第14話 戦闘訓練は終わらない~特訓2日目~
文字数 2,380文字
アスカに課せられた特訓はもちろん響の比ではない難易度だった。
ディルは銃をアスカに向けてバンバンと撃ち放ち――しかも的確に急所を狙う――それでいて体術も遠慮なく叩き込み、アスカは何度も地面に沈めさせられた。
そのためアスカの身体は生傷だらけでところどころ血もにじんでいた。しかし、アスカの特訓を見ていた響からすればこれで済んでいるのが不思議だった。恐らく少しでも油断すれば致命傷も免れなかったはずだ。
「後方支援型の俺程度に押し負けるようじゃまだまだだぜ」
「肝に銘じます……が、S級執行者に後方支援型も何もないです」
アスカが言えばディルは手にある銃をくるくると回しながら笑い声を上げた。
そうして自分がいては小休止にならないとでも思ったか、踵を返してはアスカや響から離れていく。
「……S級執行者って?」
うつ伏せの姿勢から仰向けに体勢を変えながら、響はアスカに問うた。
「執行者の階級のことだ。最下級のCから始まってB、A、Sと続く。
大抵の執行者はB、強かったり経験を充分に重ねるとAに昇級する。Sはさらにその上――数名のうちのひとりがディル先輩だ」
「そうなの!? す、すごいんだなぁ。そりゃあ敵わないよね」
「ああ……とは言っても相当に手加減されている。そのうえでこんなに歯が立たないのは俺の鍛錬不足だ」
「いやいや、そんなことないよ。僕からしたらアスカ君もすごかった。全然動きが目で追えなかったし、その体勢からそんな動きできるんだ!? ってびっくりすること何度もあったし」
響が正直に言うとアスカは無言で頭を掻いた。彼はまた顔を俯かせてしまったため表情はうかがい知れないが、悪い気はしていない雰囲気だけは伝わってくる。
「よーし、充分休んだな。次いくぞ次ー!」
そんなところでディルが戻ってきた。
休憩の時間短すぎない? と思ったが声に出して言えるはずもなく、響とアスカは重い身体を持ち上げる。
最初からそうだが、ディルはやけに生き生きとしている。彼は防衛地帯にある衛生部で医師の仕事をこなしてばかりいるらしいので、こうして身体を動かせる時間は本当に貴重なのかも知れない。
特訓二日目の後半はディル対アスカ、響。つまり一対二での特訓となった。
ここからはディルの助言はなく、前半に教えられたことを踏まえ自分たちの判断のみでディルの攻撃へ対応しなければならない。
武器の使用も可となった。ディルは前半から使っている銃を引き続き用い、アスカも発光する左胸から大鎌を取り出し器用に操った。
とはいえ、響の練度に合わせているのか後半のディルの動きにアスカと一対一で対峙したときほどの苛烈さはない。
しかもアスカがディルと向かい合い、響はアスカの背後に控える構図が基本なので、一見すると響の負担は減ったように思える。
しかしそんなことはなかった。
ディルは武器を持ったアスカの警戒網を軽々越えて、白衣をひるがえしながら背後の響を狙ってくる。
アスカは自分だけでなく響にも気を払わなければならないので判断の幅が広がってしまった。
響は響で頭をフル回転しながらディルの攻撃を避けたり受け身を取ったりしつつ、守るために再度間へ割り入ってくるアスカの邪魔にならない身のこなしをする必要があった。しかも途中から紋翼も使って対応するように指示されてしまった。
紋翼を安全に展開・使用するには今のところ物理的精神的ともに落ち着いていなければならない。しかし戦闘のさなかとあればそうもいかないのは言わずもがなだろう。
よって響の紋翼は度々突風をまき散らし、時にはディルのメガネを吹き飛ばし、時にはアスカをあさっての方向へはじき出すこともあった。
紋翼のコントロールは響にとってかなり難しく、使うたび、アスカの邪魔になるたび自分が嫌になる。
