第15話 追憶

文字数 3,331文字

「あら、どうされました我が主。ため息なんて珍しい……もしやお疲れですか?」

 ヤミ属界。

 裁定神殿の玉座にて、片肘をついたエンラが吐息をこぼすのを目ざとく見つけた側近長リンリンは問うた。

「でしたらしばしご休息を。〝裁定〟を待つ魂魄はいつものように山のごとく待機しておりますので、五分程度にはなりますが」

「リンリン。貴様、相変わらず主使いが荒いのう」

「うふふ、おかしなことを仰いますね。私は〝裁定〟の補佐役として貴方様に召喚された身ですのに」

 リンリンの笑みにエンラは少しの間のあとで「そうであったな」と苦笑する。

「この程度のことで疲弊するわけがなかろう。魂魄の裁定を止めるつもりはない。

 ただ少し、先日のアスカの報告を追憶しておっただけのこと」

 ――ヤミ属の統主、そしてヤミ神より〝裁定〟の権能を与えられしエンラスーロイ。

 彼女はヤミ神が生物の礎となって以来、生を終えて還ってきた魂魄に裁定を下しては魂魄の傷や歪みを癒やしてきた。何億年も、大した休息もなくだ。

 ゆえに常時権能を行使することは何ら問題ではない。彼女の心に巣食っていたのはまったく別のことだったのだ。

 リンリンはエンラの言葉で合点がいったように頷く。

「三日前の報告ですね。過去にヤミ属執行者三名を殺害後、そのまま生物界へ消えた大罪者シエルをアスカ殿がついに討伐したというものでした」

「ああ」

「朗報でしたわ。シエルが長期間生物界へ留まることによる下りた〝異分子排除〟の指名勅令――これをアスカ殿がようやく遂げられたのですから。

 何よりシエルは我が主がお与えになった多大なる恩を仇で返したのです。私も懸念事項のひとつが消えて肩の荷が減った思いですわ」

「……」

「やはり〝堕天の子〟などをこのヤミ属界へ入れるべきではなかったのです。ヤミ神のもとへ還った執行者三名がまた早く生誕できるよう祈り――我が主?」

 反響するリンリンの声にも応じず、エンラは玉座に背を預け高い天井を仰ぐ。

 真っ黒な眼球は遠く遠くを見ていた。

「……シエルの所業は如何なる理由があろうと許されるものではない。ゆえにこそ、我は規則どおりバディであったアスカにあやつの討伐を命じた。

 バディ関係は一蓮托生、ひとりの不始末はふたりの不始末であるからな。シエルの執行はアスカの責務であった」

「ええ。そうですとも」

「何がシエルを殺戮や離反に駆り立てたのか、神核片が砕けた今となっては確かめる術もない。そもそも理由を見つけ出したところで結末も変わらぬ。

 だが、あれほど仲睦まじかった兄弟がこのような道を辿るとは……。

 この末路を我が〝千里眼〟で見通せたなら良かった、などと柄にもなく考えてしまってのう」

「……」

「現状、ヤミ属とヒカリ属はほぼ断絶状態だ。

 〝生物の生を守る〟ヒカリ属と〝生物の死を守る〟ヤミ属とでは活躍の場が違うゆえ、我が〝裁定〟を施し万全となった魂魄をヒカリ属界へ送り出せれば職務上は何ひとつ問題はない。我もそれで構わぬと思っておった。

 だが……ここへ連れてこられた幼きシエルを目にした過去、何とも言えぬ懐旧を感じたのだよ。

 そしてふたりが寄り添う姿に、まるで天と地が再び結びついたような歓喜を覚えたのだ、あのときの我はな」

「……」

「アスカはよくやった。ディルの報告によると戦闘で負った傷も完治するころであろうが、もう少しばかり休暇を与えてやろう。心を整理する時間は今後のためにも必要だ」

「うふふ」

「なんだ、リンリン」

「物憂げでお優しい我が主が貴重でしたので、つい」

 リンリンがイタズラっぽい顔をしながら言う。

 すると側近の心配りに気づいたヤミ属の統主は、少しの間のあとで「茶化すでないぞ」と笑うのだった。








『――なんだよアスカ、どこにもいないと思ったらこんなとこで泣いてたのか』

『そんなんじゃ執行者になれないってヴァイスに叱られた? なーんだそんなことか。

 あんなノーキンの言うことなんか真に受ける必要ないっての! 表面上はしおらしくしといて、心のなかではベーッてしときゃいいんだよ』

『だってオマエは弱くない。確かに弱虫で泣き虫だけどさ、少しずつ強くなってきてるだろ。

 自分ではよく分からなくてもずっと一緒にいるオレが言うんだ、信じて損はないぜ』

『オマエが立ち止まったり転んだりするのはね、優しいからだ。相手に寄り添おうとするからだ。

 それでも立ち上がって歩きだせるのは強いからだ。

 だから大丈夫だよ、オマエは執行者になれる。例え本心ではなりたくないって思ってても』

『……オレはさ、生物の〝生きたい〟って気持ちを分かってやれる執行者がいてもいいと思うんだ。

 そのぶんオマエはずっと苦しいだろうけど……安心しろ。これからもオレはずっと一緒にいるから』

『オレが、支えてやるから』



「…………」



 ザアアアア……

『――ふう、やっと本星の罪科獣を執行できた。危ないとこフォローしてくれてありがとな、アスカ。

 俺の〝煙〟は雨だとマジで役立たずだからさ』

『いえ。カルカト先輩、シエルたちが引き受けた大量の子分たちはまだ残っているはずです。すぐ向かいましょう』

『先に合流しててくれるか。ニネもサッズもフィエナもいるから大丈夫だと思うが、一匹強めなヤツもいたからな。俺は念のため本星を執行し損なってないか見回ってから向かうよ』

