第16話 ウワサをすれば何とやら

文字数 2,628文字

「お初にお目にかかります。わたくしヒカリ属執行者のミランダと申します。以後お見知りおきを」

 この鬱々とした暗闇に似つかわしくない笑顔を向けられて、響は目をしばたたかせた。

 しかし何度まばたきを繰り返しても突然の第三者の登場に驚きを拭えない。

 何食わぬ顔で自分たちの前に出てきて普通に自己紹介されたとあれば尚更だ。

「ちょっと、どうして無言なのです? このような陰気な場所に光り輝くヒカリ属が降臨したのです。

 驚かれるのは無理もありませんが、わたくしが名を明かしたのですから、あなたがたも名乗るべきではなくて?」

「す、すみません。突然のことにびっくりして」

 響は頬を掻きながら謝罪した。

 ミランダと名乗った女性型のヒカリは全身が微妙に光を発している。原理はよく分からないが彼女の周囲はその光によって見渡すことができ、ジャスティンの苦笑までもが明瞭に見えた。

「なぁ。しかもオレらの話をカゲで聞いてたくせして、見つかったら澄ました顔で自己紹介ときた。

 さすがのオレでも引くぜぇ。それとも何か、ヒカリ属サマの今回の任務は陰気な盗み聞きでいらっしゃる?」

「ちょ、ジャスティンさん……!?」

 ジャスティンの辛辣な物言いを響は口の前へ人差し指を立てて制止する。

 しかし時すでに遅し。サイは投げられてしまった――どう見積もっても悪いことしか起こらないであろうサイコロが。



 時はアスカとベティが洞窟内に突入する約一時間前にさかのぼる。

 ジャスティンが禁忌の絞首に苛まれ、ふたりはしばし立ち止まっていた。

 その間にアレコレ話していたのだが、いざ探索を再開するというところで急にジャスティンが暗闇に向かって声をかけた。

 いわく『アンタはいつまで隠れてんだ。出てきなァ』と。

 そしてそれから数十秒の間を空け、ふたりの前に何食わぬ顔で姿を現し自己紹介してきたのがこのミランダというわけだ。



 案の定、ミランダはジャスティンの言葉に分かりやすく反応を示した。具体的には眉尻を吊り上げてジャスティンを睨みつける。

 クリーム色でウェーブのかかった豊かな長髪にさわやかな若草色の瞳、そして純白の衣に身を包んだ清楚な美少女体。まさに天使といった見た目であるが、浮かべている表情で台なしだ。

「あなたの暴言を訂正して差し上げます。わたくし誓って盗み聞きなどしておりません。

 偶然……そう、ぐ・う・ぜ・ん! ボソボソ~っと音のようなモノが聞こえただけですわ。誇り高きヒカリ属ですもの、そのようなことをするはずがありません」

「は、はぁ」

「それとわたくしの名はミランダです。名前も覚えられないようですから重ねて教えて差し上げますわね、禁忌者さん?」

 辛辣に返される辛辣。しかしそれを受けたジャスティンが次に浮かべたのはニヤニヤとした笑みだった。

 反論されるよりもずっと腹立たしい反応にミランダが怒りを増長させたのは言うまでもない。

 完全に嫌な雰囲気だ。できるなら距離を取りたいところだが、そうも言っていられない。自分が舵を取らなければ――響は決意した。

「ミ、ミランダさん。自己紹介が遅れましたが僕は響といいます。こちらはジャスティンさん。一応どっちもヤミ属執行者です。

 僕たち変な穴に吸い込まれて、気がついたらこの洞窟にいたんですがミランダさんは――って、な、何ですか?」

 とにかく場を収めようとミランダに話しかけるも、彼女が不審げな顔で響をまじまじ見つめ始めたため阻まれる。

 注がれる視線にはジャスティンへ向けたような怒りはなかったが、遠慮なく近づかれ見つめられては挙動不審にならざるを得ない。

「あなた……本当にヤミ属?」

「へ?」

「あなたの核、魂魄ではなくて? 少なくとも神核片には見えません。それなのに神核片として機能しているようですし、器かと思うほどカタチが歪んでいますし……とっても変ですわ」

