第三章七話 ここに来てやっと合流
文字数 3,756文字
社殿前の広場の一画が大きく黒く焦げ、周囲に炭となった木片が散らばり、細い煙をたなびかせながら燻 っていた。そこに雷が落ちたことは一目瞭然だった。
蝸牛 の先導で、そのかたわらを通り過ぎ一行は社殿へと向かう。そして拝殿横の扉から中に参入した。中は石畳が敷かれ、胡床 と呼ばれる木製の足に布を張った椅子が並べられていた。タカシは、今度は正座をしなくて済みそうだと思い安堵した。
「各々お席にお着きなさい。祓いをした後、話を伺う。群れの長 は誰だ?」
社殿内で待っていた飛梅 の声に、ルイス・バーネットもヨリモもタマもタカシに視線を注いだ。その視線に、え、俺?とタカシが反応した。
「当たり前だろ。君の願望を叶えるためにみんな、こうして一緒に旅しているんだから」ルイス・バーネットの言葉にタマもヨリモも異論はないようだった。
「なら、おぬし、ここに座れ。他の者は空いている席に着け。祓いを修 す」
眷属が神前に進み出て祓いの詞 を奏上し、木の棒に大量の細い紙の垂れがついた祓い串で彼らを左右左と祓い清めた。彼らはその間、飛梅の指示に従い、起立して頭を下げた。
「さあ、ここまで来たのは何故 か我らに話してくれぬか。民草 と異能の者と稲荷神八幡神の眷属がともに行動するとは何故か。おぬしらは何のために旅をしているのか」
ルイス・バーネットもタマもヨリモも黙っていた。飛梅もじっとタカシに視線を向けていた。蝸牛も扉の脇に立ち、じっとタカシを見つめていた。タカシは慎重に言葉を選びながら、自分がこの世界にいる理由、リサに会わなければならない理由、この世界が崩壊するだろう理由、それを自分が防がないといけない理由を、静かに、しかし一言々々しっかりと口に出した。
「うぬ。つまりはこの世界は民草の魂の中に存在する世界だと。その民草が死にかけていて、そのためにこの世界自体が崩壊しかけている。その民草を救うためにはこの世界の崩壊を防がないといけない。その崩壊を防ぐためにおぬしはこの世界に来た。そして崩壊を防ぐためにその山崎リサという民草に会いに行っている、今、その途上ということだな」
飛梅は意図的になのか淡々とした平易な声を発していた。
「はい、その通りです」
「おぬしたちの仕える大神様方は何と仰せであるか」
飛梅がタマとヨリモに視線を向けた。
「この世界のあり様や崩壊しかけているという話はあまりにも荒唐無稽で、到底信用できるものではない。しかしこの郷で今までにない異変が起きているのは事実であり、不思議と符合するようでもある。試しにこの民草の願いを叶えてみよう、との仰せでした」とヨリモが答えた。
「宇迦之御霊大神 も同様の仰せでした。熊野の眷属による卜占 の件もあり、しばらくその行動を見守るとのことです」とタマが答えた。
ふむ……、と飛梅はしばらくの間、考え込む様子を見せた。そして顔を上げると正面から再びタカシの目を凝視した。胡床に座っているタカシと立っている飛梅の視線の高さはちょうど同じくらいだった。何をそんなに見ているのだろう、と訝 しくなるほどジッと目の奥に向けて視線が注がれていた。そして、ふと飛梅は微笑んだ。
「我は大神様に仕えてもう千年以上の時を経ている。故に我は大神様の大御神意 を察し奉ることができる。じゃからこれから言うことは大神様の御言葉と思ってもらって差し支えない」
社殿内の空気が一瞬ピンと張った気がした。
「知っての通り、この郷の八村に鎮座する八つのお社は郷の中心に封じている災厄を鎮め続けるために存在している。我が大神様たちの張り給いし結界の中、災厄は楔 を桎梏 として鎮められておった。楔は頭と尾に打たれておったのじゃが、その頭の楔が今、消えておる」
飛梅からもタマやヨリモからも憂慮の気が立ち昇った。
