第12話 禁忌

文字数 2,695文字

 禁忌――それは響にとって聞き流すことのできない単語だ。

 何故なら響は〝混血の禁忌〟に遭わされたためにただの生物ではなくなり、生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となってしまったのだから。

 そしてその〝混血の禁忌〟を犯したシエルの首にも黒線はあった。

 海辺でアスカと交戦中、黒線はちょうど今ジャスティンを苛んでいるのと同じように妖しく発光し、シエルの首を締めつけにかかっていた。だから既視感があったのだ。

「ハッ……突然黙っちまったな。ノロけが甘すぎて、トロけちまったか?」

 「っふ、うゥ」と苦しげに紫煙を吐きながらジャスティン。響はいつの間にか下がっていた視線を持ち上げる。

「ジャスティンさんは、なんで……」
「あん?」
「……いえ、何でもないです。苦しいのにすみません」

 その言葉にジャスティンは口を引き裂くようにして笑った。

「お仲間をな、ひとり殺したのさ。酔った勢いでよ」

 ぎらり。暗闇のなかでバーガンディの双眸が剣呑な光を放った気がした。

 だから響の足は何を思うよりも早く一歩後ずさってしまう。

 仲間を殺した。それはつまり、ヤミを殺めたということだ。しかも酔いの勢いという、納得できるはずもない理由で。

「そういやオマエ……〝混血の禁忌〟に遭って〝半陰〟になったんだったなぁ?」

「は、……はい」

「そんならオレとオマエは加害者と被害者の関係ってワケだ」

「……」

「おうボウズ。加害者と真っ暗闇でふたりきりだぜ……何されるか分かったもんじゃねぇなぁ。怖いか?」

「……もちろん怖いです、けど。でもそれより、知りたいです」

「あァ?」

「禁忌って……何ですか?」

 響の恐る恐るといった問いに、ジャスティンは身にまとわせていた恐ろしい雰囲気を消して目を丸くした。

 そうして吹き出す。苦悶のさなかに笑うものだからすぐ咳となったが。

「つまんねぇな、少しくらい怖がれよ」

「いやいや相当怖いですよ!? でもこれ以上に怖がるには禁忌についての知識が足りないっていうか……!」

 もちろん〝混血の禁忌〟がどういうものかは身をもって知っている。

 〝生物の体内にヤミ属やヒカリ属の一部を意図的に混ぜることで苦痛のうちに肉体はおろか魂魄までも壊す行為〟と過去に説明も受けたので、知識としても理解しているつもりだ。

 しかし禁忌そのものが今イチ分からないのだ。

「アスカ君やヴァイスさんには何だか悪くて訊けないし、けど自分に関係のあることはもっと知っておきたくて……」

「意外と冷静なんだなぁ?」

「あはは……もうそれなりに経ちますので、少しくらいは」

 頭を掻きながらの響の言葉に、ジャスティンは「そうかよ」と言いながら紫煙を吐き出した。

 相変わらず顔色が悪く脂汗の量も尋常ではない。しかしそれでも彼は楽しげに笑っている。

「いいぜ。絞首自体は収まったが、満足に動けるにはもうちょい時間がかかる……暇つぶしに教えてやるよ」

「あ、ありがとうございます。でも無理はしないでくださいね」

「オレがムリすんのはベティに関することだけだ、心配すんな」

「あ、はい……」

 突然のノロけに『油断できないな……』と響が苦笑していると、ジャスティンは気を取り直したように再び唇を開いた。

「つっても難しく考える必要はねぇ。禁忌ってのはヤミ属・ヒカリ属がやっちゃいけねぇ行為ってだけだからな。人間でいうところの犯罪だ。

 そんで禁忌を犯したヤツは神サマから罰をお見舞いされる。それがこの禁忌の烙印ってワケだ」

 ジャスティンは言いながら顎を持ち上げて縄状の一本線を響の前へさらけ出す。

 ジャスティンが言うとおり首の締めつけは収まったようだが、赤黒い発光は依然として続いている。

「コイツは一度ついたら二度と消えることがねぇ。しかもあるふとした拍子に突然首を締めつけてきやがる厄介なモンだ。

 絞首がいつやってくるかも分からねぇ、罪科獣を相手にしてるときでも平気で来る。そうなると最悪だ、オレはベティの頼れるオトコから一気に足手まとい野郎になり下がっちまう。

