第23話 執行地、到着
文字数 2,770文字
「〝神核繋ぎ〟をすると便利なのは分かったんですが、具体的にどうするんですか?」
「まずは貴様らの胸を開いてだな、」
「え!?」
耳を疑って思わず響が大声を出すと、エンラは愉快そうに笑い声を上げた。
「さすがに冗談だ。ヤミ神第一の直系属子である我が、ものすごい力で強制的に貴様らの神核片を繋ぐだけよ。痛いことも怖いこともない」
「それなら良かったですけど……で、でもちょっと待ってください、僕は純粋なヤミ属じゃないので神核片とかないですよね……?」
「アスカの紋翼を取り込み〝半陰〟となった時点で貴様の魂魄は擬似的な神核片となっておる。〝神核繋ぎ〟は可能だ」
「そ、そうなんだ……分かりました」
納得をする響。
その傍らで、アスカは視線を床に落としながら唇を引き結んでいる。エンラはそんなアスカへと視線を向けた。
「アスカ。〝神核繋ぎ〟施してよいな」
「……はい。お願いします」
アスカは目を伏せたままそれだけ言う。
普段から寡黙、表情も基本的に仏頂面で豊かには程遠いアスカだが、今はどことなく沈んでいるように見える。
「アスカく――」
「よし、それでは向かい合って手を重ね合え」
響が口を開いたのに重なってエンラが命じれば、アスカはそのとおりに響へと身体を向かせ右手を差し出してくる。
迷って棒立ちしたままでいると、アスカとエンラ、リンリンの視線が自分に集中するのを感じた。
それゆえ響は結局何も言わずアスカの手の上に己の手を重ねることとなった。
エンラはふたり重ね合った手へ己の白手をも重ね、何やら厳かな声色で唱え始める。
すると辺りに満ちた神聖な空気が強まり、エンラの左胸が発光を開始。
「我、ヤミ属統主・エンラスーロイが願う。
――ひとつ、アスカの神核片。
またひとつ、響の神核片を繋げ――結べ――心を通わせ。
ふたつでひとつと相なれ」
言の葉が紡がれればアスカと響の重ね合わせた手の上で一際強く輝くエンラの手。
響はそれを見下ろしていたが、あまりの眩しさに目をつぶった。
それでも光の洪水は留まらず、神殿内に溢れるほどに広がっていき――そして。
「!……」
「――さて、いよいよ執行期限も差し迫ってきたか。とあれば我も貴様らの新しき門出を祝い送り出してやらねばな」
それから数分後。
〝神核繋ぎ〟の儀式が終わると、エンラは気を取り直したようにアスカと響の前で頷いた。
響は反射的に背筋を伸ばし、アスカもまたエンラにまっすぐ向き直る。それをエンラは満足げに見つめながら口を開く。
「アスカ、そして響。貴様たちをヤミ属C級執行者に任命する。
我らが神の手足として愛すべき生物の死を守れ。必ず任務を完遂し無事に帰還せよ!」
「御意」
「は、はい!」
こうして響とアスカはヤミ属執行者として初任務〝魂魄執行〟へ向かったのだった。
* * *
「ッ……よし、上手くいった!」
辺りの景色が様変わりし、足元にまとわりつく独特なフワフワ感がなくなったのを感じると、響は成功を確信した。
紋翼の使用、そしてヤミ属界のある階層から生物界のある階層への移動が上手くいったのだ。
隣のアスカも無言で頷いているとあれば、響が妙に誇らしい気持ちになってしまうのも仕方がないことだろう。
「アメリカのニューヨーク……成功だな。執行対象が入院している✕✕病院からは若干離れているが、そんなものは歩けばいいことだ」
「ウッ、ごめんなさい」
しかしアスカが淡々と言うので誇らしい気持ちはすぐにどこかへ消えてしまう。
階層移動にはかなりの集中力を要する。集中力が足らなかったりすると日本に移動したつもりがベトナムだった、なんてこともあるらしい。
その点で言えば一発で今回の任務地であるニューヨークにたどり着けた事実は喜ばしい。
しかしどうやら移動前に念じた場所――執行対象であるジョン・スミスの入院する病院の前――までは至れなかったようだ。
アスカは響が肩を落としたのを見て首を横に振る。
「このまま大通りを進んで十分も歩けば目的地に到着できる。初めての階層移動がここまで正確だったことは自信にしていい」
「! へへ、ありがとう」
改めて辺りを見回す。
時刻は夜の十時ごろ。小雨が降り、濡れそぼった住宅街の大通りにふたりは立っていた。アスカの言うとおり執行対象のいる病院へ行くには徒歩で十分程度かかる地点だ。
夜とはいえ繁華街近く、大通りの人気はそれなりにあり、様々な肌や目の色をした人々が水たまりを蹴飛ばしながら帰路へついたりきらめく街へ向かったりしている。
