第十三章九話 大神様に物申す
文字数 5,085文字
リサは突然吹いてきた強い風を全身に感じた。
恵那彦命 は強烈な風となり、ただ災厄の分御霊 目掛けて突っ込んだ。そして当たり、それが揺らぐとそのままリサの脳裏から弾き飛ばした。その間際、視界の端に、呆然と立ちすくんでいる、この空間の本来の主であるリサの姿が見えた。瞬時に恵那彦命は言葉を風にしてふっと彼女の方へと吹いた。
これが我の最期の詔 ……
その叩きつけるような風は、リサの脳裏の大半を占拠していた黒ずんだ彼女以外の意識を一瞬にして吹き飛ばした。まるで風が霧を吹き払ったかのように、辺りは鮮明に明るくなった。自分の意識が解放された。自由になった。邪魔者はもういない、そう彼女は確かに感じた。
恵那彦命はそのまま飛び続けた。やがて郷の端まで辿り着くと、そこに無を見出した。
郷の端は、その先にあるまったくの闇の中へと徐々に崩れ落ちていた。すべてが無に帰っていく、そんな情景だった。
しかし恵那彦命はためらわなかった。先ほど、西の地から喜びの感覚が流れてきた。これはよく知っている者たちの感情、ともに暮らすことで感覚を共有してきた者たちの喜びだった。うさぎが復活した。恵那彦命は直感した。もう会えないのは寂しいが、うさぎは我の力を内包している。安心して向後を任せられる。きっとマガとともに村を守ってくれる……
そしてその全身で包んでいた災厄の分御霊とともに眼前の無の中に消えていった。
――――――――――
災厄の分御霊のもとに集まっていた水が一気に求心力を失い、地下へと流れ落ちてきた。
カツミたちは、もう帰る、と言う醜女 を置いて、再度、災厄のいる空洞へと向かったが、その時には四方八方いたる所から水が流れ込んできていた。見る間に水面が上昇してくる。庇 う間もなく松明の火が消えた。夜目の利く眷属たちでも身動きのとれない闇に包まれた。このままでは暗闇の中で溺れてしまう、とサホは慌ててカツミとマコを引き連れ、手探りで地上へと向かう壁沿いの岩場を伝っていく。しかし、その間に分御霊の消滅を感じ取った災厄の本体が、その感情を暴発させるように気を発して地を鳴動させはじめた。
地が揺れて移動できない。壁のいたるところから水が流れ落ち、壁自体も崩れ落ちてくる。これではどうにもできない、と思っているうちに迫ってくる水面。三人は一気に泥水に呑み込まれた。
水の流れに抗えない、身動きがとれない、足掻くサホに向かって大きな禍い者が数体迫ってくる。気配によって敵の方向を感知し、剣を抜いて対抗しようとするが、身体の向きも定まらず、狙いも定まらない。このままでは、と思っていると装束 の襟首 を掴まれた。自分とマコを引っ張ってカツミが身体をくねらせながら泳いでいた。
カツミは、仄 かに漏れてくる明かりを頼りに、地上に続く洞穴を一直線に目指していた。水中には大量の禍い者と民草 の亡骸 が浮いている。それに紛れてとにかく泳いでいく。禍い者が襲ってくるが、避けながらとにかく逃げる。サホも身体の向きが定まったお蔭で迫りくる禍い者に対抗することができた。何体か斬りつけて撃退した。マコは気を失っているのか力なく引っ張られている。
その時、カツミとサホは視線を感じた。途轍もなく巨大な見えない目で見られている。恐怖しか抱けない視線。気が焦る、早く逃げたい。この視線から逃れたい。
ふと、その目が見開かれた。ああ、まずい。一瞬にして消滅させられる……二人がそう感じたその瞬間、空洞の天井にあった岩盤の一部が崩れ水面に落ちてきた。その衝撃で、思わずカツミの手がサホから離れた。
頭上から巨大な圧を感じる。見えなくても自分が間もなく押しつぶされるだろうことが分かる。
眼前に迫る大岩に遮 られて見えない目からの視線が消えた。しかし、迫る圧と激しい水流に抗いたくても抗えない。ちっぱけな自分、動きの鈍重な自分にサホは歯噛みする思いだった。こんな所で、終わってしまうのか……と、唐突に彼女の腕に鎖が巻きついた。引っ張られる。しかし大岩が沈むのに合わせて彼女の身体も沈んでいく。どこが底か分からない。どんどん沈む。押し潰される。