そのうえアスカが目の前でぐんぐんと成長を遂げ、そういった響のミスをすらカバーできるようになってくると情けなさも募る。
「うぅ~……やっと、終わった……」
そんな特訓後半もようやく終わりを迎えた。
あまりに必死だったせいか時間の経過は一瞬に感じられたが、身体の疲労はもちろん加算、いや乗算されている。
アスカは先ほどと同じように座り込んでは俯き、響もまた地面に突っ伏している。
熱くなった身体をさわさわと撫でる涼しげな風が心地よい。草原のざわめきも響の鼓膜を優しく癒やしてくれるが、今の響にはそれも焼け石に水だ。
「ははは、精根尽き果てたって感じだな」
ディルは相変わらず大らかな笑顔を広げてそんな響やアスカを見下ろしている。
彼は何時間もアスカと響を相手にしていたというのに疲弊のひとつも見せない。
最後の方ではアスカもディルに対して少しずつ一矢報いるようになってきたのだが、それも彼にとっては大した問題ではなかったようだ。
もっとも、S級執行者のディルにしてみれば初任務にすらこぎつけていない者たちの相手など赤子の手をひねるようなものだろう。
「なんだ、もしかして落ち込んでんのか響」
響の心境を目ざとくも察したらしいディルがすぐ近くにしゃがみ込んでくる。ようよう視線をそちらに向ければ、イタズラっぽい顔で見下ろす灰色の瞳に出会った。
「そりゃあ落ち込みますよ。紋翼が暴走しまくってアスカ君の邪魔ばっかりしちゃいましたし……ちゃんと使いこなせるようになれるかなぁ。ディルさんもメガネ大丈夫でしたか?」
「ああ問題ない、このメガネは頑丈でね。近視ってわけでもないから壊れてもかけなきゃいいだけだしな」
「えっ目悪くないんですか?」
「ははは、そりゃそうだ。ヤミ属に人間みたいな目の悪さがあるはずないだろ?」
「そ、そうなんですか……」
ディルは当たり前のように言うが、響にはまだヤミ属の常識が分からない。
というか目が悪くないのならメガネをかける必要ないのでは?
ディルは銃をアスカに向けてバンバンと撃ち放ち――しかも的確に急所を狙う――それでいて体術も遠慮なく叩き込み、アスカは何度も地面に沈めさせられた。
そのためアスカの身体は生傷だらけでところどころ血もにじんでいた。しかし、アスカの特訓を見ていた響からすればこれで済んでいるのが不思議だった。恐らく少しでも油断すれば致命傷も免れなかったはずだ。
「後方支援型の俺程度に押し負けるようじゃまだまだだぜ」
「肝に銘じます……が、S級執行者に後方支援型も何もないです」
アスカが言えばディルは手にある銃をくるくると回しながら笑い声を上げた。
そうして自分がいては小休止にならないとでも思ったか、踵を返してはアスカや響から離れていく。
「……S級執行者って?」
うつ伏せの姿勢から仰向けに体勢を変えながら、響はアスカに問うた。
「執行者の階級のことだ。最下級のCから始まってB、A、Sと続く。
大抵の執行者はB、強かったり経験を充分に重ねるとAに昇級する。Sはさらにその上――数名のうちのひとりがディル先輩だ」
「そうなの!? す、すごいんだなぁ。そりゃあ敵わないよね」
「ああ……とは言っても相当に手加減されている。そのうえでこんなに歯が立たないのは俺の鍛錬不足だ」
「いやいや、そんなことないよ。僕からしたらアスカ君もすごかった。全然動きが目で追えなかったし、その体勢からそんな動きできるんだ!? ってびっくりすること何度もあったし」
響が正直に言うとアスカは無言で頭を掻いた。彼はまた顔を俯かせてしまったため表情はうかがい知れないが、悪い気はしていない雰囲気だけは伝わってくる。
「よーし、充分休んだな。次いくぞ次ー!」
そんなところでディルが戻ってきた。
休憩の時間短すぎない? と思ったが声に出して言えるはずもなく、響とアスカは重い身体を持ち上げる。
