03 石神井公園シェアハウス
文字数 3,799文字
人差し指を立ててくる。
まだ諦めないのかよ。じつに六回目。泣いているし。
スカシバレッドは冷静に相生智太に戻る。
同時に真っ暗闇。
怖いほどの星空の下に、涙目のお祭り娘が淡い光を帯びて浮かんでいた。
クロ子はいなかった。最近はなぜか岩飛に懐いている。人を見る目がない。
深夜三時にシュラフの上に転がる。困ったものだと、自分が情けなくなる。柚香と夢月の冷たい喧嘩。原因は俺。……最近は柚香から不信を感じる。そりゃ俺の夢月への目線に気づくよな。
いつまでも両天秤などできない。しかも片方とは東上線などの駅前で真っ昼間にキスしてしまった。それをもう片方に告げたのだけど、俺を諦めない。それどころか、じきに宣戦布告しそうだ。柚香からもあり得る。そっちは太平洋戦争以上に無謀な戦い。
そうなる前に、はっきりと告げよう。
毎晩そう考えている。
くじ引きみたいなものだけど、奴と早く出会いたい。倒すリストの最上位にいる。
背高い女がキッチンにいた。げげっ、岩飛が朝食当番かよ。
四日おきに流動食など食べられるか。
千由奈は夜桜だからか、いつまでも夜型が抜けない。朝は機嫌が悪く、朝食係から免除されている。七歳年上の岩飛は、朝の千由奈を徹底的に避ける。
できれば俺も避けたいから起こさない。
相生殿、興奮なさらぬように。こんなのは、親衛隊では挨拶みたいなものです。
それより金策は? 女四人を囲むというのは、性フェロモンが報酬との浅ましい人間ならではのロマンでしょうが、それにはお金がかかることを忘れずに。
千由奈の口座も百万円おろしたところで凍結されました。妹さんを含めて四人がどんなに慎ましく生活しようと、光熱費や通信費を含めて月四十万は必要です。できれば五十万円。
海外に疎開した親御さんからの仕送りは月十五万円。おお、見ず知らずの子たちのために頑張っている金額です。でも足りません。じきにオートミールが贅沢品になります
そうそう、昨夜はあなたの味噌汁へ雑巾を絞ってみました。おいしそうに飲んでいました。”
そんなことを毎日聞かされている。たしかに彼女を利用したのだから、仕打ちは受けいれる。でも湖佳が食事当番の日は味噌汁を岩飛と交換しちゃったりする。
収入面は問題だ。千由奈は布理冥尊からの報酬残高が六百万円もあるらしいが、それは諦めるしかないだろう。だいたい悪で稼いだ金だ。かと言って、身元不詳の二十一歳と不登校の中学生に外で働いてもらう訳にもいかない……。
意外と言ったら失礼だが、千由奈と湖佳の家族は報復として手出しされていない。
相生に言うまでもないが、まだ気を抜くなよ”
千由奈と湖佳は、義務教育中だからか私立中学に籍を残されたままだ。二人の家族は、今も彼女たちは寮に住んでいると思っている。二人とも家族と連絡を取りたくないらしい。無理強いするなら出ていくとまで言いだした。詮索はしないけど俺は実質保護者だし。
百夜目鬼大司祭長のもとになおも残るのは、真壁執務室長、黒岩親衛隊長、そして焼石嶺真。……蒼柳も戻ってくれていいけど。春日を連れて――。
……この癖を治さないとな。
一階の両親の寝室を千由奈と湖佳は共同で使用している。深夜に大笑いが聞こえたりする。
桧は自分の部屋をそのまま使用、俺の部屋は岩飛に使わしている。一歳上の女性のプライベートだから覗いたりしないが、桧が言うにはきれいに使っているみたい。春日と夢月のせいで破壊された窓ガラスは、柚香を助けた際の破損だから、モスガールジャーが他の部屋も含めて防弾ガラスを入れてくれた。
南極トビーのエナジーを吸った柚香と、穴熊パックを切り裂いた夢月は、まだここに来させない。彼女たちも来たがらない――。
・家事はローテーションに沿う。
・日光浴と庭での一時間運動を二回。
・千由奈と湖佳は中二ドリルで勉強を四時間。
・あとはフリータイム。
・岩飛さんは買い物と掃除洗濯。内職仕事を本気で探すこと。
岩飛に見送られて、バス停へ向かう。彼女たちのことは、近所には東アジアからの留学生と説明している。意外にも納得された。
ようやく一人だ。