第4話 ふんわりもっちり生命防具

文字数 3,115文字

「――あ、そういえば」

「へっ?」

 その声によって再び現実へ引き戻された響が見上げると、思い出したように響を見下ろすヴァイスと出会う。響は首を傾げる。

「まだ完成した防具を見せてもらっていなかったな。今日も持ってきたんだろう?」

「ああはい、使わないときは魂魄に格納できるんで。今出しますね」

 合点がいくと響は自身の左胸に目を落とし、

「おーい、今の話聞こえてたかな? 出てきてくれる?」

 そう声をかけた。途端――

「ハーイ!」

 と元気のいい第三者の声が上がり、響の左胸から丸いモノが飛び出てきた。

「オハヨーございヤンス、こんにちは、こんばんは、初めましてでヤンス!

 呼ばれて飛び出て即参上、ご主人をカゲにヒナタに支えるケナゲなタマウサギ型生命防具・ユエ助でヤンス、以後お見知り置きをー!」

 パンパカパーン。

 そんなラッパの音でも聞こえてきそうな登場をかましたそれは、バレーボールサイズの発光球体――黄色で所々にクレーターのような模様がある――を上から抱えた白いウサギであった。それも長い両耳が根本から垂れ下がったロップイヤーラビット。

 体毛にくるまれた身体はすべすべぬくぬく、抱きしめればまるで〝すあま〟のごとく柔らかい。

 満月にくっつきながら空中に浮かぶウサギにしか見えないが、これでもれっきとした防具なのだ。

「……はい。ってわけで、この子がリェナさんに作ってもらった生命防具、ユエ助です」

 微妙に黙ってしまったヴァイスへ響は言う。

 己の顔に少しばかり苦笑が浮かんでいる自覚があったので、それをごまかすために頬を掻くのも忘れない。

 昨日、エンラの忠告を受けたあと防具を受け取るために〝防具工房リュニオン〟へ戻ってきた響を出迎えたのがこのユエ助だった。

 響にとって防具というものは鎧だったり兜だったり、身体を防護するものだという印象しかなかった。

 それゆえ満面の笑みで差し出された球体引っつきウサギには目が点になるしかなく。

 冗談かと思いツッコミを入れようとも思ったのだが、傍らのアスカが仏頂面を困らせていたので『あ、これホントなんだ……』と思い直すことができた。

 ユエ助が自ら言ったとおり、リェナが声高々に呼称し響に披露された彼は、彼女の持つ混合権能〝生命鍛冶〟によって生み出された生命防具だ。

 母・ザドリックの権能〝想念鍛冶〟、今は亡き父・リュニオンの権能〝生命付与〟が混ざりあい結合し受け継がれたリェナの〝生命鍛冶〟は、自身で打った防具に生命――厳密に言えば自我を付与できるという。

 この可愛らしい姿で一体何をどう守るのだと思うところだが、説明を受けて実際その夜に使ってみれば確かに防具だと納得はできた。

 動力は響の神陰力であり、使用しないときは擬似的な神核片である響の心臓の周囲を衛星よろしく公転し、バイタルサインまで見守るという完璧さ。

 ただ一点、難点を挙げるとすれば割とうるさい。

「あっ、鳥っぽいマスクを付けた不気味なアナタ様がヴァイス様でヤンスね! おウワサはかねがね……ワーオ、ヴァイス様の肩に乗っているのはもしやあのカナリア様で!? オイラの創造主の師匠が生み出した珠玉の逸品、お会いできて光栄でヤンスー!! はぁはぁ、興奮が収まらないでヤンス、オイラのもっちり背中にサインをいただいても?」

