第20話 成長~特訓3日目~
文字数 2,998文字
ぶひぶひん!! と鼻息荒く響を狙うニャンニャンブーをギリギリのところで避ける。
そこで響はふと気がついた。今までマトモに意識できていなかったが、ニャンニャンブーは突撃してくるときに一際鼻息が荒くなる。しかもその状態で突進してくる。
ならばこの鼻息が聞こえてきたときに振り返れば、タイミングを外すことはないのではないか?
「――!」
一際荒くなった鼻息がまた近づいてきたのを察知する。響は素早く振り返り、己の察知が正しかったことを認めると突進してくる一匹のニャンニャンブーを横へ移動して避ける。
「ッ、よし……!!」
狙いを外し哀れに脱落していくニャンニャンブーを見届け思わずガッツポーズ。
欲を言えば突進してくる彼らの数や位置・距離などが耳だけで推し量れれば、振り返る労力を走ることだけに回せるのだが、あいにく響にそこまでの能力はない。
しかし振り返るタイミングが掴めただけでも御の字だった。これならばアスカに頼らずとも逃げ続けられるはずだ。
続けて荒い鼻息が聞こえてきた。振り返って確認すると今度はニャンニャンブーが二匹同時に突進してきていることが分かった。
「ふっ!!」
腹に力を入れて右へ左へ身体をさばく。本当に苦しい。ギリギリだ。だが避けることができたという事実が自信になる。この方法で逃げ続けよう。
ヴァイスがこの〝追いかけられっこ〟をいつ終わらせてくれるかは分からない。遠目に確認したアスカも対峙していたヤミと戦い始めた。
アスカのことだからきっと戦っている最中も自分のことを気にかけるだろう――そう考えられる心の余裕を得た響は、できる限りアスカの目が届く範囲で逃げ続けることを意識したのだった。
* * *
響がそうやって霊獣の大群から逃げ続けるコツを掴み始めたころ。
「せァッ!!」
「っ、」
アスカはロイドの威勢のよい声と共に繰り出される連撃を防ぎ続けていた。
大剣はそれ自体が非常に重い。にもかかわらず軽々と扱うロイドの膂力が加われば、ただの一撃はただの一撃ではなくなる。
事実、受け流された斬撃がそのまま地面を斬りつけると草原は深い裂傷に苛まれた。圧倒的な攻撃力だ。
ロイドの動きも速くはないが決して鈍くはない。また、アスカがスピードで上回っていようが彼の技術力はそれに勝っている。
戦いに真摯に向き合ってきた者、消極的だった者との差が厳然とした事実となって示されているのだ。
「ヴァイスさん、響さんがひとりで立ち回れていることは分かりました。しかしやはり危ない状況だと判断します。
ロイド団長はガーディアンのなかで随一の大剣使い。アスカさんは劣勢であり、戦闘は長引くでしょう……響さんの限界が先にやってくるのは必至です」
「おや、レジーナ。君はアスカがこのままだと思うかい」
――だが、それは少し前までのこと。
ヴァイスが心配そうなレジーナに問うと、彼女は胡乱げな顔をする。
「? ええ。現にアスカさんは今まで一度も攻撃に出られていません」
「確かにね。だが、攻撃は数が多ければいいというものではない。一度きりでいいんだ」
ロイドの斬撃や打撃を防御し続けるアスカの顔には先ほどまでの切迫はなかった。
大鎌は相変わらず防御のためだけに使われており防戦一方。だが、そのなかで吸収したものは大きい。
ロイドに一喝を受けて以降、アスカは目の前の物事に集中した。
黒瞳を見開いてロイドの攻撃パターンや威力、テンポなどを観察。どう防御すれば膂力を受け流せるか、どの隙をつけば培われた技術力の先を行けるか。
アスカがリアルタイムに学び、そこからいくつもの手を考え、少しずつ最適解を導き出していることにヴァイスは気づいていた。
育て親として長年近くで成長を眺めてきたヴァイスによるアスカの評価は〝筋やセンスはいいが心が弱い〟に尽きた。
直系属子としてヤミ神に生み落とされたアスカは、その瞬間から執行者として〝生物の死を守る〟ことを運命づけられていた。
しかしだからといって性格までもが執行者に適しているとは限らない。
意見として表明することはなくとも、アスカは対象に死を与えることや傷つけることを極端に嫌がった。
ゆえに例え任務だとしても、守るためだとしても、アスカは戦闘や強くなることに長らく消極的だったのだ。
「心持ち次第で変わるものだね、アスカ」
ヴァイスはひとりごちる。
心が弱く消極的であったために犯してしまった取り返しのつかない失敗。
己の紋翼を埋め込まれた一人の人間は転生の輪から外れ、生物界での居場所を失った。皮肉にもアスカはそれゆえに守る者を得て、今ようやく本気で強くなろうとしている。
霊獣の大群に追われ続ける響がヴァイスやアスカの方へ少しずつ近づいてきた。その唇から絶叫はいつしか消えていた。身体などとうに限界だろうに、意志の灯る瞳をして懸命に走り続けている。
