第18話 明暗な名案~特訓3日目~
文字数 3,498文字
それから約十分後。
霊獣の大群を離れて戻ってくるよう指示されたアスカは、大した説明もないままにロイドの数メートル前へ立たされていた。
ロイドは自身の武器である大剣を既に構えており、アスカは着ているツナギの袖で雑に顔の汗を拭いながら仏頂面を胡乱げにする。
離れた場所でひとりニャンニャンブーに追われ走り続ける響を気にしながらヴァイスを見上げた。
「アスカ。最後の特訓といこう」
「……、」
「君がこれからすべきことはふたつ。
一、ロイド団長と戦い彼を降参させること。
二、響くんを霊獣の群れから救い出すこと。
どちらが先でもいいが、ロイド団長は君が意識を外に向けることを簡単には許さない。
響くんは君がフォローしてようやく逃げきれていたからね。悠長にやっていると響くんが危ない。頭を使って動くといい」
「……分かりました」
アスカの理解は速かった。目を閉じて、すう、と静かに息を吸ったかと思うと活性化させた神核片に右手を潜り込ませる。
右手を引くごとに姿を表す鉄パイプは、完全に引き抜かれると持ち手とは反対側に火を灯らせた。
その火は大きな三日月を形作り、鉄パイプは鋭利な刃を三日月の両側面に備えた大鎌へと変じた。
ロイドは大鎌を構えるアスカを瞳に映しながら精悍な顔をさらに引き締める。
「アスカ殿。お相手願う」
「こちらこそよろしくお願いします」
ヴァイスはそんなふたりを見つめている。だが、同じように事の次第を眺めていたのは彼だけではない。
「くだらん、付き合っていられん」
忌々しげに口元を歪めたのは副団長・ギオリア。
彼は始終不機嫌ヅラをしながら最後方で状況を静観していたが、ヴァイスが『ロイド団長。アスカと戦ってくれないかな』と突然言い出し、ロイドが『自分と戦うことが少しでもアスカ殿の、ひいてはヤミ属の力になるならば』と快諾した瞬間からイライラを露わにし始めた。
乗っている鬼馬に方向転換をさせるとレジーナたちを振り返る。
「お前たち、訓練場へ向かう。私に続け」
「えっ、ですがロイド団長が」
「あれは置いていく。ガーディアンの職務と無関係なことに身を投じたのだ、自業自得だろう」
「えー、でもまだちょっと時間には余裕ありますよぉ? 俺は見ていきたいなぁ~こっちの方がサボれそうだし」
「……ギオリア副団長、了解しました。レジーナ、僕たちはギオリア副団長と先に訓練場へ向かいます。
あなたは残ってください。団長の愛馬シェンタロンの手綱を持つ役は必要でしょう」
カミュが気を利かせて言うと、レジーナはほっとした様子で頷いた。
「了解。そうするわ」
「悪いね。少しの間君たちの団長を借りるよ」
「いいえヴァイスさん。団長が決めたことですし、ハインの言うとおり時間にはまだ余裕がありますから」
「フン! そこの凡夫に言っておけレジーナ。団員を私情に巻き込む貴様は団長失格だとな」
「ギオリア、すまない。皆をよろしく頼む」
レジーナへ言伝を頼んだように見えて、ギオリアのそれは実際は聞こえよがしだ。
しかしロイドは嫌味や皮肉の類を理解しない性質なのか、アスカから視線を外さぬままギオリアへ声をかけた。
ギオリアは心から不愉快そうな舌打ちをしたあとで他の団員を引き連れ去っていく。
鬼馬の疾走音が遠のくと、レジーナはハァと吐息をついた。ヴァイスはその一連から特に興味もない様子で視線を戻す。
「――!」
それを合図にしたかのごとく、静かに睨み合っていたアスカとロイドが突如動き出した。
ほぼ同時ではあったがアスカの方が圧倒的に速度がある。地を蹴りつつ大鎌を横に振り上げる。
ガキィン! しかしアスカの刃は振り切る前に大剣の腹で器用に防御されてしまう。
しかも単なる防御ではない。彼は速度の違いを挽回できるほどムダのない動きで、アスカの次撃移行が困難になるよう計算して刃を阻んだのだ。
アスカは身を切り替えそうとした。しかしその隙をロイドが見逃さない。
ロイドは後退しようとするアスカの方へ大鎌の刃を大剣で受け止めたまま前進――膂力は完全にロイドに分があった――アスカの体勢を崩しにかかる。
アスカはロイドの意図に気づき、すんでのところで横に逸れてロイドの前進力を逃した。
