第201話 試行錯誤

文字数 1,871文字





 ――考える猫。







 猫がどれほど頭を使って考えていたとしても、きっと人間には伝わらないだろう。



 だが俺は今、あらゆる細胞に働きかけるように呼吸を深くし、脳を活動させている。



 傍目(はため)にはわからずとも、考えて考えて考えまくっているのだ!




ムヲォォォォォォォッ!



ボスの熱気がすごいっす!



まさに俺に触れると火傷するぜ状態なのです!



クックックッ、プルートよ。

恐ろしげな顔をして思考に(ふけ)っても、なんの解決にもならんぞ



んなことはわかってる!




 これは猫同士の抗争じゃねぇ。もう戦いは終わったんだ。



 しかも相手は俺らにケンカをふっかけるどころか、恩のある人間たちときてる……。



平和的に物事を収めるのがスジってもんだぜ!



なるほど。

平和的ってことは、みんなで網戸を引っ掻いたらダメなんすね?



当たりめぇだろ。

他にも威嚇したり殴り合ったりするのも論外だぞ



みんな(なご)やかにってことですね



そうだ。

和やかに、(おだ)やかに……


――(ひらめ)いたぜ!



おおっ!



さすがボス!



モメてる親子をやめさせるには、興味を()くようなことをして、気を引けばいいんだ! 



ホ~ゥ、ニャるほどのぅ


しかし話に夢中になっている者達の関心を向けさせるのは、容易ではないぞ



いや、きちんとツボを押さえればイケるはず


おい熊介、試しにオメェがアイツらの気を引いてみせろ!



えっ、あっしがやるんですニャ!?



そうだ。オメェは部屋の中にいるし、ここに連れて来られたばかりだしな



でも、どうやって!?



聞くところによると、人間は猫の甘えた仕草に弱いらしい


だから甘えた仕草を見せれば、アイツらの関心はおのずとオメェに向くはずだ!



う~ん……



難色を示さずともよい。

その推測、あながち間違ってはおらん



だろ?


んじゃ熊介、アイツらにスリスリしてみろ。

そうすればきっと話を中断するはずだ



……ホントですニャ?



安心しろ!

俺の案に狂いはねぇ!








はっはっはっ。

これは見モノっすね!



猫好きなら不可避な気がします!



だけど、野良でモブ猫のあっしじゃ無理な気が……



んなことねぇ。

自信を持て!


それにやることは難しくねぇんだ。

診察台に乗ったまま、人間の手にちょっとアゴを当てるだけでいいんだからよ



うにゅう……。

正直、あまり気乗りがしませんニャ



不平ばかり鳴らしてねぇで、早くここを出ていきたいならチャレンジしてみろよ



うっ……ボスの言うとおりですニャ。

やるだけやってみますニャ!




 熊介は朝陽に近づくと、まずは上目遣いで相手に警戒のまなざしを送った。



はぁ……




 朝陽は、熊介の視線に気づいてないようだ。



 深々と溜息を()らした後、



ねぇお母さん、私はね……




 引き続き母親に向かって切々と語りはじめる。



にゅにゅにゅ……




 それを目にした熊介は、覚悟を決めたようにキュッと口元を引き締めた。



 両眼は朝陽をじっと睨むように見据えたまま、そろ~りと首を前へ伸ばす。



 恐る恐る、ゆっくりと。まるで獲物に忍び寄るかのような慎重さでじっくりと距離を詰めていく。



……ッ!




 緊張で息を呑んだ直後、熊介のこわばった顔がクニャリと動いた。



ウニャン……!




 必殺のニャンかわアピール!



 ついに熊介は、人間の手に顔回りの毛をスリッとこすりつけた。



おお!



とうとうスリスリがキマッた!



よくやったぞ、熊介!




 さて、人間の反応はというと……



あ、猫さんが寄ってきてくれた!



あら、ホント!



おぉぉ、すごい!



効果アリっすね!



親子そろってグイグイだぜ!



かわいいー♪



まだ緊張してるみたいだけど、野良猫のほうから寄ってくれるなんて珍しいわね~♪




 目を細め、歯をのぞかせて笑い合う人間たち。



どうだ?

もう解決したんじゃねぇか?



フォッフォッフォッ。甘いな、プルートよ。

これにて解決と考えるのは早計じゃぞ



なにっ!?




 驚きながらも俺の目は、異変を感知してその対象を捉えている。



ゲェッ!




 なんてこった!



 だんだんと熊介を見つめる朝陽の顔が曇りがちになっているじゃねぇか……!



……猫はいいな。

かわいくて、いろんな人に好かれて……



朝陽……



あ~……ダメだったか



またしても憂鬱(ゆううつ)ムードになっちまいましたね



体を張ってスリスリしても止められないとは……っ



媚び売り損ですニャ……



フォッフォッフォッ。

人間の悩みを(あなど)るでないぞ


もとより人は猫よりも知能が高く、思考に長けた生き物。

その分やたらと深く重く苦悩する傾向にあるのじゃ



クソ……!

うまくいったと思ったのによ




 猫のかわいい仕草で言い合いをやめさせる作戦が成功したのも束の間、再び場はダークな雰囲気に呑まれたのだった。





















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登場人物紹介

ボス ♂

野良猫。先代の跡を継いでジロリ町のボスの座についたが、自身は平和主義でもあり自由を求めているのであまり乗り気ではない。非常にケンカが強く、疾風の猫パンチを見切れるものはいないという。

(本名:プルート 通称:ボス、親分、リーダー、カシラなど)

マウティス ♀

ボスファミリーの一員。野良だが先代ボスの子。

「にゃも」など、しゃべり方に独特の趣がある。とてもしたたかな性格で賢いが、食い気には勝てず、好物のニャオ☆チュールを手に入れるためなら平気で他者を利用する。

インテリ ♂

ボスファミリーの一員。飼い主の老夫婦が死亡したことにより野良となる。猫にしては博学で語学も堪能。トリ語も解する。その冴え渡る知能を活かし、組織の交渉役として縄張りの維持に努めてきた。

(本名:あずきちゃん、肉球があずきに似ていることから命名されたが彼は気に入っておらず、しばしば違う名を名乗る)

キンメ ♂

飼い猫。多頭飼育崩壊から生き残り、ボランティアらによって関東在住の住人のもとへ譲渡され、ジロリ町に移住する。当時の名残が残っているせいか、口調は大阪弁。明るいキャラでよくしゃべる。

(本名:なし、名前がなかった。名づけられたのは譲渡先に行ってから。目が金色なのでキンメとなる)

ミミ ♀

飼い猫。耳の形に特徴がある。麗しの三毛猫を自称しているが、発情期に誰も寄ってこなかったという悲しい黒歴史を持つ。ヒカリモノに目がなく、自身の首にもキラキラネックレスを身につけているが、あちこちに引っかけて壊すので飼い主に呆れられている。随時彼氏募集とのこと。

ヨウ ♂

飼い猫&洋猫。飼い主の目を盗んでしばしば脱走する。自慢の毛を維持するためいつも毛づくろいしてばかりいる。海外ブリーダーのもとで育てられたため、日本語がやや片言。生まれたばかりの兄弟が多数いるが、引き合わせてもらえないのであまり仲良くはない。

??? ♂ 

ちょっと汗かきすぎな新入り猫。どうも様子がおかしい……。


ちなみに猫は肉球からしか汗をかかない。顔グラではわかりやすさを重視して強調している。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

アイ・キャット

i〇adを所有する謎の猫。その便利グッズで猫に関する豆知識や雑学を解説してくれる。

ストーリー上には登場しない。

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