33 とことん

文字数 2,877文字

奴は飛ぶことができない。

私がいるから離脱できない。

奴をマーキングしていない。

でも奴には分からない。

なので生身にも戻れない。

獬豸となって逃げるだけ。

黒岩が倒されたことも知っただろう。

怯えている

……。
 アフガンハウンドが現実逃避みたく箇条にしゃべる。この姿のが防御力はあるらしいが、抱えられて空高く浮かぶのはスリルあるだろう。スカシバレッドは加速していくし。
『トリオスは大司祭長と交戦したが、サント号にて奄美方面へ逃走中。

リーガルエボニーは意外に早い。現在は二宮海岸を大磯方面へ向かっている』

『あの姿で町中を走れないからな。

……モスキャノンを照射しまくっている。城壁の結界はすぐに復活するが、エナジーをかなり消費しただろう』

 今後の作戦を簡単にレクチャーされる。
レイヴンレッドの生死は不明。合流を狙っているとしたら厄介
『焼石嶺真の精神エナジー反応は途絶えたまま。生身で居残るとは思えない』
……。
 奴だって想定外の存在だ。
『カラスのエナジー反応が復活するなり、モスキャノンを最大出力でぶっ放す。

そして照射するのはスーパームーンだ。彼女ならばカラスにも当てられる。ここまでリーガルエボニーに百発百中だからな』

 冷徹な声。司令官はレイヴンレッドこそをターゲットにしている。
『このビーム弱すぎだけど私が月明かりだしたら、町に逃げるから駄目だって。なんで、二人で頑張ってね』

『あなたたちもバイパスの向こうは住宅地であることを考慮してね。

このままの速度だと、あと三十秒後に視認できるはず。接触予測地点はテトラポット群。


……結界が消えた直後の闇討ち(奇襲)。チャンスは一度だけと思って』


了解
 バックアップはたっぷり受けている。仕留め損ねるわけにはいかない。スカシバレッドはさらに速く飛ぶ。二十秒後に化け物を見つけた。
 
……。
 スカシバレッドの腕のなかで、アフガンハウンドは人の姿に戻る。桜の枝を振るう。二人は闇に包まれる。見つかるはずない。速度をリーガルエボニーに合わせる。
『十秒後に照射する。巻き込まれないように。10,9,8……』
タイミングは一瞬だ。遅ければ復活した城壁の結界に、最悪の場合分断される
問題ない
 それでもハウンドピンクは俺に桜吹雪をまとわせる。

 彼女のおかげで規格外のスカシバレッドは、一角の馬蹄類5メートル背後につく。化け物は上空と前方しか気にしない。

『3,2』
……。
 スカシバレッドは空から突進する。
『1,0』
1,2

 スカシバレッドが口ずさむ。モスキャノンが地面に到着するまでの時間を加算する。獬豸の1メートル手前で夜闇の結界が解除される。2メートル上空からハウンドピンクを砂浜に落とす。

 襲歩のごとく速度を上げる。両手にスピネルソードが現れる。

 照射されたはずの高位エナジーも、一瞬だけ破壊されたはずの城壁の結界も視認できない。獬豸は立ちどまらない。だとしてもスカシバレッドは飛龍だ。この対のソードは翼であり牙。

 化け物へと飛びこむ。

ファイナルアルティメットクロス!
!!!
 リーガルエボニーの尻へと叩きこむ。確か過ぎる手応え。さらに背中へと。
ファイナルアルティメットクロス!
うわあ……
 頭部へも。
ファイナルアルティメットクロス!
 一角がへし折れる。砂浜に頭から突っ込む。四肢が硬直する。
なぜ……
 飛龍に空から襲われて、リーガルエボニーが消滅する。
まだだ!
 桜色の毛並みの気品ある犬が砂浜を駆けてくる。野獣のように。
わたしにしがみつけ。――真壁律のエナジーの残滓を、追跡開始
……!

 スカシバレッドは、西新宿屋上の相生智太のようにアフガンハウンドへ抱きつく。

 時空に飲み込まれる……飲み込まれながら見る。麦わら帽子。

……。
 テトラポットの上に、生身の焼石嶺真が立っていた。





















 

きゃんっ!

