第5話 普通の高校生みたいだ
文字数 2,539文字
「キララさんとルリハさん、今日は僕の用事に付き合ってもらってすみません。ありがとうございます」
響は歩きながらふたりに頭を下げる。キララとルリハも毎日多忙だと聞いた。そんななかでディルの代役を引き受けてくれたことは申し訳なく、そしてありがたかった。
響の言葉にまずはルリハが首を横に振った。
「いえ。私たちも人の多い場所を見て歩きたかったのでちょうど良かったです」
「そそそ。それにアスカや響クンに会いたかったし、忙しくて死にそうな顔のディルに頼まれたら応えてあげたくなっちゃうし☆」
ちなみに育て親・育て子の関係だったとはいえ、その実態は育て子のキララが多忙なディルの世話をするのが大半だったようで、今回も構図としては同じということだろう。
「だからそれは全然いいんだけど、響クン! ボクにさん付けは禁止だって前も言ったよ~? ボクのことは〝キララ♡〟って呼んでよぉ」
「う。ハードル高いです……」
「なんで? 響クン、アスカのことはさん付けしてないでしょ?」
「って言ってもアスカ君はアスカ君だしなぁ……」
頭を掻きながら響。
アスカ、キララ、ルリハを始めとする直系属子に性の別がないことは既に知っている。
どちらの性も合わせ持つ両性具有体、さらにこの三名が同世代とあれば差をつけるのは良くないことなのかも知れない。
しかし、いかんせん同性に見えるアスカと異性に見えるキララやルリハとでは勝手が違うのだ。数ヶ月前まではただの人間だったのでどうしても意識してしまう。
とはいえ、響が自分を呼び捨てする・しないはキララにとって大した問題ではなかったようだ。拗ね顔を呆気なく手放した彼女は意気揚々と響を見上げてくる。
「ねねね響クン。今日はどこ行きたいの??」
「うーん、そうだなぁ。まずはハンバーガー食べたい、かも」
「お前、好きだな。確か前もハンバーガーじゃなかったか」
アスカの言葉に響はまた頭を掻いた。
「実はこの辺りに当時のバイト先があってさ。自分のお小遣いで買えるものなんて安いハンバーガーくらいで、バイト前によく食べてたから僕的には定期的に食べたい味なんだよね」
「そうか……」
アスカが相槌をついたのと同時に今度はキララが身を乗り出し首を傾げてきた。
「ハンバーガーかぁ。それってカワイイ?」
「カワイくは……ないかな? っていうか知らないんですか?」
「キララが興味を持つのはカワイイモノだけよ。カワイくないものは記憶からすぐデリートするの」
「……普段なに食べてるんです?」
「もちろんキララ的にカワイイものよ。ケーキとかパフェとか」
生物界でのヤミ属執行者は必要に応じて霊体か実体かを切り替えられる。
常駐組はその性質上実体で生活する割合が多く、実体を保つため生物としての存在養分を口にしなければならないのだ。
「ケーキとかパフェ……しょっぱいモノは食べないんですか?」
「うん! だって甘いモノの方がカワイイでしょ?」
「分かるような分からないような……」
「この子、行動基準が常に〝カワイイかどうか〟だから。私は塩味のものとか辛いものの方が好きだけど、連れて行かれるお店って大抵甘いものばかりなの」
「じゃあそういう系の店にした方がいいかな。あの店しょっぱいものばかりなんですよ。甘いメニューも別にカワイイってわけじゃないから、キララさん食べられないかも」
「え、響クン優しい……! でもいいよ、今日は生物としての存在養分を摂りにきた響クンの護衛だし、ハンバーガー食べに行こ。お作法とか色々教えてね♡」
「はうっ……!」
とびきりのアイドルスマイル。キラキラしていてまぶしいそれを真っ向から浴びた響は思わず変な声を上げてしまう。
その後最寄りのハンバーガー店に入り、響はハンバーガーとフライドポテト、コーラを堪能した。
生身の身体で久々に味わうジャンクフードは麻薬的に美味い。キララはアップルパイとシェイクを――結局ハンバーガーを食べなかったので色々教える機会はなかった――、ルリハは辛いハンバーガーとナゲットを、アスカはお茶と響がよこしたフライドポテトを一本、相変わらず難しい顔をしながら食べた。
