第199話 不一致

文字数 2,036文字





 人間に捕獲された熊介(くますけ)は、庭に隣接する動物病院へと連れて行かれた。



 俺はテンダとチータと共に、窓の外側から熊介の様子を見守っている。







はぁ……。

まさか動物病院に連れて来られるニャんて




 熊介は、診察台の上に乗せられている。


 

 人間を警戒し、背中を丸めて縮こまっているものの、なにかあったらすぐ動けるようにと前足だけは伸ばし気味だ。

 


 一方出窓に(たたず)むタイコーは、ツンとした態度でそれを見下ろしている。



いまさら愚痴をこぼしても無駄じゃ


それほど嫌ならば、最初からプルートについて来なければよかったであろう



うっ、そうニャんですけど……


あっしは元々よそ者だったんで、ジロリ町にはあまり詳しくないもんですから



なにを言い訳めいたことを。

下っ端とはいえジロリ組のメンバーなのだから、縄張り内の建物くらい把握しておくべきなのじゃ!



おっしゃるとおりで……




 肩をガクリと落として悄気(しょげ)る熊介。



 診察台のそばに立つ朝陽(あさひ)は、それを心配そうな目つきで見つめている。



なんか元気ないなぁ。

ケガで苦しいのかな?




 ケガという言葉に反応して、タイコーはシッポをペシペシ振りつつ否定しだした。



そうではない。

単に、ワガママなのじゃ



エッ、ワガママですニャ!?



さよう。そなたはワガママじゃ。

本来、人間社会で来院すればカネがかかるもの


無償(タダ)でここに連れて来られただけでもありがたいと思いニャさい!



はうぅぅぅぅぅっ!


む、無理……!



無理などと言うでニャい!








そもそもそなたは、人というものを誤解しておる



誤解……?



そうだ。朝陽や篤子(あつこ)のように、困っている者を放っておけない者達もいる


早朝にもかかわらず、ケガをしたそなたを助けようとここまで連れてきたのだぞ



それって、つまり……親切ってことですニャ?



そうだ



ということは……、

親切だから、下僕なんですニャ?



ムゥ……、

そこは一括(ひとくく)りにはできんが……


少なくとも我の下僕は猫に忠実で優しいのじゃ!



そっ、そんな人間がいただニャんて……っ!




 熊介は衝撃を受けたように目を見開いた。



 ついでに言うと口も半開きなので、どことなく間が抜けているように見えなくもない。



おーい、なに話しこんでるんだよ?



たわいもない世間話じゃ



あ~なんだって?

外からじゃハッキリ聞き取りにくいんだよ




 俺が声を張って鳴くと、タイコーは振り返って窓の外へ顔を向ける。



聞き取りにくいか。

ならば朝陽に窓を開けさせよう




 そう言ってタイコーはカーテンに手を伸ばし、手前に軽く引っ張りはじめた。



 すると、それに気づいた朝陽が窓のそばに来て、カーテンを手早く端へ動かす。



猫さんたち、来てたんだ!



おう、気づいたか




 俺たちを見て朝陽はうれしそうだ。



 タイコーの家に来るのは初めてじゃねぇから、この家の人間たちとは顔見知りの仲だ。



 ほどなくすると、朝陽の母親が診察室のドアを開けて中に入ってきた。



お母さん、窓開けてあげていい?



いいよ




 朝陽は施錠を外し、出窓を解放した。



 網戸があるから室内に入ることはできないが、さっきよりずっと声はよく聞こえる。



ふふふ。

ニャンコたち、わざわざ様子を見についてきたのね



このコたち、あのケガした猫の友達なのかな?



そうかもね。

この黒猫は前に何度もウチに来てるから、ココの知り合いなのはまちがいなさそうだけど



この黒猫さん、この町のボス猫なんでしょ?



