第8話 もうひとつの権能
文字数 4,095文字
「9997、……9998、9999……ッ10000っ……と!」
最後の数を叫ぶと、響は張り詰めていた筋肉や心を一気に緩めた。否、そのまま崩れ落ちたと表現した方が正しいかも知れない。
ヤミ属界、自室にて。朝の日課が今日も無事に完了したのだ。
初任務後に数日間引きこもっていたとき以外、響はヴァイスに言われたことを守って毎日こうして筋肉を育ててきた。
しかし未だに苦しいのは変わらない。
床についていた手腕も腹筋も背筋も下半身も酷使されることに慣れず、今日も感覚がなくなっている。汗も呼吸も忙しないし、見た目にも変化がない。
「はぁ~……けど、前よりはできるように、なってきた気がする……」
それでもわずかに前進できている実感はあった。少なくともこうして続けられていることは自信に繋がっている。
頑張っている自分へ頷いてやりながら、響はよろよろと起き上がった。
その後起動した〝窓〟で家族だった人々の元気そうな姿を見ていると――もちろんこれも日課だ――、不意にリビングルームの方から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
ハッとして時計を見上げれば約束の時間まであと少し。
響は急いでワイシャツやカーディガンに袖を通し、準備を終えれば起動していた〝窓〟を閉じようとする。
しかしそこで動きを止める。自分とは違う時間を過ごす人々へ向けて自然と唇が動いた。
「今日はアスカ君と生物界にお使いなんだ。頑張ってくるよ。じいちゃんばあちゃん、乃絵莉」
無論返事はない。しかしほんの少し彼らと家族だったころの気持ちを味わえて、閉じた唇には小さな笑みが咲いた。
そうやって満足すれば〝窓〟を閉じ、自分を待っているだろうアスカの元へと向かっていく。バタン。
「アスカ君、おはよう」
「……おはよう」
リビングルーム。響はソファに腰かけていたアスカへ歩み寄り朝の挨拶をした。
腕組みをするアスカはそれに低い声で応じてくる。
「ごめん、約束の時間を勘違いしてたかな」
「いや、そんなことはない。……お前の部屋から苦しげな声が聞こえてきたからな。迷った挙げ句声をかけてしまったが、変に急がせたようだ」
どうやら筋トレによる苦鳴がアスカにも漏れ聞こえていたらしい。
いつもは大声を出さないように留意しているのだが、今日は寝坊してしまったこともあって余裕がなかった。そのせいでいつもより大きな声が出てしまっていたのだろう。
響は苦笑する。
「筋トレしてたんだ。ちょっと急いでたから声を抑えるの忘れてたよ、ごめんね」
「いや、無事であればいいが……昨日の今日でよくやろうと思ったな。これから生物界を何回も移動するのに支障はないのか」
「だ、大丈夫。多分」
アスカの言葉に響は顔を若干引きつらせた。
今日は防具を作成してくれるリェナに請われたお使いのため生物界へ下りる。
お使い自体は難しくない。指定された地点に一定時間留まるだけらしいので楽だが、その指定された地点が世界中の数ヶ所に渡るため紋翼での移動は必須だ。
紋翼があれば地球の裏側にも一瞬で移動できるものの、距離に比して神陰力や精神力を多く使用する。
筋トレはあくまで筋トレなので内なる神陰力に影響はないが、狙った場所に移動するには精神力が必要不可欠だ。
お使い前に大きな苦鳴が出るほどの量をこなすのは得策ではなかっただろう。昨日はヴァイスによる特訓で神陰力も身体もかなり使ったのだからなおさらだ。
「リェナのお使いには特に期限がないから厳しいようだったら後日でも構わない。昨日はケガもしていただろう」
「いや大丈夫。思ったより身体痛くないし、傷も完治してるから」
言えばアスカは昨日まで確かに傷のあった頬や手を見下ろしてくる。
そうして言葉のとおり傷がすべて治っていることを確認すれば小さく頷いた。
「お前は本当に傷の治りが速いな」
「普通の人間だったときは全然そんなことなかったんだけど……不思議だよ」
