第十三章十二話 タカシ、決闘に臨む

文字数 5,653文字

 仕方ないという風にクレハが話しはじめた。
「その宝玉は天平(てんぴょう)の世に大陸から我が国に贈られた物だ。魂を鎮める力があり、それを持つ者の魂が幽離する、つまり死ぬことを防ぐ代物だと言われている。以来、国の宝として歴代の最高権力者に受け継がれてきた。その(ぎょく)が、平安時代、世の中が乱れた時に突如、割れ、災厄が生み出された。恐らく歴代の権力者たちの欲念や民草(たみくさ)怨嗟(えんさ)の色に染められたのだろう。その色が溜まり、耐え切れずに割れ、あふれ出した欲や怨嗟(えんさ)が災厄となり、この世に、旱魃(かんばつ)や洪水や飢餓や戦乱、そんな更なる災いをもたらした」
 ヨリモは集中して聴いていた。しかし、いつもクレハの話は長い。今回もまだ続く。
「そこで、朝廷は災厄討伐の勅令を全国に発した。その時、災厄が憑いていた権力者を討ち滅ぼし、寄る辺のなくなった災厄を全国から集められた武士や高僧、修験者、陰陽師などによって攻めさせた。そして七日七晩続いた戦闘によってやっとこの地に災厄を鎮めることができたのだ。
その際、玉が使われた。割れた宝玉の片割れを再度加工して玉にしたものだったが、その玉に弱った災厄を封じ込め、この地で頭と尾に(くさび)を打ち込み、最終的に鎮めることに成功したのだ」
 ヨリモは静かに目だけで周囲を見渡した。だれも驚いている様子がない。みんなが知っていることなのだろうか。知らないのは私だけ?
「そして災厄を鎮め続けるために我らがこの地に鎮座した際、残った宝玉の片割れが我らが総社のものとなった。再度、災厄を鎮める必要が生じた場合に使えるように、我らに託されたのだ」
「そんな大事な玉がなぜ誓約(うけい)に使われたのですか?なぜ?」
「そなたも知っておるだろう。誓約には自分の一番大切な物を差し出す必要がある。だから大神様は宝玉を差し出された。稲荷神と誓約をすればこの郷の和は保てる。未来永劫、災厄を鎮めることができるとの(おぼ)()しだったのだ。まあ、稲荷神から差し出されたのはただの勾玉(まがたま)だったがな」
 クレハの少し(さげす)むような口調にヨリモは自分への今までの扱いの原因を聞いた気がした。慌てて秘鍵(ひけん)が弁明する。
「あの勾玉は我が村に太古より伝わる貴重な宝である。我が社においては一番大切な神宝であることは間違いない。勝手に我が大神様の誓約への思いを断ずることはおやめいただきたい」
 二人の間に険悪な空気が流れる。ヨリモは焦燥感を抱く。もう、そんなことはどうでもいい。早くタマ殿を助けたい。
 その時、後方から近づいてくる音。とっさにヨリモたちが振り返ると頭上に飛ぶナミの姿、そして地上を転びかけながらも走り寄るタカシの姿があった。そして更にその後方から近づいてくる一頭の馬の姿。
 途中まで、タカシは走っていたが、それでは時間が掛かると、少しでもマコを早く助けたいナミが急に手を掴んで飛んでここまで来た。そしてヨリモたちに近づいたところで速度を落とすでもなく掴んでいた手を離した。タカシは思わずこけそうになりながら、何とか体勢を保ってヨリモに駆け寄り声を掛けた。
「今、タマはどこにいる?彼の力が必要なんだ。早急に」
 その場にいた眷属たちは一様に呆気に取られていた。民草(たみくさ)が突然やってきて今、話題の中心になっているタマのことを問う偶然に疑問符を抱いていた。ヨリモも顔見知った民草の突然の来訪に驚きつつ悲哀を抱えた表情をして答えた。
「タマ殿は今、玉の状態で八幡大神様のもと、あの御神輿(おみこし)の中におられます。今、私もお渡し下さるようにお願いしておるところです」
「そうか、じゃ俺も頼んでみる」タカシはそう言うとまったく臆する気配もなく御神輿に近づいていく。そのかたわらにナミが宙に浮かびながら並ぶ。そんな二人に向かってクレハが声を荒げる。
「なんだ、そなたたちは。今は取り込んでおる。用があるなら後にしろ」ただでさえ自分たちが不利でどうにか場を立て直さないと行けない状況だ、民草などに構っている暇はない。その言葉に呼応するように八幡宮の眷属たちがタカシの前途に立ちはだかる。
「八幡様、お願いがあります」タカシは眷属たちの後方にでんと居座る御神輿に向かって直立したままで声を上げた。その不遜な態度に眷属たちは一様に驚いた。誰もがその行動を(さえぎ)るべきだと思ったが、誰よりも先にクレハが声を発した。
「今は取り込んでおると言ったであろう。それに無礼である。ちゃんと低頭せぬか。大神様に申し上げたき議があれば、先ずは我らの許しを得よ」職務に忠実な者の正しいと信じて疑わない揺るぎない表情。しかしタカシは一考だにするつもりはなかった。
