02 夜は蛾
文字数 3,582文字
手にした運動靴を玄関に置いて戻ってくる。妹は帰宅に転送システムを使うこともある。
彼女たちは花鳥風樹専用端末を本部から支給された。これでハウンドピンクも戦地から離脱できる。スパイウェアは夢月により除去済だし。
妹が思いだしたように俺をにらむ。
桧が言うあの女とは、俺の正式な彼女になった夢月のことだろう。
必ずテーブルに置いてあるお菓子に手を伸ばしながら千由奈が言う。
……この子は少し太ってきたかも。あいかわらず五時に寝て十二時に起きる生活に加えて運動不足。深夜でもいいから表で身体を動かさないとなんて、思考を脱線させない。俺は目覚めたはずだ。
千由奈が言うけど、女性だらけの家に自由に侵入できるのもあれだ。
玄関で見送ってくれたのは彼女だけだった。なんだか俺の味方は、生死をマジで共にしたハウンドピンクだけ……。そんな予感がするはずないけど。
アラームが鳴ったので目薬をさす。
ハウンドピンク レベル187
穴熊パック レベル106
南極トビー レベル108
ローリエブルー レベル135
全員が100オーバーだ。ランク付けシステムは立ち消えしたけど、おそらくはAランク。じきにSランク。パックも中二で親衛隊をしていただけあってレベルのリカバリーが凄まじい。それより何よりローリエブルーの伸びはスカシバレッドを凌駕しているかも。トビーは伸び悩みだしたけど。逆ドント方式とかいう小難しいことをしているので、レベル最上位のハウンドはあまり伸びない。
このチームの弱点はファイタータイプが一人だけ。つまりローリエブルーは常に先頭で戦わなければならない。続くのが無駄にでかいペンギンでは心もとない。
芹澤は報酬のおかげでどんどん心が強くなっている。昔の面影が消えたというかキャラが変わるほどにだ。とにかく芹澤が言うあの女とは、チームの上官であり三歳年上の茜音。藍菜は今回の色恋沙汰に何らコメントしない。あいつはドライなほどすべてに寛容だ。布理冥尊と本部以外には……。
まだ千由奈の他にも俺の絶対的味方がいたわけだ。いつまでか知らないけど。
同じチームの一員でもあえて言わさせてもらいます。腐れと呼ばれる人より夢月さんのが貴殿にふさわしい
なんだかさらに気が重くなった。夢月に会いたい。
なのにドアのチャイムが鳴った。
いい人たちじゃないか。今後は心の中でもさん付けしよう。……この二人は正義の味方をリタイアした人。志摩で本部からの立会人をした伊勢さんも同様で、小うるさいけど比較的いい人だったな。でぶの那智さんとは喚問で会ったきりだが、その人も正義の味方出身だったような。でも、布理冥尊出身の春日と蒼柳に裏切られ殺された。
そしてこの
音声が漏れてないか周囲を確認してしまう。
殺された夜、二人は精神エナジーが枯渇した状態でお互いの人肌を求めあった。勢いで及んでしまったので心配したが、夢月は安全日のまん真ん中で、一日の狂いもなくすぐに生理が来て安堵した。
あれから二週間がたった。彼女と二人きりで会ってはいない。すごく会いたいけど我慢している。自重って奴だ。
夢月が卒業したら結婚云々の話は、母親とだけ交わした。「ゆづちゃんはまだ若いから」と言われた。本人にはまだ伝えていない。
自重ばかりじゃ鬱になる。
俺は几帳面だから彼女が来るからと慌てて掃除する必要はない。それでもクロ子しかいない家に足早に戻る。