 生身の相生智太の下敷きになって、アフガンハウンドが悲鳴をあげる。

 カーテンのかかった真っ暗な部屋。俺は心に仮面ネーチャーを思う。

ヘンシン
……。
 スカシバレッドに変身する。頭にはティアラ。ベッドには真壁律。
ウウ…
 青ざめた寝顔。
ここは?
自宅みたいだな。たいそうな身分だ。場所がどことか家族とか、もはや知る必要はない
 アフガンハウンドがベッドに前足をかける。覗きこむ。
さすがだ。精霊の盾が解除されていない。だが憐れだな


ガブッ

――!
 ピンクの毛並みの犬が真壁律の首に噛みつく。真壁律が目を大きく開ける。悲鳴をあげようとする。一瞬のことに、俺は見ているだけだ。
……。
 
ウウ…
 真壁律が消滅する。すぐにベッドに現れる。
これでレベル50前後に落ちたか。なのに、まだ盾がある。これぞ城壁だ


ガブッ

――ヒイ
 犬がまた首筋を噛む。気を失ったまま真壁律が消滅する。
これで25
ピクピク…
 真壁律がまた現れる。小刻みに痙攣している。
……まだ精神エナジーに守られている。化け物め。精霊の力が尽きるまで殺すだけだ
やめろ
 俺は、またも口をひろげたアフガンハウンドの首を引っ張る。
……。
千由奈も人でなくなる
 リーガルエボニーは生身の蒼柳が食われるのを笑ってみていた。仮面ネーチャーが消滅するのを嘲笑った。空に浮かぶスカシバレッドをその場で解除した。だとしてもハウンドピンクを押しとめる。
あと一回だけお願い。こいつは、ずっとひどいことを何度もしてきた

 千由奈が犬の姿でよかった。それでも瞳に悔し涙が、憎しみの涙が浮かんでいたから。

 俺は何も聞かない。代わりに告げる。

チラ
ピクピク…
やめよう。こいつらと同じになることはない

 ……静かだ。ここはマンションの上階かな。真壁律が嘔吐したので横向きにさせる。

 須臾にして久遠。

そうだね。そうだよね。


私たちも家に帰ろう。――桜散れ

だ、駄目――
……。
 スカシバレッドは時空に飲み込まれる。








…………!!!

 真っ暗な空に、相生智太として転生させられた。足もとには、太平洋がひろがっている。ぐんぐんと近づいている。

 俺は仮面ネーチャーを思う。

変身!
仮面スカシバレッド降臨!

 頭には仮面ネーチャー一員の証であるティアラ。これからも装着し続ける。

 スカシバレッドは上空を見上げる。

ぎゃあああああああ
 悲鳴をあげながら落ちてくるアフガンハウンドを受けとめる。シャンプーの匂い。
あ、あなたはどこで寝ていた?
 犬はそう言って笑う。ハウンドピンクになり、春木千由奈に戻る。
私はまだ人だよね
 涙目でスカシバレッドに微笑む。
……。

 満月は西に大きく傾いたから、東に星空がはっきり見える。


 俺がハデスブラックにしようとしたことを、この子がしただけだ。俺に勇気があったなら、闇までも悪魔を追いかけて、同じことをして、最後に彼女に押しとどめられただろう。


 大磯のホテルが見える。あの近辺に、レイヴンレッドはまだいるかもしれない。でも今夜は終わりだ。

千由奈は素敵な女の子のままよ。


それに家に帰るのは、もう少し後ね

 スカシバレッドは抱きかかえた人にウインクする。


 モスウォッチは消えてしまったけど、俺は心に雪月花を思う。夢月へと連絡を取る。じきにモスプレイが迎えに来てくれる。

……ふふ
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登場人物紹介

相生智太

=スカシバレッド

スカシバレッド

=相生智太

清見涼

=エリーナブルー

エリーナブルー

=清見涼

睦沢陸

=シルクイエロー

シルクイエロー

=睦沢陸

壬生隼斗

=スパローピンク

スパローピンク

=壬生隼斗

夏目藍菜

=与那国三志郎

与那国三志郎

=夏目藍菜

木畠茜音

=アメシロ

アメシロ

=木畠茜音

陸奥柚香

=白滝深雪

白滝深雪

=陸奥柚香

竹生夢月

=紅月照宵

紅月照宵

=竹生夢月

深川蘭

=紫苑大夫

紫苑大夫

=深川蘭

相生桧

=智太の妹(従妹)

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