第二章八話 道を塞ぐ者たち

文字数 3,469文字

「あんた、ナミと仲間じゃないのか?今、どこにいるのか居場所は分からないのか?連絡は取れないのか?」
 タカシがルイス・バーネットに尋ねた。やはりナミがいると心強い。ぜひとも合流したいと思って訊いたのだった。ルイス・バーネットは、タマやヨリモから不思議な存在がられていろいろと質問攻めにあっていたが、即座に答えた。
「居場所は調べれば分かるし、連絡をとろうと思えばとれるよ」
「それなら……」さっさと連絡とって合流しよう、と言いかけるタカシを制してルイス・バーネットは毅然と言い放った。
「僕はそれはしない」
「なぜ?」
「僕と彼女の絆をもってすれば互いに求め合わなくても最高のタイミングでまた会えるからね。僕が彼女の居場所を捜して会いにいくことはとても容易いことだ。でも、それを自分に許してしまっては、僕は常に彼女と一緒にいないと我慢できなくなってしまうだろう。常に彼女の姿を求めてやまない状態に(おちい)ってしまうだろう。それは彼女の嫌うことだし、僕も不本意だ。だから、彼女が抜き差しならない事態に陥らない限りは、僕は彼女とのことは運命に委ねることにしている。ここで会えなければそれまでだし、会えたら会えたで、それは嬉しい。今はただ、いつ会えてもいいようにしっかり準備をして状況を整えていくだけだ」
 タカシもリサとの出会い、そして再会、それまでに起きたこと、すべてひっくるめて運命的だと思っている。だから運命の存在を否定するつもりはない。しかし、リサとの最初の出会いから再会してお互いを認め合うまでに五年の歳月がかかったのだ。ルイス・バーネットが自分なりのロマンチシズムを貫くのはけっこうなことだけど、それでナミとの合流に時間がかかってしまうのは是が非でも避けたいところだった。道中は基本的に御行幸道(みゆきみち)を移動しているので、ナミはこちらを捜し出すことができないだろう。どうにか連絡を取るように説得できないだろうかとタカシが思案していると、それを察したようにルイス・バーネットが事も無げに言った。
「大丈夫。もうすぐ会えるよ。根拠はないけど、そんな気がするんだ。僕は特に勘が鋭い方ではないけれど、彼女のことに関しては不思議とよく当たるんだ」
 確信に限りなく近い自信を(たた)えた顔つきをしている。その表情を見ていると、もう強いて説得はできなかった。
 そんなことを話している間に、村境の林に近づいた。タカシ以外は、その空に向かって一直線に幹を伸ばしている針葉樹の群生地入り口に、タマと同じように烏帽子(えぼし)狩衣(かりぎぬ)を身に着けた一団がずらりと横並びにこちらを向いている様子に気がついていた。
 その服装、その大きな体躯からその一団が天神村(てんじんむら)の鎮守である天満宮(てんまんぐう)の眷属であることは明らかだった。全員で六人、残らず弓を手にしている。彼らが村境で何をしているのか、ヨリモとしてはとても気になった。特に先行して自分たちが向かっていることを報せた訳でもないので、出迎えではないだろうし、(まが)い者の掃討をしている様子でもない。噂では、天満宮の眷属たちは常日頃から自分の村に他の村の眷属が立ち入ることを制限していると聞いたことがある。不確定要素だらけの現状だけにより一層警戒しているのかもしれない。しかし、自分たちは総社の神である八幡大神(はちまんおおかみ)様から郷内の自由な往来を許されている。遠慮する必要も、卑屈になる必要もない。堂々と道の真ん中を進めばいいだけなのだ。そう思い、先頭を歩いていくが、そんな彼女の思いに反して前方の一団の一人が音声(おんじょう)を上げた。
「今、我が村へは誰も入られぬ。戻られよ」
 ヨリモは思わずむっとした。あなたたちに指図される覚えはありません。そのまま更にずんずんと道を進んだ。つられてタマもタカシもルイス・バーネットも続いた。
「従わぬなら、力尽くで従わせることになるぞ」横一列に並んだ一団の真ん中に立っていた男が声を発しながら片手を上げた。すると横にいた眷属たちが全員、(えびら)から矢を抜き、手に持った弓につがえてそのまま引きしぼった。その狙いはタカシたちにしっかりとつけられていた。

