第207話 祈祷の効果

文字数 2,128文字





 タイコーは祈祷(きとう)に先がけて熊介(くますけ)に催眠術を実施したが、思うような成果は得られずに終わった。



さて、モブ猫よ



熊介ですニャ!


モブなのは認めますけど、ちゃんと名前で呼んでくださいニャ



わかった、熊介


しかし猫なのに『熊』と呼ぶのは、少々違和感をおぼえなくもない



あっしもそう思いますニャ。

毛色が熊に似てるからって、親が名づけたんですニャ



毛の色にちなんだ命名って多いよな。

昔、俺の知り合いには『パンダ野郎』って猫がいたぜ



はっはっはっ。

パンダはともかく、野郎っていうのは投げやりっすね



僕が以前聞いた話では、ある人間が野良猫を見て、ひとりぼっちだったから『はぶられ』という名を勝手につけたらしいです



なんだよそれ。

もはや名前らしいカタチにすらなってねぇじゃねーか



命名センスは千差万別(せんさばんべつ)

良きもあれば悪しきもある


それはさておき。

話を戻すが――




 言いながらタイコーは俺たちに背を向けると、床へぴょんと跳び下りた。



熊介よ、(われ)が動いてよいというまで、診察台の上でじっとしていニャさい



え、でも……知らない人間に触られるのは嫌ですニャ



ワガママは許さぬ。

これは(おきて)じゃ!



エッ!?

そんな掟、ネコの集会のときに聞いてないですニャよ!?



当たり前じゃ!

いま作った!



まさかの即席ぃ!?








ちょっ、ボス!

組の大事なルールが即席でもいいんですニャ!?



まぁ、いいんじゃね?

もともと掟の幾つかは、タイコーの思いつきで決まったようなモンだしな



ニャんと……!

ジロリ組の掟が、タイコーの()な発想から作られたモノだったとは……!



雑だと?



ヒィッ……!




 タイコーの迫力に気圧(けお)され、後ずさる熊介。



 すると、それまで道具を取り出すなどしていた篤子(あつこ)が、熊介のほうへ手を伸ばしてきた。



お待たせ~。

それじゃ傷口の消毒をするからね~



ちょっとしみるだろうけど、我慢してね




 朝陽も言葉をかけつつ、篤子に協力して熊介の体を押さえる。



い、嫌ニャ~ッ!



これ、ジタバタするでない!

そもそもそなたが嫌がるから眠らせようとしたというに



フニャアアアア~!

だったら寝ておけばよかったですニャ~~~ッッッ!




 やるせない熊介の絶叫が響きわたる。



 それから、しばらくして――







 別室に移動していたタイコーが熊介の様子を見に診察室へと戻ってきた。



どうであった?



どうもこうもヘンなニオイのするモノを塗られたり、毛にテープを貼りつけられたりしましたニャ



まだ傷は痛むか?



いまはそうでもないですニャ



そうかそうか。

祈祷が効いてなによりじゃ



エッ!?

これのどこに祈祷の効果が!?



どこもなにも、すべてだが?



人間にいろいろやられただけですニャよ!?



たしかに人間はそれなりの働きをした。

しかし、あんなものは応急処置にすぎん


傷を癒すのは、このタイコーの祈祷なのじゃー!



えええっ? 

痛みが和らいだのは、人間が薬のようなものを塗ったからじゃないんですニャ!?



薬など気休め!

我が祈祷は、それ以上の効能をもたらす!



そんなバカニャ!?



フッ、バカだと思うなら受けてみよ!


痛みが軽くニャ~ル



……


いや、別になんともないですけどニャ~



愚か者め!

いまのはあえて気持ちをこめなかったのだ


もう一度ゆくぞ!



あ、はい



痛みが強くニャ~ル



かっ、顔が怖いですニャ!



痛みが強くニャ~ル!



ウッ……!

首の傷が痛みだしてきたような



痛みが強くニャ~ル!



フヒャアァ~~~~ッ!








ふにゅう……傷が痛い!

言葉ひとつで痛みを自在にコントロールできるニャんて!



ニャフフフフフ!

我が祈祷の力、思い知ったか!



祈祷というか、もはや呪いですニャ!