「おぬしたちがこの世界に現れる少し前、地が揺れた。そして災厄が鎮まっておる臥龍川 から水があふれ出てきた。それはとどまることを知らず、辺りの物を呑み込んで、湖となった。その際、災厄の頭に打たれておった楔が流されてしまった」
「やはり災厄は世に解き放たれるのですか?」タマがたまらずに声を上げた。
「いや、まだ尾の楔があるし、結界もある。災厄が世に出ることは現時点ではないだろう。しかし……」
飛梅が言い淀んでいると焦れたタマが再び声を発した。
「しかし、何ですか」
「最前、この村の結界を破ろうとした者がいた。先ほどの我が大神様の大御力 の顕現はそのためじゃ」
声こそ出さなかったが、タマとヨリモは一様に驚きの表情をていした。大神様に力を顕現させるほどの者、間違いなく只者ではない。民草やただの禍 い者ではない。
「地が割れたせいか、今、大量の禍い者が地表に湧き出ている。それはもちろん結界の中でもだ。もしその中から禍津神 が生じたら、不測の事態が起きてしまうかもしれん、とは案じておった。禍津神の力によっては我が大神様でも手こずるかもしれん。もし禍津神に対しておる間に災厄が動き出せば、大神様方でも対抗するに苦慮されるだろう。もしかすると、それが、おぬしが言うこの世界の崩壊、のきっかけとなるやもしれん。現状、いつまた禍津神が現れるやもしれん。これから先のことは我らでも分からぬ。じゃから、おぬしがこの世界の崩壊を防ぐという、その言 に関心を持った。例え世迷言 だとしても、その言を信じてみるのも一興 なのかもしれん。たかが民草にできることは限られておるとは思うが、智慧者も眷属たちもついておる故、何かができるかもしれんからな」
また飛梅がタカシに向かって微笑んだ。仄 かに芳香が鼻腔 に漂ってきた気がした。
その時、「飛梅様」と声がして、全員が拝殿扉横に視線を向けた。そこに待機していた蝸牛の横に頭 を垂れた一人の眷属がいた。
「何じゃ?」飛梅がそう訊くと眷属は足袋擦 れの音を響かせながら、飛梅の横に進み出て、腰を落として片膝を着いた姿勢になった。
「臥龍川に向かう途中、結界付近で霊体の女と民草の女を一人ずつ発見いたしました」
タカシはふとその話に興味をそそられた。霊体の女性なら一人心当たりがある。眷属が話しを続けた。
「その者たちの話によると土気色した異形の者と遭遇し、そして追われたようです。その姿は頭が鶏、身体が人間のようであったとのことです。そして結界より外には出られなかったようで、臥龍川付近にいたところ大神様の大御力に撃たれたようです」
飛梅の顔が一瞬にして強張 った。大きく見開いた目を眷属に向けていた。土気色した身体が人間のような異形の者……。
「その女たちは?」
「結界を通過したとのことから不浄な者ではないようですので、とりあえず境内 につれてきております」
「よし分かったすぐ行く」そう言うが早いか、「ちょっと待っておれ」とタカシたちに声を掛けながらも飛梅は扉に向かっていった。
「あの、すいません。もしかしたらその人たち知り合いかもしれません。一緒に行ってもいいですか?」タカシとルイス・バーネットはすでに立ち上がっていた。
「まあ、よかろう。ついてこい」そう言う飛梅に続いて一行は社殿を出て、広庭に向かった。それほど広くない境内なので、タカシもルイス・バーネットもすぐに大柄な数名の眷属に囲まれたナミの姿を見つけた。そしてその横に不安気な表情をして佇 む若い女性の姿も。
「ナミ」とタカシが、「アザミ」とルイス・バーネットが声を掛け、そのまま歩み寄った。
「何、あなたたち一緒だったの?今までどこにいたの。捜したわよ」とナミがいつもより更に不機嫌な顔つきをして言った。
「君が僕のことを捜してくれていたなんて嬉しいね」ルイス・バーネットが朗らかに言う。