『……、今シエルから念話で連絡が。あっちも完了だそうなので俺も一緒に見回ります』

『マジか。〝神核繋ぎ〟ほんと便利だな~俺も早くニネと繋がりてっ! あ、これエロい意味じゃないからね?

 ってそうじゃなくて。なら余計に早く合流してシエルの相手してて。ニネがアイツの顔ホレボレ眺めるの一刻も早く阻止してくれ!』

『……よく分かりませんが了解です』

 ザアア……パタパタ、パタパタ、

『シエル、ニネ先輩、フィエナとサッズ。ケガはな……、』

 パタパタ、ぴちょん、ザアアアアア……

『ど、』


『どうして、シエル……』



「…………」



『――響くん、初任務から持ち直したようだね。

 人間、それも少年の精神性で大したものだ』

『はい、ヴァイス先輩。既に五回ほど魂魄執行を終えました。やはり苦しそうではありますが、響は響なりの方法で任務を遂げています』

『ふふ。現在進行系で眠れているようだし、ゆくゆくは防具も持ってもらおうと思っているからね。

 響くんはもう心配がなさそうだ。響くんは』

『……、』

『本題に入ろうか。私が今回君たちの家を訪れたのは、君と話す必要があったからだ』

『……はい』

『アスカ。君はまだシエルの執行を諦めていないね。こうしてる今も分かるよ。目が物語っている。一度消えかけた炎が戻っているんだ』

『……』

『君の耳にも既に入っているかも知れないが、君と響くんが初めて魂魄執行を行った同刻同所、シエルの存在が確認された。

 ずっとシエルの居所を探っていたカルカトが戦闘を仕掛けたことで判明したことだ』

『それは……まだ知りません、でした』

『結果を伝えると、シエルはカルカトを重傷まで追いこんだのち逃亡した。

 あの日のニューヨークシティは雨が降っていた。カルカトの権能〝煙〟はシエルの権能〝水〟とすこぶる相性が悪い。仕掛けるには適していなかったが、シエルを見た瞬間憎しみが抑えきれなくなったんだそうだ。

 直前に君が執行者に返り咲いたことを知ってしまって、ニネ仇討ちの最後のチャンスだと焦ってもいたらしい』

『……』

『カルカトが仕掛け、敗北を喫したこと自体は仕方がない。問題はシエルがそこにいたことだ。

 何故彼は君や響くんと同じ地点にいたか――もちろん偶然ではない。

 現にシエルはカルカトへ言ったそうだ。せっかく見つけた君たちを妨害してやろうと思っていたのに、と』

『……』

『君も知っているように、シエルは神出鬼没だ。水のある場所ならば自由自在に移動できる。

 加えて前例もあるからね、今後任務中の君たちの前に現れないという保障は一切なく、その場合戦闘も避けられないだろう』

『……』

『アスカ。君が一番に優先すべきことは響くんを守ることだ。違うかい』

『……そうです。俺の最優先任務は、響を守り通すことです』

『そうだ。そしてだからこそ言おう――


 私にシエルの執行を、託しなさい』
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登場人物紹介

◯◆響

普通の男子高校生だった17歳。

アスカに命を狙われ、シエルに〝混血の禁忌〟を犯されて

生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となった結果、

生物界での居場所を根底から奪われた過去を持つ。

◆アスカ

物語当初は響の命を狙う任務に就いていたヤミ属執行者。

シエルに紋翼を奪われて執行者の資格を失ったが、

響が志願したことにより彼も執行者に復帰することとなった。

以降は響の守護を最優先の使命とする。

◇シエル

〝悪夢のなかで出会った神様〟と響が誤認した相手。

アスカの紋翼を無惨に引きちぎり、

響に〝混血の禁忌〟を犯した相手でもある。

アスカと因縁があるようだが……?

◆ヴァイス

ヤミ属執行者。

〝混血の禁忌〟に遭った響の首を切り落とそうとした。

長身かつ顔面をペストマスクで覆った容姿はシンプルに恐ろしい。

アスカの元育て親、ディルの相棒。

◆ディル

ヤミ属執行者。

しかし軍医的位置づけであるため執行行為はご無沙汰。

ヴァイスの相棒かつ響の担当医、キララの元育て親でもある。

素晴らしい薬の開発者でもあるが、ネーミングセンスがことごとくダサい。

◯乃絵莉

響の妹、だった少女。

響にとって何よりも守りたい存在。

響が〝半陰〟となって以降は一人っ子と再定義された。

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