第198話 猫の下僕②

文字数 2,101文字





 祈祷(きとう)と聞いて、熊介(くますけ)はますます取り乱す。



き、祈祷なんてものが治療の役に立つんですニャ?



ムスッ!



熊介。

信じられねぇのはわからんでもないが、抑えろ



だって祈禱って、ワケわかんない言葉を発したり、意味不明な動きをしたりする儀式のことですニャよね?



直球表現しすぎだ



愚無無(ぐむむ)ッ!

そなたは我に助けを求めておきながら、疑うというのか!?



あぁ、タイコーの機嫌が……!



火に油だぜ



()ォォォォォォォッ!








 タイコーが激怒した直後のことだった。



 朝陽(あさひ)は、タイコーの異変に気づいて、その顔をのぞき込むように首を(かし)げる。



 下僕というだけあって、タイコーのことを気にかけてるようだ。



 その場に腰を下ろし、怪訝(けげん)そうな顔で問いかける。



ココちゃん、機嫌悪いの?



コッ……、

ココちゃん!?



人が命名した我の名だ



そうだったんですか……。

かわいい名前ですニャね



実物を知ってると、一生なじむ気がしねぇけどな



オレも最初に聞いたときは、違和感でしかなかったっす



僕は上品な感じで良い名じゃないかと……


でも、やっぱりタイコーには合わない気が……



貴様ら、つべこべ言うでないっ!



ヒェッ!








 タイコーは俺たちを一喝すると、体の向きを建物のほうへ変えつつ熊介に言い放った。



熊介よ、モタモタするでない!

あの建物へ行くのじゃ!



えっ、ホントに中に入るんですか!?



ほかに選択肢があるとでも?



あ、あっしは、人間の家には入りたくないですニャー



人間の家ではない。

(われ)の家じゃ!



でも、人もいますニャー。

人間は得体が知れないですニャ



ワガママ言うな、熊介。

どのみち外をほっつき歩いてたって、ケガは治らねぇんだぜ



ボスの言うとおりだぞ。

ずっと閉じ込められるわけじゃないんだから、しばらく辛抱(しんぼう)しとけ



そうですけど……


でも、やっぱり人間は怖いですニャ~~~ッ!




 熊介の体が唐突(とうとつ)に宙にダッと跳び込む。



 またたく間に死ぬ気さながらの猛スピードで芝生を駆けだした。



逃げる気かよ!



愚かな!

逃げたところでどうにもならんぞ!



タイコーの言うとおりだ!

熊介、戻れっ!




 俺は熊介を追いかけるが、なかなか逃げ足が速い。



 熊介のほうが先に動いていたこともあって、すぐには追いつけそうにない。



待て、熊介!



ボスの命令でも、止まれませんニャ!




 ところが――



 熊介の足が、庭を脱する直前でピタリと止まった。



 それまで飛ぶように芝生を駆けていた熊介だったが、体が地面に縫いつけられたように固まってしまった。



ゲェーーーーッ!

人間!



思わぬ事態の発生だな!


さっきから人の気配がすると思ったが、いきなり熊介の前に現れるとは予想外だったぜ




 一人の人間が物陰から跳び出して、熊介の行く手を(さえぎ)るように立ちふさがった。



それ以上動かないで!



ニャ!?




 大急ぎで身をひるがえそうとする熊介。



 けれども、相手の動きのほうが速い。



 人間は持ち手のついた(あみ)をすばやく振って、あっという間に熊介の体を(おお)ってしまった。



ケガしてるんだから、無理して走っちゃダメ!



フニャアアアアアッ!?

身動きが取れないニャアアア!




 網の中でジタバタもがく熊介。



 しかし網は破れない。そのうえ熊介の体に隙間なくかぶさって、上からがっちりと押さえこんでいる。



さすがお母さん!

捕獲(ほかく)スキルが高いね!



オカアサン?

ってことは、あの子の母親!? 



