第十四章三話 地の底へ向かう者たち

文字数 4,641文字

 続け様に落雷が地を震わせている。
 恐らく落下地点はおおまかな狙いしかつけられなのだろう、地の割れ目を中心としてはいたが、かなり広い範囲に数多くの稲妻が落ちてくる。タカシをはじめ周囲にいた者たちは改めて天満天神の力の激しさ、壮大さを思い知った気がした。と同時に自分が身を隠している場所にも落ちてくるのではないかと恐々とした思いを抱いて縮こまっていた。
 落雷はそのまましばらく降り続いた。地の割れ目の中はそれほど広がりを持っていなかったので、割れ目付近に落ちた雷はそのまま水を伝って地中深くまで突き進んでいった。
 意思を持たない(まが)い者たちは恐れることなく、逃げもしなかった。だから残っていた彼らのうち水の上にいた者たちは漏らすことなく感電して、一気に破裂して果てた。やがて地中から湧き出ていた水が止まった。そして一気に引いた。そこには確かに意思が見受けられた。水を伝う(いかづち)の力を(いと)っている様子が見て取れた。
 そんな天満天神の放った力は、地の割れ目から少し離れた場所に山と積まれていた村人たちの(むくろ)の上にももれなく落ちた。その骸の山には山王日枝神社(さんのうひえじんじゃ)の眷属たちによって大量の枯れ木や祈祷に使う護摩木がともに積まれていた。雷光はその木々に火を点け、やがてその火は次々と燃え広がり、勢いを盛んにしていった。そのうち一山全体が火に包まれた頃、ひとしきり暴れ回って気が済んだと言うように落雷がやみ、黒雲は霧散して元の夏空が現れた。
 各自、自らの仲間の無事を確認している声の中、自然と周囲にいた者たちは郷の中心へと集まっていった。そして全員の無事を確認し終える頃には一か所にみな集まっていた。
「まだ多少の禍い者が残っている。若干名を残し、災厄のもとへ向かおう。八幡宮、稲荷神社、熊野神社、山王日枝神社より二名ずつ選んで残し、後の者は我に続け。水が引いたとはいえ、いつまた湧き出してくるかもしれぬ。みなの者、急ぎ移動するぞ」
 総社(そうしゃ)の第一眷属として、群れを率いる宿命を背負っている使命感そのままにマコモが号令を発した。それを聞いて、当然のように蝸牛(かぎゅう)の横に並び立っていた清瀧(きよたき)の脳裏に悪い予感が浮かんだ。こういう時に残されるのは、決まって私なのよね。そして予想通り秘鍵(ひけん)がこちらを向いて口を開く。
「清瀧、ここに残り、他の眷属たちと協力して禍い者を掃討せよ」
 秘鍵は返事も待たずに他の眷属に声を掛けた。清瀧は、やっぱりね、と思いつつうつむいた。
「清瀧殿?」かたわらの娘眷属を蝸牛が見やると、口を尖らせてあからさまに不機嫌な顔つきをしている。そして何か呟いた。
「ん?何か言ったか?」蝸牛が顔を覗き込みながら言う。
「ずるいわよ」
「え、ずるい?」
「あんたが行くのに、何で私は残らないといけないの?」
「それは、秘鍵殿がそれがいいと判断されたことだから」
「私だってちゃんとお役に立てるのに、何で鈍重なあなたが行って私が留守番なのよ」こんなことを他社の者に言ったところでどうにもならないのは分かっている。ただ単に自分の不満を言いやすい蝸牛にぶつけているだけなのだ。ああ、面白くない。そう思っているところに蝸牛がゆっくりと声を掛ける。
「我も秘鍵殿と同じ意見だ」
 不満気なまま清瀧が顔を上げて蝸牛を見る。
「どういう意味よ。私がそんなに頼りなさげに見えるってこと?」
「いや、我らがこれから対するのは災厄だ。禍津神(まがつかみ)など比べるべくもない難敵だ。どれだけの者が帰ってこられるか分からない。誰も帰ってこられないかもしれない。だから、秘鍵殿はそなたをそんな危険な所に連れていきたくないのだろう。きっと可愛い妹を危険な目に遭わせたくないのだろう。我もそなたをそんな場所に連れて行きたくない」
 清瀧の顔から不満の色が抜けていく。
「もう、そんなのすごくうっとうしいんだけど。行くか行かないか、私のことは私が決めたいの」
「それはそうだろう。しかし今は秘鍵殿のそなたを思う気持ちを無碍(むげ)にせぬことだ。我らはきっと災厄を倒して帰ってくる。それまでに地上の禍い者たちを掃討しておいてくれ。眷属の人数も少ないから大変だとは思うが」
「あなた、本当に大丈夫なの?災厄って狡猾(こうかつ)で策謀に()けているんでしょ?あなたって人が良さそうだからすぐに(だま)されそうなんだけど」
「うむ、気をつけよう」
「……きっと帰ってきなさいよ。帰ってこなかったら、あなたを思い出す度に、身の程知らずのでくの坊って呼んでやるわよ」
「うむ、それは、帰ってこないといけないな」
「そうよ、危なくなったら逃げなさい。あなたの遅い足じゃ逃げ切れないかもだけど」
「そうだな。精一杯逃げるとしよう」
 蝸牛と知り合ってまだほんの数時間だったが、この大柄な眷属がけっして敵を前にして自分だけ逃げるような男ではないことに清瀧は気づいていた。もう二度と会えないのかもしれない、そう思うとすごく寂しい気がしてしょうがなかった。もっとこの男のことについて知りたい気がしているのに、もう会えないかもしれない、というよりその可能性がかなり濃厚なのだ。何か今まで感じたことのない心残りが胸の中にあふれている。まるで、これ以上ないくらいにお気に入りの自分だけの寝床から、無理矢理引きはがされた気分。もう二度とその寝床で安眠することができないようなやるせなさ。自分が戦闘に加われない落胆と相まって、ちょっと泣きたくなってきた。
「ちゃんと帰ってきなさいよ……。待ってるから」
 最後の方は消え入りそうな声だった。だから蝸牛の耳に届いているかどうか分からなかった。しかし蝸牛はニコリと笑っていた。
「うむ。必ず帰ってくる。では、行ってくる」