最初からそうだが、ディルはやけに生き生きとしている。彼は防衛地帯にある衛生部で医師の仕事をこなしてばかりいるらしいので、こうして身体を動かせる時間は本当に貴重なのかも知れない。
特訓二日目の後半はディル対アスカ、響。つまり一対二での特訓となった。
ここからはディルの助言はなく、前半に教えられたことを踏まえ自分たちの判断のみでディルの攻撃へ対応しなければならない。
武器の使用も可となった。ディルは前半から使っている銃を引き続き用い、アスカも発光する左胸から大鎌を取り出し器用に操った。
とはいえ、響の練度に合わせているのか後半のディルの動きにアスカと一対一で対峙したときほどの苛烈さはない。
しかもアスカがディルと向かい合い、響はアスカの背後に控える構図が基本なので、一見すると響の負担は減ったように思える。
しかしそんなことはなかった。
ディルは武器を持ったアスカの警戒網を軽々越えて、白衣をひるがえしながら背後の響を狙ってくる。
アスカは自分だけでなく響にも気を払わなければならないので判断の幅が広がってしまった。
響は響で頭をフル回転しながらディルの攻撃を避けたり受け身を取ったりしつつ、守るために再度間へ割り入ってくるアスカの邪魔にならない身のこなしをする必要があった。しかも途中から紋翼も使って対応するように指示されてしまった。
紋翼を安全に展開・使用するには今のところ物理的精神的ともに落ち着いていなければならない。しかし戦闘のさなかとあればそうもいかないのは言わずもがなだろう。
よって響の紋翼は度々突風をまき散らし、時にはディルのメガネを吹き飛ばし、時にはアスカをあさっての方向へはじき出すこともあった。
紋翼のコントロールは響にとってかなり難しく、使うたび、アスカの邪魔になるたび自分が嫌になる。
そのうえアスカが目の前でぐんぐんと成長を遂げ、そういった響のミスをすらカバーできるようになってくると情けなさも募る。
「うぅ~……やっと、終わった……」
そんな特訓後半もようやく終わりを迎えた。
あまりに必死だったせいか時間の経過は一瞬に感じられたが、身体の疲労はもちろん加算、いや乗算されている。
アスカは先ほどと同じように座り込んでは俯き、響もまた地面に突っ伏している。
熱くなった身体をさわさわと撫でる涼しげな風が心地よい。草原のざわめきも響の鼓膜を優しく癒やしてくれるが、今の響にはそれも焼け石に水だ。
「ははは、精根尽き果てたって感じだな」
ディルは相変わらず大らかな笑顔を広げてそんな響やアスカを見下ろしている。
彼は何時間もアスカと響を相手にしていたというのに疲弊のひとつも見せない。
最後の方ではアスカもディルに対して少しずつ一矢報いるようになってきたのだが、それも彼にとっては大した問題ではなかったようだ。
もっとも、S級執行者のディルにしてみれば初任務にすらこぎつけていない者たちの相手など赤子の手をひねるようなものだろう。
「なんだ、もしかして落ち込んでんのか響」
響の心境を目ざとくも察したらしいディルがすぐ近くにしゃがみ込んでくる。ようよう視線をそちらに向ければ、イタズラっぽい顔で見下ろす灰色の瞳に出会った。
「そりゃあ落ち込みますよ。紋翼が暴走しまくってアスカ君の邪魔ばっかりしちゃいましたし……ちゃんと使いこなせるようになれるかなぁ。ディルさんもメガネ大丈夫でしたか?」
「ああ問題ない、このメガネは頑丈でね。近視ってわけでもないから壊れてもかけなきゃいいだけだしな」
「えっ目悪くないんですか?」
「ははは、そりゃそうだ。ヤミ属に人間みたいな目の悪さがあるはずないだろ?」
「そ、そうなんですか……」
ディルは当たり前のように言うが、響にはまだヤミ属の常識が分からない。
というか目が悪くないのならメガネをかける必要ないのでは?