しかしロイドはその動きをも予見していたようだ。すぐさま対応し同じ状況に持ちこみ、大剣をまた一押しされた。
さらに強い力を加えられたままダメ押しのごとく大剣を操られ、大鎌に力が入りにくい角度を攻められる。アスカは押し返そうと試みるものの圧倒的膂力に押し止めるのが精いっぱいだ。
力ではどうしても敵わない。ゆえに迅速にこの状況を脱し、体勢を立て直したあとは速度を主軸にして戦うのが最良だ――アスカは考える。
しかし。
「っ!」
ロイドが一際強い力で大剣を持つ手を前に押し出してきた。しかも最も弱い角度を的確に狙われて。
大鎌が横に弾かれハッと目を見開くアスカ。しかしロイドはやはり逃さない。そのまま真っ向からアスカに突進してきた。
ロイドは動きが決して速くない。そのためアスカは大きく後退することで自身の身を立て直そうとしたのだが、それこそがロイドの狙いであった。大剣を存分に振るえる距離ができてしまったのだ。
「せいッ!」
威勢のよい掛け声とともに大剣が振り下ろされた。無論一撃だけではない。二撃、三撃と重ねられる。
言わずもがな大剣はリーチが長く、アスカはそれを後退したり横に逸れたりして躱すしかない。
「アスカ殿、逃げの一手でどうする! 自分に刃を振るわずして響殿を助けに向かう道などないぞ!」
ロイドが斬撃を重ねながらアスカに告げる。
まったくの正論。しかしその言葉でアスカは気にしてしまった。はるか遠くでひとり霊獣の大群から逃げ続ける響に一瞬目をやってしまったのだ。
その隙ももちろんロイドは見逃さない。これまでの単調な斬撃をやめたかと思えば、イノシシのごとく猛進してきた。
「ぐッ!」
盛大に吹っ飛ばされる。決して小さくはないアスカの身体も、突進するロイドの大柄に直撃しては成すすべがない。
遠く草の上へ投げ出されるアスカをロイドは冷静な顔で見送った。
――神域の守護を主とする防衛群・神域守護団は、ガーディアンのなかで最も精強とされるエリート集団だ。
その長となってまだ日が浅いロイドではあるが、先代の推薦と多くの団員、エンラの最終決定によって選ばれた実力はダテではない。
とはいえ、ヤミから生まれた傍系属子だ。ヤミ神から直接生み落とされた直系属子より基礎能力は落ちる。
しかし、紋翼を失い基礎能力が傍系属子程度まで下がったアスカからすれば格上な相手であることは間違いがない。
つまり良い対戦相手なのだ。さらに〝守る〟という志を同じにする者としてこれほど最適な相手もない。
ヴァイスがアスカをロイドと戦わせようと思い立ったのはそういう理由だった。完全に行き当たりばったりのヒラメキでもあったが。
ロイドに吹っ飛ばされたアスカだったものの、無様を上塗りするわけではなかった。
受け身を取り、体躯がバウンドするのに合わせて地に手のひらをつけてそのまま立ち上がる。
追撃はしなかったロイドだったが、アスカが立ち上がるや否や再度距離を詰めて大剣を振り下ろしてきた。アスカに思考する時間を与える気はないようだ。
大鎌を器用に操り持ちかえたアスカは攻撃に転じようとしていた。しかしまた巧みに斬撃を受ける流れに持ちこまれてしまった。
「くッ……!」
ロイドの一撃はかなり重く、それを大鎌の柄で受けたアスカの全身は軋む。ぐぐ、とさらに力を込められると食いしばった歯の隙間から低い声が勝手に漏れてしまう。
そのくらいの威力なのだ、何度もロイドの刃を受けることは得策ではない。だが、守りを本分とする彼はなかなか攻撃に転じさせてくれない。気ばかりが焦る。
ゆえにアスカは霊獣の大群から逃げ続ける響へまた視線を投げてしまった。
アスカの指示でようやく霊獣の突進を免れていた響が、今はひとりで逃げるしかない。
響の守護を使命とするアスカとしては気になって仕方がないことだ。だが、例え一瞬だけだとしてもロイドから意識を外すのが悪手なのは先刻も思い知ったことだ。
ロイドは鍔迫り合いの姿勢でさらに力を押し入れ、アスカの体幹を揺らがせた。このままではいけない。アスカはロイドの斜めに移動するカタチで押し負けるのを阻止しようとする。
しかしすぐ対応されてしまう。ギリギリ。ギリギリ。
「アスカ殿。そのような調子ではいつまで経っても自分を降参させることはできんぞ!」