 八名の眷属を残し災厄のもとへ向かう一団は固まって大穴の入り口へと向かった。
 八幡宮はクレハを地上部隊の指揮を執らせるために残し、マコモとヨリモを含め五名。
 天満宮は蝸牛一人。他の眷属たちはいまだ天神村から戻っていない。戻り次第、支援部隊として後から合流してもらう。
 東野神社は玉兎とその背に追われたマガの二人。
 三輪神社はカツミとナツミの兄妹。
 春日神社は神鹿隊(しんろくたい)の残存者であるサホ、睦月(むつき)、ミヅキの三人。
 山王日枝神社はマサルを含めて八名。
 熊野神社はクロウとコズミを含めて六名。
 そして稲荷神社は秘鍵とタマともう一人の三名。
 それにタカシとリサとルイス・バーネットが加わり計三十三名、と思っているところにナミが突如現れた。
 真っ白いブラウスに、一点の曇りもない真っ黒の細いネクタイをゆるく締め、大きく開いた襟元(えりもと)からは尖った鎖骨の先が見えている。下はタイトな黒パンツに黒い革製のスニーカーを履いた装い。長身でスタイルの良いナミが着ると何でもスタイリッシュに見えてしまうが、全身、白黒で統一されているのが死神らしいスタイリッシュさだなとタカシが思っているとナミが無表情に口を開いた。
「マコをお婆さんのところにちゃんと送ってきたわよ」
 タカシもリサも、上隠山麓(かみかくしさんろく)の洞窟から、タマとともに戻ってきたルイス・バーネットから事の経緯は聞いていたが、改めてほっとした。
「ナミさん、ありがとう。お蔭でマコが助かりました。本当に何てお礼を言えばいいのか」リサがすごく真面目な顔をして言うのに対して、ナミはただ無表情に返す。
「お礼なんて不要。別にあなたのためじゃない。私がしたいからしただけ。そんなことより、あなたは自分が助かることだけ考えなさい。実感はないだろうけど、あなたの死は即、この世の終わりなのよ」
「はい……」とリサが少し萎縮した。タカシもルイス・バーネットも、ナミが相手のことを(さげす)んだり責めたりしている訳ではないことを分かっているので、早くリサが慣れてくれることを願うばかりだった。
 そうこうしているうちに総勢三十四名は大穴の入り口に向けて出立した。
 眷属たちの足は速い。タカシたちは次々に後方にいた者たちに追い抜かれていく。その中の一人、玉兎(ぎょくと)の姿を見てリサが、あっと声を上げた。そう言えば伝言を頼まれていたんだった。思い出す、恵那彦命(えなひこのみこと)が自分の頭に入り込んだ災厄の分御霊(わけみたま)を追い出してくれた時、すれ違いざまに風に言葉を乗せて送ってきた。うさぎに伝言、と言っていた。あの耳、きっとあの人のことだ。慌ててリサが玉兎に声を掛ける。
「あのっ」
 その声に気づいた玉兎が振り向いて瞬時に正対する位置まで移動してきた。
「何だ?俺に何か用か?」
 その全身白一色の若い男眷属にリサが言う。
「恵那彦命様からうさぎさんに伝言です。うさぎさんってあなたのことですよね?」
「まあ、そんな名前じゃないが、俺のことで間違いないだろう、で何用だ?」神がわざわざ民草(たみくさ)に伝言を頼むとは何事だろう?玉兎とマガはまだ恵那彦命が東野村(とうのむら)にいるものとばかり思っていたので次にリサが発した言葉に違和感を抱いた。
「うさぎよ、これからはそなたが恵那彦命を名乗れ。マガと仲良くして、ともに村を守護(まも)れ。それから(やしろ)が全壊しちゃったから、建て直しておいて。今までみたいなボロボロじゃなく、せめて雨漏りが気にならないくらいのちゃんとしたお社にしなよ、だそうです」
「それは、いったい、どういう、こと……何で、そんな……」訊かなくても察しがついた。でも、認めたくない気持ちが口からあふれて疑問形になっていた。リサはそんな玉兎に事の経緯を説明した。
「ふーん、そうか。分かった」一通り話を聞くと玉兎が答えた。そしてそのまま大穴の入り口に向けて駆けていった。せっかく俺、戻ってきたのに。また三人で普段の生活に戻れるはずだったのに。本当に自分勝手だな。勝手に決めて、勝手にいなくなりやがって……。
 
