第8話 敬語は自然と消えていた
文字数 2,693文字
「そっか、そうだよね。僕たちが執行者になったことも知ってるんだから、そのことも知ってるよね」
「うん。シエルを討伐したことは、アスカがエンラ様に報告してすぐ皆に周知されたからね。それくらいの罪をシエルは犯したし、実際危険な存在だったんだ」
「……」
「ありがと、響クン」
「え?」
「ボク前にお願いしたでしょ? 『アスカの希望になってあげてほしい』なんて厚かましいことをさ。
紋翼を失くしたアスカが持ち直せたのも、シエルを討てたのも、響クンがいてくれなかったらムリだったと思うから」
キララは「ふたりとも執行者になるとまでは思わなかったけどね」と続け、不意に視線を外してはどこか遠いところを見た。
そうして何故だか小さく吹き出す。響が首をかしげると、キララは再び響へと視線を戻した。
「ボクね、シエルのこと昔からキライだったの」
「そ、そうなんだ?」
「ん。ボクとアスカとルリハはヤミ神から生まれた時期が近くて、小さなころからよく一緒にいたんだ。
今はカッコカワイイけど当時のアスカってすっっっごくカワイくて、毎日ギュムギュムしても足りないくらいでね。
なのに突然アスカがシエルを連れてきてからはそれが出来なくなったの。シエルがずっとアスカを独り占めしてさ~よくケンカしたんだよねぇ」
キライという言葉を聞いて少しばかり身構えたものの、過去を語るキララの口調は柔らかで安堵する。
彼女のそれは、幼なじみとして多少折り合いが悪かったくらいの意味合いのようだ。
しかしそう思ったのも束の間だ。
「最後の方はキライってものじゃなかったよ。ボクたちをたくさん可愛がってくれたニネちゃんセンパイ、よく懐いてくれた後輩のサッズ君にフィエナちゃんを手にかけてさ。
あんなに可愛がってたアスカのことまでね? だから大キライになっちゃった。アスカが執行者に復帰しなかったらボクがやろうとしてたくらい」
「……」
「けど、どんなにボクがシエルのこと大キライでもさ、アスカがシエルのことずっと大好きなのは分かってた。
一緒にいたお兄ちゃんでバディだから……だから任務以上にケジメとして自分がシエルのこと終わらせなくちゃって思ってたと思う。
シエルを討つことはアスカ自身の願いだったんだよ。シエルにこれ以上罪を増やさせないためにもね」
「……」
「でもホラ、一度目は響クンの前で失敗しちゃったでしょ? 多分あのときは気持ちが邪魔をしてできなかったんだと思うんだ。
でも二度目は失敗しなかった。それはきっとね、『自分がここでまた失敗したら今度こそ響クンが危ない』『響クンのこと守らなくちゃ』って気持ちが変わったからだと思う。
響クンがいたからアスカは果たしたかったことを果たせた。それを気に病む必要はないよ。むしろ誇ったっていいくらいなんだ」
「……でも、ずっとつらそうで……」
「きっとずっとアスカはツライよ」
「……」
「それは仕方ないよ、兄弟みたいにして育ったんだもん。そんな大事な相手を討ったんだもん。
だからアスカの気持ちをすぐに癒せる方法はないと思うよ。ひょっとしたら時間だって解決してくれないかも」
「……」
「けどね、今のアスカには響クンがいるから。ツラくても苦しくても視線を無理やり前に向けていられる。それはボクが保証するよ。アスカはバディに恵まれたってこともね」
キララは大きく頷き、白魚のような手で己の胸をトンと叩いた。一般的に雄々しい仕草もキララがすると可憐だ。
だからだろうか、響の口には笑みが灯った。ずっと思い悩んでいたことを受け止めてもらえて、そんなふうに言ってもらえて。気持ちが軽くなってくる。
異性のように見え、アイドルで、カワイイを具現化したようなキララ。今まではどこか遠い存在に感じていたが、心の距離がぐっと縮まった気がして嬉しくもなる。
「ありがとうキララ。聞いてもらえてすっきりしたよ。
でも、あはは。アスカ君のバディって言われるとやっぱり申し訳なくなっちゃうなぁ」
「えー、どうして?」
「さっきも言ったけど僕は雑用しかできないし、守ってもらう側だし。エンラ様に手伝ってもらったのに〝神核繋ぎ〟もできなかったから」
しかも〝神核繋ぎ〟が成立しなかったのは響が既に誰かと〝神核繋ぎ〟を終えているかららしい。
