第123話 正体不明の存在③
文字数 1,044文字
悲劇は突然やって来た。
ボクはいま、正体不明の存在に襲われている。
背後から受けた噛みつき攻撃。
首根に牙を突き立てられて――
怖くてパニックになって叫ぶ。
ボクが絶叫したところで、相手は離れてくれない。
むしろ悲鳴をあげるボクを黙らせようと、さらに首の圧迫を強めてくる。
すごく、息苦しい……。
首を押さえつけている相手の口がぐいぐい前に迫ってきて、呼吸がいっそう妨げられる。
このままじゃ窒息死しちゃいそうだ……!
そう思っても、ボクに特別な力はない。
だけど、できる限りの抵抗を試みた。
……あぁ、ダメだ。
戦いに不慣れなボクには、相手に噛みつき返すとか、投げ飛ばすだとか、そんな華麗な技は何一つ決められない。
手足をバタバタさせて、がむしゃらにあがくのが精一杯。
しかもそのせいで視界が左右に激しく振れて、酔ってしまいそうになる。
抵抗したら、より最悪な展開になっちゃった……!
そもそもボクは車酔いするタイプで、他の猫よりも三半規管が弱いんだった……。
痛いよりも、とにかく苦しかった。
息ができないだけで、こんなに簡単にやられちゃうなんて……
不意を突かれてひどい思いをするなら、ちゃんと警戒しておけばよかった……
ふと脳裏に熊介さんの言葉が蘇る。
……そうだよね。ホント、熊介さんの言うとおりだ。
ボクがもっとしっかりしていたら、熊介さんも被害に遭わずに済んだかもしれないのに……
自分の無力さを感じながら、やるせなさに
突然、体がふっと軽くなった。
ボクの首から背中にかかっていた重みが消えていく。
え、どういうこと……?
何が起こったのか、サッパリわからない。
けれども首を圧迫していた牙が引き抜かれて、あの世行きの危機から解放されたのは間違いないみたいだ。
脱力しきって、うつぶせに倒れ込む。
かすれた声をはき出し、虚ろな眼差しを足音のほうへ向ければ……
視界に移り込む黒い影。
ボクの首に噛みついていた猫が、風のように走り去っていく。
その姿を捉えきる前に、正体不明の存在は闇の向こう側へと消えてしまった。
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