「あ、僕は純粋なヤミ属じゃないんです。〝混血の禁忌〟で〝半陰〟って状態になってしまった元人間――っていうか僕の魂魄そんな歪んでるんですか!?」

 遅ればせながらやってきた衝撃に勢いよくジャスティンを見上げると、ジャスティンは軽い調子で頷いてきた。

「ああ歪んでる歪んでる。死ぬほど歪んでる」

「死ぬほど!?」

「そりゃそうだろ、本当ならバッキバキに歪んで壊れるはずだったんだからよ。〝混血の禁忌〟に遭ってそれだけで済んでるのが異常だ」

 響は〝半陰〟であるゆえか、普通のヤミ属執行者のようにサッと見ただけで生物の魂魄を視認する、という芸当ができない。目を凝らしてようやくおぼろげに分かる程度だ。

 そのせいもあって自分の魂魄を確認するという発想がなく、他の生物と同じように丸いものだと信じて疑ってこなかった。

「えぇー……だ、大丈夫なんですよね?」

「ああ。ヒカリ属サマの言うとおり器状になるくらい派手に歪んじゃいるが、魂魄が神陰力で補強されて擬似的な神核片として成立してる。

 その上ヘコみの部分に善性がたっぷり溜まってる。これ以上どうにかなることはねぇさ」

「ほっ……」

「まあ、最大の禁忌からの生還だなんて……なんと信じがたきことでしょう。さぞ苦しい道のりであったこと、お察ししますわ」

「!」

 ミランダは響へ近づきおもむろに両手を握ってきた。予想外の行動に響の心臓がドキリと跳ねる。

「そのうえこのような場所にあのようなヤミとふたりきりだなんて……あなたは一体どれほどの苦を味わわねばならないのでしょう」

「! あ、あの、ミランダさんはどうしてここに?」

 ジャスティンをジロリと見上げながらのミランダの言葉。そこに再び暗雲を察した響は急いで話題を変える。

 するとミランダは己の胸へ手を当てては誇らしげに背を反らした。

「もちろん、我らが崇高なるヒカリ神より指名勅令任務を拝受したからですわ」

「へぇ、ヒカリ属もヤミ属と同じで指名勅令があるんですね」

「わたくしヤミ属のことはあまり存じませんが、基本的な構造は同じかと。

 執行者が神託者を介して神より勅令任務を受けること、指名勅令が光栄中の光栄であることも」

「確かに同じです。それで今回はどんな任務を……?」

 〝生物の死を守る〟ヤミ属とは違い、ヒカリ属は〝生物の生を守る〟ために在るのだと以前に聞いたことがある。

 しかし具体的にどんな任務を与えられたのか響には皆目見当がつかなかったのだ。

 響の問いにミランダは口をつぐむ。

 だがそれも一瞬だ。仕方がないとでも言わんばかりに切り出した。
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登場人物紹介

◯◆響

普通の男子高校生だった17歳。

アスカに命を狙われ、シエルに〝混血の禁忌〟を犯されて

生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となった結果、

生物界での居場所を根底から奪われた過去を持つ。

◆アスカ

物語当初は響の命を狙う任務に就いていたヤミ属執行者。

シエルに紋翼を奪われて執行者の資格を失ったが、

響が志願したことにより彼も執行者に復帰することとなった。

以降は響の守護を最優先の使命とする。

◇シエル

〝悪夢のなかで出会った神様〟と響が誤認した相手。

アスカの紋翼を無惨に引きちぎり、

響に〝混血の禁忌〟を犯した相手でもある。

アスカと因縁があるようだが……?

◆ヴァイス

ヤミ属執行者。

〝混血の禁忌〟に遭った響の首を切り落とそうとした。

長身かつ顔面をペストマスクで覆った容姿はシンプルに恐ろしい。

アスカの元育て親、ディルの相棒。

◆ディル

ヤミ属執行者。

しかし軍医的位置づけであるため執行行為はご無沙汰。

ヴァイスの相棒かつ響の担当医、キララの元育て親でもある。

素晴らしい薬の開発者でもあるが、ネーミングセンスがことごとくダサい。

◯乃絵莉

響の妹、だった少女。

響にとって何よりも守りたい存在。

響が〝半陰〟となって以降は一人っ子と再定義された。

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