第2話 今は昔
文字数 2,603文字
アスカ、響、ベティ、ジャスティンがつい先日就いた任務。
そこで存在が判明した異形――エンラが〝合成キメラ〟と呼称するよう命じた彼らは、生物あるいはヤミ属の肉体や魂魄の一部をパッチワークのように組みあわされ繋ぎあわされた者たちの総称だ。
存在が明るみになったと同時にエンラはヤミ属執行者たち、特に各国へ常駐しているヤミ属執行者に合成キメラの捜索・調査を命じた。
それによりまず判明したことは、今まで執行してきた罪科獣――寿命の契約を反故し続けたことで魂魄を変質させ異形となった元生物たち――と相当に混同されてきたということだ。
百年前、恐らくもっと前から合成キメラの存在は多数あったと考えられるが、彼らは意識して罪科獣に似せられているのだ。
とはいえ、合成キメラと罪科獣がまったく同じというわけでもない。
合成キメラかどうかを見分ける方法は大きくみっつ。妙な違和感がある。魂魄が異様に見えづらい。そしてヤミ神が観測できない。
合成キメラが大物の場合はエンラの〝千里眼〟が阻害される場合もある、も入れてよいかも知れないとディルは感じている。少なくとも〝悪魔神ウル〟討伐任務時はそうであった。
あのときは執行地が黒いモヤで覆われていたため今回とはアプローチが違う。しかしエンラの〝千里眼〟でも捉えきれないという点で言えば状況が近い。
ゆえにディルは今回の〝天国の地獄〟に合成キメラが関係している可能性を考えたのだ。
「大枠は了解だ。次はどう獲物を探すかだが、やっぱ最初は自分たちで改めて情報収集するのがいいだろうな」
「ああ、それぞれで動こう。私は霊体のまま広範囲を見て回り、お前は現地の人間に話を聞いて回るのが良さそうだ」
「いや、今回は一緒に行動した方がいい」
その言葉にヴァイスは首を傾げる。
「何故だ」
「だって久しぶりのバディ行動だぜ。別々なんて味気ないだろ」
ディルはイタズラっぽい笑みを浮かべながら言う。
ディルとヴァイスは〝神核繋ぎ〟までを終えたバディだ。しかしヤミ属執行者において原則であるバディ行動をほぼしない。その理由はヤミ属統主であるエンラの許可が下りていて、特別に単独行動を許されているからだ。
唯一階級SSS級、ヤミ属執行者の頂点であるヴァイス。S級でありヤミ属界の医療を一手に引き受ける衛生部隊長のディル――各々の強さと立場の重要性をエンラが認めているということでもある。それゆえヴァイスは高難易度の任務の大半を長年単身で完遂してきた。
今回もヴァイス自身がディルの助力を必要としたわけではない。ディルが直前になって同行を申し出ただけなのだ。
「ディル。私たちの事情は任務に関係がないだろう。効率を優先すべきだ」
ヴァイスは首を横に振った。だがこれはディルにとって予想済みの反応だ。
「もちろんそれだけが理由じゃないさ。だがどんな人間が・どうやって・どのタイミングで消えるかも判明していない以上、単身でなくバディ行動のが効率的と考えるぜ。
仮にひとりが突然〝天国の地獄〟に遭ったとしても、そばにいりゃもうひとりがリカバリーできるからな」
「仮にひとりが知らないところで消えたとしても些事だろう。どちらも問題なく完遂できる」
確信的な物言い。確かにそうだとディルも心中で同意する。
どんな強敵難敵を相手にしようが、決して受傷せず帰還してくるヴァイスには確固たる信頼がある。ディル自身にだってどうにかできるという自信がある。
「うし、そろそろ動くか。茶に付き合ってくれて感謝」
しかしディルはいつものごとく鷹揚な表情を浮かべながらイスから立ち上がった。
「おい。まだ話の途中だ」
そのまま会計台の方へと歩きだすや否や背後から抗議の声。
「話し合い終了。あいにく今日の俺は張り切りまくっててね、ひとりにすると俺だけで全部解決しちまう。それじゃ困るだろ? だから一緒に行動してくれよ、相棒」
おどけた調子で振り返れば、ヴァイスは少しの間のあとで肩を揺らした。そうして同じように歩きだすとディルの傍らを通り過ぎていく。
「それは確かに困るな。私は誰よりも任務をこなし、生物とヤミ属に貢献しなければならないからね」
「……」