エンラが言うには『原因不明のエラーでそう見えているだけの可能性もある』とのことだった。もちろん響には誰かと〝神核繋ぎ〟をしている実感などないので、そちらの可能性の方が濃厚だろう。
しかしどんなにしろ響とアスカの間では〝神核繋ぎ〟が成されなかったのは真実だ。
そのため響は、自分がアスカとバディになる資格がないから成立しないのではないかと考え続けていた。
「なあんだ、そんなことか。大丈夫だよ~ボクだって執行者になってそこそこ経つのにルリハと〝神核繋ぎ〟できてないから」
「え、そうなんだ。意外」
「そだよー。ボクらの場合はルリハがイヤがって出来てないんだけど……でも、そうだね。確かに響クンとアスカってバディっていうよりは友だちっぽいかも?」
「そ、そう?」
「うん! 無口なアスカが響クンにはよく話しかけるし、距離感近いし、そういう感じするー☆」
「よく話しかけ……距離近……あれで!?」
「そ、あれで!」
友だちというと響としてはもう少し気安い感じを想像してしまうのだが、相手が普段から寡黙で無愛想なアスカとあれば、キララの言葉は意外と外れていないのかも知れない。
無論、響の心持ちは今も人間のティーンエイジャーだ。照れくさい。しかし頭を掻いてごまかしはしたものの、悪い気はしなかった。
「キララまだ? さすがに時間がかかりすぎよ」
そんなところで近づいてきたルリハが声をかけてくる。どうやらキララと響が店内に長く留まって話しこんでいるのに業を煮やしたらしい。
キララは響の手首をつかむと「分かったよぉ。さ、次のお店行こ! 次は響クンに似合うお洋服探そう~♡」と上階のメンズアパレルショップへと一行を引き連れていく。
響は掴まれた手首がいつ折れるかヒヤヒヤしながらもキララに付き合った。というか一店舗ずつ繰り返されるこの営みに最後まで付き合った。
それができた理由には生来の気質やワガママに弱い性格というのももちろんあったが、ずっと思い悩んできた心中に向き合ってくれたキララへの感謝が一番大きかったりする。
何が変わったわけではないけれど。自分には今後も大したことはできないかも知れないけれど。
『お前の存在が、俺の力になる』
すぐそばにいる者として、大事な存在を失った同士として――アスカの力になりたいと、強く思った。
「うん。シエルを討伐したことは、アスカがエンラ様に報告してすぐ皆に周知されたからね。それくらいの罪をシエルは犯したし、実際危険な存在だったんだ」
「……」
「ありがと、響クン」
「え?」
「ボク前にお願いしたでしょ? 『アスカの希望になってあげてほしい』なんて厚かましいことをさ。
紋翼を失くしたアスカが持ち直せたのも、シエルを討てたのも、響クンがいてくれなかったらムリだったと思うから」
キララは「ふたりとも執行者になるとまでは思わなかったけどね」と続け、不意に視線を外してはどこか遠いところを見た。
そうして何故だか小さく吹き出す。響が首をかしげると、キララは再び響へと視線を戻した。
「ボクね、シエルのこと昔からキライだったの」
「そ、そうなんだ?」
「ん。ボクとアスカとルリハはヤミ神から生まれた時期が近くて、小さなころからよく一緒にいたんだ。
今はカッコカワイイけど当時のアスカってすっっっごくカワイくて、毎日ギュムギュムしても足りないくらいでね。
なのに突然アスカがシエルを連れてきてからはそれが出来なくなったの。シエルがずっとアスカを独り占めしてさ~よくケンカしたんだよねぇ」
キライという言葉を聞いて少しばかり身構えたものの、過去を語るキララの口調は柔らかで安堵する。
彼女のそれは、幼なじみとして多少折り合いが悪かったくらいの意味合いのようだ。
しかしそう思ったのも束の間だ。
「最後の方はキライってものじゃなかったよ。ボクたちをたくさん可愛がってくれたニネちゃんセンパイ、よく懐いてくれた後輩のサッズ君にフィエナちゃんを手にかけてさ。
あんなに可愛がってたアスカのことまでね? だから大キライになっちゃった。アスカが執行者に復帰しなかったらボクがやろうとしてたくらい」
「……」
「けど、どんなにボクがシエルのこと大キライでもさ、アスカがシエルのことずっと大好きなのは分かってた。
一緒にいたお兄ちゃんでバディだから……だから任務以上にケジメとして自分がシエルのこと終わらせなくちゃって思ってたと思う。