生憎(あいにく)と時間がないんです。あなたたちの許可を取るつもりはないし、用があるのは大神様だけ。邪魔をしないでもらいたい」
 クレハをはじめ八幡宮の眷属たちの表情が見る見る憤怒の色に染まっていく。タカシはそれにも頓着せずに続ける。
「八幡大神様は先日、ご自身のことを願いを叶える神だと仰っておられました。だからお願いします。玉になったタマをお渡しください。タマの力が必要なんです。お願いします」
 八幡宮の眷属たちは剣を抜き、今にもタカシに襲い掛かりそうな様子を見せた。タカシは身構え、ナミも左手を身体の前に差し出す。その時、御神輿のすぐ前にいたマコモが仲間を掻き分けながらタカシたちの前に進み出た。
「民草よ。その玉は災厄を鎮めるために必要なのだ。そなたに譲る訳にはいかぬ。諦めよ」
 目の前に来たマコモは見上げるほどの高さだった。だから顔を上げながらタカシは答える。
「じゃ私が災厄を倒します。だからタマを渡してください」
 その言葉にマコモは思わず苦笑した。
「民草のそなたに何ができる?今は大言壮語を聞いている時ではない。控えておれ」
「それはできません。私はタマを連れて行かなければならない。それに八幡様にお願いしました。それを拒むのは、八幡様が願いを叶えることができない、ということですか?」
 周囲の眷属たちは再度、驚愕の念を抱いた。この民草は何を言い出すんだ?そして八幡宮の眷属たちが一斉に民草に斬り掛かるのではないかと不安に駆られた。ナミは、またこの男は無茶なことを、と少し呆れていた。すると突然、御神輿から威厳しか感じられない奥深い声が聞こえてきた。
 ――民草よ。そこまで言うのなら、そこのマコモと戦ってみよ。災厄に対抗できるのならばその者を倒すのは容易(たやす)いだろう。ただし、負ければそなたの命はないものと思え。
 更に周囲の眷属たちは驚いた。思わず秘鍵が大御神意(おおみごころ)に異を唱えた。
「大神様、恐れながら、それはあまりにご無体です。この者は少しばかり異能があるだけのただの民草、マコモ殿に敵う訳がありません」
 そこにいた眷属の誰もがそう思っていたために誰も異論を口にしなかった。マコモはその主たる能力は群れの統率力だったが、個体でも頑強さや力強さなら白牛(はくぎゅう)並み、その武技も武神の眷属だけに誰よりも()けていた。
 その頃には馬上のリサも、それを追いかけてきたカツミやナツミ、それにサホやミヅキもたどり着いて何事かと場の成り行きを見つめていた。そんなひりついた空気の中、タカシは口を開いた。
「分かりました。戦います」
 場の空気がピンと張り詰めた。まったくこの男は、いつもいつもよく考えもせず、安易に決めて、とナミは思ったが、けっきょくそれが一番早い問題解決の道だとも思ったので止めなかった。
「良かろう。我は武器を持たぬが、そなたは好きなものを好きなだけ用意せよ。準備が整ったらはじめるぞ」そうマコモが言う。
「分かりました」と言うタカシに秘鍵が、
「やめておきなさい。マコモ殿は眷属の中でも特に強い。そなたが敵う相手ではない。思い直しなさい。今なら衷心よりお詫び申し上げれば大神様もお許しくださるかもしれん。悪いことは言わん。やめておきなさい」と(さと)す。
 そのかたわらでヨリモが不安そうにタカシを見ている。これでこの民草が勝てば自分の願いも叶えられるが、それはあまりにも期待薄なことでしかない。この民草が敗れて死んでいく姿しか想像できない。
 そんな場の不穏な雰囲気に不安を感じながら、屈んだ馬から降りるとリサはタカシのもとに歩み寄った。きっとこの人は自分やマコのために何かをしようとしている。それはとても危険なこと。命さえ失いかねないような。止めた方が良い気がする。そんな思いを顔に表しているリサにタカシは微笑み掛けた。
「大丈夫だよ。俺は君もマコちゃんも助ける。これだけは絶対だ。何があってもやり遂げるから。安心していて」
 そう言われてもリサの不安は消えない。微笑み掛けられても笑顔を返すことができない。そんな彼女の笑顔がみたいとタカシは思う。彼女の命も彼女の大切なものも、そして彼女の笑顔も俺が守る。そのために力が必要ならどんな困難にも打ち勝って力を得る。それを決してためらわないし、諦めない。何があってもやり遂げる、その決意と覚悟が身の内に満ちている感覚を味わっていた。
 その頃、ミヅキは呆然自失のていで前方を見つめていた。そこには消滅したと思っていた仲間の姿。隊長、と言いながら自分とサホの方に近づいてくる。
睦月(むつき)、生きておったか」とサホは嬉しそうに笑顔を向けた。
「はい、宝珠(ほうじゅ)殿のお蔭で九死に一生を得ました」と睦月が答えた。そして、ミヅキに視線を向けると厳しく言い放った。
