第33話 噂のおネコさん③

文字数 1,706文字




 猫の肉球は衝撃を吸収してくれるから忍び足に最適といわれている。



 けれど、飼い猫暮らしだったボクに、細心の注意をはらった忍び足は難しい。



 歩行の際、物音を立てないよう気を遣ったつもりだったけど、草地を踏むたびに微妙な音がする。



接近するボクを警戒して、逃げられたりしないかな……



……




 メス猫はボクの動きを察しているようだ。



 ピクリと耳を動かしたかと思うと、ついには前足をつき出すような姿勢で身構えはじめる。



驚かせて、ごめんなさい……!




 とっさに謝ってはみたけれど、引き返すわけにもいかない。



 ボクはゆっくりメス猫に近づく。



 距離が縮まるにつれて、相手の姿が徐々にくっきりしてきた。



こ、こんにちは……



……



アッ……!


このコは……、

妹じゃないっ……!




 近づいてニオイを嗅いでみるとよくわかった。



 この女のコには、妹のニオイはなかった。



 妹のニオイ――それは家族のボクだけがわかる、古くてなつかしい香りだ。



 もし相手が妹なら、ボクたち兄妹の絆を感じさせる、家族間特有の〝家族臭〟みたいなものが感じ取れるはずなのに……。



しかも、見た目も似ているようで、に、似てないな……








 全身の毛色は、ブラウンより薄いクリームカラー。



 瞳もグリーンではなくブルー。



 特徴的なシマシマ柄は、背中にはあるけれど顔にはない。



 長く見えたシッポはじつは草の穂が影になっていただけのようで、彼女の尾についているのは丸みを帯びたボブテイル。



 いわゆるウサギのシッポみたいだといわれるやつだ。



何か用?




 メス猫がボクに話しかけてきた。



あ、いや……その……




 その声も、妹のものとはまったく性質が違っている。妹のミネが発するような甲高さがない。



 だけど……だけど……




 魅力的だ!




 い、妹は、他の猫よりカワイイと思っていたけれど、他にもこんなにかわいいコがいたなんて……!







 言葉にできない想いが胸をつく。



 なんでこんなに胸がドキドキするんだろう……? 例のフェロモンのせいなのかな? 



 わからないけど、相手のなにもかもがステキに見えて仕方がない。



あなた、野良猫なの?



え、えっと……

ボ、ッボボ……ボクは、コウっていいます



コウ……?



は、はい



あたしとそう変わらない年頃に見えるけど……、

なんでそんなにペコペコしてるの?



ええっ?

そそっ、そうかな……?



うん……。

なんかあたしに叱られてるみたいで、ちょっと違和感



じゃ、じゃあ……気をつけるよ



ありがとう。

でも別に無理ならいいよ、いつもどおりで



だ、大丈夫……



コウくんは、このへんに住んでるの?



い、いや……。

長く人と暮らしてたから……



じゃあ、飼い猫なんだ?



そうなんだけど……、

先日捨てられちゃって……



そうなんだ。

かわいそう……




 同情してくれるんだ。優しいな……



キ、キミは……?



あたしは、野良のらだから



そ、そうなんだ。

な……名前は?



ヨツバ



ヨツバ……?


そのへんに生えてる草だけど、見つけるとイイコトがあるんだって。

お母さんが教えてくれた



へ、へぇ……


……………………………………


……………………………………




 どどど、どうしよう~! 

 緊張しすぎて、これ以上言葉が出てこないよぉ……っ!



 ボクは相手を意識するあまり、体がガチガチに固まってしまっていた。



 すると茂みから出てきたボスが、落ち着きはらった口調で言う。



ずいぶんと話し込んでるじゃねぇか


その様子だと、結局妹じゃなかったみてぇだな



あっ、ボス!



ボス!?


もしかして、あなたがジロリ町のボスなんですか!?



ん? 

ああ、そーだが




 ボスと聞いた途端、女の子の顔に衝撃が走る。



ジロリ町のボスにして最強を誇る、『疾風(しっぷう)の悪魔』……!



し、疾風の悪魔!?



悪魔になったつもりはねぇんだがな


またたく間に相手を仕留めるっていうんで、世間のヤツらに妙な通り名をつけられちまったんだよ




 ボスが呆れ顔でぼやいていると、そのそばに女のコが駆け寄った。



ボス! お願いがありますっ!



あ?



あたしを……ボスの彼女にしてください……っ!



はぁっ!? 

なに言ってんだ、オメェ!?



エ~~~ッ!

そっ、そんなぁ……!


いきなりボスの彼女にだなんて……!?




 わけがわからず混乱しながら、ボクは大きな声を張りあげてしまっていた。























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登場人物紹介

ボス ♂

野良猫。先代の跡を継いでジロリ町のボスの座についたが、自身は平和主義でもあり自由を求めているのであまり乗り気ではない。非常にケンカが強く、疾風の猫パンチを見切れるものはいないという。

(本名:プルート 通称:ボス、親分、リーダー、カシラなど)

マウティス ♀

ボスファミリーの一員。野良だが先代ボスの子。

「にゃも」など、しゃべり方に独特の趣がある。とてもしたたかな性格で賢いが、食い気には勝てず、好物のニャオ☆チュールを手に入れるためなら平気で他者を利用する。

インテリ ♂

ボスファミリーの一員。飼い主の老夫婦が死亡したことにより野良となる。猫にしては博学で語学も堪能。トリ語も解する。その冴え渡る知能を活かし、組織の交渉役として縄張りの維持に努めてきた。

(本名:あずきちゃん、肉球があずきに似ていることから命名されたが彼は気に入っておらず、しばしば違う名を名乗る)

キンメ ♂

飼い猫。多頭飼育崩壊から生き残り、ボランティアらによって関東在住の住人のもとへ譲渡され、ジロリ町に移住する。当時の名残が残っているせいか、口調は大阪弁。明るいキャラでよくしゃべる。

(本名:なし、名前がなかった。名づけられたのは譲渡先に行ってから。目が金色なのでキンメとなる)

ミミ ♀

飼い猫。耳の形に特徴がある。麗しの三毛猫を自称しているが、発情期に誰も寄ってこなかったという悲しい黒歴史を持つ。ヒカリモノに目がなく、自身の首にもキラキラネックレスを身につけているが、あちこちに引っかけて壊すので飼い主に呆れられている。随時彼氏募集とのこと。

ヨウ ♂

飼い猫&洋猫。飼い主の目を盗んでしばしば脱走する。自慢の毛を維持するためいつも毛づくろいしてばかりいる。海外ブリーダーのもとで育てられたため、日本語がやや片言。生まれたばかりの兄弟が多数いるが、引き合わせてもらえないのであまり仲良くはない。

??? ♂ 

ちょっと汗かきすぎな新入り猫。どうも様子がおかしい……。


ちなみに猫は肉球からしか汗をかかない。顔グラではわかりやすさを重視して強調している。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

アイ・キャット

i〇adを所有する謎の猫。その便利グッズで猫に関する豆知識や雑学を解説してくれる。

ストーリー上には登場しない。

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