響はニューヨークはおろかアメリカに降り立つのも初めてだ。それにもかかわらず、自分たちが今立っている位置が何となく分かるのが不思議だったが、恐らくヤミ属の血によるものだろう。
実のところ響は再び訪れられた生物界、そして異国の雰囲気に浮き足立ちそうになっていた。
もちろん任務中だと押さえつけたものの、目的地へ向かう最中に少しばかりキョロキョロと辺りを見回して観光気分を味わってしまうのは許されたい。
今も半分は生物である響にとって生物界はやはり格別なものだった。
先を歩くアスカまでもがしきりに周囲を見回しているのを認めれば、響は思わずその背中に問いを投げてしまう。
「アスカ君もキョロキョロしてるね。ニューヨークに思い入れがあったりするの?」
「……いや。特にない」
言いながらアスカは足を止めて響を振り返ってきた。
言葉のとおり見上げた先にはいつもどおりの仏頂面があったが、同時に並々ならぬ緊張感も張り巡らされていて響もまた立ち止まる。
「響、ひとつ確実にやってもらいたいことがある。万が一任務中にあいつに出くわしたら、俺のことは気にせずヤミ属界へただちに帰還してほしい」
「あいつ?」
「シエル――俺の紋翼を引きちぎり、お前の魂魄に埋め込んで〝混血の禁忌〟を犯した金髪碧眼のヒカリだ。覚えているか」
忘れるはずがない。むしろその名を聞いただけで瞬時にフラッシュバックしてしまう程度には脳裏に焼きついている。
この世のものとは思えぬほどの美しい存在。神のごとき慈愛の視線。
そしてそこに宿る殺意と残酷――響は速くなってくる鼓動を落ち着かせるようにゆっくりと頷いた。
「もちろん覚えてる。忘れられないよ」
「……忘れられなくて当然だな。とにかく、あいつが姿を現したら任務は二の次にして逃げることだけを考えてくれ。あいつも紋翼がないからな。ヤミ属界までは追いかけてこない」
「アスカ君は……?」
「俺は生物界に残ってシエルの相手をする。お前を確実に逃がせるよう全力を尽くす」
「……あのさ。訊きたいんだけど……」
言いつつ、響はその先を逡巡した。
ニューヨークの街の片隅。人々が行き交うなかで、ふたりは数秒無言だった。
「その。シエルってヒカリは、アスカ君にとって何なの?」
「まずは貴様らの胸を開いてだな、」
「え!?」
耳を疑って思わず響が大声を出すと、エンラは愉快そうに笑い声を上げた。
「さすがに冗談だ。ヤミ神第一の直系属子である我が、ものすごい力で強制的に貴様らの神核片を繋ぐだけよ。痛いことも怖いこともない」
「それなら良かったですけど……で、でもちょっと待ってください、僕は純粋なヤミ属じゃないので神核片とかないですよね……?」
「アスカの紋翼を取り込み〝半陰〟となった時点で貴様の魂魄は擬似的な神核片となっておる。〝神核繋ぎ〟は可能だ」
「そ、そうなんだ……分かりました」
納得をする響。
その傍らで、アスカは視線を床に落としながら唇を引き結んでいる。エンラはそんなアスカへと視線を向けた。
「アスカ。〝神核繋ぎ〟施してよいな」
「……はい。お願いします」
アスカは目を伏せたままそれだけ言う。
普段から寡黙、表情も基本的に仏頂面で豊かには程遠いアスカだが、今はどことなく沈んでいるように見える。
「アスカく――」
「よし、それでは向かい合って手を重ね合え」
響が口を開いたのに重なってエンラが命じれば、アスカはそのとおりに響へと身体を向かせ右手を差し出してくる。
迷って棒立ちしたままでいると、アスカとエンラ、リンリンの視線が自分に集中するのを感じた。
それゆえ響は結局何も言わずアスカの手の上に己の手を重ねることとなった。
エンラはふたり重ね合った手へ己の白手をも重ね、何やら厳かな声色で唱え始める。
すると辺りに満ちた神聖な空気が強まり、エンラの左胸が発光を開始。
「我、ヤミ属統主・エンラスーロイが願う。
――ひとつ、アスカの神核片。
またひとつ、響の神核片を繋げ――結べ――心を通わせ。
ふたつでひとつと相なれ」
言の葉が紡がれればアスカと響の重ね合わせた手の上で一際強く輝くエンラの手。
響はそれを見下ろしていたが、あまりの眩しさに目をつぶった。
それでも光の洪水は留まらず、神殿内に溢れるほどに広がっていき――そして。
「!……」
「――さて、いよいよ執行期限も差し迫ってきたか。とあれば我も貴様らの新しき門出を祝い送り出してやらねばな」