「こ、こらユエ助。静かにね?」

「はわわ、オイラとしたことがソソーを……許してほしいでヤンスキライにならないでほしいでヤンス勝手におしゃべりモード失礼しましたでヤンス!」

 まくしたてるように言ったかと思えば、ユエ助はおもむろに己の右耳を下に引っ張る。

 すると口の部分にバッテン模様が出現し、急に喋らなくなった。

 ここでサイレントモードである。あとに残ったのは気まずい雰囲気。

「うーん、なるほど。思った以上にユニークな防具だったわけだね」

「そ、そうなんですよね~……」

 しかしヴァイスが意外と普通に受け入れてくれたので密かに安堵する。響はユエ助に左胸へ帰るよう促しながらまた苦笑した。

 思い返せば、響はリェナが何の要素を必要としていたか深く考えずにお使いをこなしていた。

 しかしユエ助を初めて目にしたとき――黄色の球体に引っ付くウサギのフォルムを認識したとき――何の要素が必要だったかはすぐに理解できた。

 指定されたポイントは山上や砂漠、湖、丘、海と一貫性はなかったものの、いずれも月のよく見える夜だった。

 そう、リェナがユエ助という防具を作るために欲した要素は〝月〟だったのだ。

 とはいえ、自分が集めたモノと出来上がったモノが符号したところで「何故」は拭えない。

 何故このカタチなのか。普通の防具ではいけなかったのか。

 リェナが『絶対に役に立つっス!』と誇らしげに己の胸を叩く背後で、ザドリックが額に手を当てて吐息をついていたことが思い出される。

 ユエ助が響の手にあるということは、彼がユエ助の性能に合格を言い渡したことの証明だ。

 だが、娘が初めて作った防具が斬新すぎて内心複雑だったのだろうと思われる。

「……」

 しかし、それはいいとして。

 一体どれだけ登れば山頂に着いてくれるのだろうか――今の響の悩みはそこだった。



 それからもしばらく登り続けたが、途中で湧き水が溜まって池のようになっている場所を見つけると一旦休憩となった。

 アスカとヴァイスは未だに疲弊の様子を見せないので響を慮っての提案だろう。それを情けなく思うものの、疲労が勝っているため素直に感謝だ。

 両手を器の形にして澄んだ水をすくい、口へもっていく。背を反らして一気に嚥下すると、冷たい水が喉を通っていくのが分かった。

 火照った身体にはあまりに心地よい。響は、ほう、と吐息をつく。

「ふむ。やはり実体化しているときに飲む水は美味しいね」

 そんなところでヴァイスが言ってくる。

 それに相槌を打とうとしたのも束の間、今なら素顔を拝めるんじゃないか? と響は急いでヴァイスを見上げた。

 しかし期待虚しく、彼は相変わらずペストマスクで顔全体を覆っている。いや、というかそもそも外した素振りもなかった。

「……本当に飲みました?」

「飲んだよ」

「う、嘘ですよね」

「本当だよ。冷たくて染み渡った」

「えぇ?」

「はっはっはっ」

 軽快な笑い声を上げながら湧き水の前から去っていくヴァイス。

 彼は本当に謎の多いヤミだ。響が〝半陰〟となり既に数ヶ月、まだ一度も素顔を拝めていない。

 というか、彼はペストマスクや右半身が金古美色の装飾具に彩られた赤褐色のロングコート、金属グローブを常時身につけており、肌という肌をほぼ隠しているのだ。

「響。平気か」

 いつか素顔を見てみたいな、などとぼんやり考えていると、響の対面で同じように湧き水を前にしているアスカが声をかけてきた。

「うん。水を飲んだらすごく回復したよ」

 言うと小さく頷くアスカ。

 彼は響がヴァイスと話しながら登山しているときも無言で少し前を歩くのみだった。

 そんな彼が自ら言葉を発してくれたことに響は安堵する。だから会話を繋げようと続けて口を開いた。

「アスカ君は罪科獣も執行したことがあるんだよね」

「ああ。まだ紋翼を持っていたころに、十体程度だが」

「そんなに! やっぱり大変だった?」

「執行対象による。だが、どの任務も駆け出しだった俺のレベルには合っていたんだろうな。難航する場面はあったが失敗したことはなかった」

「そっか。じゃあ、今回の任務も大丈夫かな……?」

「……言っただろ。任務もお前の守護も、俺はやり遂げる」

「うん。今回も頼りにさせてほしい」

 再び灯された炎のごとき言葉に響が笑みを広げていると、少し離れていたヴァイスが戻ってきた。
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登場人物紹介

◯◆響

普通の男子高校生だった17歳。

アスカに命を狙われ、シエルに〝混血の禁忌〟を犯されて

生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となった結果、

生物界での居場所を根底から奪われた過去を持つ。

◆アスカ

物語当初は響の命を狙う任務に就いていたヤミ属執行者。

シエルに紋翼を奪われて執行者の資格を失ったが、

響が志願したことにより彼も執行者に復帰することとなった。

以降は響の守護を最優先の使命とする。

◇シエル

〝悪夢のなかで出会った神様〟と響が誤認した相手。

アスカの紋翼を無惨に引きちぎり、

響に〝混血の禁忌〟を犯した相手でもある。

アスカと因縁があるようだが……?

◆ヴァイス

ヤミ属執行者。

〝混血の禁忌〟に遭った響の首を切り落とそうとした。

長身かつ顔面をペストマスクで覆った容姿はシンプルに恐ろしい。

アスカの元育て親、ディルの相棒。

◆ディル

ヤミ属執行者。

しかし軍医的位置づけであるため執行行為はご無沙汰。

ヴァイスの相棒かつ響の担当医、キララの元育て親でもある。

素晴らしい薬の開発者でもあるが、ネーミングセンスがことごとくダサい。

◯乃絵莉

響の妹、だった少女。

響にとって何よりも守りたい存在。

響が〝半陰〟となって以降は一人っ子と再定義された。

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