 気づけば最後尾になっていた。原因は二人の人間。仕方ないと思いつつ、ナミはリサの腰を抱えて空を飛んだ。リサは当然のごとく驚いたが、とっさに声を出さないように自らを抑制した。そんな性質がマコとは真逆だな、とふと叫びまくっていたマコのことをナミは思い出した。が、すぐにその記憶を振り払う。もう、あのコのことは忘れないと。
 アザミに置いていかれてなるものかと、ルイス・バーネットはすぐさま一頭の栗毛の馬に変化した。そして(あご)でタカシに乗れと促す。タカシも心得て、たてがみを掴んで騎乗する。すると疾風のように走り出した。タカシは振り落とされないようにただしがみついていた。
 そして一団は大穴の入り口に集結した。

 どこから持ってきたのか、両手で抱えるほどの松明(たいまつ)を二人の眷属がそれぞれ抱えて、他の眷属が手にした小さな松明から火を移している。バチバチと不定期に聞こえてくる火の()ぜる音に重なってマコモの野太い声が辺りに響き渡った。
「灯りを持つ先導の後を春日の神鹿隊、続いて山王日枝神社、熊野神社、更に我ら八幡宮が続く。残りの者らは()(しろ)の民を囲み周囲を警戒しながら進め。灯りは先導が持つのみだ。先行の者らは足もとに異変があれば、後方の者に知らせよ。後方の者らはなるべく先行から離れないようにして進め。では、これより進軍する。我らには大神様のご加護がある。けっして身を惜しむな。けっして恐れず、(ひる)むことなく、この郷のため、村々のため、大神様のため、必ずや災厄を討ち滅ぼそうぞ。行くぞ、進軍開始!」
 二度と地上に戻ってこられないかもしれない予感に沈鬱な顔をせざるを得なかった眷属たちの目にぼっと火が(とも)った。もう、覚悟を決めるしかない。きっと災厄を滅ぼしてこの郷を救う、そんな決意の火を誰もが意識して点していた。
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