第14話 生きる道
文字数 2,403文字
「え、突然?」
「いや、すまない。お前を悪く言いたいわけじゃない。ただ、なんというか……普通は俺を憎むものじゃないのか。
確かに俺の紋翼をお前に埋めこんだのは俺じゃないが、そうなった元々の原因を作ったのは俺だ」
「それは分かってるよ。ヤミ神から命令を受けてアスカ君は僕を殺しにきた、でも殺さなかった。
殺さなかったから僕はシエルってヒカリ属から〝混血の禁忌〟を受けて〝半陰〟になって、最初から生物界に存在しないことになった。
家族も僕のことを何ひとつ覚えてなくて……それを苦しく思う気持ちは今もずっとある」
「……」
「でも、だからといってアスカ君のせいにできるかっていうとまた違うんだよ。前にも言ったと思うけどさ、僕は生きてて良かったとは思ってるんだ。
あのときアスカ君に殺されていたら確かに〝混血の禁忌〟に遭うことはなかっただろうけど、その代わり僕そのものが消えちゃうわけだから……だからあのとき殺さないでいてくれたアスカ君を憎むことはできない」
「……俺はただ……弱かった、だけだ」
「うん。なら僕はその弱さに助けられた」
「……」
『――ほんと泣き虫だよなぁ、オマエ』
『でもいいよ。オマエの言う弱さは弱さじゃないから』
『ベソかきながら立ち上がるオマエの涙を拭くのは、オレの仕事だ――』
「アスカ君?」
つと黙り込んだアスカを響は覗き込む。
その瞳は妙に遠くを見ていたような気がしたが、響の声によって我に返ると定かではなくなってしまう。
アスカは気を取り直したかのごとく頭を振ると、再び響へ視線を合わせた。
「話が逸れたが……とにかく、俺が言いたいのはお前が紋翼のことで気に病む必要は一切ないってことだ。お前は何も悪いことをしていない、いいな」
「う、うん。分かった」
「……それと、勘違いしているようだから付け加えておく。
俺は執行者じゃなくなった代わりにお前を守ろうと思い立ったわけじゃない。こんなことで埋め合わせができるとも思っていないから罪滅ぼしとも言えない。
お前が今も生物だから、俺は守りたいと思った。力になりたいと思った。強くなろうと心に決め、立ち上がれた」
「……、」
「確かに果たしたいことはできなくなった。だが、俺はそれでも自分の意志で道を決めたんだ。
――お前の生きる道を、俺は必ず守り通す」
そこで響はまっすぐ曇りのない黒瞳に再び出会った。
決意の灯る音色、嘘偽りなどひとつもないと確信させられる言葉。それらすべてが己に向けられている。
ゆらゆらと静かに燃え立つ炎のように、温かく、熱く――
だから響は反射的に吹き出してしまった。
アスカには悪いが、まっすぐな感情を向けられてこそばゆい気持ちが拭えなかったし、そして何より喜びが溢れてしまっていた。泣きそうにまでなっていた。
自分が今も生物だからと言ってもらえたこと。
例え〝半陰〟などというあやふやな存在になってしまったとしても、響はそれに喜びを覚えてしまう程度には、今も生物でありたかったのだ。
決意の言葉に吹き出されてしまったアスカは胡乱げに眉を寄せる。ゆえに響はそんな彼を急いで居住地帯へ促しにかかった。
「じゃあさ、ちょっと早いけど今からアビー食堂までの道を守ってくれる? なんだか妙にお腹空いてきちゃったから」
「……ああ、もちろんだ」
響が一歩を踏み出す。するとアスカも隣を歩き始める。
「今日の日替わりメニューは何かな。楽しみだな。気になってる特大オムライスいってみるのもアリだよね」
「挑戦するのは構わないが……そればかりは助けられないぞ」
「そ、そっか。じゃあやっぱり止めとこ!」
二歩。三歩。四歩と歩みを重ねていく。そのたびに足が草を擦る音がする。心地よい風がふたりの背を押していく。
アスカとぽつぽつ会話をする一方で、響はぼんやりと考えていた。何度も反芻されるのは先ほど己の鼓膜を揺らしたアスカの言葉。
『お前の生きる道を、俺は必ず守り通す』
自分の生きる道。
それは今の響にとってあまりに抽象的なものだった。食堂へ続くこの道のようには明確でなかった。
――僕はこの先、どう生きたいんだろう?