皆でワイワイ食べると美味しさもヒトシオだ。高校時代が思い出される。楽しい。
「ねー、次はどこ行く?」
すっかり腹と心がふくれ、一行はハンバーガー店を出た。
また大通りをどこへともなく進み始めたが、キララに問われたところで響は足を止める。
「えと、皆さんどこか行きたいところありませんか?」
三名ともそろって見てくるので、自分もぐるりと見返しながら響は問うた。するとアスカとルリハは即首を横に振ってくる。
「今回はお前の存在養分摂取が目的だ。お前が行きたいところに行け。俺はそれについていく」
「私とキララもあくまでふたりの護衛ですから気にしないで」
「えぇ、困ったな」
響が言えば不思議そうな顔をするキララ。
「響クン、自分で東京のこの街を選んだんでしょ? どこか行きたいところあったんじゃないの??」
「そうなんだけど、ここを選んだのは普通の人間だったとき家から一番近かったからで……。僕はこの辺りを適当に散歩でもできれば充分なんですよね」
本当は自分の家だった場所に行きたい。家族だった人たちに会いたい。
だが、ヤミ属執行者が任務以外で生物と必要以上に接触することは明確に禁止されている。皆の言葉をつまらせるだけだとも分かっている。とあれば響には散歩くらいしか思い浮かばなかったのだ。
「え、じゃあボクお洋服見たーい♪」
それゆえキララが元気よく手を挙げて提案してくれたのは助かった。しかしルリハは予想していたと言わんばかりにその細い手首をつかみ強制的に下ろさせる。
「キララ。あんた今までの話聞いてた?」
「聞いてたから言ったんじゃん! ウインドウショッピングだって散歩になると思うけどな~」
「あんたのワガママに響さんを付き合わせるのは違うでしょ」
「そうかなぁ。楽しいと思うよ?」
「それはあんたが楽しいだけ」
「むー」
「あ、僕なんか急に服とか見たくなったかも! ものすごく!」
ケンカの気配を察知した響は美少女のにらみ合いに待ったをかけた。一呼吸ののちキララはパアッと顔を輝かせ、ルリハは冷静に響へと向き直ってくる。
響は歩きながらふたりに頭を下げる。キララとルリハも毎日多忙だと聞いた。そんななかでディルの代役を引き受けてくれたことは申し訳なく、そしてありがたかった。
響の言葉にまずはルリハが首を横に振った。
「いえ。私たちも人の多い場所を見て歩きたかったのでちょうど良かったです」
「そそそ。それにアスカや響クンに会いたかったし、忙しくて死にそうな顔のディルに頼まれたら応えてあげたくなっちゃうし☆」
ちなみに育て親・育て子の関係だったとはいえ、その実態は育て子のキララが多忙なディルの世話をするのが大半だったようで、今回も構図としては同じということだろう。
「だからそれは全然いいんだけど、響クン! ボクにさん付けは禁止だって前も言ったよ~? ボクのことは〝キララ♡〟って呼んでよぉ」
「う。ハードル高いです……」
「なんで? 響クン、アスカのことはさん付けしてないでしょ?」
「って言ってもアスカ君はアスカ君だしなぁ……」
頭を掻きながら響。
アスカ、キララ、ルリハを始めとする直系属子に性の別がないことは既に知っている。
どちらの性も合わせ持つ両性具有体、さらにこの三名が同世代とあれば差をつけるのは良くないことなのかも知れない。
しかし、いかんせん同性に見えるアスカと異性に見えるキララやルリハとでは勝手が違うのだ。数ヶ月前まではただの人間だったのでどうしても意識してしまう。
とはいえ、響が自分を呼び捨てする・しないはキララにとって大した問題ではなかったようだ。拗ね顔を呆気なく手放した彼女は意気揚々と響を見上げてくる。
「ねねね響クン。今日はどこ行きたいの??」
「うーん、そうだなぁ。まずはハンバーガー食べたい、かも」
「お前、好きだな。確か前もハンバーガーじゃなかったか」
アスカの言葉に響はまた頭を掻いた。
「実はこの辺りに当時のバイト先があってさ。自分のお小遣いで買えるものなんて安いハンバーガーくらいで、バイト前によく食べてたから僕的には定期的に食べたい味なんだよね」
