第4話 前準備をしよう
文字数 2,631文字
「ふうむ。どうする響くん」
「えっ、どうするって……?」
「防具は君が使うことになる。私のアテも外れてしまったし、君の感性で決めるといい」
「ええー……」
響は困り声を上げながらアスカを見た。
アスカは響と視線を合わせても特に言葉を発さない。どんなでも構わないということだろう。
そうこうしているうちにリェナが前傾姿勢のまま顔だけを上げ、響を真っ向から見つめてくる。
言葉のとおりものすごい熱意にあふれた視線に、響の唇は自然と開いた。
「じゃ、じゃあ……お願いします」
正直なところ自分より年下に見え、かつ、おっちょこちょいそうな少女に防具作りを頼むことに一抹の不安はある。
だが断れなかった。
妹だった乃絵莉とそれほど見た目年齢が変わらない少女にそんな顔をされたら、響はやりたいようにさせてしまいたくなるのだ。
リェナは響の返事を受け取ると、大真面目な表情から一転して満面の笑みを咲かせた。
「ありがとうっスー!!」
そうして感情のままに抱きつかれた結果、響はリェナごと地面に倒れ、盛大に後頭部を打ったのだった。
* * *
「――で、リェナからお使いを頼まれてしまったわけだが」
リェナがザドリックのもとへ慌ただしく戻っていったのを見届けてからの帰路。
職務地帯を三名でコツコツ歩くなか、ヴァイスがおもむろに振り返ってきた。
「アスカとふたりで行けそうかな? 響くん」
「ええと、実は話を聞いてもよく分からなかったんですよね……」
それに対し響は苦笑をする。
リェナに抱きつかれて頭を打ち、色々な意味で一瞬の天国を見たあとで『そろそろ親方のところに戻らないと命が危ないっスけど、最後に頼みたいことが……』とリェナが申し訳なさそうに後出ししてきたことを思い出していた。
それすなわち、防具作りに必要なものを響自身が揃えてくること。
ただ職務地帯で物を揃えるようなお使いならば問題はないのだが、リェナの言うお使いはそんな簡単なものではなさそうだったのだ。
『生物界で、ある要素を集めてきて欲しいっス。ホントはアタイが自分で集められたらいいっスけど、アタイ紋翼までは持ってないから……。
あと、防具を使う響さんが集めた方が絶対に馴染みが良くなるっス! だから申し訳ないっスけど響さんにお願いしたいっス!』
――とりあえず生物界で何かを集めるらしいことだけは分かるのだが。
「大丈夫だろう。生物界の指定されたポイント数カ所に一定時間留まるだけだからな」
アスカが響の隣でぼそりと要約してくれたが、それでも響は合点がいかないままだ。
「それが全然意味分からなかったんだよね。何かを集めなきゃいけないのに指定された場所にいればいいだけってどういうこと? 何も持ち帰れてなくない?」
「物ばかりが持ち帰れるものじゃない」
「???」
付け足されても響の頭には疑問符が生成されるばかりだ。
「こらこらそれじゃ言葉足らずだろう。
響くん、今回集めるものは要素だ。明確なカタチを持っていなくとも存在するモノはあるだろう? エネルギーと言い換えると分かりやすいかな。
それを指定ポイントに留まることで君の中に蓄積させて持ち帰るのが今回のお使いというわけだ」
「なるほど……?」
ヴァイスの追加説明に納得しながらも首を傾げる響。分かったような分からないような。
「まぁ、理解は何となくでも問題ない。アスカが手引きして現地へ赴けばそれで事足りることだからね。
しかし、防具作りに要素が必要だなんて変わっているなぁ。彼女の権能もユニークだし、面白い防具が出来上がるかもだ」
「……あの。ずっと気になってたんですが、権能って何ですか?」
要素もそうだが、響にとってヤミ属界で出会う言葉や事象はまだまだ謎が多い。
特に〝権能〟という単語はこれまでも何回か耳にしていた。要素のお使いとやらがそれなりの理解でも遂行できるということで、響の興味はこれまでに聞いてきた単語の方へ移っていた。
ヴァイスは投げかけられた問いに気づいた仕草をする。
「そういえば権能のことはまだ話していなかったね」
「はい。皆さんの口から聞くことはあるんですが……」
「じゃあこのまま草原地帯へ向かおうか」
「えっ」