そうじゃ。

息子と、母。つまり親子じゃ




 説明するタイコーの表情は、激怒など無かったもののように涼しげだ。



いつの間にか怒りが収まったんだな



フォッフォッフォッ。

愚か者が捕まる場面を見たら、愉快になったわ




 タイコーはのそのそ歩みながら、熊介のほうへ近寄る。



 それを自然と追いかけるかたちで、朝陽がタイコーについていく。



 一方母親は自分の子に視線を移すと、呆れたような口調で言った。



朝陽ってば、またウィッグ(かぶ)ってるのね。

寝る時くらいは外しなさいって言ってるでしょ



うん……


でもわたし、髪長いほうが好きだなぁ。

かわいいし、自分らしくいられる気がする



それは否定しないわ。

いつも言ってることだけど、ある程度なら好きにしていい


でも、お母さんの化粧品を勝手に使うのは、やめなさいね



へへへ、バレてた!



事情はわからねぇが、なんか楽しそうだな



この者達は猫がいると機嫌が良いのじゃ。

普段はもっとこじれておる



ふむ……



とにかく、いまはこの猫をどうにかしないとね


ねぇ朝陽、ガーデンハウスからキャリーバッグを1つ持ってきてくれない?



は~い




 朝陽は小屋のほうへ走っていく。



ちょっ――

あっしの身は、どうなるんですニャ!?



どうなるもなにも、病院行きだろ



病院!?



そうじゃ。

動物専用の病院じゃ


あの母親は動物病院を経営していて、すぐ隣の建物が病院(それ)なのじゃ



ゲェーーーーッ!

動物病院!?




 一般的に、病院を好むヤツはそうそういない。



 俺もそうだが、熊介も例にもれず病院嫌いのようだ。



 絶望的な表情を浮かべる熊介に、タイコーは怪しげな笑みを浮かべて言う。



にゅフフフ。

ようこそ、動物病院(我が家)へ!

































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登場人物紹介

ボス ♂

野良猫。先代の跡を継いでジロリ町のボスの座についたが、自身は平和主義でもあり自由を求めているのであまり乗り気ではない。非常にケンカが強く、疾風の猫パンチを見切れるものはいないという。

(本名:プルート 通称:ボス、親分、リーダー、カシラなど)

マウティス ♀

ボスファミリーの一員。野良だが先代ボスの子。

「にゃも」など、しゃべり方に独特の趣がある。とてもしたたかな性格で賢いが、食い気には勝てず、好物のニャオ☆チュールを手に入れるためなら平気で他者を利用する。

インテリ ♂

ボスファミリーの一員。飼い主の老夫婦が死亡したことにより野良となる。猫にしては博学で語学も堪能。トリ語も解する。その冴え渡る知能を活かし、組織の交渉役として縄張りの維持に努めてきた。

(本名:あずきちゃん、肉球があずきに似ていることから命名されたが彼は気に入っておらず、しばしば違う名を名乗る)

キンメ ♂

飼い猫。多頭飼育崩壊から生き残り、ボランティアらによって関東在住の住人のもとへ譲渡され、ジロリ町に移住する。当時の名残が残っているせいか、口調は大阪弁。明るいキャラでよくしゃべる。

(本名:なし、名前がなかった。名づけられたのは譲渡先に行ってから。目が金色なのでキンメとなる)

ミミ ♀

飼い猫。耳の形に特徴がある。麗しの三毛猫を自称しているが、発情期に誰も寄ってこなかったという悲しい黒歴史を持つ。ヒカリモノに目がなく、自身の首にもキラキラネックレスを身につけているが、あちこちに引っかけて壊すので飼い主に呆れられている。随時彼氏募集とのこと。

ヨウ ♂

飼い猫&洋猫。飼い主の目を盗んでしばしば脱走する。自慢の毛を維持するためいつも毛づくろいしてばかりいる。海外ブリーダーのもとで育てられたため、日本語がやや片言。生まれたばかりの兄弟が多数いるが、引き合わせてもらえないのであまり仲良くはない。

??? ♂ 

ちょっと汗かきすぎな新入り猫。どうも様子がおかしい……。


ちなみに猫は肉球からしか汗をかかない。顔グラではわかりやすさを重視して強調している。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

アイ・キャット

i〇adを所有する謎の猫。その便利グッズで猫に関する豆知識や雑学を解説してくれる。

ストーリー上には登場しない。

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