05 蒲田で行進曲
文字数 3,708文字
夢月がさらに目をほそめる。
この子のかわいさ……異常じゃね? 周りを行く老若男女が意識するのを感じる。
『隣のクラスにすげえかわいいのがいるよな』を東アジア中から集めたその頂点のような、手の届きそうな無防備で超越かわいい子。
念のためみたいに見上げてくる。瞳を覗いてくる。
赤茶色に染めたストレートロング。おでこが微妙に見える前髪。凛とした目鼻立ちなのに、妖精を思わせる眼差し。
正義の風上にも置けない俺は、柚香に告白しなくてよかった、なんて思ってしまう。
でも危機的状況かも。
『“十月で二十六歳”から連絡が来ていたから心配しないで。みんなに言い忘れただけ。くそがわがままを言いだせば本部さえも従う。
モスプレイを落とされた私への理不尽な代償で、某国の大型ドローンが操作不能になり以前の部屋の窓を突き破ったうえ―省略―もんじゃ焼きを浴びたで済ます羽目になった。
某国の工作員は悪なので私的にお仕置きしといたけど、本部はくそに反省文だけだった。そういうこと。
それと、私は今インスピレーションのかたまりだから、連絡はしばらくメッセージにしてね』
二人は東口をでて、暑くてディープな午前の町を歩く。深夜はともかくこの時間は人が少ないのが救いだ。そして俺は、彼女の野生の勘に従うだけだ。
この町は正義の心が発動しそうな目つきの人が多いが、気のせいだろう。夢月が目指すまま歓楽街を突き抜ける。
……彼女といると、女性の目線が気にならない。なるけど、隣を離れて歩く夢月を見て、やっぱりねと諦めの顔をする。男も俺に羨望の眼差しを向ける。背後から刺されそうだ。
とかしていたら多摩川まで来てしまった。これより先は川崎なのでUターンする。
夢月は一切喋らない。
とかしていたら大森を通り越して大井競馬場まで歩いていた。
終戦記念日に、これより先は羽田空港の大田区東端のアスファルトを二時間以上歩き続けた。
さすがレッドと称えられそうだ。さすがに俺は疲れてきたので、二人で昼飯を食べることにする。食費は交通費と別にモスガールジャーから一人千円も支給されている。
隣席から夢月をじろじろ見る、子ども四人連れの若い茶髪お父さんも夜にはエリート戦闘員かも知れない。パンツからはみ出た臀部にタトゥーを見せつけるどっしりした母親は中央幹部かもしれないし。
……言っておくべきだよな。この子ならば大丈夫かも。
おもいきり顔を赤らめながら言う。
二十歳を過ぎて女子高生に誘われる日があったなんて。しかもとびきりかわいい子に。
断るに決まっている。
この子が初デートと言うのも分かる。同じ制服を一週間着続けたのはある意味良しとして、半グレ集団の金玉を潰したり、海ほたるまで流されたり、モスプレイを撃墜したりでは、特別警報とデートするようなものだ。手をつけてからフェロモンが消滅したら、金玉を潰されて多摩川に流される。
浮かぶ月のように、遠くから見つめるで満足。月面着陸なんか昭和の人間しかしていない。
お互い黙々とパスタをすする。
俺は立ちあがる。
熱い眼差しに答えるために、サングラスをはずす。
レッド二人でぶっ潰してやる。百夜目鬼大司祭長め。今日が貴様の命日だ!
彼女は強い眼差しのままだけど。
俺は座りなおす。
択捉島がどこだか知らないけど、島根と言えば鳥取砂丘の親戚だよな。いまから行けるのは日暮里ぐらいだ。でも繊維街を端から焦土にするわけにはいかない。
くそう、布理冥尊め。
隣の席の母親まで俺の眼差しに気づいてしまい、急いで食べ終える。
司令官からメッセージが届いたが、まだ誰も見つけていないらしい。茜音と柚香のチームは七分で解散したとのこと。
雲行きが怪しい。夕立が来そうだ。蒲田まで戻らないと。人けの少ない倉庫街を歩く。
さっきよりも俺に近づいて歩く夢月に尋ねる。
彼女が俺の前にまわりこむ。
挑むような笑み。
でも俺は、彼女の目を見て全然違うことを思う。この子は俺に惚れていないのではと。欺瞞の力が効いていないのではと。他の女性とは違う俺への眼差し。
だったら、あの抱きあった瞬間は――。
夢月のスマホがけたたましく鳴った。
続いて俺のスマホも振動する。……藍菜から。
二人とも休日の倉庫の裏にまわって、それぞれ小声で応対する。
言い忘れていたが、今日は清見さんは忙しくて、隼斗君があの女と組んでいる。
さすがに十四歳が二十五歳相手に紗助君を保護する口実を作れない。むしろソフトクリームをおごってもらったので懐柔されそうだ。
なので、スカシバレッドにモネログリーンを守ってほしい。シルクイエローも転生させる』
彼女は狩りの目をしていた。モネログリーンよりもっとでかい獲物――レイヴンレッドを狩るために。
レベル181の堕ちたレッドを。