13 さらなる修羅場ハーレム
文字数 3,605文字
私は地方出身の一人暮らしだから秘密を告げる相手はいない。仕送り多めだからバイトしていない。里帰りは急ぎで済ますから、男が東京で待っていると思われている。
フリーなのにね。へへへ
自分のことを慎重と言っていたが、電車内でぺらぺら喋りつづける。桧に割りこまれる隙を与えないほどにだ。夢月の制服の件には触れようとしない。だからこっちも触れない。モスガールジャーの指令室に丸投げしたい。
その手にスタンガンが現れる。
単なる一般人だと判明して騒ぎは大きくならなかった。それでも柚香は俺を写した画像を消去させた。SNSにはまだ送られていなかった。
美少女と謎のマスクバンダナ女を引き連れた冴えない男。どうせそんなテーマだろうけど、以後の車内は静かになった。
と茜音には送ってある。
彼女は昨日と同じ席を確保していた。今日はメイクしているが、不機嫌な面だ。
さらには着替えをスカシバレッドに押しつけて戦闘を続けるのを困難な状況にして、そのまま忘れて帰った。
さらにさらに年ごろの女の子のくせに、夏場に三日以上も同じ服を着ていたらしい。
そんな汚れがさらに汚れたのを善意で捨てたことを、我々の非だけにするのはいかがなものでしょう
茜音が苦笑いして俺を見る。やけに不安げな目……。急いでメイクしてきたからかリップがすこしはみ出ているけど、こいつもかわいいよな。高校のクラスレベルでは一位だったよな。今日はスカートだし……。
というか俺を凝視し過ぎ。
柚香はちらちらと俺を見る。
どこからかベージュのカーディガンを取りだして、知らぬ間にタトゥーが消えた肩にかける。はにかんだ笑みを向ける。
俺は違和を覚え始めている。妹が勝手に砂糖とミルクを二つずつ入れた紅茶をグラスから直接飲む。甘いけどおいしくない。
茜音は慌てて顔を逸らす。氷の溶けた水をずるずるとすする。
茜音は隣に座る柚香を睨むが、見つめかえされて唇を噛み顔を戻す。柚香は俺の隣も無表情に見つめる。
違和感だけが強まっていく。
テーブルの上で柚香のスマホが振動した。
露骨に迷惑な目を向けてきた隣席の三十ぐらいの女性が、俺を見て、俺を見つめて、その頬が赤らんできて、はっとしたように顔を戻す。手にしたカップを落とす。
確定だ。
ふざけんなよ。いや、待てよ。この報酬こそ……。
いや駄目だ。俺は正義の味方だ。夜に舞う美しきスカシバレッドだ。こんなものを受けとる訳にはいかない。俺は立ちあがる。
女性バイト店員が二人とも俺をじっと見ていやがる。こんな眼差しを二十年間で妹以外に受けたことはない。女からの欲情さえ感じる。
茜音でなくアメシロに尋ねたいことが、北関東の山奥ほどにある。お願いしたいことだってあった。
でも、性フェロモンにあふれた今の俺が口にするのはフェアじゃない。彼女は上気しながらうなずくだけに決まっている。
別れの挨拶もせずに店外へ向かう――。自動ドアが開き戸になった。
日差しと一緒に、握りこぶしをおろした体育着姿の女の子が飛びこんできた。衝突しかけて、その子を抱いて受けとめる。
紅月照宵であり竹生夢月であり規格外の魔法少女であり夏休み直前の土曜日に補習を受ける高校生であるかぐや姫と、お互いの息を感じる距離で見つめあう。
凛とした面立ち。なのに吸いこまれそうな隙のある瞳。
祖父の葬式で坊さんが言った言葉を思いだす。人の出会いは一瞬であって永遠らしい……。
俺は報酬に感謝しかけて、善なる心が押し寄せてきて、
なのに離れられない。
その姿勢のままであの子に詫びる。独断で決める出来レースのはずだったのに、まさかのスカシバレッドの負け越しだよと。悔しいけど、陽の光のもとで見るこいつのがずっとかわいかったよと。
でも、だからこそ一緒に戦いつづけよう。俺は底辺レッドのスカシバこそをフォローするから。一緒に強くなろう。
昼に飛ぶ蝶のように美しく舞おう。
竹生夢月はまだ俺の目を見つめている。