18 二度と死にたくない

文字数 3,982文字

 救急車で運ばれて点滴を打たれる。病室に一人でいるのが怖い。召集されるかもと心底怯える。

うう……。

 また殺されるかもと、蛍光灯の下で震える。


 なのに北風が吹いた。

た、助けて!

ゆるして!

静かにしろ。顔を見せな

 布団をかぶり泣き喚く俺へと、深雪が命じる。めくられる。

 

 助けてと悲鳴をあげたい。なのに声が出ない。逃げたい。布団の上で土下座したい。なのに体が動かない。黒巫女に顎をもたれる。

死に方にもよるけど、レベルは三割から五割失われる。

……もうお前から男の魅力は漂わない。


よかった。死なせずに済む

 黒装束の深雪がふっと笑う。

 白い巫女装束に変わる。俺の心臓も動きだす。

……。

まだ惚れるようならば、もう一度殺してこいと蘭に命令された。

ただの男ならば恵んでやれ、とも命ぜられた。


いまのお前は怯えるだけなのに優しそう

 蛍光灯に黒い長髪を照らされた深雪の顔が近づく。

 深雪が目を閉じる。彼女の唇が俺のと重なる――。

……。

 深雪の吐息から、安堵と希望が注ぎ込まれる。

私の精神エナジーを与えました。

苦しかったでしょうね。私も一度経験してるから分かります

 顔を離した巫女が清楚に笑う。

 そのまま俺へと倒れ込む。俺の胸で金髪ショートの女の子に変わる。

どっちの姿でも、蘭にたっぷりとしごがれた。死なない程度にね。でもライフは一桁。

お前に譲ったから、コンディションもきっと一桁。もうボロボロ……

 柚香が疲れた顔で言う。頬に(あざ)があった。
俺のせいでごめん……
本当にその通りだよ。絶対に許さない。

でも今は休もう。お互いにエナジーを回復させあおう。人の温かさが一番効果ある。

ここにいさせて。

もう動げないし、へへ……
 彼女は子猫のように目をつむる。俺と柚香は病室のベッドで寄り添い眠る。
な、ななななな……何をやってるの!
 看護師より早く桧が現れた。
……。

げっ、兄ヲタじゃないか。こいつの記憶はもう(いじ)れないのに。


……全快してる。二日は覚悟してたのに、やっぱり相生のエナジーはすごいな。これであいこにしてやる

 柚香がベットから降りる。伸びをしたあとに、どこからか眼鏡をだす。

 そして妹を見る。


心配するな。お前の大好きなお兄ちゃんとはキスしかしていない

 病室から出ていく……。

……。

 俺は時計を見る。まだ六時前じゃないか……。それから、それから……、それから俺は覚悟して妹を見る。

…………。
う、嘘だよ。あの女は知らぬ間にいた。キスなどするはずない
 方便なんか使いまくってやる。妹は信じないまでも受けいれる。
お兄ちゃんが女の人を呼ぶはずない。でも、キスはしてないけど一緒に寝ていた……。

だったら今夜は桧と一緒に寝なさい!

 ほんとかよ。女性の体つきになってからはさすがに拒否してきたけど。
分かったよ。それとお兄ちゃんは元気になったから退院するよ

 母が八時半に来て、血液検査の結果は異常なしとか聞いたりしてから帰宅する。

 さわやかなぐらいだ。若い看護師も俺に色目を使わなかったし、心も晴れ晴れだ。



 殺されたことに怒りや恨みはない。非人道的な仕打ちの原因は俺にあり、スカシバレッドだって死んだことに気づかずにいただろう。それに彼女はこう思うだけに決まっている。

 もっと強くなってやると。


“へへへ……”

 ただ、柚香の腫れた頬にだけは憤りが湧いてくる。

 くそババアめ、なんて思わないようにしないと。弱いレッドならば、強くなることだけを考えるはずだ。そうすれば誰をも守れる……。

 くそ花め。よわレッドめ。だけど俺は泣かない。虫けらのように殺されたからって恥じない。

……。

 俺の精神エナジーが具現化したスカシバレッドが死ぬということは、俺の精神がどん底に落ちること。枯渇したエナジー。打ち寄せる不安、底なしの絶望、立ち込める恐慌……。

 それを経験できたことに感謝しよう。レベルが落ちたけど、報酬も消えたからイーブンだ。これからの戦いの糧にしてやる。

 グリーンは三回死んでカスになったらしい。当たり前だ。命は大事に。でも怯えることなくいこう。


 ……やっぱり柚香も深雪もかわいかったよな。子猫の瞳。冬の柑橘のような吐息。

“目を見れば分かる”

 なのに夢月をおもいだす。見つめる強い瞳を。

 なのに俺にはもうフェロモンはない。溜め息をついてしまった。

 七月下旬の夜空を、モスプレイは音もなく飛ぶ。機内には十名以上も搭乗している。
……。
マシュー。女が戦場だとよ。コンサートに向かうかと思ったぜ
スペンサー。イヤホンから糞ミュージックが糞漏れてるぜ。マジ糞みたいな糞ラップだな
おいケント。レディがいるのだから流行りのソングを流してやれよ。お前は彼女とひと晩中聞いているって噂だぜ。ハハハ

 むさ苦しい男どもは白人黒人アジア系と、総勢八名だ。こいつらは口うるさいし下品だが、役になりきっているだけだ。普段からサバゲーやオンラインゲーで親交を温める、仲良し十人組の正義の味方なだけだ。日本人だけ日本語だけの二人欠席な英国系傭兵の一団だ。


