第211話 あやふやな記憶

文字数 1,790文字





 タイコーは出窓に跳び乗ると、僕を俯瞰(ふかん)するようにじっと見つめる。



そなたが捨て猫であることはわかった


しかし、何故(なにゆえ)捨てられた?

粗相(そそう)でもしたか?



い、いえ……、

お、お漏らしはしないよう、気をつけていたので……



では、なぜじゃ?



新入りが捨てられたのは、子猫じゃなくなったからだ


ある程度成長して、ほぼオトナ猫になっちまったからだよ



ムムム!

オトナ猫になったからだと?



子猫のときしか、かわいがらない人間もいるのです



まったく身勝手な飼い主っすよ



ひどいですね



愚悪悪悪悪悪悪悪悪(ぐおおおおおおおお)


許せーーーーん!




 タイコーの顔つきに、みるみる怒りのオーラが(あふ)れていく。



タ、タイコーが、ボクのために怒ってくれてる……!?



子猫はたしかにかわいい生き物じゃ! 


しかーし!

子猫だけをかわいがり、オトナ猫を(ないがし)ろにするとは何事ダァーーーッ!


我はシニア猫だが、年は食えども美しさは(おとろ)えてないぞーーー!



あ~……だんだん方向性がズレてきた



猫は空気を読むのが苦手と言われるゆえんですね



オトナ猫の美しさを理解できぬ愚か者は、

跡形もなく滅びてしまえーーーーー!








話は()れちまったが、俺も新入りの飼い主は地獄に()ちたほうがいいと思うぜ



私もそう思います



オレも同感っす



悪口を言って申し訳ないですけど、飼い主さんはウンコだと思います



うぅ……


ボスや、みなさんがそう思ってくれるだけで……ボ、ボクは……満足です!




 感動でボクの目に涙が(にじ)む。



あら、このコ涙ぐんでる?



ホントだ。

まだどこか痛いのかな?




 二人のまなざしがボクの体に集中する。



んー……、

身体検査では問題なかったから、別の理由かもね



ママ猫とはぐれてさみしいとか?



さみしいのかしらねぇ。

結構育っているから、もう親離れしていてもおかしくはないけれど……




 お医者さんはボクの顔をじっくりと観察し、(ひたい)に手を触れた。



このコ、特徴のある前髪ニャンコよね



うん、かわいいよね



……やっぱりこの猫、前に見たことあるかも!



えっ?

もしかして、うちの病院に来てたとか?



だったらカルテがあるはずだわ




 お医者さんは僕の顔から手を離し、急いだ様子で部屋を出ていった。



どうしたんだ? 急に



新入りがこの病院に来たことがあるのではと考え、その証拠を探しに行ったようです



あー、新入りは飼い猫だったから、検査だとかで病院に来ていてもおかしくねぇもんな


で、実際どうなんだよ?



うーん……


そ、そういえば、このあいだ、飼い主さんに連れられて、い、家の外に出たことがありました……



お、それで?



で、でも、えっと……、

ここに来たかどうかは……わからないです……



なんだよ、このあいだの出来事なのに、病院に行ったことすら記憶にねぇのか?



ハ、ハイ……。

ボクはほとんどのあいだ、バ、バッグの中に入れられっぱなしだったので



はっはっはっ。

ずっとバッグの中に閉じ込められるのは、なかなか息苦しそうだぞ



笑いごとじゃないですよ



そういや、タイコーは憶えてねぇのかよ?

もう何年もここに住んでるんだろ



たしかにここは我の家じゃ。

しかれども、営業中の院内に近寄ることはない


大概(たいがい)この家の2階か、隣の小屋で眠っているからな



スヤァ~



再現しなくていいっ



ぷぅ~



ムクれんなっ


ってか家にいるあいだ、ほとんど寝っぱなしなのかよ



我は看板猫ではニャいのだ!

来院者にゴマすりなどせん!



まぁタイコーに威圧されたら、客も逃げていくよな



ニャんだと!?



いや、なんでもねぇよ。

つまらねぇ冗談だ



ともかくも訪れる者達の様子を常に(うかが)っていない限り、新入りの存在を把握するのは不可能でしょう



(しか)り。

よほどの常連でもなければわからん



ちなみに新入りが家の外に出たとき、どんな内容だったか憶えてねぇのか?



な、なんとなくでよければ……憶えています



そうか。

じゃあ、それを話してみろよ



え、えっと……、

バッグに押し込められて、車に乗せられて……




 ボクが話しはじめた矢先のことだった。



 部屋を出ていたお医者さんが急ぎ足で戻ってきた。



診察証があったわー!



おぉ?



ということは――

新入りはこの動物病院に来ていたということか!



ええっ!?

ホントですか!?




 ボクがこの病院に来ていた――!?



 どどど、どうしよう!?



 頭の中には、あやふやな記憶しかない……!


























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登場人物紹介

ボス ♂

野良猫。先代の跡を継いでジロリ町のボスの座についたが、自身は平和主義でもあり自由を求めているのであまり乗り気ではない。非常にケンカが強く、疾風の猫パンチを見切れるものはいないという。

(本名:プルート 通称:ボス、親分、リーダー、カシラなど)

マウティス ♀

ボスファミリーの一員。野良だが先代ボスの子。

「にゃも」など、しゃべり方に独特の趣がある。とてもしたたかな性格で賢いが、食い気には勝てず、好物のニャオ☆チュールを手に入れるためなら平気で他者を利用する。

インテリ ♂

ボスファミリーの一員。飼い主の老夫婦が死亡したことにより野良となる。猫にしては博学で語学も堪能。トリ語も解する。その冴え渡る知能を活かし、組織の交渉役として縄張りの維持に努めてきた。

(本名:あずきちゃん、肉球があずきに似ていることから命名されたが彼は気に入っておらず、しばしば違う名を名乗る)

キンメ ♂

飼い猫。多頭飼育崩壊から生き残り、ボランティアらによって関東在住の住人のもとへ譲渡され、ジロリ町に移住する。当時の名残が残っているせいか、口調は大阪弁。明るいキャラでよくしゃべる。

(本名:なし、名前がなかった。名づけられたのは譲渡先に行ってから。目が金色なのでキンメとなる)

ミミ ♀

飼い猫。耳の形に特徴がある。麗しの三毛猫を自称しているが、発情期に誰も寄ってこなかったという悲しい黒歴史を持つ。ヒカリモノに目がなく、自身の首にもキラキラネックレスを身につけているが、あちこちに引っかけて壊すので飼い主に呆れられている。随時彼氏募集とのこと。

ヨウ ♂

飼い猫&洋猫。飼い主の目を盗んでしばしば脱走する。自慢の毛を維持するためいつも毛づくろいしてばかりいる。海外ブリーダーのもとで育てられたため、日本語がやや片言。生まれたばかりの兄弟が多数いるが、引き合わせてもらえないのであまり仲良くはない。

??? ♂ 

ちょっと汗かきすぎな新入り猫。どうも様子がおかしい……。


ちなみに猫は肉球からしか汗をかかない。顔グラではわかりやすさを重視して強調している。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

アイ・キャット

i〇adを所有する謎の猫。その便利グッズで猫に関する豆知識や雑学を解説してくれる。

ストーリー上には登場しない。

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