ、だからあのときザドリックさんの言葉に特別な力を感じたのか……」

 初めてこの〝防具工房リュニオン〟を訪れた際、ザドリックは昼食を作ろうとするリェナを呼び戻そうと『こっちに戻りやがれ』と声を張り上げていた。

 そしてその言葉に響は妙な強制力を感じていた。

 事実、命令された直後のリェナがまるで引っ張られるように工房へ姿を現したので、恐らくあれが〝属子使役〟なのだろう。

 響はぞんざいに手ぬぐいを渡すザドリックと、それを受け取って涙を拭うリェナに目を向ける。

 先ほどの性別のこともそうだが、ヤミ属やヒカリ属は親子の在り方も生物とまったく違うのを再確認した。

 気後れするのはもちろん、いつか慣れる日が来るのだろうかと心配になってしまう。

 ――と、そんなことを考えていた矢先だった。どこからともなくやってきた一羽の黒い鳥が響の肩にバサリと留まったのは。

「……!」

 足が三本あるこの鳥はヤタガラス。神託者の伝令役である。

 響が目を見開くと同時にヤタは一声ギャアと声を上げ、響とアスカの頭へ直接伝令を届けてきた。

〝勅令、勅令。我ラガヤミ神ヨリ指名勅令アリ。

 アスカ、ヒビキ、両名ハ神域ヘ参上セヨ――罪科獣執行ノ任務デアル〟

「……なんだと」

「え、また指名勅令が僕たちに? ていうか〝罪科獣執行〟って……!?」

 伝令を告げ終わればもはや用はないとばかりに飛んでいくヤタを尻目に、響はアスカを見上げた。

 アスカもまた眉間を深く寄せながらも響を見下ろす。

「考えるのはあとだ。神域へ向かうぞ、響」

「う、うん!」

「うぇっ? まだ防具渡してないっスよー!」

「ごめん。神託を受けてくるから、それまでザドリックさんに防具チェックしてもらってて!」

 ザドリックへ一礼ののちに颯爽と出入口を出ていくアスカ、それを追いながらリェナに言う響。無論リェナの返事を待つ時間はない。

 指名勅令、すなわちヤミ神から直々の任務下命。

 下級にはほぼ有り得ないらしい指名勅令が自分たちに二度も下りた。

 さらに内容は〝罪科獣執行〟だという――

「っ……」

 響の鼓動は緊張と不安でバクバクやかましい音を立て始めていた。
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登場人物紹介

◯◆響

普通の男子高校生だった17歳。

アスカに命を狙われ、シエルに〝混血の禁忌〟を犯されて

生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となった結果、

生物界での居場所を根底から奪われた過去を持つ。

◆アスカ

物語当初は響の命を狙う任務に就いていたヤミ属執行者。

シエルに紋翼を奪われて執行者の資格を失ったが、

響が志願したことにより彼も執行者に復帰することとなった。

以降は響の守護を最優先の使命とする。

◇シエル

〝悪夢のなかで出会った神様〟と響が誤認した相手。

アスカの紋翼を無惨に引きちぎり、

響に〝混血の禁忌〟を犯した相手でもある。

アスカと因縁があるようだが……?

◆ヴァイス

ヤミ属執行者。

〝混血の禁忌〟に遭った響の首を切り落とそうとした。

長身かつ顔面をペストマスクで覆った容姿はシンプルに恐ろしい。

アスカの元育て親、ディルの相棒。

◆ディル

ヤミ属執行者。

しかし軍医的位置づけであるため執行行為はご無沙汰。

ヴァイスの相棒かつ響の担当医、キララの元育て親でもある。

素晴らしい薬の開発者でもあるが、ネーミングセンスがことごとくダサい。

◯乃絵莉

響の妹、だった少女。

響にとって何よりも守りたい存在。

響が〝半陰〟となって以降は一人っ子と再定義された。

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