* * *
「ふーむ……日本の首都・東京、その人間ひしめく繁華街にヤミ神未観測の罪科獣が現れたとな」
時を同じくして裁定領域。無数の魂魄の罪を洗い流し続けるヤミ属統主・エンラは頬杖をつきながら書類に目を落としていた。
「罪科獣としての等級は下。しかし回避能力に優れ、偶然に居合わせ対応をしたB級執行者・キラとルリハ両名は階層へ引き込むことに難航。
罪科獣は居合わせた響を捕捉していたきらいがあり、それに気づいた響が紋翼を使用し階層を降下させた。共に移動したアスカが罪科獣を討伐するに至ったと……ほう」
「響殿が階層を? 何かの間違いでは。彼の紋翼は使用できぬようヴァイス殿が縛っていたはずです」
エンラの傍らに控える側近長リンリンは聞き間違いかのように問うが、当のエンラは楽しげに笑むばかりだ。
「うむ? それは初耳だ。あやつ勝手な真似をしおって……貴様も共謀しておったとはのう、リンリン」
「……申し訳ありません。てっきりヴァイス殿が直々に報告されたとばかり」
「まぁよい。後文によれば響が自力で紋翼を解き放ち、階層降下を行ったこと自体は確かなようだしのう。フフフ」
「我が主……念のため申し上げますが、ディル殿が一番に報告したかった箇所はそこでないと思われますよ。
ヤミ神未観測の低級罪科獣、およびその罪科獣が響殿を狙っているように見受けられた、というのが――」
「分かっておる。しかしその話は後でよい」
書類から顔を上げてさらに笑みを深めるエンラ。リンリンはそれを見て既に何かを察したようで、頭を押さえ吐息をついている。
「アスカの紋翼をその身に持つ〝半陰〟響。紋翼を失ってもなお罪科獣を討伐してみせたアスカ。
……閉じ込めておくには、あまりに惜しいではないか」
「いや、すまない。お前を悪く言いたいわけじゃない。ただ、なんというか……普通は俺を憎むものじゃないのか。
確かに俺の紋翼をお前に埋めこんだのは俺じゃないが、そうなった元々の原因を作ったのは俺だ」
「それは分かってるよ。ヤミ神から命令を受けてアスカ君は僕を殺しにきた、でも殺さなかった。
殺さなかったから僕はシエルってヒカリ属から〝混血の禁忌〟を受けて〝半陰〟になって、最初から生物界に存在しないことになった。
家族も僕のことを何ひとつ覚えてなくて……それを苦しく思う気持ちは今もずっとある」
「……」
「でも、だからといってアスカ君のせいにできるかっていうとまた違うんだよ。前にも言ったと思うけどさ、僕は生きてて良かったとは思ってるんだ。
あのときアスカ君に殺されていたら確かに〝混血の禁忌〟に遭うことはなかっただろうけど、その代わり僕そのものが消えちゃうわけだから……だからあのとき殺さないでいてくれたアスカ君を憎むことはできない」
「……俺はただ……弱かった、だけだ」
「うん。なら僕はその弱さに助けられた」
「……」
『――ほんと泣き虫だよなぁ、オマエ』
『でもいいよ。オマエの言う弱さは弱さじゃないから』
『ベソかきながら立ち上がるオマエの涙を拭くのは、オレの仕事だ――』
「アスカ君?」
つと黙り込んだアスカを響は覗き込む。
その瞳は妙に遠くを見ていたような気がしたが、響の声によって我に返ると定かではなくなってしまう。
アスカは気を取り直したかのごとく頭を振ると、再び響へ視線を合わせた。
「話が逸れたが……とにかく、俺が言いたいのはお前が紋翼のことで気に病む必要は一切ないってことだ。お前は何も悪いことをしていない、いいな」
「う、うん。分かった」
「……それと、勘違いしているようだから付け加えておく。
俺は執行者じゃなくなった代わりにお前を守ろうと思い立ったわけじゃない。こんなことで埋め合わせができるとも思っていないから罪滅ぼしとも言えない。
