第135話 孤独と怒り②

文字数 1,586文字










 偵察猫に首を噛まれて、テンダの体がぐらりと傾く。



 本来のテンダなら、急所を突かれはしなかったはずだ。



 けれどもテンダは無抵抗だった。



 むしろ相手が噛みつきやすいようやや身を屈め、攻撃を甘んじて受けようと覚悟していたかのように――。



テンダァァァァァッ!




 大声で叫ぶと、心配して視線を向けた仲間たちから次々に悲鳴があがる。



副ボス!



ちょっ、無事なの!?



Nooooooノォーーーーー




 ガラクタの上に倒れこむテンダ。



 首筋に噛みついたままの偵察猫がその体にのしかかる。


 

ぬぅ……!




 圧迫された体から悲鳴が()れる。



 苦痛に襲われながらも、テンダは声をふり絞ってみんなに答えた。



ぶ……無事っす……



待ってろ、テンダ!  

いま助けるからな!




 身を乗りだした矢先――



 テンダは慌てたような口調で止めにかかる。



親分!

ここはオレに任せてください!



けど、このままじゃおまえが……!



大丈夫……っす




 テンダは消えそうな声でかろうじて答えて、まばたきをした。


 

 見る者に安心感を与えるように、ゆっくりと――。



 それから視線をレコのほうへと移す。



……チータ




 弟に呼びかけると、苦悶の表情にふっと柔らかさが浮かびあがる。



 首を噛みつかれながらも、テンダは穏やかだった。



……おまえは、本当に……強くなったよ。

子どもの頃より、ずっと……


母さんのかたき、ひとりで討たせちまって悪かったな……


事情を知らなかったとはいえ、オレはなんにもしてやれなかった……




 対する偵察猫は、唸り声をあげたままテンダの首に喰らいついている。



フゥゥゥゥウゥゥゥッ!



いいさ、もっと噛めよ。

おまえの苦しみは……オレが全部受け止めるから



――!?




 ふいに攻撃の手がゆるんだ。



 偵察猫はテンダの首筋から口を離し、すばやく体を起き上がらせる。



勘違いするな!

受け止めてほしくなどないっ!


その代わり、全力で戦えっ! 

貴様など僕の力でねじ伏せてやる!




 片手を突き出し、テンダの顔面に拳を打ちこむ。



ムッ……!




 テンダはそれを真正面から受け止める。



 両者の拳がバシッとぶつかり合った。



小癪(こしゃく)なっ!



わかってくれ、チータ!

オレはおまえが大事な弟だと知った以上、傷つけたくはないんだ……!



なんだその言い草はっ!

本気を出せば、僕を叩きのめせるとでも思っているのかっ!


だったら本気であらがいたくなるように追いつめてやる!




 偵察猫は再びテンダの首を狙って襲いかかった。



 閃光が走るような早業だ。



 あっという間にテンダの首の側面にかじりつき、強力な牙をガッと突き立てる。



ウッ……!




 テンダは(うめ)いたが、仁王立ちで踏ん張って耐えている。



なんて力と根性だ!

足の負傷がありながらも(こら)えきるなんて、到底マネできるもんじゃねぇ!



……チータ、わかってくれ……。

ここでやられちまうわけには……いかないんだ


こんなオレでも……死んだら悲しんでくれる仲間がいる……。

副ボスとしての責務もある……




フゥゥゥゥウゥゥゥッ!



それにオレが死んだら……、

おまえをもっと孤独にさせちまう……!




 偵察猫は、頭に血が昇った顔をテンダに向けてわめき立てた。



ウウウッ、だからなんだっ!


おまえなんかっ……! 

おまえなんかぁぁぁぁぁっ!



チータ……


一緒に、やり直そう……!




 テンダは弟に笑いかけた。



 けれども、その敵意はたちのぼる煙のように消え去る気配はない。



 偵察猫は怒りで我を失って、隙は多いが危険な状態だ。



テンダ!

無理するな! 下がれっ!




 俺の指示に、テンダは答えなかった。



 テンダは片腕を上げて、五指の内側にひそむ凶器をさらけ出す。



すまない……チータ!




 その手はわずかに震えていた。



 しかしひとたび拳を振るえば、風を巻くような勢いで偵察猫のもとへ迫っていく。




 シュッ!



んなっ……!




 一瞬のうちに事態が急変した。



 テンダの爪が偵察猫の首に深々と突き刺さっていた。






















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登場人物紹介

ボス ♂

野良猫。先代の跡を継いでジロリ町のボスの座についたが、自身は平和主義でもあり自由を求めているのであまり乗り気ではない。非常にケンカが強く、疾風の猫パンチを見切れるものはいないという。

(本名:プルート 通称:ボス、親分、リーダー、カシラなど)

マウティス ♀

ボスファミリーの一員。野良だが先代ボスの子。

「にゃも」など、しゃべり方に独特の趣がある。とてもしたたかな性格で賢いが、食い気には勝てず、好物のニャオ☆チュールを手に入れるためなら平気で他者を利用する。

インテリ ♂

ボスファミリーの一員。飼い主の老夫婦が死亡したことにより野良となる。猫にしては博学で語学も堪能。トリ語も解する。その冴え渡る知能を活かし、組織の交渉役として縄張りの維持に努めてきた。

(本名:あずきちゃん、肉球があずきに似ていることから命名されたが彼は気に入っておらず、しばしば違う名を名乗る)

キンメ ♂

飼い猫。多頭飼育崩壊から生き残り、ボランティアらによって関東在住の住人のもとへ譲渡され、ジロリ町に移住する。当時の名残が残っているせいか、口調は大阪弁。明るいキャラでよくしゃべる。

(本名:なし、名前がなかった。名づけられたのは譲渡先に行ってから。目が金色なのでキンメとなる)

ミミ ♀

飼い猫。耳の形に特徴がある。麗しの三毛猫を自称しているが、発情期に誰も寄ってこなかったという悲しい黒歴史を持つ。ヒカリモノに目がなく、自身の首にもキラキラネックレスを身につけているが、あちこちに引っかけて壊すので飼い主に呆れられている。随時彼氏募集とのこと。

ヨウ ♂

飼い猫&洋猫。飼い主の目を盗んでしばしば脱走する。自慢の毛を維持するためいつも毛づくろいしてばかりいる。海外ブリーダーのもとで育てられたため、日本語がやや片言。生まれたばかりの兄弟が多数いるが、引き合わせてもらえないのであまり仲良くはない。

??? ♂ 

ちょっと汗かきすぎな新入り猫。どうも様子がおかしい……。


ちなみに猫は肉球からしか汗をかかない。顔グラではわかりやすさを重視して強調している。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

アイ・キャット

i〇adを所有する謎の猫。その便利グッズで猫に関する豆知識や雑学を解説してくれる。

ストーリー上には登場しない。

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