らしいわね。

ウチの病院に来る事情通の飼い主さんが言ってたわ



ボス猫かぁ、すごいなぁ。

きっとみんなに(した)われてるんだろうなぁ



そうね。

他の猫たちもそばにいるくらいだから、信頼が厚いのかも




 すると、それまで楽しそうにしていた朝陽の顔に暗い影が差しはじめる。



もしも私が猫だったら……、

きっとみんなから嫌われるんだろうなぁ



どうしてそんなふうに思うの?



だって私は普通じゃないから



あなたは普通よ



ううん、普通じゃない



それはまわりの認識が間違っているだけ。

誰がなんと言おうと普通よ


普通だから、生まれた頃からまっすぐに立って二足歩行もしてるし、脳も発達してる。

人間としての定義を充分に満たしているわ



そうだけど……、

みんなが思う、普通じゃないってこと



女の子になりたいって思うだけで、普通じゃないって決めつけてくるほうが異常よ



でも、みんな陰では、アイツは変だって言う


いろんなことを気にせずに接してくれるのは、猫だけ……



猫だけじゃない。

おかあさんだって気にしてないわ



無理しないでいい。

嫌なのわかってるから



なんでよ。

嫌じゃないって言ってるでしょ!



嘘……。

私なんか産むんじゃなかったって、思ってるくせに



朝陽、いいかげんにしなさいっ!




 鋭い声が空気をピシャリと叩くように響いた。



おい、なんかモメてんぞ



かる~く修羅場っぽいっすね?



かる~くはないような……?




 チータが困ったように首を(かし)げる。



そうかもな……




 まるで急な雷雨の訪れだ。



 室内は暗雲が垂れこめたように、妙に重苦しい気配が漂いはじめていた。
























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登場人物紹介

ボス ♂

野良猫。先代の跡を継いでジロリ町のボスの座についたが、自身は平和主義でもあり自由を求めているのであまり乗り気ではない。非常にケンカが強く、疾風の猫パンチを見切れるものはいないという。

(本名:プルート 通称:ボス、親分、リーダー、カシラなど)

マウティス ♀

ボスファミリーの一員。野良だが先代ボスの子。

「にゃも」など、しゃべり方に独特の趣がある。とてもしたたかな性格で賢いが、食い気には勝てず、好物のニャオ☆チュールを手に入れるためなら平気で他者を利用する。

インテリ ♂

ボスファミリーの一員。飼い主の老夫婦が死亡したことにより野良となる。猫にしては博学で語学も堪能。トリ語も解する。その冴え渡る知能を活かし、組織の交渉役として縄張りの維持に努めてきた。

(本名:あずきちゃん、肉球があずきに似ていることから命名されたが彼は気に入っておらず、しばしば違う名を名乗る)

キンメ ♂

飼い猫。多頭飼育崩壊から生き残り、ボランティアらによって関東在住の住人のもとへ譲渡され、ジロリ町に移住する。当時の名残が残っているせいか、口調は大阪弁。明るいキャラでよくしゃべる。

(本名:なし、名前がなかった。名づけられたのは譲渡先に行ってから。目が金色なのでキンメとなる)

ミミ ♀

飼い猫。耳の形に特徴がある。麗しの三毛猫を自称しているが、発情期に誰も寄ってこなかったという悲しい黒歴史を持つ。ヒカリモノに目がなく、自身の首にもキラキラネックレスを身につけているが、あちこちに引っかけて壊すので飼い主に呆れられている。随時彼氏募集とのこと。

ヨウ ♂

飼い猫&洋猫。飼い主の目を盗んでしばしば脱走する。自慢の毛を維持するためいつも毛づくろいしてばかりいる。海外ブリーダーのもとで育てられたため、日本語がやや片言。生まれたばかりの兄弟が多数いるが、引き合わせてもらえないのであまり仲良くはない。

??? ♂ 

ちょっと汗かきすぎな新入り猫。どうも様子がおかしい……。


ちなみに猫は肉球からしか汗をかかない。顔グラではわかりやすさを重視して強調している。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

アイ・キャット

i〇adを所有する謎の猫。その便利グッズで猫に関する豆知識や雑学を解説してくれる。

ストーリー上には登場しない。

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