ズズウゥゥンンと大岩は水底に到達した。その寸でのところでサホの身体は圧潰 を免れた。カツミの泳ぐ速度がほんの少し勝った結果だった。
カツミはマコを小脇に抱え、鎖を引っ張って泳ぎ続けた。そして洞穴の入り口に達した。災厄の視線は感じられない。まだ見失っているようだ。洞穴の中は長い上り坂になっていたが、見える範囲、水で満たされている。そのまま泳ぎ上っていく。
地上からの光のお蔭でサホの目にも周囲の状況がはっきりと視認できるようになった。自分たちとともに水が洞穴内を上がっている。巨大な禍い者がその中で蠢いている。水の勢いに加え禍い者たちもそれぞれ水中を地上に向けて動いているようで、追いついてくる。そのうち追いつかれる。
そう思っているとふと水が消えた。
「走れ」と鎖を解きながら発せられたカツミの声。カツミの泳力が水の勢いを上回って、上る水を追い越していた。サホは、
「乗れ」と言うが早いか鹿姿に変化 し、急な坂道を駆け上っていった。カツミがマコを抱えたまま飛び乗る。片手で角を掴んで振り返る。サホは急峻な山道でも鹿姿であれば苦にならない。こんな坂道など苦もなく走れる。足場は良くはなかったが、少しずつ濁った水と禍い者を引き離していった。そして眼前の明かりが次第に大きく目に映っていく。
周囲が明るくなるに従い、脇に抱えたマコの姿がぼやけていく。少しずつ薄くなって、重量も軽くなっていく。カツミは戸惑うがもう止まる訳にもいかない。これは、仕方がない。
そしてまったく速度を落とすことなく地表までの長い道のりをサホが走り切った時、マコの身体はカツミの腕の中で、完全に消滅した。
――――――――――
昨夜の大雨の影響で、いまだ周囲のいたる所から、低地になっている郷の中心地域に大量の泥水が集まってきていた。それが、かつて頭と尾の楔 の象徴だった二つの祠 の間に空いていた亀裂から地の底へと延々と流れ込んでいた。
八幡神とその眷属たちはその地点にたどり着くと、すぐに祭典を斎行するために準備をはじめた。依 り代 の民を得た災厄に対して、この郷からの退去を勧告するために呼び掛け、祈願する祭典をするはずだったが、他に気を取られてなかなか準備は進まない。
中心地周辺には郷の平地が集中していた。だから自分たちから南側、春日村内の一地点に異変が起きているのは当然、見えるし、気にもなった。明らかに災厄の分御霊によるものと思われる巨大な水龍が離れていても目につく。それにヒシヒシと伝わってくる威圧感。
すぐさま二人の眷属が鳩 姿に変化して飛んで偵察に行った。戻ってきた二人が言うには、災厄の分御霊の宿った民草 の前に、地下に続く大穴が空いているが、風の神がその前面に立ち塞がっている。そして各社の眷属と空を飛ぶ正体の分からぬ女が抗っている。ただ、形勢は災厄の分御霊の方が優勢の様子、とのことだった。
その旨を御神輿 に鎮まる八幡神の分御霊に奏上しながら、他の眷属たちと争うことにならねばいいが、とマコモは思っていた。それに風の神とは何ぞや?それが恵那彦命の変化 した姿だと知らないがためにそうも思った。ただ、とにかく災厄の分御霊を宿した依り代の民が災厄のもとへと向かうことが、八幡神の計画の前提だった。だからこんなところで停滞してもらっていては困るし、必要なら抵抗勢力を排除せねばならない。
――仕方がない。災厄の分御霊に対峙しておる者どもを排除しに向かう。命じて聞かねば力づくで除く。
その場にいた眷属たちはみな、大神様の御宣下 を頭を下げて拝受していた。とその時、向かう先の空間が変質した。災厄の分御霊が発していた濃厚な威圧感が急に消えた。それに対抗し得る誰かが現れたことが察せられた。そして、そうと見る間に水龍の身体が雷光で輝き、そのまま崩れ落ちた。そして周囲の空気を巻き込んで強く激しい風が吹き、一瞬にして空気からどんよりとした重々しさが消えた。
マコモはじめそこにいた全員があっけに取られていた。誰が何をどうしたか分からないが、ただ災厄の分御霊が退 けられた。自分たちの予定がまったく狂ったことだけははっきりと分かった。どうする、これから。どうするのが最善だ?