とはいえ治癒が速いのはありがたいことではある。
若干の筋肉痛は残っていたうえ、今の今まで筋トレをしていたので身体は重いが、紋翼を使用するのに不都合はなかった。
「問題がないのであれば予定どおり今日リェナのお使いに向かうが……出立する前に改めて言っておく。
お前は今後も権能を使う必要はない。神陰力に限度があることは昨日経験したとおりだ。慣れない権能を使って万が一のことにでもなったら大変だ」
「……」
アスカの言葉によって思い出されるのはつい昨日。本格的な特訓に移行する直前のことだ。
『響くん。君、もうひとつ権能を持っているようだ』
『……! えっ、ほんとですか!?』
予想だにしないヴァイスの発言に響は眉を持ち上げた。
あまりにも寝耳に水だった。ヤミ神に直接生み落とされた直系属子でも与えられる権能は大抵ひとつ。
それを直系属子でも傍系属子ですらない自分がふたつ持っているらしい――その特別感に興奮がじわじわと沸いてきた。
『うん。今〝風〟の権能を使ったときに一瞬だけそっちを発動しかかった。
明確な目的を持って神陰力を込めたわけではないから身体も混乱したんだろうね。
もうひとつの方もお披露目してごらん』
言われて前に向き直る。先ほどと同じように手を前に突き出す。
明確な目的を持って神陰力を込めたわけではないから身体が混乱した、というのなら今度は明確に〝風〟でない方を使うことを意識すれば発動できるはずだ。
『〝風〟じゃない方を……使うぞ!』
気張りすぎて声にまで出していたのも束の間。
――キイィイイイイン――
『!?……』
響はある変化に気づいた。〝風〟とは明らかに違う、自分のなかで起きた変化に。
最初に感知したのは音だ。
それもひとつやふたつではない、数千数万数億、もしくはそれ以上――数えきれないほどの音の洪水が強制的に自分の内部へと流れ込んでくる。
ひとつひとつはひどく認識しがたい。
人の声にも、動物の鳴き声にも、虫の翅音にも植物のざわめきにも聞こえ、どうにか把握しようとしても他の圧倒的な音に流されていき、また違う音に翻弄される。
しかも何の音かは分からないのに、そこに込められた意味や感情だけは手に取るように分かってしまう。
生きたい。死にたい。食べたい。傷つけたい。愛したい。嗤いたい。怒。喜。哀。憎悪。嫉妬。怨恨。気持ちの良いもの、それを上回る気持ちの悪いもの――
『響!!』
『あっ……?』
しかし聞き覚えのある声に名を呼ばれた瞬間、音の洪水は一気に止んだ。
いつの間にか閉じていたらしい目を見開けば目の前にはアスカの焦り顔と夜空。
意味が分からず目を白黒させる。自分は今まで何をしていたのだったか。
『大丈夫かい、響くん』
問われて声の方へ視線だけを向ければ、ヴァイスがこちらを見下ろしている。
彼の背後にも夜空があって、響はそこで自分が仰向けに倒れていることを知った。
『だいじょぶ、ですけど……僕は……あれ?』
『もうひとつの権能を使い、その直後に倒れたんだ』
『……、んん、そうでし、た……』
変わらず響のすぐ傍らにいるアスカが柔らかいもので響の鼻下を拭ってくる。
一体なんだと思ったが、焦点を合わせた先にあったものはアスカの着ている上衣の袖口だった。
そこに赤いものがついていたので、恐らく鼻血が出ていたのだろう。響はとっさに起き上がろうとする。
『ごめ、アスカくん……』
『いい。安静にしてろ』
『何が起こったのかな。無理のない範囲で教えてほしい』
『……音』
『音?』
『音が、すごくて……後から後から流れてきて……いや、でも。あれは本当に音だったのかな……』
『ふむ。音でないとしたら他に何が考えられるかな?』
『…………多分、あれは生物……ただの音の洪水なんかじゃなくて、生物の存在、意志、そのものだったんじゃないかなと、感じました……』
『……、』
『音ひとつひとつに気配や気持ち、意味があったんです……人、動物、植物、微生物……権能を使った瞬間に、ありとあらゆる生物の色々が、僕のなかを埋め尽くして、さらっていって……』
