第200話 センシティブ

文字数 1,412文字





 人間たちが熊介(くますけ)を病院に運んでくれたまではよかったが、状況は一変した。



 親子はふとしたことで口論になり、場は陰鬱(いんうつ)雰囲気(ふんいき)につつまれている。







ねぇ朝陽(あさひ)、誤解しないで。

あなたを産むんじゃなかったなんて思ったことは一度もないんだから


それなのに、どうしてそんなこと思うの?



だって……、

私がいるせいで、お母さん不幸になってる



思い違いよ。

わたしは不幸なんかじゃない



でも、お母さんは独りになった。

わたしがこんなだから、お父さんは家を出ていった……




 朝陽は視線を出窓に向けた。まるで消えたものを追い求めるかのように遠くを見つめる。



 それからうつむき、俺と目が合うとかすかに微笑んだ。



 母の篤子(あつこ)は、娘を見つめながら力強い声で宣言するように言う。



お父さんが出ていったのは、あなたのせいじゃない。

ただ単に性的欲求に(あらが)えず、不貞行為がもとで破滅しただけ


あなたは何も悪くないし、気にかける必要もない



でも……


お父さんは、私のこと避けてた。

そばに来ようとしなかった



どう接していいのかわからなかったのよ



ううん、さっきお母さんが言ってたよ。

この黒猫さんに……




 朝陽は窓ガラスに手を当て、俺のほうを指さす。



あ?





他の猫たちもそばにいるくらいだから、信頼が厚いのかもって


猫同士でも、仲が良ければ寄り添う。

なのに、お父さんは全然寄ってこなかった


お父さんは、私のことを嫌っていた……



それでお父さんが出て行ったのは、あなたのせいだと思っているのね 



うん……



私のことを避けているのは、お父さんだけじゃない。

学校でも、公園でも、私のそばには誰も来ない


みんなヤバいものを見るみたいな目つきで、私のことを見てくるだけ……



ひどいわね……




 悲しげな娘を直視するのを耐えかねたように、篤子は目を閉じ肩を落とす。



おーい、タイコー




 俺は前足で窓ガラスをちょんちょん(つつ)いて、出窓の内側にいるタイコーに訴えかける。



熊介の治療は、どーなってんだよ?



むろん、いつでも開始するつもりじゃ


だが朝陽と篤子が口論しているせいで気が散って、祈祷(きとう)に集中できニャいのだ



んなもん、気合いでどーにかならねぇのか?



ならん!



まいったな。

てか、なんでアイツらはモメてんだよ?



色々とフクザツな事情があるのじゃ



なんだ、そのフクザツってぇのは?



いわゆる、センシティブな問題というやつだ



センシ……?




 やや首をひねる俺の(となり)で、テンダが大きな瞳に好奇心をチラつかせながら会話に交ざってくる。



センシっていうと、アレっすか?








違ぁぁぁぁぁぁぁう!




なんだ、違うんすね



そもそも言葉を途中で切るな! 

まったく意味が異なるではないかっ!



けれど、もう屈強(くっきょう)な戦士のイメージが頭にこびりついてしまいました



あっしもですニャ



愚か者どもめっ



とにかくそのセンシ問題が解決しない限り、あの親子はモメ続けるんだろ。

んじゃ、そいつを片づけるしかねぇな



否、センシティブな問題は、人間同士で解決すべき課題だ。

我ら猫の関与すべきところではニャい



エェ~。

じゃあ、どうするんだよ



話が終わるまで待つよりほかにあるまい



ずいぶん消極的だなー



ならば、そなたが妙案(みょうあん)をひねり出せばよかろう



う~ん……




 妙案て言われても、そう簡単にアイデアが湧くかよ。



 と反論めいたことを思いつつも、俺は親子に視線をじっと据えて考えはじめた。

























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登場人物紹介

ボス ♂

野良猫。先代の跡を継いでジロリ町のボスの座についたが、自身は平和主義でもあり自由を求めているのであまり乗り気ではない。非常にケンカが強く、疾風の猫パンチを見切れるものはいないという。

(本名:プルート 通称:ボス、親分、リーダー、カシラなど)

マウティス ♀

ボスファミリーの一員。野良だが先代ボスの子。

「にゃも」など、しゃべり方に独特の趣がある。とてもしたたかな性格で賢いが、食い気には勝てず、好物のニャオ☆チュールを手に入れるためなら平気で他者を利用する。

インテリ ♂

ボスファミリーの一員。飼い主の老夫婦が死亡したことにより野良となる。猫にしては博学で語学も堪能。トリ語も解する。その冴え渡る知能を活かし、組織の交渉役として縄張りの維持に努めてきた。

(本名:あずきちゃん、肉球があずきに似ていることから命名されたが彼は気に入っておらず、しばしば違う名を名乗る)

キンメ ♂

飼い猫。多頭飼育崩壊から生き残り、ボランティアらによって関東在住の住人のもとへ譲渡され、ジロリ町に移住する。当時の名残が残っているせいか、口調は大阪弁。明るいキャラでよくしゃべる。

(本名:なし、名前がなかった。名づけられたのは譲渡先に行ってから。目が金色なのでキンメとなる)

ミミ ♀

飼い猫。耳の形に特徴がある。麗しの三毛猫を自称しているが、発情期に誰も寄ってこなかったという悲しい黒歴史を持つ。ヒカリモノに目がなく、自身の首にもキラキラネックレスを身につけているが、あちこちに引っかけて壊すので飼い主に呆れられている。随時彼氏募集とのこと。

ヨウ ♂

飼い猫&洋猫。飼い主の目を盗んでしばしば脱走する。自慢の毛を維持するためいつも毛づくろいしてばかりいる。海外ブリーダーのもとで育てられたため、日本語がやや片言。生まれたばかりの兄弟が多数いるが、引き合わせてもらえないのであまり仲良くはない。

??? ♂ 

ちょっと汗かきすぎな新入り猫。どうも様子がおかしい……。


ちなみに猫は肉球からしか汗をかかない。顔グラではわかりやすさを重視して強調している。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

モブニャン

ネコの集会に参加する猫たち。集会への参加期間の浅い猫は下っ端になる。モ〇ニャンという某キャットフードに名前が酷似しているが関係性はない。

アイ・キャット

i〇adを所有する謎の猫。その便利グッズで猫に関する豆知識や雑学を解説してくれる。

ストーリー上には登場しない。

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