ハウンドピンクが尻餅をつく。ピンクのパンツが丸出しだろうが振り向けるはずない。
出来立ての結界が赤い爪に切り裂かれる。また樹木が倒れる。太いくせに鋭利な刃が四本、俺へと向かう。
上空から巨大な虎の精霊が飛び降りてきた。
俺は寝転んだままでスピネルソードを構える。
虎が巨大な腕を振るう。赤い光がいくつも飛んでくる。
はあ、はあ……もういらない。ハウンドがさきにくたばる
そうは言っても圧倒的な破壊力に加えて連続攻撃。俺のレベルが一割上がって、焼石が一割下がろうと効果を感じられない。
巨大な虎の顔が覗く。焼石嶺真やレイヴンレッドの面影はなく、よだれを垂らしていやがる。なのに俺より俊敏で賢いハンター。でかい手で俺たちを掴もうとする。
もはや格好つけるなどできない。俺は心に雪月花を思う。画面を二度タップする。同時に。
巨大な紅色の光が虎の化け物の頭に直撃する。化け物が倒れこむ。巻き添えで樹木もなぎ倒す。頭の毛皮から煙があがる。
空には紅いスクール水着が浮かんでいた。常在戦場の心持で待機していたな。
虎の目が赤くなる。立ちあがるなり、空へと四筋の赤光を幾重に飛ばす。跳躍する。
ひどい傷。こんなにも耐えていたんだ。フォローするね
でも深雪の声がした。彼女もスクランブルに対応した。
振り向くと、白い巫女はハウンドピンクを抱えていた。その背中に深い傷が見えた。ハウンドピンクは安堵したように、彼女に寄りかかる。
この子はたぶん、ライフもコンディションも一桁に近い
チュ
深雪が千由奈である精霊のうなじに唇を当てる。地面に横たえて、神楽鈴を鳴らす。ハウンドピンクへと粉雪を降らせる。暖かい雪に包ませる。
紅月がミカヅキごと地面に叩きつけられる。跳ねるように起きあがる。
大磯上空に向けてだとしても……眩しすぎる紅色。ロングビーチどころか小田原城からも視認されそう。巨大な光がオゾン層にホールを開けて宇宙に消える。空には何も残っていない。一撃で戦いを終わらす滅びの光……。
巨大な影が見えた。あの虎の化け物は、十五夜さえも避けた。そのまま闇に紛れやがる。
焼石嶺真だ。
虎の化け物になりやがって。私はひよこなのに
ギリ
モスガールジャーが参戦した。
グリーンとイエローはモスプレイに待機しているけど、僕は戦いを志願した
正義のちびっこ戦士、スパローピンクが空を睨んでいた。直後に。
ダンプカー同士が正面衝突したかのような悲鳴が空に轟く。
『直撃に成功。ターゲットは大磯の森林地帯に逃げこんだ。現在時刻は二十一時五十七分。伊豆で合流させぬように、
総員追撃せよ。スカシバも聞こえているよな、聞いているよな』
スパローピンクもエアサーフボードを出現させるけど。
そこでハウンドピンクが傷を癒している。
彼女が目覚めるまで、あなたが守りなさい
あの大型二輪車は呼ばれても自力で動けないようだ。スカシバレッドは林にスカシバイクを探しに行く。
バイクへと転送できるのを思い出したスカシバレッドは、端末で連絡を取ろうとする。しつこく鳴らしても深雪はでない。代わりに紅月から連絡が来た。
…ナンテヤツダ
合流したいけど、さきにレイヴンレッドに見つかる可能性がある
丘から上空へと十三夜があがった。またもや湘南全域から視認されただろうけど、スカシバイクはそこを目指す。
オウムから連絡があった。レイヴンレッドの体躯は半分ほどになったらしい。弱まってじゃなくて、わざと小柄になったと想定しろだって
スカ野郎が偉そうに…
アメシロちゃんが言っていたよ。センサーで追い切れないぐらい素早いって。……今夜はウサミンミンがいないね
スカシバレッドは紅月にぶん殴られて、吹っ飛ばされる。神奈川県天然記念物の森を形作るタブノキがへし折れる。
セミは私の獲物だった! 小突いたぐらいでオーバーに飛ぶな!