「また、あんたはそんなところでぼおっとして。シャキッとしなさいよ。シャキッと」
 その声に、ああ睦月ちゃんだ、と思うとミヅキの双眸(そうぼう)からは光るものがあふれ、そして流れ落ちた。声を上げ、しゃくり上げながら泣き出した。
「何、泣いてんのよ、あんたは。まだ仕事は終わってないわよ」という睦月の双眸にも光るものが見えた。
 そんな二人を尻目にサホはタカシに近寄り自分の腰に差した剣を抜いて差し出した。
「マコモ殿に通用するかは分からんが持っていけ」
 サホの脳裏にもタカシの無残な姿しか浮かんでこなかったが、その無謀とも言える決意に敬意を抱いていた。民草にしておくにはもったいない男だ、と思った。
 その剣を受け取りマコモに向き直ったタカシにナミが声を掛ける。
「一応訊くけど、あなた勝算はあるの?相手は見るからに強そうだけど」
「当たって砕けない程度にやってみるだけさ。やって駄目なら、その時また考えるよ」
 やっぱりね、と思いつつ、どこか余裕がありそうに微笑むタカシに少しナミは期待した。
「大丈夫だよ。君ならできる。これまでだって困難を克服してきたんだ。今回だってきっと」と音もなく近寄ってきた、いつの間にか馬姿から人型に戻ったルイス・バーネットが言う。
「また、根拠もなくそんな希望的観測を。とにかく死にそうになったら止めるからね。あなたに死なれたら契約が履行できなくなってしまうから」とナミは冷ややかな視線を向ける。
 そこへマサルとクロウが寄ってきて声を掛ける。
「マコモ殿は難敵ですが、(ぎょう)の中であなたが得た力はきっとあなたを助けてくれるはずです。自分を信じてください。私は、猿山(えんざん)殿や婆たちが信じたあなたを信じます。だから決して諦めず、全力で立ち向かってください」
「我らの卜占(うらない)では、そなたはこの地を鎮める者と出ておった。そなたにはそれだけの力がある。きっと大丈夫だ」
 そしてその後方でカツミとナツミはジッとその様子を眺めていた。正直、カツミもタカシの覚悟に感銘を受けていた。自分でも八幡宮の第一眷属に戦いを挑まれたら二の足を踏むだろう。だからその様子を見ながら、励ますために声を掛けたいと思ったが、ためらっていた。自分が(さら)ってきた民草の娘を黄泉(よみ)から連れ戻すことができていれば、わだかまりなく話し掛けることもできたが、それも適わなかった。娘は消えた。消えてしまった、とマコの魂が肉体に戻ったことを知らないカツミは落胆していた。
 そして眷属たちの注目する中、タカシは最後にもう一度リサに視線を向けた。心配そうに自分を見ている。彼女の笑顔を取り戻す。再度、決意を固めて、覚悟を決めてマコモの待つ御神輿前へと歩いていった。
 そこは眷属たちが円形に取り囲み、即席の闘技場となっていた。
 マコモは本当に何も武器を持たず、御神輿を背に威風堂々とただ立っている。他の眷属たちは固唾を呑んで見守る。マコモはいつも群れの指揮を執るばかりで実際に戦っている姿を見るのは八幡宮以外の眷属たちからしてみれば初めてのことだった。どのような戦い方をするのか興味があった。
 タカシはマコモの正面で借りた剣を中段に構えていた。
 実は、彼は学生時代、剣道の経験があった。大した戦績はなかったが、中高生時代に部活でまじめに取り組んでいた。だからその姿は形にはなっていた。
 ピンと張り詰めた空気の中、じりじりとタカシは前に進む。マコの身体がいつまでもつのか分からない。だからそれほど時間を掛ける訳にもいかない。相手からは威圧感をいやというほど感じていたが、それに抗いながら進む。
 そしてあと一歩踏み込めば互いの間合いに入る、という時、急にマコモが片手を振り上げた。とそれに合わせるようにタカシの持つ剣が振られた。マコモの手は剣に触れていない。それでも更に振るマコモの手に合わせて剣は右に左に大きく振られていく。やがて耐え切れずに剣はタカシの手を離れ宙に飛ばされた。
 その場にいた八幡宮の眷属以外の者たちは一様に驚いていた。これは、いったい、どういう能力なのだろう?
 実は八幡宮の眷属たちは誰もが、自らの体内に磁力を生じさせる能力があった。それは変化して飛行する際、特に長距離移動をする場合に方向を見る、一種の方位磁石として活用するための能力だったが、マコモは著しくその能力が高く、発生させた強い磁力によって金属類を自在に操ることができた。ただそれを披露する場が今までなかったので、他の社の眷属たちにはまったく知られていなかった。
 マコモが剣を操って宙を飛ばす。やがてその刃先がタカシに向かって一気に飛んできた。
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