その時、突然地が揺れた。小刻みに、次第に激しく。その揺れに、この地の中心に空いた亀裂の周囲が崩れはじめた。少しずつ、少しずつ、でも確実に崩壊していく。
すると八幡神の分御霊の乗る御神輿からドンと気が発せられた。その気は地を抑えつけ、揺れと地の崩壊を低減した。
その気には憤怒の情がにじんでいた。そのためマコモは瞬間的に八幡神の意を察して号令を発した。
「者ども、前進。依り代の民を捕らえ、災厄のもとへ連行する。抵抗する者がおれば排除する。大神様に逆らう者は滅しても構わん。我に続け」
おおー、と轟く喊声 が群れを包む。その時、興奮に支配された眷属たちの中を、その沸き立つような空気の中を一人の小柄な眷属がさっと一直線に駆けていった。何らためらうことなく、何ら臆することもなく、さも当然のように、颯爽と眷属たちの間を通っていった。そして先頭に立つマコモの前面にいたると、マコモとその背後にある御神輿に正対した。
マコモは目を見開いた。そこには鎧 に身を固め、真新しい槍 を手に持った少女眷属の姿。思わず声を上げようとするが、脇に控えていたクレハが先んじて声を発した。
「ヨリモ、そなた何をしておる。そなたは蔵に閉じ込められておっただろう。どうやって出てきた」
ヨリモはすうっとクレハに視線を向けた。その目には遠慮も怯 えもまったく見えない。
「仲間が助けれくれました。心強い、本当の仲間が」言いながら肩に視線を向けた。そこには豆吉と豆蔵の姿。二人とも背筋正しく立っている。どことなく誇らしげだった。ちなみに豆助はいまだヨリモの束ねた黒髪の中にいる。
ヨリモの言葉とその肩に乗る小さな眷属たちを見て八幡宮の眷属たちの間に、ふと嫌悪感が広がった。それを感じ取って更にヨリモが言う。
「そうでした。みなさん、このコたちのことあまり好きじゃなかったんですよね。でも、このコたち優しいんですよ。みなさんよりも」
更なる嫌悪感。クレハはそれを隠そうともせず言葉にする。
「何をバカなことを。そんな下等な者どもを仲間などと。気が触れたか?それよりそこをどけ。大神様の詔に逆らうな。これ以上、逆らうならそなたを踏み潰していくぞ」
そんなことを言われても今のヨリモには苦にもならない。とにかくこのひとたちをここから先には行かせない。
「大神様、私は神功皇后 様より命 を受けて参りました。これがその証拠です」ヨリモは片手に持った槍を身体の前に差し出した。その場の全員が、確かに神功皇后様の槍だ、と思わずにはいられない立派な趣向を凝らした槍だった。「その命を果たすため、みなさんをここから先には行かせません」
ヨリモ!これにはさすがのマコモも黙ってはいなかった。クレハと同時に叱責の意味合いを濃厚に含めて名を呼んだ。その間際に御神輿から声が漏れた。
――ヨリモ、世迷言 を申すな。母上が我の邪魔をする訳なかろう。
ヨリモは胸を張り、直立したまま返答する。
「いいえ。子が間違えば、正そうとするのが母親というもの。神功皇后様は大神様を心配されておられるのです。その心中を慮 っていただきたく存じます」
――我のすることが間違っておると言うのか。
「はい」とヨリモが淀みなく答えた途端、マコモやクレハを含めた周囲の眷属たちが槍や剣を手に彼女に向かって斬りかかった。それは思考による行動ではない。神に対して不敬を働く者に神罰を下すという眷属にとっての無意識な、本能的な行動だった。
瞬間、ヨリモの身体が消えた。いや、他の眷属の目に映らない速さで跳んでいた。そしてその手している槍を振り、突き、次々に相手を戦闘不能にしていった。ヨリモは高速で槍を回転させながら相手に近づいていく。そのあまりの速さに相手が戸惑っている間に打撃を加えた。周囲にヨリモの槍が起こす風切り音、倒された眷属たちが上げる叫び声や呻き声がこだまする。そしておよそ半数の眷属たちがその場に倒れ込んだ状態になって、やっとヨリモは立ち止まった。