理不尽すぎる。夢月であろうと、戦場で、これは、さすがに、許せない。
こいつこそ倒す。
俺の手にソードが現れる。紅月がいまさらビビっていやがる。
智太君、駄目!
夢月も、たっぷりパワーアップしているのだからセーブして
深雪が巫女姿に戻りながら言う。俺であるスカシバレッドを見つめる。
再びの月明かりが、神奈川県指定天然記念物の森を破壊していく。
スカシバレッドもバイクで追いかけそうになって、深雪がいることを思いだす。いまは俺が守るべき対象。
裏技がある。生身の姿に精神エナジーを与えれば、再度変身した時にコンディションもライフ値もまとめて回復している
強敵と戦える人たちに、私ができることはそれだけだよ
柚香が俺にまだ戦えと望むのならば、俺は変身を解除する。立ちくらみのようにふらつく相生智太を、巫女姿の深雪が見つめる。
焼石が虎になるのならば、智太君も龍になれるね。
でもなっちゃだめだよ。そんな姿は見たくない。私もコウモリには絶対にならない
俺は柚香の精神エナジーの肩を優しく抱えて、唇を重ねる。柚香のと同じ感触、温かさ、柔らかさ。
柚香のエナジーを授かる。
『スーパームーンは苦戦中。レイヴンレッドは動きが早いし、ここは神奈川が誇る天然記念物の森。だからモスキャノンは差し控えている』
『あなたたちは援護にまわってというか、戦場でいちゃつくな! 首からでも尻からでもエナジーを与えられるだろ!』
茜音にしてはタイミング良い。二人は唇を離した後だ。
私の今夜の役目は終わっちゃった。ダブルピンクと合流する。猟犬が回復しているようならば、少しエナジーを返してもらおう、へへへ
『念のため知らせておく。深雪のコンディションは8%。……渡しすぎだよ』
『なので深雪君に私のエナジーを授けよう。ペナルティを受けることになるが、入院日数が増えるだけだ』
“くそ月レッドも二十五歳も腐れ巫女も生意気で傲慢なくそだ。だが本部こそ糞くらえだ。
私の数少ない技だ。有り余る夏目藍菜のエナジーを分けてやる”
俺も与那国司令官から受けたことがある。鼻血が出るほどだった。モスプレイに戻りな……
ガシッ
俺は深雪を抱きしめる。柚香より胸はあるけど、柚香と同じ冬の柑橘の香り。……俺たちは二人きりならばうまくいける。二人だけならば、柚香は俺に妥協して、俺は子猫の瞳を見つめるだけ。でも地球上には何十億人も他人がいる。敵もいる。なによりもう一人……。
だから体を離す。
再びスカシバレッドとウイングスカシバイクが降臨する。
深雪が端末を押す。彼女がモスプレイに転送するのを見届けて、俺は前輪を浮かして空をめざす。
うまくいった作戦など過去に一つもない。戦いは混沌なだけだ
俺と同様に、あのレッドも仲間に助けを請うていた。
でも、ここは人里が近い。この国の動脈である交通網もすぐ隣
悪魔の肩に青年が乗っていた。整えた黒髪。端正だけど邪悪な笑み。
スカシバレッドは地面に叩きつけられる。めりこむほどに。全身の骨が折れるほどに……。これはモスキャノンと同じだ。高位エナジーの照射。深雪から授かったエナジーが一撃で喪失した。
力が更に抜けていく。スカシバレッドの力が去っていく。横にはもとに戻ったスカシバイクが横たおしで地面に埋もれていた。
俺も相生智太に戻された。ヘルメットをかぶっていた。意識が飛ぶのを耐える。
巨大な悪魔に持ちあげられる。
焼石の読みが正しければ
こいつを人質にすれば、あの女は手出しできない