ロイドはアスカに喝を入れる。
霊獣の大群を離れて戻ってくるよう指示されたアスカは、大した説明もないままにロイドの数メートル前へ立たされていた。
ロイドは自身の武器である大剣を既に構えており、アスカは着ているツナギの袖で雑に顔の汗を拭いながら仏頂面を胡乱げにする。
離れた場所でひとりニャンニャンブーに追われ走り続ける響を気にしながらヴァイスを見上げた。
「アスカ。最後の特訓といこう」
「……、」
「君がこれからすべきことはふたつ。
一、ロイド団長と戦い彼を降参させること。
二、響くんを霊獣の群れから救い出すこと。
どちらが先でもいいが、ロイド団長は君が意識を外に向けることを簡単には許さない。
響くんは君がフォローしてようやく逃げきれていたからね。悠長にやっていると響くんが危ない。頭を使って動くといい」
「……分かりました」
アスカの理解は速かった。目を閉じて、すう、と静かに息を吸ったかと思うと活性化させた神核片に右手を潜り込ませる。
右手を引くごとに姿を表す鉄パイプは、完全に引き抜かれると持ち手とは反対側に火を灯らせた。
その火は大きな三日月を形作り、鉄パイプは鋭利な刃を三日月の両側面に備えた大鎌へと変じた。
ロイドは大鎌を構えるアスカを瞳に映しながら精悍な顔をさらに引き締める。
「アスカ殿。お相手願う」
「こちらこそよろしくお願いします」
ヴァイスはそんなふたりを見つめている。だが、同じように事の次第を眺めていたのは彼だけではない。
「くだらん、付き合っていられん」
忌々しげに口元を歪めたのは副団長・ギオリア。
彼は始終不機嫌ヅラをしながら最後方で状況を静観していたが、ヴァイスが『ロイド団長。アスカと戦ってくれないかな』と突然言い出し、ロイドが『自分と戦うことが少しでもアスカ殿の、ひいてはヤミ属の力になるならば』と快諾した瞬間からイライラを露わにし始めた。
乗っている鬼馬に方向転換をさせるとレジーナたちを振り返る。
「お前たち、訓練場へ向かう。私に続け」
「えっ、ですがロイド団長が」
「あれは置いていく。ガーディアンの職務と無関係なことに身を投じたのだ、自業自得だろう」
「えー、でもまだちょっと時間には余裕ありますよぉ? 俺は見ていきたいなぁ~こっちの方がサボれそうだし」
「……ギオリア副団長、了解しました。レジーナ、僕たちはギオリア副団長と先に訓練場へ向かいます。
あなたは残ってください。団長の愛馬シェンタロンの手綱を持つ役は必要でしょう」
カミュが気を利かせて言うと、レジーナはほっとした様子で頷いた。
「了解。そうするわ」
「悪いね。少しの間君たちの団長を借りるよ」
「いいえヴァイスさん。団長が決めたことですし、ハインの言うとおり時間にはまだ余裕がありますから」
「フン! そこの凡夫に言っておけレジーナ。団員を私情に巻き込む貴様は団長失格だとな」
「ギオリア、すまない。皆をよろしく頼む」
レジーナへ言伝を頼んだように見えて、ギオリアのそれは実際は聞こえよがしだ。
しかしロイドは嫌味や皮肉の類を理解しない性質なのか、アスカから視線を外さぬままギオリアへ声をかけた。
ギオリアは心から不愉快そうな舌打ちをしたあとで他の団員を引き連れ去っていく。
鬼馬の疾走音が遠のくと、レジーナはハァと吐息をついた。ヴァイスはその一連から特に興味もない様子で視線を戻す。
「――!」
それを合図にしたかのごとく、静かに睨み合っていたアスカとロイドが突如動き出した。
ほぼ同時ではあったがアスカの方が圧倒的に速度がある。地を蹴りつつ大鎌を横に振り上げる。
ガキィン! しかしアスカの刃は振り切る前に大剣の腹で器用に防御されてしまう。
しかも単なる防御ではない。彼は速度の違いを挽回できるほどムダのない動きで、アスカの次撃移行が困難になるよう計算して刃を阻んだのだ。
アスカは身を切り替えそうとした。しかしその隙をロイドが見逃さない。
ロイドは後退しようとするアスカの方へ大鎌の刃を大剣で受け止めたまま前進――膂力は完全にロイドに分があった――アスカの体勢を崩しにかかる。
アスカはロイドの意図に気づき、すんでのところで横に逸れてロイドの前進力を逃した。