『なるほど。権能によって様々な生物たちの存在を身近に感じ取ったということかい』
『多分……。すごく騒々しくて、それに気を取られていたら倒れていた、感じです』
ぽつぽつと話しているうちに少しずつ元気を取り戻してきた。
頭はまだ後遺症のようにグルグルしているが、立ち上がることは難しくない。
ヴァイスは顎に手を当て――装着しているペストマスクの顎部分といった方が正しいが――思案している。
『まさか全生物の意識でも捉えたのか? 不思議な権能だな。私もそれなりに長く執行者をやっている身だが聞いたことがない』
『そうなんですか……』
『まぁ、今も半分は生物である響くんならではの権能なのだろうね。さしずめ〝共鳴〟といったところか』
『あの、この権能ってどう使えばいいんでしょう?』
『……』
『……』
『えっ』
『うん、まぁ、こっちはさらに使わなくてよさそうだね。そもそも使えな……コホン。使いどころがかなり限られるだろうし』
普段は単刀直入に言うはずのヴァイスが言葉を選んでいる事実に察する。しかも神陰力の消費量が相当えげつないことにも遅ればせながら気づく。
これが微妙なタイプの権能か! 妙に損をした気持ちになりつつ、その後は重い身体を引きずりながら懸命に〝風〟の権能の使い方を特訓したのだが――
響は昨日のことを思い返し終えると小さく苦笑する。
「確かに、権能を使って倒れるなんて笑えないもんなぁ。僕も守ってもらう身で余計に迷惑かけるのは避けたいよ」
「違う。俺が言いたいことはそうじゃない。……」
頭を掻きながらの響の言葉にそう返したきり、アスカは口をつぐんだ。
整った仏頂面は自分のなかにある思いをどう表現したらいいか考えあぐねているように見える。
だから響はアスカの言いたいことをすぐに理解した。
「ありがとうアスカ君。今日もよろしく!」
「……おう」
アスカは少し眉を持ち上げたあとで頷き、それに響も頷くと、ふたりは生物界へ出立する準備に入った。
リェナのお使い、いよいよスタートだ!
最後の数を叫ぶと、響は張り詰めていた筋肉や心を一気に緩めた。否、そのまま崩れ落ちたと表現した方が正しいかも知れない。
ヤミ属界、自室にて。朝の日課が今日も無事に完了したのだ。
初任務後に数日間引きこもっていたとき以外、響はヴァイスに言われたことを守って毎日こうして筋肉を育ててきた。
しかし未だに苦しいのは変わらない。
床についていた手腕も腹筋も背筋も下半身も酷使されることに慣れず、今日も感覚がなくなっている。汗も呼吸も忙しないし、見た目にも変化がない。
「はぁ~……けど、前よりはできるように、なってきた気がする……」
それでもわずかに前進できている実感はあった。少なくともこうして続けられていることは自信に繋がっている。
頑張っている自分へ頷いてやりながら、響はよろよろと起き上がった。
その後起動した〝窓〟で家族だった人々の元気そうな姿を見ていると――もちろんこれも日課だ――、不意にリビングルームの方から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
ハッとして時計を見上げれば約束の時間まであと少し。
響は急いでワイシャツやカーディガンに袖を通し、準備を終えれば起動していた〝窓〟を閉じようとする。
しかしそこで動きを止める。自分とは違う時間を過ごす人々へ向けて自然と唇が動いた。
「今日はアスカ君と生物界にお使いなんだ。頑張ってくるよ。じいちゃんばあちゃん、乃絵莉」
無論返事はない。しかしほんの少し彼らと家族だったころの気持ちを味わえて、閉じた唇には小さな笑みが咲いた。
そうやって満足すれば〝窓〟を閉じ、自分を待っているだろうアスカの元へと向かっていく。バタン。
「アスカ君、おはよう」
「……おはよう」
リビングルーム。響はソファに腰かけていたアスカへ歩み寄り朝の挨拶をした。
腕組みをするアスカはそれに低い声で応じてくる。