 絞首が収まってもこうして熱を持ってるうちはすぐぶり返しやがるときた。一本でこれだぜ、二本三本は御免こうむりたいねぇ」

「……烙印の数で何かが変わるんですか?」

「そりゃあ大アリだ。烙印の数は犯した罪の数と重さだからな、罰は比例して過酷になる」

「……、」

「禁忌になる行為はそう多くねぇ。大きく分けてよっつだ。

 〝自害〟はそのまんま、自分を殺し職務を放棄した罪。亡骸の首に烙印がつく。

 〝同属殺し〟はオレが犯したやつだ。ヤミ属ならヤミ、ヒカリ属ならヒカリを殺めた罪。

 〝生物殺し〟は任務に無関係な生物を意図的に殺めた罪だな。

 いずれの禁忌もヤミ属は一本、ヒカリ属は二本の烙印が穿たれる」

「ヤミ属とヒカリ属では烙印の数が違うんですか?」

「ああ。ヒカリ属は殺生自体が禁忌だからな。

 だが面白ェことに、お清いヒカリ属サマもヤミ属だけは殺しても禁忌にならねぇのさ。逆もしかりだがな」

「ど、どうしてですか」

「知らねぇよ。知りたきゃオレたちをそう造った神サマに訊くしかねぇ。

 ま、オレ的には相互牽制を目的として〝そう〟したんじゃねぇかと思うがよ」

「……」

「話が逸れた。そう、よっつめの禁忌だ。オマエが経験した〝混血〟だが……これは本当に救いようがねぇ。

 生物なんざどうでもいいと思ってるオレでも、これだけは本能が拒否するぜ。

 生物を意図的に苦しめた上で殺める大罪だからな、ヤミ属もヒカリ属も一気に三本の烙印が穿たれる」

 確かにシエルの首には黒線が三本走っていたのを思い出す。

「禁忌は加算制でもある。オレが今急にトチ狂ってオマエを殺した場合、オレの烙印は一本増えて二本になるだろう。

 生物なうえ執行対象でもねぇ神官もブッ殺せば晴れて三本になるって寸法だ」

「え、やらないでくださいね……?」

「例え話に決まってンだろ。クク、多分な。

 で、だ。加算制にも限度があってな、四本目が刻まれることはねぇ……ホトケの顔も三度まで、そっから村人を一人でも殺した瞬間にオレは即オダブツとなる。

 相当に苦しい死に方をするらしいぜぇ? 神核片も神ン中に還ることを許されず、粉々にされるんだとよ。ヒッヒ、恐ろしいねぇ」

「……」

「どうした〝半陰〟のボウズ。自分が〝混血の禁忌〟で死にそうになったときのことを思い出したか?

 それともヤベェ野郎とふたりきりになっちまったってようやく実感したか」

「い、いえ。違うんです。いやどっちも違わなくはないですけど……ただちょっと、シエルさんのことを思い出しちゃって」

 弁解のためにジャスティンへ持ち上げていた視線がまた下がっていく。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

◯◆響

普通の男子高校生だった17歳。

アスカに命を狙われ、シエルに〝混血の禁忌〟を犯されて

生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となった結果、

生物界での居場所を根底から奪われた過去を持つ。

◆アスカ

物語当初は響の命を狙う任務に就いていたヤミ属執行者。

シエルに紋翼を奪われて執行者の資格を失ったが、

響が志願したことにより彼も執行者に復帰することとなった。

以降は響の守護を最優先の使命とする。

◇シエル

〝悪夢のなかで出会った神様〟と響が誤認した相手。

アスカの紋翼を無惨に引きちぎり、

響に〝混血の禁忌〟を犯した相手でもある。

アスカと因縁があるようだが……?

◆ヴァイス

ヤミ属執行者。

〝混血の禁忌〟に遭った響の首を切り落とそうとした。

長身かつ顔面をペストマスクで覆った容姿はシンプルに恐ろしい。

アスカの元育て親、ディルの相棒。

◆ディル

ヤミ属執行者。

しかし軍医的位置づけであるため執行行為はご無沙汰。

ヴァイスの相棒かつ響の担当医、キララの元育て親でもある。

素晴らしい薬の開発者でもあるが、ネーミングセンスがことごとくダサい。

◯乃絵莉

響の妹、だった少女。

響にとって何よりも守りたい存在。

響が〝半陰〟となって以降は一人っ子と再定義された。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み