第136話 心の涙

文字数 2,073文字








 重くて速い、テンダによる拳の一撃。



 偵察猫(レコねこ)は、よけきることができなかった。



 首に直撃を受け、予想以上の相手の強さに動揺が広がる。



そん……な……!?

まだ、こんな力が残って……いたとは……!?



チータ……。おまえはうちの組の連中をひどい目に()わせた。

その(むく)いは、受けてもらわなきゃならない


それがこの痛みだ……!




 テンダは指先にグッと力を込める。



 偵察猫の体が苦痛でびくりと跳ねあがる。



ウアァァァァァアアッ! 




 四肢(しし)を振り、偵察猫はもがく。



 しかし、体を押さえ込んだテンダの力のほうが強かった。

 


ごめんな、チータ。

おまえを苦しめたくはなかった……


憎ければ、オレを噛んでくれ



むろん、そのつもりだっ!




 偵察猫は大きく口をひらき、首を伸ばしてテンダの体に牙を立てる。



 だが――



ム……?

いままでと比べて、勢いがねぇぞ




 攻撃は、あきらかに精彩(せいさい)を欠いていた。



 むしろ、ためらいが感じられるほどに弱々しく、威力に(とぼ)しい。



ううぅ……ク……クソッ……!

僕は……どうすればいいんだ……!?




 偵察猫はテンダの手をすり抜け、後ろへジリジリと退(しりぞ)いていく。



葛藤(かっとう)しているようだな、レコ。

オメェにテンダは討てねぇよ



バカなっ! 迷ってなど……!


僕はテンダに復讐するために技を磨いてスパイになったんだ!

いまさら兄だからと躊躇(ちゅうちょ)していられるか!



もういいじゃねぇか。

いくら復讐に燃えたところで、死んだ母ちゃんは帰ってこないんだぜ



そんなことはわかっている!



いいや、わかってねぇ。

それにオメェはテンダに誤解をいだいている



誤解だと!?



ああ。テンダは以前、売られたケンカに応じただけだ


それなのにオメェは、テンダが好き放題ケンカしまくってたせいで騒動に巻き込まれたと思い込んでる



なっ……!?


う……、嘘だぁ!



嘘じゃねぇよ!




 感情に揺れる偵察猫にテンダは優しく語りかける。



なぁ、チータ。

怒りを捨て去れ、とは言わない


だけど、いまのままじゃ(つら)いだろ。

おまえの心の奥にある、本当の気持ちに従ってみたらどうだ?



本当の気持ち……?



そうだよ。

おまえは本当に、オレを(ほうむ)りたいと心から思っているのか?



それは……




 兄に問われ、弟は口ごもる。



 自分の気持ちを改めて振り返っているのだろうか……?










ウワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!




 苦しみに満ちた絶叫。



 天を突き破るように悲しく、切ない。



泣くな、チータ!

これからはずっと、オレがそばにいるから……!



 

 葛藤する弟へ、テンダは涙声(なみだごえ)で呼びかける。



に……、兄さん……!




 偵察猫の体から急激に殺気が消えていく。



 そして(おのれ)(あやま)ちを悔いるように、面目(めんもく)なさげにうつむく。



僕は、間違っていた……!


兄さんに復讐なんて、完全に逆恨(さかうら)みだった……!




