第216話 謎の伝言

文字数 1,826文字





 熊介(くますけ)篤子(あつこ)しかいなかった診察室に朝陽(あさひ)が入ってきた。



 熊介の首に包帯を巻きながら篤子が挨拶を返す。



おはよう



野良猫さん、少しよくなったね



うん。

完治まではまだかかるけど、経過は良好よ



早くよくなるといいね!



……




 微笑みを向けられて、熊介は戸惑いながらもうれしそうだ。



 人間嫌いのヤツでも、人の世話になると考えが改まるものなんだろうな。



あ、ボス猫さん!




 朝陽が目敏(めざと)く俺に気づいて、窓際へ寄ってきた。



おう、朝陽



相変わらず、ライオンのタテガミみたいな毛がカッコイイね!



ライオン?


よくわからねぇが、俺の体がライオン級のデカさになったらヤツらに勝つ自信はあるぜ




 朝陽は後ろを振り返って母親に呼びかける。



お母さん、ボス猫さんが来てるよー



いつの間に来てたのかしら?


朝早くから仲間の様子を見に来るなんて、律儀(りちぎ)なボス猫さんね



まあな!




 人間の言葉なんてほとんど意味不明だ。



 けど表情と口ぶりで、なんとなく()められているのは把握できる。



ってか、オメェらも朝早いのに活動的だな



今日は朝陽の学校で遠足があるゆえ、さらに早起きなのじゃ



あっ、タイコー!



グッドモーニャング!




 突然、視界にタイコーの顔がドーンと現れた。



 なぜかと思ってよく見ると、朝陽のおなかのあたりが(ふく)らんでいる。



 どうやら腹全体がポケットになっていて、そこからタイコーが顔だけ出しているようだ。



んなところに(ひそ)んでたのかよ



フォッフォッフォッ。

下僕(げぼく)の朝陽が猫の入れるデカポケット付きの服を買ったのでな


これは服だが人間のぬくもりを感じられるから、ヘタな猫用ベッドより暖かくて心地よいぞ



ケッ、いい思いしやがって



にゅはははは!




 タイコーは哄笑(こうしょう)しつつ、服の内側から出窓に向かってピョンと跳んだ。



我、タイコーにゃり!



はぁ、キメ顔はいいからよー








ところでよぉ――


朝陽の学校って、ひでぇ人間の巣窟(そうくつ)なんだろ?

だいぶ悩んでたみてぇだが、平気なのか?



平気だ。

先日、篤子と話し合った効果もあって、問題事が改善されたようだ


おかげでいま朝陽は、まばゆき陽を浴びた草花のごとく、活き活きとイキがっている



いやいや、イキがってはいねぇだろ


とにかく、あの話し合いを静かに見守ってた俺たちのおかげでもあるってコトだな



さもありなん。

しかし――


やはり一番の影響は、我の祈祷(きとう)であろう!



はぁ? 祈祷?

なんでそーなる?



よく聞け!

愚か者ども!


じつは、厄除(やくよ)けを兼ねて朝陽を(しいた)げる者達を呪ったのだ!



エッ……



呪ったんですニャ!?








フォーッフォッフォッ!


というのは冗談じゃ!

地球に優しいウソなのじゃ!



優しくねぇし、ウソつくなっ!


てか、もう呪いネタは後味(あとあじ)が悪いからやめろ!



呪い話が怖くて、ひとりでトイレに行けなくなりますニャ!



情けのないことを言うでない。

猫に連れションなど、あってはならんことだぞ!


クールなイメージが台無しになってしまうではないか!




 タイコーがドヤ顔で中身のない否定を発した直後のこと――



あ、そうだ!



急になんだよ?



じつはそなたに伝言があるのだ



俺に伝言?

誰からだ?



それはな……




 タイコーが俺の向かいに来て、網戸越しにそっと顔を寄せる。



 口づけを交わすように鼻先を当ててきた。



チュ!



いきなりなにすんだよっ



鼻チューに決まっているではないか!

まだ挨拶をしていなかったことに気づいたのだ








いくら基本だからって、このタイミングでやらなくても



基本に忠実で何が悪い!

猫といえども、挨拶はきちんとしなくてはならんのだぞ!



でも、あっしには挨拶ナシですけど……



そなたはボス猫ではないからやらん!

下っ端のモブネコは、遠慮がちに目を伏せて平伏していニャさい!



扱いの差が、露骨(ろこつ)……!



もっと仲間を大事にしろよ



仲間も大事だがしきたりも大事なのじゃ!


と、もっともらしいことを言いいつつ、ひとアクビ


くあぁぁああ~……



ナメてんのか、オメェはっ



ナメてなどいない。

我がナメナメするのはチュールだけじゃ


とにかく、話を戻そう。

さきほどの伝言の件だがな



おう。

脱線させずに早く話せよ



あれは、数日前のことだった……




 タイコーは徐々に声のボリュームを落とした。



 近距離の猫にしか聴き取れない超サイレントニャーで告げてくる。



――マジかっ!?




 思いがけない出来事を聞かされて、俺は驚かずにいられなかった。



























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登場人物紹介

ボス ♂

野良猫。先代の跡を継いでジロリ町のボスの座についたが、自身は平和主義でもあり自由を求めているのであまり乗り気ではない。非常にケンカが強く、疾風の猫パンチを見切れるものはいないという。

(本名:プルート 通称:ボス、親分、リーダー、カシラなど)

マウティス ♀

ボスファミリーの一員。野良だが先代ボスの子。

「にゃも」など、しゃべり方に独特の趣がある。とてもしたたかな性格で賢いが、食い気には勝てず、好物のニャオ☆チュールを手に入れるためなら平気で他者を利用する。

インテリ ♂

ボスファミリーの一員。飼い主の老夫婦が死亡したことにより野良となる。猫にしては博学で語学も堪能。トリ語も解する。その冴え渡る知能を活かし、組織の交渉役として縄張りの維持に努めてきた。

(本名:あずきちゃん、肉球があずきに似ていることから命名されたが彼は気に入っておらず、しばしば違う名を名乗る)

キンメ ♂

飼い猫。多頭飼育崩壊から生き残り、ボランティアらによって関東在住の住人のもとへ譲渡され、ジロリ町に移住する。当時の名残が残っているせいか、口調は大阪弁。明るいキャラでよくしゃべる。

(本名:なし、名前がなかった。名づけられたのは譲渡先に行ってから。目が金色なのでキンメとなる)

ミミ ♀

飼い猫。耳の形に特徴がある。麗しの三毛猫を自称しているが、発情期に誰も寄ってこなかったという悲しい黒歴史を持つ。ヒカリモノに目がなく、自身の首にもキラキラネックレスを身につけているが、あちこちに引っかけて壊すので飼い主に呆れられている。随時彼氏募集とのこと。

ヨウ ♂

飼い猫&洋猫。飼い主の目を盗んでしばしば脱走する。自慢の毛を維持するためいつも毛づくろいしてばかりいる。海外ブリーダーのもとで育てられたため、日本語がやや片言。生まれたばかりの兄弟が多数いるが、引き合わせてもらえないのであまり仲良くはない。

??? ♂ 

ちょっと汗かきすぎな新入り猫。どうも様子がおかしい……。


ちなみに猫は肉球からしか汗をかかない。顔グラではわかりやすさを重視して強調している。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

アイ・キャット

i〇adを所有する謎の猫。その便利グッズで猫に関する豆知識や雑学を解説してくれる。

ストーリー上には登場しない。

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