あと数人倒したら御神輿は担げなくなる。最悪そこまで倒し続ける。まだ余力はある。絶対にここから先には行かせない。
これが我の最期の
その叩きつけるような風は、リサの脳裏の大半を占拠していた黒ずんだ彼女以外の意識を一瞬にして吹き飛ばした。まるで風が霧を吹き払ったかのように、辺りは鮮明に明るくなった。自分の意識が解放された。自由になった。邪魔者はもういない、そう彼女は確かに感じた。
恵那彦命はそのまま飛び続けた。やがて郷の端まで辿り着くと、そこに無を見出した。
郷の端は、その先にあるまったくの闇の中へと徐々に崩れ落ちていた。すべてが無に帰っていく、そんな情景だった。
しかし恵那彦命はためらわなかった。先ほど、西の地から喜びの感覚が流れてきた。これはよく知っている者たちの感情、ともに暮らすことで感覚を共有してきた者たちの喜びだった。うさぎが復活した。恵那彦命は直感した。もう会えないのは寂しいが、うさぎは我の力を内包している。安心して向後を任せられる。きっとマガとともに村を守ってくれる……
そしてその全身で包んでいた災厄の分御霊とともに眼前の無の中に消えていった。
――――――――――
災厄の分御霊のもとに集まっていた水が一気に求心力を失い、地下へと流れ落ちてきた。
カツミたちは、もう帰る、と言う
地が揺れて移動できない。壁のいたるところから水が流れ落ち、壁自体も崩れ落ちてくる。これではどうにもできない、と思っているうちに迫ってくる水面。三人は一気に泥水に呑み込まれた。
水の流れに抗えない、身動きがとれない、足掻くサホに向かって大きな禍い者が数体迫ってくる。気配によって敵の方向を感知し、剣を抜いて対抗しようとするが、身体の向きも定まらず、狙いも定まらない。このままでは、と思っていると
カツミは、
その時、カツミとサホは視線を感じた。途轍もなく巨大な見えない目で見られている。恐怖しか抱けない視線。気が焦る、早く逃げたい。この視線から逃れたい。
ふと、その目が見開かれた。ああ、まずい。一瞬にして消滅させられる……二人がそう感じたその瞬間、空洞の天井にあった岩盤の一部が崩れ水面に落ちてきた。その衝撃で、思わずカツミの手がサホから離れた。
頭上から巨大な圧を感じる。見えなくても自分が間もなく押しつぶされるだろうことが分かる。
眼前に迫る大岩に
ズズウゥゥンンと大岩は水底に到達した。その寸でのところでサホの身体は
カツミはマコを小脇に抱え、鎖を引っ張って泳ぎ続けた。そして洞穴の入り口に達した。災厄の視線は感じられない。まだ見失っているようだ。洞穴の中は長い上り坂になっていたが、見える範囲、水で満たされている。そのまま泳ぎ上っていく。
地上からの光のお蔭でサホの目にも周囲の状況がはっきりと視認できるようになった。自分たちとともに水が洞穴内を上がっている。巨大な禍い者がその中で蠢いている。水の勢いに加え禍い者たちもそれぞれ水中を地上に向けて動いているようで、追いついてくる。そのうち追いつかれる。
そう思っているとふと水が消えた。
「走れ」と鎖を解きながら発せられたカツミの声。カツミの泳力が水の勢いを上回って、上る水を追い越していた。サホは、
「乗れ」と言うが早いか鹿姿に
周囲が明るくなるに従い、脇に抱えたマコの姿がぼやけていく。少しずつ薄くなって、重量も軽くなっていく。カツミは戸惑うがもう止まる訳にもいかない。これは、仕方がない。
そしてまったく速度を落とすことなく地表までの長い道のりをサホが走り切った時、マコの身体はカツミの腕の中で、完全に消滅した。
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昨夜の大雨の影響で、いまだ周囲のいたる所から、低地になっている郷の中心地域に大量の泥水が集まってきていた。それが、かつて頭と尾の