「バカね。私が捜してたのはそこの契約者よ。私があなたを捜す訳がないでしょ」そう、ナミから冷たい視線と声を掛けられてもルイス・バーネットは嬉しそうに笑っている。
「僕は凪瀬 タカシ君の守護霊であり、送り霊なんだから彼とは一心同体みたいなものだ。彼を捜すってことは僕を捜すのと同じことだよ」
「ちょっと何言ってんのか分かんない。とりあえず、黙ってくれない」
二人がそんな話をしている間、タカシはナミの横に立っている女性の姿に目が釘付けになっていた。どことなくリサに似ている、と思いながら。そんなタカシの様子に気づいてナミが言った。
「このコは、マコ。山崎リサの妹よ」
タカシは驚いた。以前、リサから妹がいるとは聞いていた。しかしこんな所で会えるとは思ってもいなかったから。思わずタカシの背筋が伸びた。
「マコ、こちらは……」とナミが紹介しようとするとタカシが慌てて声を発した。
「初めまして。凪瀬 タカシと言います」と頭を下げながら言う。マコも思わず頭を下げながら、
「初めまして。山崎マコです」と言い終わるとナミに向けて声を掛けた。
「もしかして、この人が、お姉ちゃんの……」
「そう、彼氏よ。これといった取柄もない男だけど、命懸けでお姉さんを愛しているってことだけは間違いないわ」
ナミはマコに微笑みを向けている。何か眼前の送り霊の様子が今までと違う。これまで自分には向けられたことがなかった優し気な雰囲気が薄っすらとにじみ出ているような、と訝 し気にナミを見ているタカシを、へーえ、と言いながら嬉しそうにマコが眺めていた。
「各々お席にお着きなさい。祓いをした後、話を伺う。群れの
社殿内で待っていた
「当たり前だろ。君の願望を叶えるためにみんな、こうして一緒に旅しているんだから」ルイス・バーネットの言葉にタマもヨリモも異論はないようだった。
「なら、おぬし、ここに座れ。他の者は空いている席に着け。祓いを
眷属が神前に進み出て祓いの
「さあ、ここまで来たのは
ルイス・バーネットもタマもヨリモも黙っていた。飛梅もじっとタカシに視線を向けていた。蝸牛も扉の脇に立ち、じっとタカシを見つめていた。タカシは慎重に言葉を選びながら、自分がこの世界にいる理由、リサに会わなければならない理由、この世界が崩壊するだろう理由、それを自分が防がないといけない理由を、静かに、しかし一言々々しっかりと口に出した。
「うぬ。つまりはこの世界は民草の魂の中に存在する世界だと。その民草が死にかけていて、そのためにこの世界自体が崩壊しかけている。その民草を救うためにはこの世界の崩壊を防がないといけない。その崩壊を防ぐためにおぬしはこの世界に来た。そして崩壊を防ぐためにその山崎リサという民草に会いに行っている、今、その途上ということだな」
飛梅は意図的になのか淡々とした平易な声を発していた。
「はい、その通りです」
「おぬしたちの仕える大神様方は何と仰せであるか」
飛梅がタマとヨリモに視線を向けた。
「この世界のあり様や崩壊しかけているという話はあまりにも荒唐無稽で、到底信用できるものではない。しかしこの郷で今までにない異変が起きているのは事実であり、不思議と符合するようでもある。試しにこの民草の願いを叶えてみよう、との仰せでした」とヨリモが答えた。
「
ふむ……、と飛梅はしばらくの間、考え込む様子を見せた。そして顔を上げると正面から再びタカシの目を凝視した。胡床に座っているタカシと立っている飛梅の視線の高さはちょうど同じくらいだった。何をそんなに見ているのだろう、と
「我は大神様に仕えてもう千年以上の時を経ている。故に我は大神様の
社殿内の空気が一瞬ピンと張った気がした。
「知っての通り、この郷の八村に鎮座する八つのお社は郷の中心に封じている災厄を鎮め続けるために存在している。我が大神様たちの張り給いし結界の中、災厄は