「そうか……」
アスカが相槌をついたのと同時に今度はキララが身を乗り出し首を傾げてきた。
「ハンバーガーかぁ。それってカワイイ?」
「カワイくは……ないかな? っていうか知らないんですか?」
「キララが興味を持つのはカワイイモノだけよ。カワイくないものは記憶からすぐデリートするの」
「……普段なに食べてるんです?」
「もちろんキララ的にカワイイものよ。ケーキとかパフェとか」
生物界でのヤミ属執行者は必要に応じて霊体か実体かを切り替えられる。
常駐組はその性質上実体で生活する割合が多く、実体を保つため生物としての存在養分を口にしなければならないのだ。
「ケーキとかパフェ……しょっぱいモノは食べないんですか?」
「うん! だって甘いモノの方がカワイイでしょ?」
「分かるような分からないような……」
「この子、行動基準が常に〝カワイイかどうか〟だから。私は塩味のものとか辛いものの方が好きだけど、連れて行かれるお店って大抵甘いものばかりなの」
「じゃあそういう系の店にした方がいいかな。あの店しょっぱいものばかりなんですよ。甘いメニューも別にカワイイってわけじゃないから、キララさん食べられないかも」
「え、響クン優しい……! でもいいよ、今日は生物としての存在養分を摂りにきた響クンの護衛だし、ハンバーガー食べに行こ。お作法とか色々教えてね♡」
「はうっ……!」
とびきりのアイドルスマイル。キラキラしていてまぶしいそれを真っ向から浴びた響は思わず変な声を上げてしまう。
その後最寄りのハンバーガー店に入り、響はハンバーガーとフライドポテト、コーラを堪能した。
生身の身体で久々に味わうジャンクフードは麻薬的に美味い。キララはアップルパイとシェイクを――結局ハンバーガーを食べなかったので色々教える機会はなかった――、ルリハは辛いハンバーガーとナゲットを、アスカはお茶と響がよこしたフライドポテトを一本、相変わらず難しい顔をしながら食べた。
皆でワイワイ食べると美味しさもヒトシオだ。高校時代が思い出される。楽しい。
「ねー、次はどこ行く?」
すっかり腹と心がふくれ、一行はハンバーガー店を出た。
また大通りをどこへともなく進み始めたが、キララに問われたところで響は足を止める。
「えと、皆さんどこか行きたいところありませんか?」
三名ともそろって見てくるので、自分もぐるりと見返しながら響は問うた。するとアスカとルリハは即首を横に振ってくる。
「今回はお前の存在養分摂取が目的だ。お前が行きたいところに行け。俺はそれについていく」
「私とキララもあくまでふたりの護衛ですから気にしないで」
「えぇ、困ったな」
響が言えば不思議そうな顔をするキララ。
「響クン、自分で東京のこの街を選んだんでしょ? どこか行きたいところあったんじゃないの??」
「そうなんだけど、ここを選んだのは普通の人間だったとき家から一番近かったからで……。僕はこの辺りを適当に散歩でもできれば充分なんですよね」
本当は自分の家だった場所に行きたい。家族だった人たちに会いたい。
だが、ヤミ属執行者が任務以外で生物と必要以上に接触することは明確に禁止されている。皆の言葉をつまらせるだけだとも分かっている。とあれば響には散歩くらいしか思い浮かばなかったのだ。
「え、じゃあボクお洋服見たーい♪」
それゆえキララが元気よく手を挙げて提案してくれたのは助かった。しかしルリハは予想していたと言わんばかりにその細い手首をつかみ強制的に下ろさせる。
「キララ。あんた今までの話聞いてた?」
「聞いてたから言ったんじゃん! ウインドウショッピングだって散歩になると思うけどな~」
「あんたのワガママに響さんを付き合わせるのは違うでしょ」
「そうかなぁ。楽しいと思うよ?」
「それはあんたが楽しいだけ」
「むー」
「あ、僕なんか急に服とか見たくなったかも! ものすごく!」
ケンカの気配を察知した響は美少女のにらみ合いに待ったをかけた。一呼吸ののちキララはパアッと顔を輝かせ、ルリハは冷静に響へと向き直ってくる。