「ごめん、約束の時間を勘違いしてたかな」
「いや、そんなことはない。……お前の部屋から苦しげな声が聞こえてきたからな。迷った挙げ句声をかけてしまったが、変に急がせたようだ」
どうやら筋トレによる苦鳴がアスカにも漏れ聞こえていたらしい。
いつもは大声を出さないように留意しているのだが、今日は寝坊してしまったこともあって余裕がなかった。そのせいでいつもより大きな声が出てしまっていたのだろう。
響は苦笑する。
「筋トレしてたんだ。ちょっと急いでたから声を抑えるの忘れてたよ、ごめんね」
「いや、無事であればいいが……昨日の今日でよくやろうと思ったな。これから生物界を何回も移動するのに支障はないのか」
「だ、大丈夫。多分」
アスカの言葉に響は顔を若干引きつらせた。
今日は防具を作成してくれるリェナに請われたお使いのため生物界へ下りる。
お使い自体は難しくない。指定された地点に一定時間留まるだけらしいので楽だが、その指定された地点が世界中の数ヶ所に渡るため紋翼での移動は必須だ。
紋翼があれば地球の裏側にも一瞬で移動できるものの、距離に比して神陰力や精神力を多く使用する。
筋トレはあくまで筋トレなので内なる神陰力に影響はないが、狙った場所に移動するには精神力が必要不可欠だ。
お使い前に大きな苦鳴が出るほどの量をこなすのは得策ではなかっただろう。昨日はヴァイスによる特訓で神陰力も身体もかなり使ったのだからなおさらだ。
「リェナのお使いには特に期限がないから厳しいようだったら後日でも構わない。昨日はケガもしていただろう」
「いや大丈夫。思ったより身体痛くないし、傷も完治してるから」
言えばアスカは昨日まで確かに傷のあった頬や手を見下ろしてくる。
そうして言葉のとおり傷がすべて治っていることを確認すれば小さく頷いた。
「お前は本当に傷の治りが速いな」
「普通の人間だったときは全然そんなことなかったんだけど……不思議だよ」
とはいえ治癒が速いのはありがたいことではある。
若干の筋肉痛は残っていたうえ、今の今まで筋トレをしていたので身体は重いが、紋翼を使用するのに不都合はなかった。
「問題がないのであれば予定どおり今日リェナのお使いに向かうが……出立する前に改めて言っておく。
お前は今後も権能を使う必要はない。神陰力に限度があることは昨日経験したとおりだ。慣れない権能を使って万が一のことにでもなったら大変だ」
「……」
アスカの言葉によって思い出されるのはつい昨日。本格的な特訓に移行する直前のことだ。
『響くん。君、もうひとつ権能を持っているようだ』
『……! えっ、ほんとですか!?』
予想だにしないヴァイスの発言に響は眉を持ち上げた。
あまりにも寝耳に水だった。ヤミ神に直接生み落とされた直系属子でも与えられる権能は大抵ひとつ。
それを直系属子でも傍系属子ですらない自分がふたつ持っているらしい――その特別感に興奮がじわじわと沸いてきた。
『うん。今〝風〟の権能を使ったときに一瞬だけそっちを発動しかかった。
明確な目的を持って神陰力を込めたわけではないから身体も混乱したんだろうね。
もうひとつの方もお披露目してごらん』
言われて前に向き直る。先ほどと同じように手を前に突き出す。
明確な目的を持って神陰力を込めたわけではないから身体が混乱した、というのなら今度は明確に〝風〟でない方を使うことを意識すれば発動できるはずだ。
『〝風〟じゃない方を……使うぞ!』
気張りすぎて声にまで出していたのも束の間。
――キイィイイイイン――
『!?……』
響はある変化に気づいた。〝風〟とは明らかに違う、自分のなかで起きた変化に。
最初に感知したのは音だ。
それもひとつやふたつではない、数千数万数億、もしくはそれ以上――数えきれないほどの音の洪水が強制的に自分の内部へと流れ込んでくる。
ひとつひとつはひどく認識しがたい。
人の声にも、動物の鳴き声にも、虫の翅音にも植物のざわめきにも聞こえ、どうにか把握しようとしても他の圧倒的な音に流されていき、また違う音に翻弄される。