お前が今も生物だから、俺は守りたいと思った。力になりたいと思った。強くなろうと心に決め、立ち上がれた」
「……、」
「確かに果たしたいことはできなくなった。だが、俺はそれでも自分の意志で道を決めたんだ。
――お前の生きる道を、俺は必ず守り通す」
そこで響はまっすぐ曇りのない黒瞳に再び出会った。
決意の灯る音色、嘘偽りなどひとつもないと確信させられる言葉。それらすべてが己に向けられている。
ゆらゆらと静かに燃え立つ炎のように、温かく、熱く――
だから響は反射的に吹き出してしまった。
アスカには悪いが、まっすぐな感情を向けられてこそばゆい気持ちが拭えなかったし、そして何より喜びが溢れてしまっていた。泣きそうにまでなっていた。
自分が今も生物だからと言ってもらえたこと。
例え〝半陰〟などというあやふやな存在になってしまったとしても、響はそれに喜びを覚えてしまう程度には、今も生物でありたかったのだ。
決意の言葉に吹き出されてしまったアスカは胡乱げに眉を寄せる。ゆえに響はそんな彼を急いで居住地帯へ促しにかかった。
「じゃあさ、ちょっと早いけど今からアビー食堂までの道を守ってくれる? なんだか妙にお腹空いてきちゃったから」
「……ああ、もちろんだ」
響が一歩を踏み出す。するとアスカも隣を歩き始める。
「今日の日替わりメニューは何かな。楽しみだな。気になってる特大オムライスいってみるのもアリだよね」
「挑戦するのは構わないが……そればかりは助けられないぞ」
「そ、そっか。じゃあやっぱり止めとこ!」
二歩。三歩。四歩と歩みを重ねていく。そのたびに足が草を擦る音がする。心地よい風がふたりの背を押していく。
アスカとぽつぽつ会話をする一方で、響はぼんやりと考えていた。何度も反芻されるのは先ほど己の鼓膜を揺らしたアスカの言葉。
『お前の生きる道を、俺は必ず守り通す』
自分の生きる道。
それは今の響にとってあまりに抽象的なものだった。食堂へ続くこの道のようには明確でなかった。
――僕はこの先、どう生きたいんだろう?
* * *
「ふーむ……日本の首都・東京、その人間ひしめく繁華街にヤミ神未観測の罪科獣が現れたとな」
時を同じくして裁定領域。無数の魂魄の罪を洗い流し続けるヤミ属統主・エンラは頬杖をつきながら書類に目を落としていた。
「罪科獣としての等級は下。しかし回避能力に優れ、偶然に居合わせ対応をしたB級執行者・キラとルリハ両名は階層へ引き込むことに難航。
罪科獣は居合わせた響を捕捉していたきらいがあり、それに気づいた響が紋翼を使用し階層を降下させた。共に移動したアスカが罪科獣を討伐するに至ったと……ほう」
「響殿が階層を? 何かの間違いでは。彼の紋翼は使用できぬようヴァイス殿が縛っていたはずです」
エンラの傍らに控える側近長リンリンは聞き間違いかのように問うが、当のエンラは楽しげに笑むばかりだ。
「うむ? それは初耳だ。あやつ勝手な真似をしおって……貴様も共謀しておったとはのう、リンリン」
「……申し訳ありません。てっきりヴァイス殿が直々に報告されたとばかり」
「まぁよい。後文によれば響が自力で紋翼を解き放ち、階層降下を行ったこと自体は確かなようだしのう。フフフ」
「我が主……念のため申し上げますが、ディル殿が一番に報告したかった箇所はそこでないと思われますよ。
ヤミ神未観測の低級罪科獣、およびその罪科獣が響殿を狙っているように見受けられた、というのが――」
「分かっておる。しかしその話は後でよい」
書類から顔を上げてさらに笑みを深めるエンラ。リンリンはそれを見て既に何かを察したようで、頭を押さえ吐息をついている。
「アスカの紋翼をその身に持つ〝半陰〟響。紋翼を失ってもなお罪科獣を討伐してみせたアスカ。
……閉じ込めておくには、あまりに惜しいではないか」