八幡神とその眷属たちはその地点にたどり着くと、すぐに祭典を斎行するために準備をはじめた。
中心地周辺には郷の平地が集中していた。だから自分たちから南側、春日村内の一地点に異変が起きているのは当然、見えるし、気にもなった。明らかに災厄の分御霊によるものと思われる巨大な水龍が離れていても目につく。それにヒシヒシと伝わってくる威圧感。
すぐさま二人の眷属が
その旨を
――仕方がない。災厄の分御霊に対峙しておる者どもを排除しに向かう。命じて聞かねば力づくで除く。
その場にいた眷属たちはみな、大神様の
マコモはじめそこにいた全員があっけに取られていた。誰が何をどうしたか分からないが、ただ災厄の分御霊が
その時、突然地が揺れた。小刻みに、次第に激しく。その揺れに、この地の中心に空いた亀裂の周囲が崩れはじめた。少しずつ、少しずつ、でも確実に崩壊していく。
すると八幡神の分御霊の乗る御神輿からドンと気が発せられた。その気は地を抑えつけ、揺れと地の崩壊を低減した。
その気には憤怒の情がにじんでいた。そのためマコモは瞬間的に八幡神の意を察して号令を発した。
「者ども、前進。依り代の民を捕らえ、災厄のもとへ連行する。抵抗する者がおれば排除する。大神様に逆らう者は滅しても構わん。我に続け」
おおー、と轟く
マコモは目を見開いた。そこには
「ヨリモ、そなた何をしておる。そなたは蔵に閉じ込められておっただろう。どうやって出てきた」
ヨリモはすうっとクレハに視線を向けた。その目には遠慮も
「仲間が助けれくれました。心強い、本当の仲間が」言いながら肩に視線を向けた。そこには豆吉と豆蔵の姿。二人とも背筋正しく立っている。どことなく誇らしげだった。ちなみに豆助はいまだヨリモの束ねた黒髪の中にいる。
ヨリモの言葉とその肩に乗る小さな眷属たちを見て八幡宮の眷属たちの間に、ふと嫌悪感が広がった。それを感じ取って更にヨリモが言う。
「そうでした。みなさん、このコたちのことあまり好きじゃなかったんですよね。でも、このコたち優しいんですよ。みなさんよりも」
更なる嫌悪感。クレハはそれを隠そうともせず言葉にする。
「何をバカなことを。そんな下等な者どもを仲間などと。気が触れたか?それよりそこをどけ。大神様の詔に逆らうな。これ以上、逆らうならそなたを踏み潰していくぞ」
そんなことを言われても今のヨリモには苦にもならない。とにかくこのひとたちをここから先には行かせない。
「大神様、私は
ヨリモ!これにはさすがのマコモも黙ってはいなかった。クレハと同時に叱責の意味合いを濃厚に含めて名を呼んだ。その間際に御神輿から声が漏れた。
――ヨリモ、
ヨリモは胸を張り、直立したまま返答する。
「いいえ。子が間違えば、正そうとするのが母親というもの。神功皇后様は大神様を心配されておられるのです。その心中を
――我のすることが間違っておると言うのか。
「はい」とヨリモが淀みなく答えた途端、マコモやクレハを含めた周囲の眷属たちが槍や剣を手に彼女に向かって斬りかかった。それは思考による行動ではない。神に対して不敬を働く者に神罰を下すという眷属にとっての無意識な、本能的な行動だった。
瞬間、ヨリモの身体が消えた。いや、他の眷属の目に映らない速さで跳んでいた。そしてその手している槍を振り、突き、次々に相手を戦闘不能にしていった。ヨリモは高速で槍を回転させながら相手に近づいていく。そのあまりの速さに相手が戸惑っている間に打撃を加えた。周囲にヨリモの槍が起こす風切り音、倒された眷属たちが上げる叫び声や呻き声がこだまする。そしておよそ半数の眷属たちがその場に倒れ込んだ状態になって、やっとヨリモは立ち止まった。
あと数人倒したら御神輿は担げなくなる。最悪そこまで倒し続ける。まだ余力はある。絶対にここから先には行かせない。