シエルを討つことはアスカ自身の願いだったんだよ。シエルにこれ以上罪を増やさせないためにもね」
「……」
「でもホラ、一度目は響クンの前で失敗しちゃったでしょ? 多分あのときは気持ちが邪魔をしてできなかったんだと思うんだ。
でも二度目は失敗しなかった。それはきっとね、『自分がここでまた失敗したら今度こそ響クンが危ない』『響クンのこと守らなくちゃ』って気持ちが変わったからだと思う。
響クンがいたからアスカは果たしたかったことを果たせた。それを気に病む必要はないよ。むしろ誇ったっていいくらいなんだ」
「……でも、ずっとつらそうで……」
「きっとずっとアスカはツライよ」
「……」
「それは仕方ないよ、兄弟みたいにして育ったんだもん。そんな大事な相手を討ったんだもん。
だからアスカの気持ちをすぐに癒せる方法はないと思うよ。ひょっとしたら時間だって解決してくれないかも」
「……」
「けどね、今のアスカには響クンがいるから。ツラくても苦しくても視線を無理やり前に向けていられる。それはボクが保証するよ。アスカはバディに恵まれたってこともね」
キララは大きく頷き、白魚のような手で己の胸をトンと叩いた。一般的に雄々しい仕草もキララがすると可憐だ。
だからだろうか、響の口には笑みが灯った。ずっと思い悩んでいたことを受け止めてもらえて、そんなふうに言ってもらえて。気持ちが軽くなってくる。
異性のように見え、アイドルで、カワイイを具現化したようなキララ。今まではどこか遠い存在に感じていたが、心の距離がぐっと縮まった気がして嬉しくもなる。
「ありがとうキララ。聞いてもらえてすっきりしたよ。
でも、あはは。アスカ君のバディって言われるとやっぱり申し訳なくなっちゃうなぁ」
「えー、どうして?」
「さっきも言ったけど僕は雑用しかできないし、守ってもらう側だし。エンラ様に手伝ってもらったのに〝神核繋ぎ〟もできなかったから」
しかも〝神核繋ぎ〟が成立しなかったのは響が既に誰かと〝神核繋ぎ〟を終えているかららしい。
エンラが言うには『原因不明のエラーでそう見えているだけの可能性もある』とのことだった。もちろん響には誰かと〝神核繋ぎ〟をしている実感などないので、そちらの可能性の方が濃厚だろう。
しかしどんなにしろ響とアスカの間では〝神核繋ぎ〟が成されなかったのは真実だ。
そのため響は、自分がアスカとバディになる資格がないから成立しないのではないかと考え続けていた。
「なあんだ、そんなことか。大丈夫だよ~ボクだって執行者になってそこそこ経つのにルリハと〝神核繋ぎ〟できてないから」
「え、そうなんだ。意外」
「そだよー。ボクらの場合はルリハがイヤがって出来てないんだけど……でも、そうだね。確かに響クンとアスカってバディっていうよりは友だちっぽいかも?」
「そ、そう?」
「うん! 無口なアスカが響クンにはよく話しかけるし、距離感近いし、そういう感じするー☆」
「よく話しかけ……距離近……あれで!?」
「そ、あれで!」
友だちというと響としてはもう少し気安い感じを想像してしまうのだが、相手が普段から寡黙で無愛想なアスカとあれば、キララの言葉は意外と外れていないのかも知れない。
無論、響の心持ちは今も人間のティーンエイジャーだ。照れくさい。しかし頭を掻いてごまかしはしたものの、悪い気はしなかった。
「キララまだ? さすがに時間がかかりすぎよ」
そんなところで近づいてきたルリハが声をかけてくる。どうやらキララと響が店内に長く留まって話しこんでいるのに業を煮やしたらしい。
キララは響の手首をつかむと「分かったよぉ。さ、次のお店行こ! 次は響クンに似合うお洋服探そう~♡」と上階のメンズアパレルショップへと一行を引き連れていく。
響は掴まれた手首がいつ折れるかヒヤヒヤしながらもキララに付き合った。というか一店舗ずつ繰り返されるこの営みに最後まで付き合った。
それができた理由には生来の気質やワガママに弱い性格というのももちろんあったが、ずっと思い悩んできた心中に向き合ってくれたキララへの感謝が一番大きかったりする。
何が変わったわけではないけれど。自分には今後も大したことはできないかも知れないけれど。
『お前の存在が、俺の力になる』
すぐそばにいる者として、大事な存在を失った同士として――アスカの力になりたいと、強く思った。