飛梅からもタマやヨリモからも憂慮の気が立ち昇った。
「おぬしたちがこの世界に現れる少し前、地が揺れた。そして災厄が鎮まっておる
「やはり災厄は世に解き放たれるのですか?」タマがたまらずに声を上げた。
「いや、まだ尾の楔があるし、結界もある。災厄が世に出ることは現時点ではないだろう。しかし……」
飛梅が言い淀んでいると焦れたタマが再び声を発した。
「しかし、何ですか」
「最前、この村の結界を破ろうとした者がいた。先ほどの我が大神様の
声こそ出さなかったが、タマとヨリモは一様に驚きの表情をていした。大神様に力を顕現させるほどの者、間違いなく只者ではない。民草やただの
「地が割れたせいか、今、大量の禍い者が地表に湧き出ている。それはもちろん結界の中でもだ。もしその中から
また飛梅がタカシに向かって微笑んだ。
その時、「飛梅様」と声がして、全員が拝殿扉横に視線を向けた。そこに待機していた蝸牛の横に
「何じゃ?」飛梅がそう訊くと眷属は
「臥龍川に向かう途中、結界付近で霊体の女と民草の女を一人ずつ発見いたしました」
タカシはふとその話に興味をそそられた。霊体の女性なら一人心当たりがある。眷属が話しを続けた。
「その者たちの話によると土気色した異形の者と遭遇し、そして追われたようです。その姿は頭が鶏、身体が人間のようであったとのことです。そして結界より外には出られなかったようで、臥龍川付近にいたところ大神様の大御力に撃たれたようです」
飛梅の顔が一瞬にして
「その女たちは?」
「結界を通過したとのことから不浄な者ではないようですので、とりあえず
「よし分かったすぐ行く」そう言うが早いか、「ちょっと待っておれ」とタカシたちに声を掛けながらも飛梅は扉に向かっていった。
「あの、すいません。もしかしたらその人たち知り合いかもしれません。一緒に行ってもいいですか?」タカシとルイス・バーネットはすでに立ち上がっていた。
「まあ、よかろう。ついてこい」そう言う飛梅に続いて一行は社殿を出て、広庭に向かった。それほど広くない境内なので、タカシもルイス・バーネットもすぐに大柄な数名の眷属に囲まれたナミの姿を見つけた。そしてその横に不安気な表情をして
「ナミ」とタカシが、「アザミ」とルイス・バーネットが声を掛け、そのまま歩み寄った。
「何、あなたたち一緒だったの?今までどこにいたの。捜したわよ」とナミがいつもより更に不機嫌な顔つきをして言った。
「君が僕のことを捜してくれていたなんて嬉しいね」ルイス・バーネットが朗らかに言う。
「バカね。私が捜してたのはそこの契約者よ。私があなたを捜す訳がないでしょ」そう、ナミから冷たい視線と声を掛けられてもルイス・バーネットは嬉しそうに笑っている。
「僕は
「ちょっと何言ってんのか分かんない。とりあえず、黙ってくれない」
二人がそんな話をしている間、タカシはナミの横に立っている女性の姿に目が釘付けになっていた。どことなくリサに似ている、と思いながら。そんなタカシの様子に気づいてナミが言った。
「このコは、マコ。山崎リサの妹よ」
タカシは驚いた。以前、リサから妹がいるとは聞いていた。しかしこんな所で会えるとは思ってもいなかったから。思わずタカシの背筋が伸びた。
「マコ、こちらは……」とナミが紹介しようとするとタカシが慌てて声を発した。
「初めまして。
「初めまして。山崎マコです」と言い終わるとナミに向けて声を掛けた。
「もしかして、この人が、お姉ちゃんの……」
「そう、彼氏よ。これといった取柄もない男だけど、命懸けでお姉さんを愛しているってことだけは間違いないわ」
ナミはマコに微笑みを向けている。何か眼前の送り霊の様子が今までと違う。これまで自分には向けられたことがなかった優し気な雰囲気が薄っすらとにじみ出ているような、と