 彼らは、マイナー文庫のマイナー傭兵シリーズをコンセプトにしているらしい。報酬を聞いたところ、筋肉、ゲームがうまくなる、フォロワーが増えるなど様々だった。


 俺たちを見る卑猥な目もきっと演技だろう。しかし機内が男臭くてたまらない。

こんなかわいい子がレッドだなんてな。……本当は(あれ)なのは知っているけど、あんたらBに返り咲けるかもな
あり得る。スカシバのレベルの上がりは素晴らしい。じきに強く美しいレッドになる
そして心優しきレッドです
……。

 ブルーとイエローが、病室で教えた猫と妹の話を語りだして恥ずかしい。野良猫を救った話が唯一の英雄譚とは情けない。

 桧の話だって、両親を事故で失ったあの子の手をずっと握ってあげただけだ。俺は中一で、いとこの桧は小三。おじさんとおばさんは見せられない姿と父から聞いた。

“ひっく、ひっく……”
 卓球の練習のおかげで乗車しなかった桧は、病院でずっと泣きじゃくっていた。震えていた。だから俺は約束した。
“もう泣かないで。一緒にいてあげるから”

 桧は俺を見上げて泣きながらうなずいた。この子が泣きやむまで、翌朝までずっと小さい手を握ってあげた。

 俺は一人っ子でいとこも一人だけだった。だから

“桧ちゃんを妹にして”

 施設とかの話をしている両親にお願いした。

 妹がまた泣くのなら、また手をつないであげる。あんな小さい子があんな悲しみを背負ったのだから、何でも願いを聞いてあげる。

 それだけの話だ。

 
僕が最後? ……マジで傭兵さんたちと一緒だ。
おいおい。本当に遊園地(コニーアイランド)へ連れてかれるのか?
モスガールジャーと一緒なら無謀は禁止だよ。命は大事にね

 ピンクは傭兵たちにダブルピースして操縦席に向かう。たんにモスプレイを操縦したいからで、いつも志願している。

諸君らの今回のコードネームは?

 肩にアメシロを乗せた司令官がやってくる。

 俺の死亡通知が本部から届いて、茜音は俺を自宅前で待っていた。抱きつかれかけて報酬の件を告げた。彼女は俺を見て、

“ふうん”
無表情にそっぽを向き去っていった。以後、人である彼女と口をきいていない。
名前は雇い主に決めてもらう。俺たちの仕来(しきた)りだ
よろしい。どうせ今回も布理冥尊のケツほどの汚れ仕事になるだろう。君たちをダーティーフォースと呼ぼう
 司令官がシートに座った男どもをにやりと見渡す。いつも以上にノリノリだ。
モスガールジャーおよびダーティーフォースの諸君。我がモスプレイにようこそ。私がこの連合チームの作戦司令官である与那国三志郎だ。

諸君らには今から激烈な任務についてもらわないとならない。

我が組織を勝利に導くために、そして生きて帰りママのおっぱいを吸ってもらうために、私の説明をしっかりと聞いてほしい

クチャクチャ
クチャクチャ

 正義の傭兵たちがガムを噛む音だけが聞こえる。

 彼らはCランク。関東管轄にはBランクがいないので、二番手チームになる。メンバーが多いので、一人あたりが受けとるポイントは少ないそうだ。ほぼ全員がレベル25。でも十人そろえば無敵らしい。前回の戦いで二人死んで精神療養中で、今夜は八人だけど。

 ちなみにモスガールジャーは雪月花のサポートチームから外された。おそらく俺のせいだろう。

今から向かう先は山梨だ。

恥ずかしい話だが、あの県が管轄に入っていたなど今日まで知らなかった。あそこには富士山(フジヤマ)とフルーツしかないが、あいにくシャインマスカットをいただきに行くわけではない。


連中が秘密基地を建築中とシンパから情報を得た。そいつをぶっ壊しに行く。まずは上空からモスプレイで攻撃する。

あの盆地には鳥取砂丘ほどに人がいない。なので布理冥尊の尻の穴が三つに増えるほどに、モスキャノンを派手にぶっ放す

マシュー聞いたか。賭けてもいいぜ。この旦那は若い頃戦場にいた
サン・ヨナグニ……。

覚えがある。あんたの最終階級は大佐(カーネル)ではなかったか?

お前らいい加減にしろ!

 白いオウムがキレた。


 以後は彼女が淡々と説明する。モスキャノンのエナジー弾で散々に闇討ち(奇襲攻撃)して、それから俺たちが突入して残存兵を掃討する。敵は戦闘員が六十体ほどで、地方幹部クラスが数名。

何事もなければ楽勝だ

 あの日以来久しぶりの任務。一度死んだ俺のレベルは30まで落ちてしまった。仲間たちの落胆と言ったら……。でもコンディションは93だ。もはや新兵ではない。


 悪の組織を倒すため、仲間を守るため、もう二度と死にたくない。

甲府盆地に進入。現在高度は一万三千メートル
その高さならば、敵は気づきようもないな
たっぷりと削りたいですね
ターゲットに到着まで、5,4,3,2,1
照射!
喰らえ!
 スカシバレッドがモスキャノンのボタンを押す。
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登場人物紹介

相生智太

=スカシバレッド

スカシバレッド

=相生智太

清見涼

=エリーナブルー

エリーナブルー

=清見涼

睦沢陸

=シルクイエロー

シルクイエロー

=睦沢陸

壬生隼斗

=スパローピンク

スパローピンク

=壬生隼斗

夏目藍菜

=与那国三志郎

与那国三志郎

=夏目藍菜

木畠茜音

=アメシロ

アメシロ

=木畠茜音

陸奥柚香

=白滝深雪

白滝深雪

=陸奥柚香

竹生夢月

=紅月照宵

紅月照宵

=竹生夢月

深川蘭

=紫苑大夫

紫苑大夫

=深川蘭

相生桧

=智太の妹(従妹)

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