「防具の他にも色々と響くんに備えさせたいと思っていたところだ。言葉だけじゃ足りないからね、実践も交えて教えよう」
「っ……!!」
その瞬間、脳裏へフラッシュバックしてきたのは三日間に渡って行われた地獄の特訓――予期できるはずもない展開に響は冷や汗を流さざるを得なかった。
そんなわけで草原地帯へ到着してしまった一行だったが、ヴァイスはまず響とアスカを草原に座らせ講釈モードとなった。
ピ、と金属グローブに覆われた左手の人差し指を立たせる。
「始めに口頭でさらっと説明するよ。響くんが何となく気になっていた権能だが、これは直系属子が属親である神から与えられた固有の能力のことだ。
基本的に一直系属子に一権能、能力の種類も様々。オンリーワンであることも多い。
特技とも言えるし、自我とは別に与えられた個性とも言える」
「あの、のっけからすみません。直系属子っていうのは〝執行者になることが決まっている者〟って認識でいいんですよね……?」
「それでも間違いではないが、直系属子の本来の意味は〝神から直接生まれた者〟の方が適切だね。以前、神域でヤミ神の神核に拝謁したときのことを覚えているかい?」
「はい、覚えています」
あのときのことは響の頭のなかに今でも鮮烈に焼きついていた。むしろ覚えているからこその確認でもあった。
数ヶ月前、ヤミ属界に来て間もなかった響はヴァイスの案内のもとヤミ属界を見て回ったことがあった。
その最後に連れて行かれた場所こそがヤミ属界の中心にある神域、そこに突如姿を現した神塔。ヤミ神の神核が鎮座する場所だった。
神核とはその名のとおり神の核。
神核たる黒く巨大な鉱石の中には苛烈にして柔らかな炎が秘められており、それが本当に神であり生物すべての母であることを本能的に悟ってしまったくらいには、超越した有り様だった。
拝謁の最後、ヤミ神の神核はふと欠片を落とした。
それは少しずつヒトの赤子のカタチに覆われていき、地にふわりと着地すれば元気な産声を上げにかかった。
赤ん坊を抱き上げた神託者・ヤーシュナが言った。
『新たなヤミ属執行者がまた誕生した』
『この子もいずれ神の手足として生物界を駆けるだろう』と。
それが妙に記憶に残っていたのだ。
「えっ、どうするって……?」
「防具は君が使うことになる。私のアテも外れてしまったし、君の感性で決めるといい」
「ええー……」
響は困り声を上げながらアスカを見た。
アスカは響と視線を合わせても特に言葉を発さない。どんなでも構わないということだろう。
そうこうしているうちにリェナが前傾姿勢のまま顔だけを上げ、響を真っ向から見つめてくる。
言葉のとおりものすごい熱意にあふれた視線に、響の唇は自然と開いた。
「じゃ、じゃあ……お願いします」
正直なところ自分より年下に見え、かつ、おっちょこちょいそうな少女に防具作りを頼むことに一抹の不安はある。
だが断れなかった。
妹だった乃絵莉とそれほど見た目年齢が変わらない少女にそんな顔をされたら、響はやりたいようにさせてしまいたくなるのだ。
リェナは響の返事を受け取ると、大真面目な表情から一転して満面の笑みを咲かせた。
「ありがとうっスー!!」
そうして感情のままに抱きつかれた結果、響はリェナごと地面に倒れ、盛大に後頭部を打ったのだった。
* * *
「――で、リェナからお使いを頼まれてしまったわけだが」
リェナがザドリックのもとへ慌ただしく戻っていったのを見届けてからの帰路。
職務地帯を三名でコツコツ歩くなか、ヴァイスがおもむろに振り返ってきた。
「アスカとふたりで行けそうかな? 響くん」
「ええと、実は話を聞いてもよく分からなかったんですよね……」
それに対し響は苦笑をする。
リェナに抱きつかれて頭を打ち、色々な意味で一瞬の天国を見たあとで『そろそろ親方のところに戻らないと命が危ないっスけど、最後に頼みたいことが……』とリェナが申し訳なさそうに後出ししてきたことを思い出していた。
それすなわち、防具作りに必要なものを響自身が揃えてくること。
ただ職務地帯で物を揃えるようなお使いならば問題はないのだが、リェナの言うお使いはそんな簡単なものではなさそうだったのだ。
『生物界で、ある要素を集めてきて欲しいっス。ホントはアタイが自分で集められたらいいっスけど、アタイ紋翼までは持ってないから……。