死の恐怖を間近にして折れない精神的強度は生来のものもあるだろうが、今培ったものもあるだろう。
響もまた強くなっていた。己で考え、道を切り開いているのだとヴァイスは理解する。
「うん、これはあと少しで勝負がつくな」
「……団長とアスカさんは睨み合っているだけですが?」
「十秒後」
「?」
「響くんがアスカに最接近するまでの時間だ。アスカは十秒後に決める」
響がいよいよ霊獣と共に近づいてきた。アスカがわずかに筋肉へと力を込める。武器である大鎌の位置を攻撃に最適な位置へと定める。
ロイドもまたしっかりと大剣を握り直す。最接近まであと五秒。
「……ふむ」
そんなときだ、ヴァイスがおもむろに左手を前に突き出したのは。
「〝茨〟」
そしてそう口にした途端。
突如として響の進行方向にある地面にヒビが入り――割れた。
「ッ!?」
しかし悠長にリアクションを取っているヒマはない。その割れ目から数十もの茨のツルが怒涛のごとく溢れ、響を襲ってきたのだから。
「うわあああああ!?」
これには響も声を上げた。前へ前へと進むことしかしてこなかった足は急に進路を変更することも止まることもできない。
しかしこのまま進んでは茨の餌食になってしまう。いや、もう遅い。茨の動きが速すぎた。茨は既に響の足下にも及んでいた。
前方と下方から茨、後ろにはニャンニャンブーの大群。響はあまりの恐怖に今度こそ目を閉じそうになる。
「飛べ、響!!」
しかし、凛と鼓膜を揺らすその声によって響の目は見開かれる。
そうだ。そうだった。自分には翼がある。紋翼があるのだ!
響は瞬時に背中へと意識を集中させる。心臓が熱くなり、そこから風が生まれては背中へと流れていく。
必死だった。失敗したら一巻の終わりだ。だが紋翼の展開は幸運にも成功、気の乱れが災いして暴風気味ではあったが、逆に今はそれが功を奏している。力強い風が響をぐんぐんと上空へ導いていく。風を生んで風を切っていく。
しかし、茨はそんな響を負けじと追いかけてきた。茨が遂に響の左足へと絡みつく。
グンと上へ進んでいた身体が下に引っ張られる。真上に飛ぶだけでは単調すぎたか。だが捕らえられてしまってはもはやどうしようもない。今度こそ終わりだ!
「――!」
そんななか、響は確かに見た。
ふと視線を向けた先、地面から上空の響へと向かって垂直に伸びる何本もの茨。
そしてそれを踏み台にしては跳躍し、こちらへ必死に肉薄するアスカの姿を。
そこで響はふと気がついた。今までマトモに意識できていなかったが、ニャンニャンブーは突撃してくるときに一際鼻息が荒くなる。しかもその状態で突進してくる。
ならばこの鼻息が聞こえてきたときに振り返れば、タイミングを外すことはないのではないか?
「――!」
一際荒くなった鼻息がまた近づいてきたのを察知する。響は素早く振り返り、己の察知が正しかったことを認めると突進してくる一匹のニャンニャンブーを横へ移動して避ける。
「ッ、よし……!!」
狙いを外し哀れに脱落していくニャンニャンブーを見届け思わずガッツポーズ。
欲を言えば突進してくる彼らの数や位置・距離などが耳だけで推し量れれば、振り返る労力を走ることだけに回せるのだが、あいにく響にそこまでの能力はない。
しかし振り返るタイミングが掴めただけでも御の字だった。これならばアスカに頼らずとも逃げ続けられるはずだ。
続けて荒い鼻息が聞こえてきた。振り返って確認すると今度はニャンニャンブーが二匹同時に突進してきていることが分かった。
「ふっ!!」
腹に力を入れて右へ左へ身体をさばく。本当に苦しい。ギリギリだ。だが避けることができたという事実が自信になる。この方法で逃げ続けよう。
ヴァイスがこの〝追いかけられっこ〟をいつ終わらせてくれるかは分からない。遠目に確認したアスカも対峙していたヤミと戦い始めた。
アスカのことだからきっと戦っている最中も自分のことを気にかけるだろう――そう考えられる心の余裕を得た響は、できる限りアスカの目が届く範囲で逃げ続けることを意識したのだった。
* * *
響がそうやって霊獣の大群から逃げ続けるコツを掴み始めたころ。
「せァッ!!」
「っ、」
アスカはロイドの威勢のよい声と共に繰り出される連撃を防ぎ続けていた。
大剣はそれ自体が非常に重い。にもかかわらず軽々と扱うロイドの膂力が加われば、ただの一撃はただの一撃ではなくなる。
事実、受け流された斬撃がそのまま地面を斬りつけると草原は深い裂傷に苛まれた。圧倒的な攻撃力だ。
ロイドの動きも速くはないが決して鈍くはない。また、アスカがスピードで上回っていようが彼の技術力はそれに勝っている。
戦いに真摯に向き合ってきた者、消極的だった者との差が厳然とした事実となって示されているのだ。