それから数分後。
〝神核繋ぎ〟の儀式が終わると、エンラは気を取り直したようにアスカと響の前で頷いた。
響は反射的に背筋を伸ばし、アスカもまたエンラにまっすぐ向き直る。それをエンラは満足げに見つめながら口を開く。
「アスカ、そして響。貴様たちをヤミ属C級執行者に任命する。
我らが神の手足として愛すべき生物の死を守れ。必ず任務を完遂し無事に帰還せよ!」
「御意」
「は、はい!」
こうして響とアスカはヤミ属執行者として初任務〝魂魄執行〟へ向かったのだった。
* * *
「ッ……よし、上手くいった!」
辺りの景色が様変わりし、足元にまとわりつく独特なフワフワ感がなくなったのを感じると、響は成功を確信した。
紋翼の使用、そしてヤミ属界のある階層から生物界のある階層への移動が上手くいったのだ。
隣のアスカも無言で頷いているとあれば、響が妙に誇らしい気持ちになってしまうのも仕方がないことだろう。
「アメリカのニューヨーク……成功だな。執行対象が入院している✕✕病院からは若干離れているが、そんなものは歩けばいいことだ」
「ウッ、ごめんなさい」
しかしアスカが淡々と言うので誇らしい気持ちはすぐにどこかへ消えてしまう。
階層移動にはかなりの集中力を要する。集中力が足らなかったりすると日本に移動したつもりがベトナムだった、なんてこともあるらしい。
その点で言えば一発で今回の任務地であるニューヨークにたどり着けた事実は喜ばしい。
しかしどうやら移動前に念じた場所――執行対象であるジョン・スミスの入院する病院の前――までは至れなかったようだ。
アスカは響が肩を落としたのを見て首を横に振る。
「このまま大通りを進んで十分も歩けば目的地に到着できる。初めての階層移動がここまで正確だったことは自信にしていい」
「! へへ、ありがとう」
改めて辺りを見回す。
時刻は夜の十時ごろ。小雨が降り、濡れそぼった住宅街の大通りにふたりは立っていた。アスカの言うとおり執行対象のいる病院へ行くには徒歩で十分程度かかる地点だ。
夜とはいえ繁華街近く、大通りの人気はそれなりにあり、様々な肌や目の色をした人々が水たまりを蹴飛ばしながら帰路へついたりきらめく街へ向かったりしている。
響はニューヨークはおろかアメリカに降り立つのも初めてだ。それにもかかわらず、自分たちが今立っている位置が何となく分かるのが不思議だったが、恐らくヤミ属の血によるものだろう。
実のところ響は再び訪れられた生物界、そして異国の雰囲気に浮き足立ちそうになっていた。
もちろん任務中だと押さえつけたものの、目的地へ向かう最中に少しばかりキョロキョロと辺りを見回して観光気分を味わってしまうのは許されたい。
今も半分は生物である響にとって生物界はやはり格別なものだった。
先を歩くアスカまでもがしきりに周囲を見回しているのを認めれば、響は思わずその背中に問いを投げてしまう。
「アスカ君もキョロキョロしてるね。ニューヨークに思い入れがあったりするの?」
「……いや。特にない」
言いながらアスカは足を止めて響を振り返ってきた。
言葉のとおり見上げた先にはいつもどおりの仏頂面があったが、同時に並々ならぬ緊張感も張り巡らされていて響もまた立ち止まる。
「響、ひとつ確実にやってもらいたいことがある。万が一任務中にあいつに出くわしたら、俺のことは気にせずヤミ属界へただちに帰還してほしい」
「あいつ?」
「シエル――俺の紋翼を引きちぎり、お前の魂魄に埋め込んで〝混血の禁忌〟を犯した金髪碧眼のヒカリだ。覚えているか」
忘れるはずがない。むしろその名を聞いただけで瞬時にフラッシュバックしてしまう程度には脳裏に焼きついている。
この世のものとは思えぬほどの美しい存在。神のごとき慈愛の視線。
そしてそこに宿る殺意と残酷――響は速くなってくる鼓動を落ち着かせるようにゆっくりと頷いた。
「もちろん覚えてる。忘れられないよ」
「……忘れられなくて当然だな。とにかく、あいつが姿を現したら任務は二の次にして逃げることだけを考えてくれ。あいつも紋翼がないからな。ヤミ属界までは追いかけてこない」
「アスカ君は……?」
「俺は生物界に残ってシエルの相手をする。お前を確実に逃がせるよう全力を尽くす」
「……あのさ。訊きたいんだけど……」
言いつつ、響はその先を逡巡した。
ニューヨークの街の片隅。人々が行き交うなかで、ふたりは数秒無言だった。
「その。シエルってヒカリは、アスカ君にとって何なの?」