第7話 緊急事態

文字数 2,718文字

「響、防御態勢だ!!」

 アスカが前に出ながら言う。同時に神官の周囲の空間が突如口を開き、穴から何かが姿を現した。

 それらは初めて見るカタチでいて見覚えのある歪さをしていた。

 あるモノはブタの頭部に大型鳥類の身体。あるモノはヒマワリの頭部に虫の巨躯。

 あるモノはシカの頭部にクマの身体などなど。しかも歪な彼らは腕や腹などの部位にも様々な生物が切って繋げられている。

 いずれも目に正気はなく、魂魄もひどく視認しづらい。

「こ、こいつら……!」

 同じだ。違うのに同じだ、過去に出会ったあの毛玉型罪科獣たちと。

「っユエ助!」
「ハーイ!」

 響は背筋をゾクリとさせながら急いでユエ助を出現させる。

 まず動いたのは歪な罪科獣たちだった。ほぼ同時に四名へ飛びかかってくる。しかしジャスティンとベティが慣れたように前へ出た。

「考えるのは後だね。〝罪科獣執行〟のお時間さ」

「ったく、罪科獣召喚し放題とはなァ!」

「アスカと響は動かないでいいよ、戦闘態勢のまま待機してて。〝階層降下〟」

 ただちに階層を執行用へ降下させたベティは、響とアスカに指示を出しながら活性化させた神核片から銃を取り出した。

 歪な罪科獣の急所と思しき場所を的確に撃っていくが、一発や二発では倒れない。

 中には急所らしい場所を複数撃ち抜こうが平然と襲いかかってくる者もいて、ベティは銃を消失させた代わりに権能を発動させた。

 同時に展開された紋翼は、細長く伸縮性のある白布が幾重にも重なった包帯のごとき様相をしていた。

 突き出された両手のひらから放出されるのも同じ白布だ。それらは暗闇を縦横無尽に駆け抜け、罪科獣たちを瞬く間に拘束しにかかる。

「権能〝バンテージ〟――攻撃には今ひとつ向かないけどね、アンタらの自由を奪うのはお手の物さ。ジャスティン!」

「おうよ。血ィぶちまけなエサども!」

 ベティが呼びかけるや否やジャスティンが俊敏に罪科獣へ近づき、首と身体を次々分断させる。

 驚くべきことに武器は何も使っていない。ただ右手の一掻きで切り裂いていくのだ。

 さすがに頭を切り離されると弱いようで、ジャスティンに切り捨てられた罪科獣たちあれよあれよという間に地へ伏していった。

 だが、歪な罪科獣たちの数は減らない。ベティとジャスティンが討伐するごとに神官が延々と召喚するからだ。

 何故神官も一緒に執行用階層へ移動させたのか――響はそこで疑問を覚えるも〝悪魔神〟なる罪科獣を神官に召喚させるためだと合点がいく。

 しかし空間に空いた穴から次々と出現する歪な罪科獣とは裏腹に、目を向けた先の棺は一向に開く兆しがない。

「任務のためには神官に〝悪魔神〟を召喚させないとだよね……!?」

 響は己の前に立ちはだかるアスカに問う。

 ジャスティンとベティが上手く立ち回ってくれるおかげで、アスカと響には歪な罪科獣の攻撃は一切及んでいない。

 それでも鉄パイプを構えて響を背に守るアスカは辺りに注意を払いながら口を開いた。

「そうだ。そのためには神官に働きかける必要がある」
「でもこの数じゃ……!」
「いや。もう終わりだ」
「ハッハハハァ!」

 ジャスティンの哄笑を背景にベティは右腕を強くうしろへ引いた。

 すると祭壇の前に立って戦況を眺めていた神官に包帯が巻きつき、あっけなく拘束が完了。そのままベティたちの前に移動させられる。

 同時に歪な罪科獣の召喚がぴたりとやんだ。

 ジャスティンは残敵の処理に勤しみながら、返り血に濡れた顔で空中に繋ぎ止められた神官を見上げた。

「おい人間。このまま死にたくなきゃ〝悪魔神〟とやらを出しな。ムリでもどうにかして出しやがれ」

「大人しく差し出せばすぐに拘束を解いてあげるよ。大丈夫、約束は必ず守る」

 神官は無言だ。抵抗もない。そんな彼にベティは口を開く。

「ねぇアンタ、操られてるわけじゃないよね。自分の意志で召喚してるんだよね。

 信仰のため? この村を守るため? 報酬のため? 悦楽のため? あいにくアタシには分からないけど、大事なことを教えてあげる。

 アンタが崇めているモノは神じゃない。悪魔ですらない。ただの生物の成れの果てで、彼らとの契約には必ず法外な代償が発生してる。