あと、防具を使う響さんが集めた方が絶対に馴染みが良くなるっス! だから申し訳ないっスけど響さんにお願いしたいっス!』
――とりあえず生物界で何かを集めるらしいことだけは分かるのだが。
「大丈夫だろう。生物界の指定されたポイント数カ所に一定時間留まるだけだからな」
アスカが響の隣でぼそりと要約してくれたが、それでも響は合点がいかないままだ。
「それが全然意味分からなかったんだよね。何かを集めなきゃいけないのに指定された場所にいればいいだけってどういうこと? 何も持ち帰れてなくない?」
「物ばかりが持ち帰れるものじゃない」
「???」
付け足されても響の頭には疑問符が生成されるばかりだ。
「こらこらそれじゃ言葉足らずだろう。
響くん、今回集めるものは要素だ。明確なカタチを持っていなくとも存在するモノはあるだろう? エネルギーと言い換えると分かりやすいかな。
それを指定ポイントに留まることで君の中に蓄積させて持ち帰るのが今回のお使いというわけだ」
「なるほど……?」
ヴァイスの追加説明に納得しながらも首を傾げる響。分かったような分からないような。
「まぁ、理解は何となくでも問題ない。アスカが手引きして現地へ赴けばそれで事足りることだからね。
しかし、防具作りに要素が必要だなんて変わっているなぁ。彼女の権能もユニークだし、面白い防具が出来上がるかもだ」
「……あの。ずっと気になってたんですが、権能って何ですか?」
要素もそうだが、響にとってヤミ属界で出会う言葉や事象はまだまだ謎が多い。
特に〝権能〟という単語はこれまでも何回か耳にしていた。要素のお使いとやらがそれなりの理解でも遂行できるということで、響の興味はこれまでに聞いてきた単語の方へ移っていた。
ヴァイスは投げかけられた問いに気づいた仕草をする。
「そういえば権能のことはまだ話していなかったね」
「はい。皆さんの口から聞くことはあるんですが……」
「じゃあこのまま草原地帯へ向かおうか」
「えっ」
「防具の他にも色々と響くんに備えさせたいと思っていたところだ。言葉だけじゃ足りないからね、実践も交えて教えよう」
「っ……!!」
その瞬間、脳裏へフラッシュバックしてきたのは三日間に渡って行われた地獄の特訓――予期できるはずもない展開に響は冷や汗を流さざるを得なかった。
そんなわけで草原地帯へ到着してしまった一行だったが、ヴァイスはまず響とアスカを草原に座らせ講釈モードとなった。
ピ、と金属グローブに覆われた左手の人差し指を立たせる。
「始めに口頭でさらっと説明するよ。響くんが何となく気になっていた権能だが、これは直系属子が属親である神から与えられた固有の能力のことだ。
基本的に一直系属子に一権能、能力の種類も様々。オンリーワンであることも多い。
特技とも言えるし、自我とは別に与えられた個性とも言える」
「あの、のっけからすみません。直系属子っていうのは〝執行者になることが決まっている者〟って認識でいいんですよね……?」
「それでも間違いではないが、直系属子の本来の意味は〝神から直接生まれた者〟の方が適切だね。以前、神域でヤミ神の神核に拝謁したときのことを覚えているかい?」
「はい、覚えています」
あのときのことは響の頭のなかに今でも鮮烈に焼きついていた。むしろ覚えているからこその確認でもあった。
数ヶ月前、ヤミ属界に来て間もなかった響はヴァイスの案内のもとヤミ属界を見て回ったことがあった。
その最後に連れて行かれた場所こそがヤミ属界の中心にある神域、そこに突如姿を現した神塔。ヤミ神の神核が鎮座する場所だった。
神核とはその名のとおり神の核。
神核たる黒く巨大な鉱石の中には苛烈にして柔らかな炎が秘められており、それが本当に神であり生物すべての母であることを本能的に悟ってしまったくらいには、超越した有り様だった。
拝謁の最後、ヤミ神の神核はふと欠片を落とした。
それは少しずつヒトの赤子のカタチに覆われていき、地にふわりと着地すれば元気な産声を上げにかかった。
赤ん坊を抱き上げた神託者・ヤーシュナが言った。
『新たなヤミ属執行者がまた誕生した』
『この子もいずれ神の手足として生物界を駆けるだろう』と。
それが妙に記憶に残っていたのだ。