第17話 繋がっていたいから

文字数 2,799文字

「響くん、初めての〝罪科獣執行〟を経験してみてどうだった?」

 ヴァイスが静かに問うてきた。響はしばらく考えたあとで口を開く。

「僕はずっと見てるだけ、防御に徹してるだけでしたけど……〝魂魄執行〟とは全然違うな、想像してた以上に怖いなと感じました」

 素直に述べるとヴァイスは頷いた。

「そう、〝罪科獣執行〟は怖い任務だ。ケガを負う危険性はもちろん、死とも常に隣り合わせ。

 相性が悪ければ、運が向いていなければ、ただひとつミスをすれば。百戦錬磨のヤミ属執行者だって簡単に命を落とす」

「……」

「だがそんな任務も、B級以上の執行者であればそれなりの頻度でこなさなければならなくなってくる。

 しかも一度上がった階級は下がることがないから、B級となってしまった君たちはこれからも〝罪科獣執行〟の任務を与えられることになるだろう」

「……はい」

「一尾のキツネ型罪科獣はアスカでも余裕を持って執行できるレベルだった。

 だが、あれ以上の〝罪科獣執行〟はザラにある。ひょっとしたら今回のように思わぬ強敵が潜んでいることもあるかも知れない。

 そういうとき、アスカはひとりで戦わねばならない。紋翼もない身体で、君を守りながらね」

「……」

「誤解しないでほしいんだが、私は君やアスカを戦闘の現場に出したくて防具の提案をしたわけではない。

 権能の使い方だって〝魂魄執行〟の任務をこなすなか、思いがけない脅威に出会ってしまったときの対処法として教えただけだ。

 本心を言うなら、私は今でも君に安全な場所で平和に生きてほしいと思っている」

「はい。それは……分かっています」

「以前の君は『雑務でもいいからヤミ属執行者として生きたい』と言ったね。あのときはまだ何の経験もなくて想像もできなかった。

 だが、今の君は知っている。この先をちゃんと想像できるくらいには経験を積んだ。

 ヤミ属執行者として任務をこなすということがどういうことか。それによって君やアスカがどうなる恐れがあるか、その先を」

「……」

 ヴァイスの言葉が終わり、静寂が辺りに満ちるなか。目を伏せて口をつぐむ響の頭にあったのは、ヴァイスへの同意だった。

 攻撃手段を持たないにもかかわらず『やってみたい』などと軽く口にしてしまった過去の自分。

 執行対象であった一尾のキツネ型罪科獣はアスカにとって難敵ではなかったが、毛玉型罪科獣や八尾のキツネ型罪科獣は完全に想定外だった。

 特に後者との遭遇はアスカですら死を覚悟していた。ヴァイスが居なければ本当に危なかっただろう。

「ヴァイスさんの言うこと、もっともだと思います。……でも……」

「でも?」

「…………」

 訊き返されて、また口をつぐむ。

 曲がりなりにも経験を積んでしまったからこそ言葉が出ない。以前のようにタンカを切ることなど夢のまた夢だ。

 何故にこうもヤミ属執行者であることを諦められないのか、その理由を響は痛いほど自覚している。

 だが、だからといってこれ以上はワガママを通すことなどできない。

 戦闘において自分が力になれないことを理解しているし、死にたくもない。アスカが自分のワガママで傷ついたり万が一にも命を落としたりするのはもっと嫌だ。

 それゆえ響は脳裏にひらめく〝家族だった人たち〟から目を逸らそうとした。願望を無理やり諦めようとした。

「響」

 そんなところでアスカが呼ぶ。響は地に落ちていた視線を隣へと持ち上げた。

「諦めなくていい」

「……、」

 その先で出会ったものは黒瞳。

「お前はお前のやりたいようにしろ。俺はそれを守る。

 ……まだまだ足りないが。だが、だからこそもっともっと強くなる」

 一切の曇りなく。

 まっすぐで強い意志をたたえた漆黒の瞳。

「お前の存在が、俺の力になる」

「あ――」



『苦しいときに誰かがそばに居てくれるというのは、それだけで力になるものだよ』



 ひとりでに思い起こされる記憶。戦闘が始まる前にヴァイスがかけてくれた言葉。

「……」

 諦めなくていいのか。

 等価には程遠いけれど。そう自覚しているけれど。

 こんな自分でもアスカの力になれていると、ほんの少しだけでも思っていいのだろうか――

「…………ッ」

 響は力を失っていた拳をきつく握り込んだ。