 このままじゃアンタの未来に待つものは凄惨な死だよ」

「……」

「でもね、素直に従ってくれたらアタシたちがその代償をなかったことにしてあげる。

 さすがにアンタだって自分の命は惜しいだろう? だから今すぐに〝悪魔神〟を召喚するんだ」

「おい人間、さっさとしな! 今すぐその首をねじり切ったっていいんだぜぇ?」

 ベティによる説き伏せ、罪科獣の首を寸断しながらのジャスティンの恫喝。

 しかし拘束された神官はやはり反応を示さない。ただ〝こちら〟を見ている。

 ひとつも歯牙にかけない態度にジャスティンが苛立たしげに舌打ちをした。

「無視とはいい度胸じゃねぇか……こりゃ少し痛い目みねぇと分かんねぇみたいだなァ?」

「やめなジャス――」

「おやぁ、……おやおやおや……もしや、もしやですか?」

 やがて神官が口を開く。眉を持ち上げ、目を丸くし、唇を笑みの形にし、独特の早口で。

「こッれは、これは失礼しました、ただの死神どもとばかり!

 すみませんねぇ、ワタクシあまり目がきかないのです。彼らも戦闘能力特化で察知には長けていないタイプでして……。

 もっとも戦闘能力特化型も現在進行系でアナタがたに瞬殺されていますけどねぇ。悔しいですがさすがは死神です」

「……、」

「ははぁ、なんともはや! 胸が高鳴ってきました。まさかこのような場所で出会えようとは。

 先ほどは悲嘆に暮れていましたが、やはり我が神はワタクシを見捨てなかった。ふふ、ふふふふふ……」

「おい――」

「ああ失礼! 嬉しさのあまり浸ってしまいました。はい、それでは気を取り直して――丁重にもてなして差し上げましょう」

「!、?」

 神官が口にするや否や。

 何やら嗅覚をつんざく匂いが神官を中心に広がってくる。

 脳天を貫くような、とにかく嗅ぐことを身体が本能的に拒否するような薬品臭だ。

「ッ響、嗅ぐな!!」

 異変をすぐに察知したアスカが叫ぶ。嗅がせないよう響に近づき、鼻と口を突き出した手のひらで押さえもする。

 しかし遅い。一度知覚した時点でぐらりと視界が乱れている。

 視界だけではない、五感が急速に鈍くなっていた。倒れることだけはギリギリ耐えられている状況だ。

「な、何があったでヤンスか響!?」とユエ助が響の周囲をアタフタと動いている。

 彼は生命防具であるため匂いの影響を受けないようだったが、響を防護することもできないらしい。

 そんななか、ジャスティンとベティのふたりは神官の方へ一歩を踏み出した。
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登場人物紹介

◯◆響

普通の男子高校生だった17歳。

アスカに命を狙われ、シエルに〝混血の禁忌〟を犯されて

生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となった結果、

生物界での居場所を根底から奪われた過去を持つ。

◆アスカ

物語当初は響の命を狙う任務に就いていたヤミ属執行者。

シエルに紋翼を奪われて執行者の資格を失ったが、

響が志願したことにより彼も執行者に復帰することとなった。

以降は響の守護を最優先の使命とする。

◇シエル

〝悪夢のなかで出会った神様〟と響が誤認した相手。

アスカの紋翼を無惨に引きちぎり、

響に〝混血の禁忌〟を犯した相手でもある。

アスカと因縁があるようだが……?

◆ヴァイス

ヤミ属執行者。

〝混血の禁忌〟に遭った響の首を切り落とそうとした。

長身かつ顔面をペストマスクで覆った容姿はシンプルに恐ろしい。

アスカの元育て親、ディルの相棒。

◆ディル

ヤミ属執行者。

しかし軍医的位置づけであるため執行行為はご無沙汰。

ヴァイスの相棒かつ響の担当医、キララの元育て親でもある。

素晴らしい薬の開発者でもあるが、ネーミングセンスがことごとくダサい。

◯乃絵莉

響の妹、だった少女。

響にとって何よりも守りたい存在。

響が〝半陰〟となって以降は一人っ子と再定義された。

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