 一方、そのころナミは、畜舎の前に立ち、今にも中に向かおうとしていた。
 鋼板の引き戸には鍵が掛かっていない。ナミはなるべく音が立たないようにそっと扉を開けた。ムワッとする動物臭がする。目の前には金網の壁。下側に木製の扉がついている。その扉を開けると中央に一本通路が端まで続いている。通路の両側には金網のフェンスがそびえている。ナミは警戒しつつ通路に足を踏み入れた。
 金網やその向こうの部屋、通路にも白い羽根が至る所に落ちている。どうやらここは鶏舎(けいしゃ)だったようだ。しかし今、(にわとり)の姿は一羽もない。代わりに金網の向こう側に、無数の土気色した塊が見える。それが何なのかナミには分からなかったが、その色艶から先ほどマコを襲っていた生き物に関係がありそうな気がした。
 周囲を見渡しながら数歩進む。先ほどの大きな音の正体は見当たらない。奥の左横の壁に大きな穴が空いている。どうやってそんな穴ができたのだろう?見た目、強大な力で破壊されたように鋼板や柱が折れ、曲がって残骸が散らばっていた。そこから土気色たちが侵入してきたのは間違いないだろう。動くものはないが、足を進める度に不穏な空気が身体にまとわりついてくる。これは、早めに退散した方がよさそうね、そう思って一歩、通路を後ずさった時、すぐ横側にあった土気色の塊が、ブルっと動いた。ナミが気づいてそっちに視線を向けると身体を丸めていたその塊はスッと頭を上げた。
 ニワトリ?ナミが思うとほぼ同時にその生き物は宙に向かってくちばしを開け、翼を大きく開いて激しく羽ばたいた。すると連動するように他の塊が動きはじめた。次々に首を出し、翼を広げて羽ばたいた。この土気色たちは声を出せないようだった。必死にくちばしを広げているが鳴き声は聞こえてこない。その代わり数百羽分の羽ばたきが一度に起こった。一瞬にして鶏舎内は喧騒に包まれた。
 とっさに身構えるナミに向かって土気色の鶏たちが、次々に飛び掛かっていった。ナミは左手を身体の前に差し出して迎撃態勢をつくる。しかし鶏たちはガシャンと金網に激しく身体を打ちつけて止まった。通路両側の金網が見る見る土気色に染まっていき、壁ができた。激しく蠢く鶏たちを見ながらナミはとりあえずほっとした。この鶏たちはこの金網から外に出ることはできないみたい。しかし、この異様な雰囲気の中からは一刻も早く抜け出した方がいい気がする。そしてマコを連れてこの場からすぐに立ち去った方が。
 その時、ナミは気がついた。土気色の壁の隙間から、奥の壁際に横たわっていた一体の大きな土気色の存在を。
 今まで他の塊に隠れて分からなかったのだろう、むくりと起き上がったそれは、大きな人のような身体を持っていた。しかし頭部は他の土気色と同じ鶏の姿だった。
 その異形の者は、起き上がると、騒ぎ立てている他の土気色たちを大きな手で鷲掴みにして次々に大きなくちばしに押し込んで、呑み込んでいった。
 ナミは今までいろんな魂の中に侵入し、様々な不思議なものを目にしてきた。不気味なものもたくさん見てきた。でも今、目の前にいる存在は今まで見てきたものとは違う気がする。けっして(あなど)ってはいけない、十分に警戒しないといけない存在、そんな気がする。
 とにかくこの場を離れる、警戒心からナミはとっさに扉に手を掛けた。内側の扉を開き、すぐさま外に通じる奥の扉に手を掛けた。その瞬間、背後で衝撃音が聞こえた。膨大な力が発揮された音。
 ナミが振り返ると大きな異形の者の前にあった金網の壁が吹き飛んでいた。同時に巻き添えを喰らった土気色たちの残骸が四方八方に飛び散っていた。そして他の土気色たちを引き連れて異形の者が通路へと進み出てきた。
 通路に出た異形の者は、その淀んで濁った末にくすんでしまったような濃い赤色の目でしっかりとナミの姿を見ていた。
 とてつもない威圧感。押し寄せてくる殺気。圧倒的な力で獲物を狩る捕食者のオーラが見える。
 とっさにナミは左手を身体の前に差し出し、手のひらを異形の者に向けた。異形の者の身体前面が少し(ゆが)みはじめた。しかし異形の者は慌てる様子も見せず、手を振り上げたかと思うと小さな(はえ)でも払うかのようにさっと振り下ろし、その歪みを消し去った。
 え?あたしの能力が効かない。これは、ちょっと、やばい……ナミは慌てて振り返り、扉を開けて外に出た。と、その瞬間、背後にとてつもなく強い衝撃を感じた。
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