 偵察猫はテンダの首に顔を寄せ、そこに刻まれた噛み跡をペロリと舐めた。



ずっと昔……

こうして兄さんに毛づくろいしてもらったことが……ある気がする……



憶えていてくれたんだな……




 テンダは偵察猫の傷を舐め返す。



テンダ兄さんは、大きくて頼り甲斐があって……僕の(あこが)れだった……


そのときの気持ちをずっと大事にしていれば、こうはならなかったはずなのに……



もういいんだ、チータ。

あまり自分を責めるな


オレだって、おまえに気づいてやれなかった。

おふくろの(かたき)も討てなかったし、後悔すればキリがない


けど、オレは……

おまえに再会できただけで、満足だ



僕もだよ……


あのとき僕は母さんも兄弟もいなくて、孤独だった……。

ジロリ組に入って、楽しそうな兄さんが許せなかった


僕がどれだけひどい体験(おもい)をしたか、身をもってわからせてやろうと思った。

それで復讐を決意したんだ




 偵察猫は、伏し目がちな顔をテンダだけでなく、俺にも向けて謝罪する。



みんなに迷惑かけて、ごめんなさい……



ようやくオメェの顔から恨みの炎が消えたな



チータ……



兄さんの言っていたとおりだよ。

久しぶりに兄さんに再会できたとき……本当は、弟だって気づいてほしかったんだ


結局僕は、子どもの頃みたいに甘えたかったのかも……



(さみ)しくて、辛かったんだな



うん……。

母さんのぬくもりから強制的に引き離されて、孤独に飢えていたから……


きっと兄さんへの恨みなんて、はじめからこうして触れ合っていれば、解消されたんだろうね……



そうかもな




 テンダと偵察猫が微笑む。



 俺にはふたりの猫が心の中で泣いているように見えた。



 けれど、そこに(したた)るのは悲しみの涙じゃない。(たが)いの想いが通じ合った、幸せの(しずく)だ。



 温かな涙は兄弟猫たちの孤独を(おぎな)って、傷ついた心を(うるお)してくれるだろう。






これからは兄弟仲良くな!




 辛い経験を経て再会できた兄弟たちが幸せになってくれたらいい――



 そう心から願わずにいられなかった。






























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登場人物紹介

ボス ♂

野良猫。先代の跡を継いでジロリ町のボスの座についたが、自身は平和主義でもあり自由を求めているのであまり乗り気ではない。非常にケンカが強く、疾風の猫パンチを見切れるものはいないという。

(本名:プルート 通称:ボス、親分、リーダー、カシラなど)

マウティス ♀

ボスファミリーの一員。野良だが先代ボスの子。

「にゃも」など、しゃべり方に独特の趣がある。とてもしたたかな性格で賢いが、食い気には勝てず、好物のニャオ☆チュールを手に入れるためなら平気で他者を利用する。

インテリ ♂

ボスファミリーの一員。飼い主の老夫婦が死亡したことにより野良となる。猫にしては博学で語学も堪能。トリ語も解する。その冴え渡る知能を活かし、組織の交渉役として縄張りの維持に努めてきた。

(本名:あずきちゃん、肉球があずきに似ていることから命名されたが彼は気に入っておらず、しばしば違う名を名乗る)

キンメ ♂

飼い猫。多頭飼育崩壊から生き残り、ボランティアらによって関東在住の住人のもとへ譲渡され、ジロリ町に移住する。当時の名残が残っているせいか、口調は大阪弁。明るいキャラでよくしゃべる。

(本名:なし、名前がなかった。名づけられたのは譲渡先に行ってから。目が金色なのでキンメとなる)

ミミ ♀

飼い猫。耳の形に特徴がある。麗しの三毛猫を自称しているが、発情期に誰も寄ってこなかったという悲しい黒歴史を持つ。ヒカリモノに目がなく、自身の首にもキラキラネックレスを身につけているが、あちこちに引っかけて壊すので飼い主に呆れられている。随時彼氏募集とのこと。

ヨウ ♂

飼い猫&洋猫。飼い主の目を盗んでしばしば脱走する。自慢の毛を維持するためいつも毛づくろいしてばかりいる。海外ブリーダーのもとで育てられたため、日本語がやや片言。生まれたばかりの兄弟が多数いるが、引き合わせてもらえないのであまり仲良くはない。

??? ♂ 

ちょっと汗かきすぎな新入り猫。どうも様子がおかしい……。


ちなみに猫は肉球からしか汗をかかない。顔グラではわかりやすさを重視して強調している。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

アイ・キャット

i〇adを所有する謎の猫。その便利グッズで猫に関する豆知識や雑学を解説してくれる。

ストーリー上には登場しない。

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