しかも何の音かは分からないのに、そこに込められた意味や感情だけは手に取るように分かってしまう。
生きたい。死にたい。食べたい。傷つけたい。愛したい。嗤いたい。怒。喜。哀。憎悪。嫉妬。怨恨。気持ちの良いもの、それを上回る気持ちの悪いもの――
『響!!』
『あっ……?』
しかし聞き覚えのある声に名を呼ばれた瞬間、音の洪水は一気に止んだ。
いつの間にか閉じていたらしい目を見開けば目の前にはアスカの焦り顔と夜空。
意味が分からず目を白黒させる。自分は今まで何をしていたのだったか。
『大丈夫かい、響くん』
問われて声の方へ視線だけを向ければ、ヴァイスがこちらを見下ろしている。
彼の背後にも夜空があって、響はそこで自分が仰向けに倒れていることを知った。
『だいじょぶ、ですけど……僕は……あれ?』
『もうひとつの権能を使い、その直後に倒れたんだ』
『……、んん、そうでし、た……』
変わらず響のすぐ傍らにいるアスカが柔らかいもので響の鼻下を拭ってくる。
一体なんだと思ったが、焦点を合わせた先にあったものはアスカの着ている上衣の袖口だった。
そこに赤いものがついていたので、恐らく鼻血が出ていたのだろう。響はとっさに起き上がろうとする。
『ごめ、アスカくん……』
『いい。安静にしてろ』
『何が起こったのかな。無理のない範囲で教えてほしい』
『……音』
『音?』
『音が、すごくて……後から後から流れてきて……いや、でも。あれは本当に音だったのかな……』
『ふむ。音でないとしたら他に何が考えられるかな?』
『…………多分、あれは生物……ただの音の洪水なんかじゃなくて、生物の存在、意志、そのものだったんじゃないかなと、感じました……』
『……、』
『音ひとつひとつに気配や気持ち、意味があったんです……人、動物、植物、微生物……権能を使った瞬間に、ありとあらゆる生物の色々が、僕のなかを埋め尽くして、さらっていって……』
『なるほど。権能によって様々な生物たちの存在を身近に感じ取ったということかい』
『多分……。すごく騒々しくて、それに気を取られていたら倒れていた、感じです』
ぽつぽつと話しているうちに少しずつ元気を取り戻してきた。
頭はまだ後遺症のようにグルグルしているが、立ち上がることは難しくない。
ヴァイスは顎に手を当て――装着しているペストマスクの顎部分といった方が正しいが――思案している。
『まさか全生物の意識でも捉えたのか? 不思議な権能だな。私もそれなりに長く執行者をやっている身だが聞いたことがない』
『そうなんですか……』
『まぁ、今も半分は生物である響くんならではの権能なのだろうね。さしずめ〝共鳴〟といったところか』
『あの、この権能ってどう使えばいいんでしょう?』
『……』
『……』
『えっ』
『うん、まぁ、こっちはさらに使わなくてよさそうだね。そもそも使えな……コホン。使いどころがかなり限られるだろうし』
普段は単刀直入に言うはずのヴァイスが言葉を選んでいる事実に察する。しかも神陰力の消費量が相当えげつないことにも遅ればせながら気づく。
これが微妙なタイプの権能か! 妙に損をした気持ちになりつつ、その後は重い身体を引きずりながら懸命に〝風〟の権能の使い方を特訓したのだが――
響は昨日のことを思い返し終えると小さく苦笑する。
「確かに、権能を使って倒れるなんて笑えないもんなぁ。僕も守ってもらう身で余計に迷惑かけるのは避けたいよ」
「違う。俺が言いたいことはそうじゃない。……」
頭を掻きながらの響の言葉にそう返したきり、アスカは口をつぐんだ。
整った仏頂面は自分のなかにある思いをどう表現したらいいか考えあぐねているように見える。
だから響はアスカの言いたいことをすぐに理解した。
「ありがとうアスカ君。今日もよろしく!」
「……おう」
アスカは少し眉を持ち上げたあとで頷き、それに響も頷くと、ふたりは生物界へ出立する準備に入った。
リェナのお使い、いよいよスタートだ!