第204話 あたたかな励まし

文字数 1,961文字




 沈んだ朝陽(あさひ)



 俺は居ても立ってもいられなくなって、出窓に顔を寄せると朝陽を励ます。



そう暗い顔するなって。

元気なさそうにしてると、悪いヤツに付けこまれちまうぞ




 すると俺の両側にいるテンダとチータも一緒になって、窓ガラスのほうに身を乗り出す。



オレら猫社会では、弱さを見せるのは命取(いのちと)りっすからね


それに無理に社交的に振る舞うことはないっすけど、やっぱ笑顔は大事っすよ



兄さんはなんでも笑ってゴマかそうとする(くせ)があるから



はっはっはっ



なぁ、朝陽。

事情がわからねぇからたいしたことは言えねぇけど、とにかく元気出せよ



……




 残念だが、励ましはあのコには届いていないようだ。



 まぁ猫と人間じゃコトバが通じねぇし、当然っちゃ当然だが。







 わずかな沈黙をはさんで、母の篤子(あつこ)が再び話しかける。



ねぇ、朝陽。

あなたはこれから先、どうしたいの?



……わたしは、人に嫌われたくない


でも……、

もっと女の子になりたい……



相手が誰であれ、嫌われるのは辛いものね


でもあなたは、長い髪にリボンをつけて、かわいいスカートを履いて、いまよりもっと女の子らしい姿になりたいんでしょう?


だったら自分にウソをついてまで、嫌われないための努力をする必要はないんじゃない?



……そうだけど、自分のしたいようにしちゃったら、イジメられるから……



だから、我慢するの?



うん……。

嫌だけど、我慢して隠すしかない



秘密にするのが苦じゃなければ、それも一つの手段だと思う


でもあなたは、周りの人達にもっと自分を受け入れてほしいのよね?



うん。

わたしのことわかってもらえたら、うれしい……



じゃあ、もっと前向き(ポジティブ)にならなきゃ



ポジティブかぁ



うん。ネガティブが過ぎるとストレスが増加するし、困難に立ち向かっていくための勇気が失われるから



ねぇ、お母さん。

わたしって、ネガティブ……?



わりとね



そっかぁ……。

だから前向きになるのが難しいのかな?



難しいって思うと、より難しく感じられるものよ。

必要とか大切なことって思えば心理的抵抗が減って、受け入れやすくなるわ



へぇ、そうなんだ



普段からネガティブな人は、ポジティブへの変化を大きいと感じるからね


ただでさえ人間の脳は、急激な変化を嫌うものよ。

せっかく変わろうとしても、拒絶反応を起こして、うまくいかなくなってしまうこともある



キツイな……



そうならないためにも、少しずつ変化するのが理想的ね


いきなり見た目とか外面から変えていくより、まずは内面を強化してあなたの心の抵抗力を上げてみたら?



うん。

メンタルが弱いと、お母さんに迷惑をかけちゃうもんね



私のことはいいのよ


それより結局私はあなたと立場が違うから、悩みを理解しきれてないんじゃないかって、不安や無力さを感じるわ……



あれ?

お母さんまでネガティブ?



う~ん、ヘコんでる場合じゃないんだけどね


どう言えばあなたを支えてあげられるのか、考えすぎるとこんがらがってきちゃって


結局なにをどうしたって、トラブルを避けられないときもあるし……。

人間関係って、すごく繊細(せんさい)で難しいから



……お母さんとお父さんの関係もそうだったの?



否定はできないわね


でも、お父さんが朝陽のことを好きだったのは本当よ



ホントに?



ホントのホント。

あの人は最後まであなたのことを心配していたし、引き取りたいとも言っていたんだから



そうだったんだ……!



お父さんに嫌われてなくて安心したみたいね



うん。わたしはお父さんも好きだったから


それなのに、わたしのせいでお父さんが家を出ていった。

そう思うと悲しくて……



気にしすぎなところがあなたの悪い癖よ



じゃあ、お母さんは考えすぎなところが悪い癖?



ふふ、そうかもね




 母親の顔に笑みが浮かぶ。



 それまで重かった空気が、急にふわっと軽くなったみたいだ。



学校のことは(つら)いだろうけど、心配しないで


イジメてくる人達に対処してくれるよう頼んでみるから



ありがとう……



こちらこそ。

話してくれてありがとね


おかげであなたにちゃんと伝えなきゃって思っていたことをようやく口に出せた



わたしも!




 満足そうに微笑む親子。



 (ほが)らかな顔で向き合う二人に、窓から差し込む柔らかな朝の光がかかる。



 やがてもう会話は充分というように、沈黙が降りかかった。



ようやく解決したのか?



どうニャンですか? タイコー



フォッフォッフォッ。

機は熟した



んじゃ、これがタイコーの言ってたタイミングってやつか!



いかにも!


我はこのときを待っていたゾォォォォォ!




 タイコーは背中をグ~ッと伸ばし、全身に気合いをみなぎらせる。



 腰をサッと上げ、出窓から診察台へ跳び移った。



 高齢(シニア)猫とは思えないキレ味のいいジャンプだ。







 タイコーは台の中央を陣取ると、その場にドスンと腰を下ろしたのだった。


























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登場人物紹介

ボス ♂

野良猫。先代の跡を継いでジロリ町のボスの座についたが、自身は平和主義でもあり自由を求めているのであまり乗り気ではない。非常にケンカが強く、疾風の猫パンチを見切れるものはいないという。

(本名:プルート 通称:ボス、親分、リーダー、カシラなど)

マウティス ♀

ボスファミリーの一員。野良だが先代ボスの子。

「にゃも」など、しゃべり方に独特の趣がある。とてもしたたかな性格で賢いが、食い気には勝てず、好物のニャオ☆チュールを手に入れるためなら平気で他者を利用する。

インテリ ♂

ボスファミリーの一員。飼い主の老夫婦が死亡したことにより野良となる。猫にしては博学で語学も堪能。トリ語も解する。その冴え渡る知能を活かし、組織の交渉役として縄張りの維持に努めてきた。

(本名:あずきちゃん、肉球があずきに似ていることから命名されたが彼は気に入っておらず、しばしば違う名を名乗る)

キンメ ♂

飼い猫。多頭飼育崩壊から生き残り、ボランティアらによって関東在住の住人のもとへ譲渡され、ジロリ町に移住する。当時の名残が残っているせいか、口調は大阪弁。明るいキャラでよくしゃべる。

(本名:なし、名前がなかった。名づけられたのは譲渡先に行ってから。目が金色なのでキンメとなる)

ミミ ♀

飼い猫。耳の形に特徴がある。麗しの三毛猫を自称しているが、発情期に誰も寄ってこなかったという悲しい黒歴史を持つ。ヒカリモノに目がなく、自身の首にもキラキラネックレスを身につけているが、あちこちに引っかけて壊すので飼い主に呆れられている。随時彼氏募集とのこと。

ヨウ ♂

飼い猫&洋猫。飼い主の目を盗んでしばしば脱走する。自慢の毛を維持するためいつも毛づくろいしてばかりいる。海外ブリーダーのもとで育てられたため、日本語がやや片言。生まれたばかりの兄弟が多数いるが、引き合わせてもらえないのであまり仲良くはない。

??? ♂ 

ちょっと汗かきすぎな新入り猫。どうも様子がおかしい……。


ちなみに猫は肉球からしか汗をかかない。顔グラではわかりやすさを重視して強調している。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

アイ・キャット

i〇adを所有する謎の猫。その便利グッズで猫に関する豆知識や雑学を解説してくれる。

ストーリー上には登場しない。

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