第162話 決死の説得

文字数 1,486文字





 俺と紅のあいだに立って、争いをやめるよう訴えるイザベラ。







自分を殴れというが、本当にその覚悟があるのかよ?



はい



イザベラ、無理するな!

下がっていろ!



あなたがわたしを心配してくれる気持ちはうれしいわ


だけど、こうなってしまった以上、体を張ってでも説得に乗り出さなくては……!



なにが説得だ。

俺は猫社会のルールにのっとって、自分の縄張りを守ったまでのこと


テメェらにどうこう言われる覚えはねぇぞ!



(おっしゃ)ることはごもっともです。

ですが、やむにやまれず戦いに身を投じたわたしたちの事情も察してください



事情?

いまさらどんな事情があるってぇんだよ?



じつは、アジトからそう離れていないところで、工場建設が始まったのです


そのせいで獲物の多くは逃げてしまい、食糧難に……



そりゃ災難だったな



縄張り拡大は苦渋の選択でした。わたしたちは決してジロリ組との抗争を望んでいたわけではないのです



つまり生きるために仕方がなかった、ってか?



はい。

本当にごめんなさい……




 イザベラはそれ以上言い訳めいたことは口にせず、体を小さく丸めてしゃがみ込んだ。



 敵意ゼロの無抵抗ポーズだ。



 それから目を閉じ、ややうつむく。



 制裁を受ける覚悟があると、俺に伝えているようにも見える。







紅様を助けてもらえるなら、わたしの身はどうなっても構いません……



イザベラ……




 紅は、イザベラの体に寄り添うように横に立った。



 しばしの沈黙のときが流れ……



 やがてジロリ組の仲間たちが各々(おのおの)意見を口に出す。



親分さん。

どうなっても構わへんいうとりますけど、あれ妊婦でっせ



妊婦をボコるのは気が引けるから、アタシなら軽めに平手打ちかしらねぇ



はっはっはっ。

キミの平手は軽めでも強烈そうだな



いずれ裏切った罰として、その平手が僕にも飛んできそうです……



――で、ボス。

どうなさるのですか?



どうもこうもねぇよ。

いかに飢えてたからといって、俺たちの縄張りを奪っていいわけはねぇ


罰はしっかり受けてもらうぜ!



よせ! 

イザベラには手を出すな!

貴様には慈悲というものがないのかっ



うるせーっ!

戦いってぇのは非情な世界だ!


相手の恩情にすがるくらいなら、最初から危ない橋渡ろうとするんじゃねぇ!



ムゥ……




 返す言葉もなく、紅は口を閉ざす。



 もしこれが本気モードじゃなかったら、俺は違う判断をしていただろうか。



 それはわからねぇ。



とにかく、敵に情けは禁物だ。

甘くすれば報復されねぇとも限らねぇからな!




 自分や仲間が大事なら、のちの災いとなるような芽は徹底的に潰しておかなきゃならねぇ。



 俺は殺意を込めて、手にグッと力を入れる。



 すると――



待って!


ストップ、ニャウ!



今度はガキどもかよ




 姉弟猫(きょうだいねこ)は母猫のそばに寄って、必死に訴えだした。



お母さんがどうなっても構わないだなんて、そんなのヤダ!


命を粗末にしたらダメ、ニャウ!



メデア……イソルダ……



ガタガタ騒ぐな。

どうせ親子まとめて地獄行きなんだからよ!



身も(ふた)もないことを言うなっ!




 紅は怒って俺に殴りかかろうとする。



あなた、もうよして。

戦いは何の解決にもならないわ!



しかし……



あなたにもわかっているはずよ。

いまの私たちに本当に必要なのものは、攻撃ではなく対話ってことを……



ウム……




 イザベラの言葉を受けて、紅は渋々(しぶしぶ)拳を止める。



 するとメデアとイソルダは俺のほうに向き直って、いまにも泣きだしそうな顔で訴えた。



お母さんを……いじめないで……!


これ以上お父さんを……ぶたないで……!




 子どもたちはひたむきに懇願(こんがん)する。



 俺はただそれをじっと見下ろしていた。


 






















ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ボス ♂

野良猫。先代の跡を継いでジロリ町のボスの座についたが、自身は平和主義でもあり自由を求めているのであまり乗り気ではない。非常にケンカが強く、疾風の猫パンチを見切れるものはいないという。

(本名:プルート 通称:ボス、親分、リーダー、カシラなど)

マウティス ♀

ボスファミリーの一員。野良だが先代ボスの子。

「にゃも」など、しゃべり方に独特の趣がある。とてもしたたかな性格で賢いが、食い気には勝てず、好物のニャオ☆チュールを手に入れるためなら平気で他者を利用する。

インテリ ♂

ボスファミリーの一員。飼い主の老夫婦が死亡したことにより野良となる。猫にしては博学で語学も堪能。トリ語も解する。その冴え渡る知能を活かし、組織の交渉役として縄張りの維持に努めてきた。

(本名:あずきちゃん、肉球があずきに似ていることから命名されたが彼は気に入っておらず、しばしば違う名を名乗る)

キンメ ♂

飼い猫。多頭飼育崩壊から生き残り、ボランティアらによって関東在住の住人のもとへ譲渡され、ジロリ町に移住する。当時の名残が残っているせいか、口調は大阪弁。明るいキャラでよくしゃべる。

(本名:なし、名前がなかった。名づけられたのは譲渡先に行ってから。目が金色なのでキンメとなる)

ミミ ♀

飼い猫。耳の形に特徴がある。麗しの三毛猫を自称しているが、発情期に誰も寄ってこなかったという悲しい黒歴史を持つ。ヒカリモノに目がなく、自身の首にもキラキラネックレスを身につけているが、あちこちに引っかけて壊すので飼い主に呆れられている。随時彼氏募集とのこと。

ヨウ ♂

飼い猫&洋猫。飼い主の目を盗んでしばしば脱走する。自慢の毛を維持するためいつも毛づくろいしてばかりいる。海外ブリーダーのもとで育てられたため、日本語がやや片言。生まれたばかりの兄弟が多数いるが、引き合わせてもらえないのであまり仲良くはない。

??? ♂ 

ちょっと汗かきすぎな新入り猫。どうも様子がおかしい……。


ちなみに猫は肉球からしか汗をかかない。顔グラではわかりやすさを重視して強調している。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

アイ・キャット

i〇adを所有する謎の猫。その便利グッズで猫に関する豆知識や雑学を解説してくれる。

ストーリー上には登場しない。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色