第213話 不安の波

文字数 1,876文字





 ボクがボスたちに思い出話を打ち明けているあいだに――



 お医者さんと子どもは、四角いモノに目を向けながら言葉を交わしている。







 あの四角いモノは、ボクの家にも似たような代物が置いてあったから、ちょっとだけわかる。



 本よりちょっと大きくて、画面がピカピカしてて、電気で動いていて、コードを噛んだら危ないやつだ。



それ、カルテ?



ううん。

これは問診票に記入されたデータをまとめたものよ


再診のとき、患者がどういう相手だったか私が思い出しやすいように、受付の村山さんが情報を追記してくれてるの



気が利くね!


この猫さんのことも書いてあるの?



ええ、書いてあるわ


村山さんの記述によると、猫の名前は、コウ。

猫種はミックス、毛色は薄グレー、前髪だけ色が濃いのが特徴とある


まさにこの猫にピッタリ!



うん!



このコウくんの飼い主は、あの下外道(ゲゲドウ)さんで間違いないわね



ゲゲドウさん?



前にやたらと猫を引き取ってほしいって無理な要求ばかりして、診察もろくに受けずに帰った人がいたのよ。

それが下外道さん



ひどい人だね



ホント迷惑。

言い分を聞いてるだけで不愉快だったわ



そのゲゲドウさんって人の飼ってる猫が、なんでここに?



なんでかしらねぇ……?




 お医者さんが真面目な顔でボクを観察する。



……




 じっと見つめられるのは苦手だけど、威嚇(いかく)されてる感じはないからそこまでストレスじゃない。



ねぇ、お母さん。

もしかして、この猫さん脱走したんじゃ……?



脱走か……。

脱走ならまだ自分の意志で選択してる分、マシかもね



え……脱走でマシなんだ?



捨てられるよりはね



捨てられるって、それ最悪だよっ……!



私もそう思うわ


とにかく診察証に連絡先が書いてあるから、下外道さんに電話してみるわね



うん




 お医者さんは、四角いモノを持って部屋を出ていった。



何しに行ったんだ?



電話をしに行ったようだ。

ちょうど奥の部屋には病院専用の電話が置いてあるのでな



なぜ電話を?



ゲゲドウに連絡をするつもりらしい



ゲッ、下外道さんに……!?



はっはっはっ。

そう青い顔するな、新入り



オメェが叱られるわけじゃねぇから安心しろ



は、はい……




 ホントに大丈夫かな……?



 ボクはよく下外道さんに叩かれていたから、名前を聞くだけで心が不安一色に染めあげられてしまう。



 まるで見えない恐怖に縛りつけられたみたいに、体が強張(こわば)って息苦しい。



 ほどなくして、奥の部屋から電話の音が聞こえてきた。




 トゥルルル……



 トゥルルル……



はぁ……。

ド、ドキドキするなぁ……



色々あって大変だろうけど、元気出してね、猫さん




 子どもがボクの頭に触れる。



 こっちを気遣うような優しい触り方。毛を()でる動作もゆっくりだ。



 全然悪い心地はしない。



 けれどもボクはいま、気が張っているから(のど)をうまくゴロゴロと鳴らせず、つい苦しげな声を()らしてしまう。



ウゥ……!



ごめんね、猫さん。

飼い主でもない人間に触られたくないよね




 相手は落ち込んだような顔をして、手を引っ込めてしまった。



あ……いえ……




 どう返せばいいのかわからず、ボクはうつむく。



ふわあぁぁあ~。

そなたは不器用な猫だな



す、すみません……




 タイコーの言うとおりだ。



 ボクは何事においても器用な猫じゃない。



 人に甘えるのも下手だったし、しくじりばかりが目立った。



 ボクより出来の良い妹のほうが飼い主さんたちにかわいがられた。



 でも……



 結局、その妹もボクと共に捨てられた……。







 やがて電話の音が消え――



 奥の声から聞こえてくるのは、人の声だけになった。



はい、もしもし?



わたくし、こちら今和泉(いまいずみ)動物病院で医師を務めております今和泉と申します。

下外道さんの飼い猫のことでおたずねしたいことがありまして



はい……




 お医者さんと、電話の相手とでしばらく会話が続いた。



 でもお互いに談笑する感じじゃなくて、途中に長い沈黙を何度も挟み、そのたびに空気がピリつくような感じが強まっていく。



 ボクはゴクリと息を呑んだ。



 相手の声はかろうじて聞こえるけれども、何を言っているのかはわからない……。



えっ!?

それは、間違いないんですか!?



どうしたの、お母さん




 子どもが診察室の入り口から身を乗り出してたずねる。



 通話が終わると、お医者さんは受話器を置いて、その場に(たたず)んだまま答えた。



……大変なことになってるわ……




 冷静な口ぶりだけど、声が動揺している。



た、大変なことって……、

い、いったい、なんだろう……?




 ボクはますます不安の波に襲われて、肉球から汗が(にじ)んでくるのを感じた。






















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登場人物紹介

ボス ♂

野良猫。先代の跡を継いでジロリ町のボスの座についたが、自身は平和主義でもあり自由を求めているのであまり乗り気ではない。非常にケンカが強く、疾風の猫パンチを見切れるものはいないという。

(本名:プルート 通称:ボス、親分、リーダー、カシラなど)

マウティス ♀

ボスファミリーの一員。野良だが先代ボスの子。

「にゃも」など、しゃべり方に独特の趣がある。とてもしたたかな性格で賢いが、食い気には勝てず、好物のニャオ☆チュールを手に入れるためなら平気で他者を利用する。

インテリ ♂

ボスファミリーの一員。飼い主の老夫婦が死亡したことにより野良となる。猫にしては博学で語学も堪能。トリ語も解する。その冴え渡る知能を活かし、組織の交渉役として縄張りの維持に努めてきた。

(本名:あずきちゃん、肉球があずきに似ていることから命名されたが彼は気に入っておらず、しばしば違う名を名乗る)

キンメ ♂

飼い猫。多頭飼育崩壊から生き残り、ボランティアらによって関東在住の住人のもとへ譲渡され、ジロリ町に移住する。当時の名残が残っているせいか、口調は大阪弁。明るいキャラでよくしゃべる。

(本名:なし、名前がなかった。名づけられたのは譲渡先に行ってから。目が金色なのでキンメとなる)

ミミ ♀

飼い猫。耳の形に特徴がある。麗しの三毛猫を自称しているが、発情期に誰も寄ってこなかったという悲しい黒歴史を持つ。ヒカリモノに目がなく、自身の首にもキラキラネックレスを身につけているが、あちこちに引っかけて壊すので飼い主に呆れられている。随時彼氏募集とのこと。

ヨウ ♂

飼い猫&洋猫。飼い主の目を盗んでしばしば脱走する。自慢の毛を維持するためいつも毛づくろいしてばかりいる。海外ブリーダーのもとで育てられたため、日本語がやや片言。生まれたばかりの兄弟が多数いるが、引き合わせてもらえないのであまり仲良くはない。

??? ♂ 

ちょっと汗かきすぎな新入り猫。どうも様子がおかしい……。


ちなみに猫は肉球からしか汗をかかない。顔グラではわかりやすさを重視して強調している。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

アイ・キャット

i〇adを所有する謎の猫。その便利グッズで猫に関する豆知識や雑学を解説してくれる。

ストーリー上には登場しない。

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