ゆえにディルは遠のいていく背中を見つめるのだ。
脳裏によみがえるのは五百年以上も前のこと。
確固たる決意を持つに至った最初の記憶――
* * *
「――まったく貴様は、何度言っても分からぬ奴だのうディルよ!」
エンラの怒声を聞くのも何度目か。
いちいち数えていないが、とりあえず両手で数えきれないほど叱られているのは確かだ。
「謹慎領域で一週間反省させても無意味とは、その根性よほど矯正が必要と見える!」
ちなみに謹慎領域という何もない空間に閉じ込められたのは〝まだ〟二度目だ。前回は三日間、今回は一週間。次は一ヶ月か? とディルは他人事のように考えている。
場所はヤミ属界、裁定神殿。
薄暗い広大空間の奥にある玉座には怒り心頭のヤミ属統主エンラ、その傍らに控えるのは側近長リンリン。周囲には〝裁定〟を待つ無数の魂魄。
相変わらずの荘厳な場で、ディルはエンラの数歩先に立たされている。しかしその立ち姿はあまりにラフすぎた。
このディルの身体年齢は十七歳ほどだ。紫色の髪はベリーショート、メガネに彩られていない灰色の双眸は挑発的にエンラを映すばかり。
彼の目に映っている光景は少年ディルにとって変わり映えのないものだった。裁定神殿内は言わずもがな、エンラやリンリンが険しい表情で己を見ているのも同じ。
こうなった経緯も変わり映えがない。ディルからすれば〝大したことのない〟ことで叱責を受け、謹慎領域に閉じ込められ。ようやく謹慎期間が終わるとエンラの前に連れてこられ『反省できたか?』と問われた。
それに『何を反省すりゃいいんですか?』と訊き返した直後が今というわけだ。もちろんこうして叱責が重なるのも変わり映えがない。
「何を反省すればよいか分かるまで謹慎させてもよいのだぞ! 痛い思いをせねば分からぬというのなら、この豊満な身体でブチブチに抱きつぶしてしんぜよう!」
「あ、じゃあ反省しまーす。なんで謹慎延長もハグもナシってことで」
稲妻のごとき声の前でも飄々、耳の穴に小指を入れて掻き回しながら言うディル。
これにはエンラのコメカミにもアオスジが浮かぶ。
だが、ディルはやはり反抗的な態度を崩さない。
そこで存在が判明した異形――エンラが〝合成キメラ〟と呼称するよう命じた彼らは、生物あるいはヤミ属の肉体や魂魄の一部をパッチワークのように組みあわされ繋ぎあわされた者たちの総称だ。
存在が明るみになったと同時にエンラはヤミ属執行者たち、特に各国へ常駐しているヤミ属執行者に合成キメラの捜索・調査を命じた。
それによりまず判明したことは、今まで執行してきた罪科獣――寿命の契約を反故し続けたことで魂魄を変質させ異形となった元生物たち――と相当に混同されてきたということだ。
百年前、恐らくもっと前から合成キメラの存在は多数あったと考えられるが、彼らは意識して罪科獣に似せられているのだ。
とはいえ、合成キメラと罪科獣がまったく同じというわけでもない。
合成キメラかどうかを見分ける方法は大きくみっつ。妙な違和感がある。魂魄が異様に見えづらい。そしてヤミ神が観測できない。
合成キメラが大物の場合はエンラの〝千里眼〟が阻害される場合もある、も入れてよいかも知れないとディルは感じている。少なくとも〝悪魔神ウル〟討伐任務時はそうであった。
あのときは執行地が黒いモヤで覆われていたため今回とはアプローチが違う。しかしエンラの〝千里眼〟でも捉えきれないという点で言えば状況が近い。
ゆえにディルは今回の〝天国の地獄〟に合成キメラが関係している可能性を考えたのだ。
「大枠は了解だ。次はどう獲物を探すかだが、やっぱ最初は自分たちで改めて情報収集するのがいいだろうな」
「ああ、それぞれで動こう。私は霊体のまま広範囲を見て回り、お前は現地の人間に話を聞いて回るのが良さそうだ」
「いや、今回は一緒に行動した方がいい」
その言葉にヴァイスは首を傾げる。
「何故だ」
「だって久しぶりのバディ行動だぜ。別々なんて味気ないだろ」
ディルはイタズラっぽい笑みを浮かべながら言う。
ディルとヴァイスは〝神核繋ぎ〟までを終えたバディだ。しかしヤミ属執行者において原則であるバディ行動をほぼしない。その理由はヤミ属統主であるエンラの許可が下りていて、特別に単独行動を許されているからだ。