オメェがそう思う気持ちもわからなくはねぇけどよ


ビビると体がこわばって、痛みが強まるように感じちまうモンだぜ



じゃあ痛くなったのは、タイコーのせいじゃないですニャね




 熊介は俺に顔を向け、疑問を投げかける。



ボスはタイコーの祈祷を信じるんですニャ?



さあな、効果のほどは俺にもよくわからねぇ


けど、この家に負傷した猫を連れてくれば、傷の手当てをしてもらえる。

人間たちも、傷ついた猫たちのために協力してくれる


なにはともあれ、俺にとっちゃ謎の祈祷の効能より、単純に仲間の傷が治ったって事実のほうが大事なんだ



ニャるほど……



でもよ、タイコーが奥の部屋にひとりでいるとき、祈りを捧げる声が少しだけ聞こえたんだ



タイコーが祈りを?



ああ。

ちゃんとおまえの無事を祈ってたぞ



あっしの無事をタイコーが……!?



皆の無事を願い、祈りを捧げる。

それがこの家の飼い猫となり、移動範囲の限られた我にできる最後の務め


我が祈りは、陰ながらジロリ組の助けとなっているはずじゃ



ああ。そうかもな!




 実際、祈りなんてモンが役に立っているかどうはわからねぇ。


 

 けれど――



自分の回復を願ってくれる相手がいるってことが、心身の癒しにつながるんじゃねぇかな



たしかに!

ボスの言うとおりですニャー♪




 納得したように微笑む熊介。



 安らいだ気持ちが伝わってくるような、見ているだけでホッコリする笑顔だった。




 話が一段落して、ほどなくすると――




ボスーーー!



ハァハァ……!

や、やっと……追いついた……!




 インテリと新入りが俺たちの後を追って、遠くから駆けつけて来たのだった。























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登場人物紹介

ボス ♂

野良猫。先代の跡を継いでジロリ町のボスの座についたが、自身は平和主義でもあり自由を求めているのであまり乗り気ではない。非常にケンカが強く、疾風の猫パンチを見切れるものはいないという。

(本名:プルート 通称:ボス、親分、リーダー、カシラなど)

マウティス ♀

ボスファミリーの一員。野良だが先代ボスの子。

「にゃも」など、しゃべり方に独特の趣がある。とてもしたたかな性格で賢いが、食い気には勝てず、好物のニャオ☆チュールを手に入れるためなら平気で他者を利用する。

インテリ ♂

ボスファミリーの一員。飼い主の老夫婦が死亡したことにより野良となる。猫にしては博学で語学も堪能。トリ語も解する。その冴え渡る知能を活かし、組織の交渉役として縄張りの維持に努めてきた。

(本名:あずきちゃん、肉球があずきに似ていることから命名されたが彼は気に入っておらず、しばしば違う名を名乗る)

キンメ ♂

飼い猫。多頭飼育崩壊から生き残り、ボランティアらによって関東在住の住人のもとへ譲渡され、ジロリ町に移住する。当時の名残が残っているせいか、口調は大阪弁。明るいキャラでよくしゃべる。

(本名:なし、名前がなかった。名づけられたのは譲渡先に行ってから。目が金色なのでキンメとなる)

ミミ ♀

飼い猫。耳の形に特徴がある。麗しの三毛猫を自称しているが、発情期に誰も寄ってこなかったという悲しい黒歴史を持つ。ヒカリモノに目がなく、自身の首にもキラキラネックレスを身につけているが、あちこちに引っかけて壊すので飼い主に呆れられている。随時彼氏募集とのこと。

ヨウ ♂

飼い猫&洋猫。飼い主の目を盗んでしばしば脱走する。自慢の毛を維持するためいつも毛づくろいしてばかりいる。海外ブリーダーのもとで育てられたため、日本語がやや片言。生まれたばかりの兄弟が多数いるが、引き合わせてもらえないのであまり仲良くはない。

??? ♂ 

ちょっと汗かきすぎな新入り猫。どうも様子がおかしい……。


ちなみに猫は肉球からしか汗をかかない。顔グラではわかりやすさを重視して強調している。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

アイ・キャット

i〇adを所有する謎の猫。その便利グッズで猫に関する豆知識や雑学を解説してくれる。

ストーリー上には登場しない。

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