しかしロイドはその動きをも予見していたようだ。すぐさま対応し同じ状況に持ちこみ、大剣をまた一押しされた。
さらに強い力を加えられたままダメ押しのごとく大剣を操られ、大鎌に力が入りにくい角度を攻められる。アスカは押し返そうと試みるものの圧倒的膂力に押し止めるのが精いっぱいだ。
力ではどうしても敵わない。ゆえに迅速にこの状況を脱し、体勢を立て直したあとは速度を主軸にして戦うのが最良だ――アスカは考える。
しかし。
「っ!」
ロイドが一際強い力で大剣を持つ手を前に押し出してきた。しかも最も弱い角度を的確に狙われて。
大鎌が横に弾かれハッと目を見開くアスカ。しかしロイドはやはり逃さない。そのまま真っ向からアスカに突進してきた。
ロイドは動きが決して速くない。そのためアスカは大きく後退することで自身の身を立て直そうとしたのだが、それこそがロイドの狙いであった。大剣を存分に振るえる距離ができてしまったのだ。
「せいッ!」
威勢のよい掛け声とともに大剣が振り下ろされた。無論一撃だけではない。二撃、三撃と重ねられる。
言わずもがな大剣はリーチが長く、アスカはそれを後退したり横に逸れたりして躱すしかない。
「アスカ殿、逃げの一手でどうする! 自分に刃を振るわずして響殿を助けに向かう道などないぞ!」
ロイドが斬撃を重ねながらアスカに告げる。
まったくの正論。しかしその言葉でアスカは気にしてしまった。はるか遠くでひとり霊獣の大群から逃げ続ける響に一瞬目をやってしまったのだ。
その隙ももちろんロイドは見逃さない。これまでの単調な斬撃をやめたかと思えば、イノシシのごとく猛進してきた。
「ぐッ!」
盛大に吹っ飛ばされる。決して小さくはないアスカの身体も、突進するロイドの大柄に直撃しては成すすべがない。
遠く草の上へ投げ出されるアスカをロイドは冷静な顔で見送った。
――神域の守護を主とする防衛群・神域守護団は、ガーディアンのなかで最も精強とされるエリート集団だ。
その長となってまだ日が浅いロイドではあるが、先代の推薦と多くの団員、エンラの最終決定によって選ばれた実力はダテではない。
とはいえ、ヤミから生まれた傍系属子だ。ヤミ神から直接生み落とされた直系属子より基礎能力は落ちる。
しかし、紋翼を失い基礎能力が傍系属子程度まで下がったアスカからすれば格上な相手であることは間違いがない。
つまり良い対戦相手なのだ。さらに〝守る〟という志を同じにする者としてこれほど最適な相手もない。
ヴァイスがアスカをロイドと戦わせようと思い立ったのはそういう理由だった。完全に行き当たりばったりのヒラメキでもあったが。
ロイドに吹っ飛ばされたアスカだったものの、無様を上塗りするわけではなかった。
受け身を取り、体躯がバウンドするのに合わせて地に手のひらをつけてそのまま立ち上がる。
追撃はしなかったロイドだったが、アスカが立ち上がるや否や再度距離を詰めて大剣を振り下ろしてきた。アスカに思考する時間を与える気はないようだ。
大鎌を器用に操り持ちかえたアスカは攻撃に転じようとしていた。しかしまた巧みに斬撃を受ける流れに持ちこまれてしまった。
「くッ……!」
ロイドの一撃はかなり重く、それを大鎌の柄で受けたアスカの全身は軋む。ぐぐ、とさらに力を込められると食いしばった歯の隙間から低い声が勝手に漏れてしまう。
そのくらいの威力なのだ、何度もロイドの刃を受けることは得策ではない。だが、守りを本分とする彼はなかなか攻撃に転じさせてくれない。気ばかりが焦る。
ゆえにアスカは霊獣の大群から逃げ続ける響へまた視線を投げてしまった。
アスカの指示でようやく霊獣の突進を免れていた響が、今はひとりで逃げるしかない。
響の守護を使命とするアスカとしては気になって仕方がないことだ。だが、例え一瞬だけだとしてもロイドから意識を外すのが悪手なのは先刻も思い知ったことだ。
ロイドは鍔迫り合いの姿勢でさらに力を押し入れ、アスカの体幹を揺らがせた。このままではいけない。アスカはロイドの斜めに移動するカタチで押し負けるのを阻止しようとする。
しかしすぐ対応されてしまう。ギリギリ。ギリギリ。
「アスカ殿。そのような調子ではいつまで経っても自分を降参させることはできんぞ!」
ロイドはアスカに喝を入れる。