唯一階級SSS級、ヤミ属執行者の頂点であるヴァイス。S級でありヤミ属界の医療を一手に引き受ける衛生部隊長のディル――各々の強さと立場の重要性をエンラが認めているということでもある。それゆえヴァイスは高難易度の任務の大半を長年単身で完遂してきた。
今回もヴァイス自身がディルの助力を必要としたわけではない。ディルが直前になって同行を申し出ただけなのだ。
「ディル。私たちの事情は任務に関係がないだろう。効率を優先すべきだ」
ヴァイスは首を横に振った。だがこれはディルにとって予想済みの反応だ。
「もちろんそれだけが理由じゃないさ。だがどんな人間が・どうやって・どのタイミングで消えるかも判明していない以上、単身でなくバディ行動のが効率的と考えるぜ。
仮にひとりが突然〝天国の地獄〟に遭ったとしても、そばにいりゃもうひとりがリカバリーできるからな」
「仮にひとりが知らないところで消えたとしても些事だろう。どちらも問題なく完遂できる」
確信的な物言い。確かにそうだとディルも心中で同意する。
どんな強敵難敵を相手にしようが、決して受傷せず帰還してくるヴァイスには確固たる信頼がある。ディル自身にだってどうにかできるという自信がある。
「うし、そろそろ動くか。茶に付き合ってくれて感謝」
しかしディルはいつものごとく鷹揚な表情を浮かべながらイスから立ち上がった。
「おい。まだ話の途中だ」
そのまま会計台の方へと歩きだすや否や背後から抗議の声。
「話し合い終了。あいにく今日の俺は張り切りまくっててね、ひとりにすると俺だけで全部解決しちまう。それじゃ困るだろ? だから一緒に行動してくれよ、相棒」
おどけた調子で振り返れば、ヴァイスは少しの間のあとで肩を揺らした。そうして同じように歩きだすとディルの傍らを通り過ぎていく。
「それは確かに困るな。私は誰よりも任務をこなし、生物とヤミ属に貢献しなければならないからね」
「……」
ゆえにディルは遠のいていく背中を見つめるのだ。
脳裏によみがえるのは五百年以上も前のこと。
確固たる決意を持つに至った最初の記憶――
* * *
「――まったく貴様は、何度言っても分からぬ奴だのうディルよ!」
エンラの怒声を聞くのも何度目か。
いちいち数えていないが、とりあえず両手で数えきれないほど叱られているのは確かだ。
「謹慎領域で一週間反省させても無意味とは、その根性よほど矯正が必要と見える!」
ちなみに謹慎領域という何もない空間に閉じ込められたのは〝まだ〟二度目だ。前回は三日間、今回は一週間。次は一ヶ月か? とディルは他人事のように考えている。
場所はヤミ属界、裁定神殿。
薄暗い広大空間の奥にある玉座には怒り心頭のヤミ属統主エンラ、その傍らに控えるのは側近長リンリン。周囲には〝裁定〟を待つ無数の魂魄。
相変わらずの荘厳な場で、ディルはエンラの数歩先に立たされている。しかしその立ち姿はあまりにラフすぎた。
このディルの身体年齢は十七歳ほどだ。紫色の髪はベリーショート、メガネに彩られていない灰色の双眸は挑発的にエンラを映すばかり。
彼の目に映っている光景は少年ディルにとって変わり映えのないものだった。裁定神殿内は言わずもがな、エンラやリンリンが険しい表情で己を見ているのも同じ。
こうなった経緯も変わり映えがない。ディルからすれば〝大したことのない〟ことで叱責を受け、謹慎領域に閉じ込められ。ようやく謹慎期間が終わるとエンラの前に連れてこられ『反省できたか?』と問われた。
それに『何を反省すりゃいいんですか?』と訊き返した直後が今というわけだ。もちろんこうして叱責が重なるのも変わり映えがない。
「何を反省すればよいか分かるまで謹慎させてもよいのだぞ! 痛い思いをせねば分からぬというのなら、この豊満な身体でブチブチに抱きつぶしてしんぜよう!」
「あ、じゃあ反省しまーす。なんで謹慎延長もハグもナシってことで」
稲妻のごとき声の前でも飄々、耳の穴に小指を入れて掻き回しながら言うディル。
これにはエンラのコメカミにもアオスジが浮かぶ。
だが、ディルはやはり反抗的な態度を崩さない。