 心臓は荒々しい鼓動を間断なく伝え、口内は瞬時にカラカラ、足も震えてきた。

 それでも響は再びヴァイスへ向き直り唇を開く。

「ヴァイスさん。僕、頷きかけてました。ヴァイスさんの言うことはやっぱり正しいです。

 僕はほとんど役に立たないし、アスカ君にはいつも負担をかけてばかりです。

 自分が傷つくのもアスカ君が傷つくのも嫌で……だからここで頷くことが正しいんだと思います。

 でも、叶うなら。僕はやっぱり執行者でいたいです」

「……それはどうして?」

「繋がっていたいから、です。

 僕は生物とずっと関わっていたい。例えヤミ属としてでも、生物に嫌がられる役回りでも。

 皆と……家族と離れたくないんです。間接的にでも、少しだけでも守りたいんです」

「……」

「僕、もっともっと頑張ります。回避法とか防御法、紋翼も〝風〟の権能も今より上手く使いこなせるようになって、アスカ君やユエ助と一緒に強くなります。ピンチのときの立ち回り方も勉強します。

 だからどうか生物みんなと、家族と、これからも繋がらせてください。

 少しでも生物の死を守るお手伝いを、させてください」

「……」



『――ヴァイスよ、聞け』

 裁定神殿。

 ヴァイスの脳裏へ蘇るのは、彼が任務の見学を響たちに名乗り出る一時間前に交わしたエンラの言葉。

『響とアスカは自らの意志で道を選んだ。アスカは響の意志を尊重すると伝え、執行任務も響の守護も遂げることを誓った。

 響もそれを受けて此度の任務遂行を決めた。彼らは確かに不安で揺れていた。それでも羽ばたく道を選んだのだ』

『その選択は彼らが経験不足であるからこそです』

『左様。アスカは〝罪科獣執行〟の経験がないわけではないが、それは紋翼も持ち、かつ戦闘補助に秀でたシエルがバディであったころのこと。

 紋翼を失った今の力がどれほど通用するかは疑問を覚えていよう』

『疑問どころではない。あまりにも無謀です』

『ああ無謀だ。だがそれでも彼らの選んだ道なのだ。ヴァイス』

『だから任せろと? 死ぬ危険性が濃厚でも自分たちが決めた道だからと?』

『そうだよ。例えヤミ属として不完全でも、雑務しか行えずとも彼らは執行者である。確かな自我と意志を抱きし者たちである。

 ならば外野が口を出すものではない。彼らの自由を奪う権利など誰にもありはしない』

『死にに行く彼らを見殺しにしろということですか』

『いいや、そうは言っておらぬ。アスカは我らが太母・ヤミ神より生み落とされし直系属子。

 響はヤミ神とヒカリ神の愛し子。どちらも大切な存在だ、見殺しにしようなどと思うはずはない。

 ――逆であるよ、ヴァイス。我が貴様を待っておった理由はな』
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登場人物紹介

◯◆響

普通の男子高校生だった17歳。

アスカに命を狙われ、シエルに〝混血の禁忌〟を犯されて

生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となった結果、

生物界での居場所を根底から奪われた過去を持つ。

◆アスカ

物語当初は響の命を狙う任務に就いていたヤミ属執行者。

シエルに紋翼を奪われて執行者の資格を失ったが、

響が志願したことにより彼も執行者に復帰することとなった。

以降は響の守護を最優先の使命とする。

◇シエル

〝悪夢のなかで出会った神様〟と響が誤認した相手。

アスカの紋翼を無惨に引きちぎり、

響に〝混血の禁忌〟を犯した相手でもある。

アスカと因縁があるようだが……?

◆ヴァイス

ヤミ属執行者。

〝混血の禁忌〟に遭った響の首を切り落とそうとした。

長身かつ顔面をペストマスクで覆った容姿はシンプルに恐ろしい。

アスカの元育て親、ディルの相棒。

◆ディル

ヤミ属執行者。

しかし軍医的位置づけであるため執行行為はご無沙汰。

ヴァイスの相棒かつ響の担当医、キララの元育て親でもある。

素晴らしい薬の開発者でもあるが、ネーミングセンスがことごとくダサい。

◯乃絵莉

響の妹、だった少女。

響にとって何よりも守りたい存在。

響が〝半陰〟となって以降は一人っ子と再定義された。

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