「ヴァイスさん、響さんがひとりで立ち回れていることは分かりました。しかしやはり危ない状況だと判断します。
ロイド団長はガーディアンのなかで随一の大剣使い。アスカさんは劣勢であり、戦闘は長引くでしょう……響さんの限界が先にやってくるのは必至です」
「おや、レジーナ。君はアスカがこのままだと思うかい」
――だが、それは少し前までのこと。
ヴァイスが心配そうなレジーナに問うと、彼女は胡乱げな顔をする。
「? ええ。現にアスカさんは今まで一度も攻撃に出られていません」
「確かにね。だが、攻撃は数が多ければいいというものではない。一度きりでいいんだ」
ロイドの斬撃や打撃を防御し続けるアスカの顔には先ほどまでの切迫はなかった。
大鎌は相変わらず防御のためだけに使われており防戦一方。だが、そのなかで吸収したものは大きい。
ロイドに一喝を受けて以降、アスカは目の前の物事に集中した。
黒瞳を見開いてロイドの攻撃パターンや威力、テンポなどを観察。どう防御すれば膂力を受け流せるか、どの隙をつけば培われた技術力の先を行けるか。
アスカがリアルタイムに学び、そこからいくつもの手を考え、少しずつ最適解を導き出していることにヴァイスは気づいていた。
育て親として長年近くで成長を眺めてきたヴァイスによるアスカの評価は〝筋やセンスはいいが心が弱い〟に尽きた。
直系属子としてヤミ神に生み落とされたアスカは、その瞬間から執行者として〝生物の死を守る〟ことを運命づけられていた。
しかしだからといって性格までもが執行者に適しているとは限らない。
意見として表明することはなくとも、アスカは対象に死を与えることや傷つけることを極端に嫌がった。
ゆえに例え任務だとしても、守るためだとしても、アスカは戦闘や強くなることに長らく消極的だったのだ。
「心持ち次第で変わるものだね、アスカ」
ヴァイスはひとりごちる。
心が弱く消極的であったために犯してしまった取り返しのつかない失敗。
己の紋翼を埋め込まれた一人の人間は転生の輪から外れ、生物界での居場所を失った。皮肉にもアスカはそれゆえに守る者を得て、今ようやく本気で強くなろうとしている。
霊獣の大群に追われ続ける響がヴァイスやアスカの方へ少しずつ近づいてきた。その唇から絶叫はいつしか消えていた。身体などとうに限界だろうに、意志の灯る瞳をして懸命に走り続けている。
死の恐怖を間近にして折れない精神的強度は生来のものもあるだろうが、今培ったものもあるだろう。
響もまた強くなっていた。己で考え、道を切り開いているのだとヴァイスは理解する。
「うん、これはあと少しで勝負がつくな」
「……団長とアスカさんは睨み合っているだけですが?」
「十秒後」
「?」
「響くんがアスカに最接近するまでの時間だ。アスカは十秒後に決める」
響がいよいよ霊獣と共に近づいてきた。アスカがわずかに筋肉へと力を込める。武器である大鎌の位置を攻撃に最適な位置へと定める。
ロイドもまたしっかりと大剣を握り直す。最接近まであと五秒。
「……ふむ」
そんなときだ、ヴァイスがおもむろに左手を前に突き出したのは。
「〝茨〟」
そしてそう口にした途端。
突如として響の進行方向にある地面にヒビが入り――割れた。
「ッ!?」
しかし悠長にリアクションを取っているヒマはない。その割れ目から数十もの茨のツルが怒涛のごとく溢れ、響を襲ってきたのだから。
「うわあああああ!?」
これには響も声を上げた。前へ前へと進むことしかしてこなかった足は急に進路を変更することも止まることもできない。
しかしこのまま進んでは茨の餌食になってしまう。いや、もう遅い。茨の動きが速すぎた。茨は既に響の足下にも及んでいた。
前方と下方から茨、後ろにはニャンニャンブーの大群。響はあまりの恐怖に今度こそ目を閉じそうになる。
「飛べ、響!!」
しかし、凛と鼓膜を揺らすその声によって響の目は見開かれる。
そうだ。そうだった。自分には翼がある。紋翼があるのだ!
響は瞬時に背中へと意識を集中させる。心臓が熱くなり、そこから風が生まれては背中へと流れていく。
必死だった。失敗したら一巻の終わりだ。だが紋翼の展開は幸運にも成功、気の乱れが災いして暴風気味ではあったが、逆に今はそれが功を奏している。力強い風が響をぐんぐんと上空へ導いていく。風を生んで風を切っていく。
しかし、茨はそんな響を負けじと追いかけてきた。茨が遂に響の左足へと絡みつく。
グンと上へ進んでいた身体が下に引っ張られる。真上に飛ぶだけでは単調すぎたか。だが捕らえられてしまってはもはやどうしようもない。今度こそ終わりだ!
「――!」
そんななか、響は確かに見た。
ふと視線を向けた先、地面から上空の響へと向かって垂直に伸びる何本もの茨。
そしてそれを踏み台にしては跳躍し、こちらへ必死に肉薄するアスカの姿を。